362話 飛空艇発進!
前回のあらすじ「着ドリは初歩」
―5月の始め「アザーワルドリィ・野外試験場」―
「……よし。出来たわよ」
カシーさんたちを含む賢者の全員でアザーワルドリィにある野外試験場に異世界の門を描く。この場所は笹木クリエイティブカンパニーのすぐ横に位置し、笹木クリエイティブカンパニー側にいる見学者や報道陣がこちらの様子を遠くから伺っている。
「そこに……」
今度は描いた転移魔方陣に特殊な塗料を塗っていく。グリフォンの涙と他に様々な素材を混合して作られたその塗料は、グージャンパマと地球に設置された異世界の門による行き来を安定したものにする効果と、魔方陣の大きさより大きい幅を持つ代物を送れるようにするなど様々な効果が含まれていて、直哉たちによって新しく作られた最新の魔導塗料である。
「しかし……国際会議の前日に、飛空艇を一隻を地球に移動させるなんて予想外なのですが……」
いつもの巫女服に身を包み、頭にはユノからもらったリボン、顔には狸のお面を付けた妖狸の姿である僕は、隣にいる直哉に今回のこの件について女性の振りをして訊いてみる。
「……まあ、どこで聞いてるか分かったもんじゃないしな。ぷっ!」
「その首……刎ねますよ?」
語気を強め、ゴミを見るような目で直哉を見る。そこに見下すようなアングルで睨み付けたかったが、直哉の方が身長が高いために見上げる形になってしまうのが、少し悔しい。
「そんな目で見るなって隣にいる研究員らが羨ましそうな目で見ているぞ?」
直哉に言われて、そちらを見ると確かに羨望の眼差しでこちらを見る男女2人が……。
「……獣王撃でお尻を割りますよ?」
何を見てるの?という意味を込めて、2人に注意する。男性はすぐさま咳払いして視線を外してくれたが。女性の方はこちらを見たままである。それどころか……。
「ぜひ! お姉さまにぶたれるなら本望です!」
そう言って、僕の手を掴み、荒い息を上げながら、とろけた表情で僕を見る。
「え……!?」
予想外の返事に呆気に取られる僕。その予想外の返事に僕が男だと知らない人なのかどうかと悩む。
スパーーン!
すると、そこに塗料を塗っていた女性研究員の1人が女性の頭を勢いよく叩き、その襟首を掴んで引っ張っていく。
「この淫乱頭! 何、発情してるのよ!」
女性研究員は、僕の手を掴んだ女性にガミガミと説教しながら去っていく。
「……直哉?」
「男と知っているはずなんだけどな……」
直哉も彼女の予想外の反応に戸惑ったらしく。連れ去られていく女性を、ポカーンと口が少し開いた状態で眺めている。
「まあ……薫ですから!」
すると、先ほどから僕の肩に座って静かにしていたレイスが、何かを悟ったかのような雰囲気を醸し出しながら、そのような発言をする。
「そんな返事は求めてないから!」
「レイスの言う通りだな。それで、話を戻すが……」
「待って! まだ……」
僕だから仕方ないという理由のまま話を変えようとするので止めさせようとする。しかし、直哉は僕の言葉を無視して、そのまま話を続ける。
「魔法の技術の集大成といえば、お前が管理している3つの施設だが……それをこちらに持ってくる訳にはいかないからな。最初は魔導研究所の番人であるアダマス、空中庭園デメテルの管理者であるハクとポウ、軍事施設エーオースの番犬であるクー……その辺りの手軽な奴に出てもらおうかと思ったのだが……意思ある存在を見世物にするのは気が引けてな。それと比べたらこれにはそんなのが存在しないし、お前らのおかげで核となる浮遊石も小さい物なら用意できるからな」
「はあ……なるほど。今回の国際会議を大きな見本市にしようとしているのね」
「そういうことだ。それと異世界と繋がるゲートはここにしか無いからな。ここに来るまでの足として、こいつを採用したい。ここに来るのに電車とバスだけじゃ、輸送量が足りなくなるからな」
「でも……魔王アンドロニカスとの戦いにも使いますよね?」
「もちろんだ。必要な時にはすぐにあちらへと移動させる。魔導塗料のおかげで、今回設置した魔法陣は雨風にさらされても、薄れたり崩れたりすることが無いからな」
「それは凄いわね……」
「準備完了です! 皆さん! 少し離れて下さい!!」
研究員の一人が、魔法陣の周囲にいる人たちに離れるように促す。カシーさんとワブーを除く全員が魔法陣から離れると、2人が魔法陣の中央でそれを発動させる。
「おお……凄いのです」
眩い光が魔法陣から放たれ、その魔法陣から飛空艇がゆっくりと出てくる。
パシャパシャ!
「皆さん! またしても……!!」
後ろにいる報道陣や観光客からざわめきが起きる。その間にも飛空艇は魔法陣から出てくる。
「魔法陣の方が小さいと思ったけど……少し大きくなってる?」
「正確に言えば……投影されている魔法陣が大きくなっているだ。元の奴の大きさはそのままだぞ」
直哉に魔法陣の説明をしてもらいながら、その光景を眺めていると魔法陣の光が消え、飛空艇の全体が露になる。現れた飛空艇は既に浮かんでいるため、誰かが乗船済みなのだろう。ちなみに、魔法陣を発動させるために、魔法陣の中央にいたカシーさんたちは飛空艇の甲板からこちらへと顔を覗かせている。
「「「「おおーー!!」」」」
後ろから大歓声が巻き起こる。地球で史上初、空飛ぶ船の最初の目撃者になれたことに感動しているのだろう。
「一番は薫なのです」
「まあ……ね」
地球人としては僕が初めてだろう。何せこれをエーオースまで行って見つけたのだから。しかし……。
「やっぱり疲れてたのかな。こうやって見ると、何か心に来るものがあるんだよね……」
「私達からしたら、テンション上がりまくりの大発見だったがな。おかげで、最初にこれを見たときは船に頬摺りしてしまったぐらいだ。それにだ……」
直哉が話している間にも飛空艇は空へと浮かび上がり、その高度を徐々に上げていく。
「あんな施設では、こうやって飛ばせなかったからな……ここにいる研究員全員がこの光景を望んでいたんだ!!」
手を広げ、笑いながら話す直哉。その姿は、まるで無邪気な子供である。飛空艇から目を離して、周囲にいた他の研究員を見ると、直哉のように同じ反応をする者、カメラで撮影してその光景を必死に残そうとする者と様々な方法でこの光景を拝んでいる。
「ははは! 素晴らしい!! これで世界の技術史に新たな1ページが刻まれたぞ!!」
「そうですね社長」
すると、榊さんがクリップボードを片手にこちらへとやって来る。よく見ると片方の耳にはイヤホンを付けている。
「どうだ? 船の方から何か報告はあったか?」
「計器ともども異常なし。順調に操作出来ているようです」
「そうかそうか! 配信の方はどうだった?」
「お祭り騒ぎですね。インパクトが強いですからね」
そう言って、飛空艇を見上げる榊さん。
「きっと、父さんも見てるんでしょうね……」
「それはそうだろう。日本の経済に大きく関わる件だしな。もしかしたら、明日参加する国際会議のお偉いさん達からの電話に対応しているかもしれないぞ」
「きっとそうですね。何せショルディア婦人もどこかと連絡しているようですから」
榊さんが指さす方向には傘を差しながら、どこかへ連絡をしているショルディア夫人の姿があった。組織の人物なら連絡するはずが無いので、恐らくそれとは関係のない人物……これの影響を大きく受ける航空産業の関係者からの電話かもしれない。
「しかし……あちらで気球を飛ばして約一年。今度はあちらの飛空艇をこちらで飛ばす……なんか感慨深いものがありますね」
「だな」
2人はそう言って静かに笑顔で飛空艇を見上げる。飛空艇として空を飛ぶ姿を間近で見られたことに感動しているのだろう。
「っと……一応、準備しないと」
僕はシエルを呼び出して、いつでも動けるように準備をする。
「行くのです?」
「うん。何があってもいいようにしないとね。じゃあ、仕事に行くから」
「ああ。頼んだ。何か船にトラブルがあったら、お前らの魔法で安全に下ろしてくれ」
「りょーかい……シエル。準備はいいかな?」
「(いつでもいいよ!)」
「じゃあ……行くよ!」
直哉と榊さんをその場に残し、僕たちは飛空艇へと翔けていく。飛空艇は既に進路を西に向け、移動を開始している。
「(どこへ行くの?)」
「市内の沼まで。お披露目を兼ねての試運転だよ」
僕はスマホで地図を広げ、どんな場所かを2人に説明する。
「どうしてここに?」
「ゴールデンウイークであっちこっち賑わっているからね。ある程度静かで、この船を着地するのに十分な場所となると……ここがいいってことになったんだ」
「なるほど」
「後は航空法が何とかかんとか……まあ、そこはいいか」
本当はこの場所から一番近い沼でもいいのだが、そこは躑躅の名所であり、満開中の躑躅を見ようと観光客が大勢押しかけている。船に何かあった場合、被害が大きくなる可能性があるため、市内にあるもう一つの沼に行くことになった。
「まあ……そこは藤棚がちょっとした名所なんだけど」
近くのフラワーパークの藤棚と比べたら貧相な物だが、無料で見られるという事でチョットした観光地になっているのだが……まあ、迷惑にはならないだろう。
そんなことを思いつつ、僕たちは飛空艇と一緒に市内の空を移動するのであった。




