360話 雷花
前回のあらすじ「アジト発見!」
―「9つの商店街・ヘルメスのアジトの近く」―
「(入ったのです)」
「(うん……)」
オリアさんが部下2人と一緒に正面玄関からヘルメスのアジトと思われる建物へと突入する。他の2名の部下は突入前に建物の裏へと回っていたで、裏口から突入するのだろう。
(ふむ……どうやら中でやっているようじゃのう)
パンパン!
マナフルさんが話しているタイミングで、商店街に乾いた破裂音が周囲に木霊する。戦闘が始まったことに、僕たちの緊張感が高まっていく。辺りを見まわすと3人ほど商店街を歩いていたが、先ほどの音が銃声だと思っていないのか、何食わぬ顔で歩いている。
(……うむ?)
マナフルさんが後ろを振り向く。何だろうと思っていると、僕たちの後ろからこちらへと走って近づく音がしたので、慌てて振り向いて音の正体を確かめようとする。
「薫さん! ここは頼みました!」
そう言って、僕の横を走り去る楓さんと先輩と呼ばれる男性警察官。2人はそのまま通行人の所まで行き、通行人たちをこの場から退避させていく。
(これで、周囲を気にせずに済むのう)
「そうですね」
僕はポケットに突っ込んでいた手を出し、いつでも反撃できるように準備を整える。
「さてと……でも、外に出てくるのかな?」
「どういうことなのです? ヘルメスのメンバーなら……」
「出会ったヘルメスのメンバーだけど……2人以外は戦闘経験は無いんじゃないかな。隙だらけだったし」
今回、建物内に突入したのはプロのエージェント集団である。対して、ヘルメスのメンバーである5人だが……恐らく、3人は戦闘のプロではない。彼らを隠し撮りしている時に感じたことだが、その3名は周囲を警戒している気配が全く無かった。
「2人も仲間が捕まったのに、あれはね……」
と、思っていると建物2階の窓から白い煙が勢いよく吹き出す。窓から出ていた白い煙は空に向かって立ち昇っていたが、その中で不自然に横へと煙が逃げていく。何かが飛び出したのかと思ったのだが……その姿は視認できない。
(……来たぞ。2人じゃな)
どうやら、例の光学迷彩服を着た奴らもいたようだ。さっき、見た限りでは着ていなかったと思うが……着替えたのか、それとも服の中に着込んでいたのか……。
「それは後でいいか……それじゃあ、咲き誇れ。雷花」
手を上げ、そこから赤い電気が放射線状に周囲に広がる。この電気に触れても感電するとか、気絶するとかそういうことは起きない。この魔法は微弱な電気を周囲に放出することで、この魔法の中心地である僕が持っている電子機器を除く周辺機械を誤作動させることが出来る魔法である。もちろん、威力を上げれば周辺機器を破壊することも出来る。さて、今回の光学迷彩服は魔法の力を使わずに作られた科学の結晶ともいえる品である。こんな魔法を使ってしまったら……。
「な、なんだ!?」
「おい! スーツの機能が停止しているぞ!!」
予想通り、敵の光学迷彩服の機能が停止してヘルメスのメンバーの姿が露になる。機能が停止して使えなくなったゴーグルを外しながら、こちらを見る2人の男性……。
(……ふん)
鼻息を鳴らすマナフルさん。すると、片方のヘルメスのメンバーが一瞬にして氷漬けになる。
「ひっ!?」
パーーン!!
「ぎゃあーー!!」
味方が氷漬けになり驚いていたヘルメスのメンバーが、悲鳴を上げながらその場に倒れ、勢いよく体を痙攣させる。
「ナイスお二人さん」
そこへ銃を片手に持ったミリーさんが近づいてくる。
「ミリーさんの銃撃ですよね。当たるとあんな風になるんですね」
「ええ。これが雷の魔石を使った特殊弾よ。雷の魔石はかなり希少だったけど、あなた達のおかげで一定の供給があるから通常弾として気楽に使えるわ」
そう言って、手に持っていた様々な色の魔弾を見せてくれるミリーさん。しかし、以前に見た物と違って色合いが濃い物になっている気がする。
「へえ……僕と対峙した時に、これを使用されたら危なかったかも……」
「鵺の非常識な性能の前だと、こんなのはただの玩具に見えるわよ。そもそも、あなたって銃口と相手の動きを見て、そこから相手が発砲するかしないかを見極めるなんてイカれた芸当が出来るじゃないのよ……あなたを本気で殺しにかかるなら、スナイパーライフルで遠距離から狙うわよ?」
「笑えないジョークですよそれ。見極めの方は橘さんの剣術の方が厳しかったので……気づいたら、竹刀が胴に当たっているなんてことが、ざらにありましたから……」
「あの署長。本当の化け物ね……それより、あなた達の魔法も気になるんだけど?」
「単に魔法によるEMP攻撃ですよ。ヘルメスの研究船を襲った時に危ない研究データは粉々にしたかったな……と思って作ったんです」
「これで、いつでもパソコンに残っている黒歴史を抹消できるのです! 別名メモリークラッシャーなのです!」
「うん。それ自体が黒歴史になるから、その別名は使わないかな……」
「……」
ミリーさんがすごく引いている。いつもなら何かしらのツッコミや愚痴をこぼすはずなのに。もしかして、レイスの別名を聞いて引いているのだろうか?
「どうやら……ケリは付いたようだな」
そこに建物内部に突入したはずのオリアさんもやってくる。
「中の方は?」
「捕えた。ただ……どうも様子がおかしい」
「というと?」
「もしかしたら、ヘルメスのメンバーでは無いただの一般人の可能性がある。それは後で詳しく調べるとして……それより、ミリーはどうして固まっているんだ?」
「こいつらが例のスーツを着ていたので、雷魔法によるEMP攻撃を仕掛けたんです。まあ、本来との仕組みは全然違うんですけど響き的にこの方がカッコイイですし……」
「……君がいれば軍事施設を一瞬してガラクタに出来るのか。素晴らしい戦力だ」
「それですませないで頂戴……要は超小型の戦術核兵器じゃないのよ。きっと、連発出来るでしょうし……」
「もちろんなのです。オリアさんのそれもグリモアを使えば可能だと思うのです」
「そうか……本当に使用するのが君達だけで良かった」
「ええ……今度からあなたのことを冗談抜きで魔王と呼ぼうかしら?」
「呼ばないでください。それよりも……」
(捕えないのか?)
僕が言うよりも、早く口に出すマナフルさん。男たちは先ほどから微塵も動いていない。
「そうだな。今は魔王よりヘルメスだ」
「そうね」
「だから魔王じゃないから」
そんなやり取りをしつつ、倒れた男たちをてきぱきと捕えていく。そこに楓さんたちも仲間の警察官を連れてやって来たので、ヘルメスの犯罪の証拠を押さえるために建物とその周辺の捜索が行われていくのであった。
―薫は雷魔法「雷花」を覚えた!―
効果:自分を中心とした周囲の電子機器に影響を及ぼす赤い電気を放出します。出力次第で誤作動程度から完全な破壊まで可能です(範囲に関しても同じ)。うっかり無害な電子機器を破壊しないように注意しましょう。
―クエスト「アジトを発見せよ!」クリア!―
報酬:???
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―その夜「薫宅・居間」―
「はい。今日はソースカツ丼にしてみました」
「おお! 美味しそう!!」
「いい匂いですね♪」
「いただくッス!」
そう言って、皆で夕食を食べ始める。ヘルメスのメンバーの確保後、僕たちがあの場にいると僕の顔が他の警察官に見られる可能性があるのと、他のメンバーの臭いは感じられないというマナフルさんの主張もあって、お役御免となり一足先に撤収。その帰りに、ご当地グルメの名前が載った旗が目に入り、おかげで晩御飯の献立がこれになった。
「それで……良かったでしょ? ユノのスーツ姿。新人の後輩みたいで」
「まあ……ね。会社勤めの時の気分を思い出したよ。初々しさというか何というか……」
「気に入ってくれたみたいで良かったです」
「こだわった甲斐があるッスね」
そう言って、女性陣だけど話が盛り上がる。晩御飯の前に見せてもらったユノのスーツ姿。オーソドックスな紺色のパンツスーツの姿で、スッキリと大人っぽく着こなしていた。
「胸を小さく見せる下着を使って、スッキリと大人っぽく……それで可愛さを求めた珠玉のスーツだったわ……」
「色々あったのですね。薫も鼻の下を伸ばしていたくらいでしたし」
「伸ばしていないから……」
「デレてはいたでしょ?」
「……まあね」
僕は泉の質問に素直に答える。そこに関して意地を張ってもしょうがないし、死語だが、かっこ可愛いという表現がピッタリだった。
「ありがとうございます薫」
「うん……」
笑顔でユノからお礼を言われ、恥ずかしくなった僕は味噌汁を飲んで少しでも紛らわせようとする。その横で泉がニヤニヤしながらこちらを見ているのが、何か癪である。
「それで……そっちはどうだったんッスか? ヘルメスのアジトにカチコミを決めたんッスよね?」
「あっという間だったよ。むしろ移動やら捜す手間の方が多かったかな。ねえマナフルさん」
(うむ……? そうじゃな)
用意されたソースカツ丼を夢中で食べていたマナフルさんに話を振ると、マナフルさんは口の中の物を飲み込んでから、相槌を打ってくれた。
(妾の前では、あのような輩など雑魚に等しいからのう。あれならお主らと戦った方がまだいい運動になりそうじゃ)
「死にそうなので止めときます……」
「それで……何か報告はあったのです?」
「いや……まだ何だよね。あれから結構時間が経っているし、電話やメールの1つくらいは……」
~♪~~♪
と、噂をすれば何とやら……ちょうどよくMT-1が鳴り始める。僕は皆に断ってから席を立ち、廊下に出てから電話を取る。相手はミリーさんからだった。
(ごめん薫。少々、手こずっちゃってね……今、大丈夫かしら)
「大丈夫ですよ。それで何か分かりましたか?」
(ええ色々とね。お陰様でヘルメスの奴らが何を企んでいたか、そして厳しい内情も露になったわ)
「厳しい内情ですか……?」
(ええ)
僕はミリーさんから、そこから得られた情報を聞いてから電話を切る。要件を聞いた僕は、この話の内容を知りたがっているであろう女性陣に伝えるためと、中途半端な腹の空腹を満たすために、居間へと戻るのであった。




