358話 繁栄と衰退
前回のあらすじ「西に移動中……」
―それから1時間ほど「県内・県庁所在地」―
「……ふむ。この辺りじゃな」
「まさか、40km以上離れた臭いを嗅ぎ取れるなんて……」
マナフルさんの指示通りに車を走らせること1時間……県内の中心である県庁所在地に到着してしまった。マナフルさんの驚きの嗅覚にミリーさんは驚きを隠せていない。
「……やっぱり、適任でしたね」
「こんな追跡者に追われるのは勘弁してもらいたいな」
オリアさんはマナフルさんの鼻の良さに、若干ドン引きしている。移動中の車内でマナフルさんが説明してくれたのだが、彼女が嗅ぎ取ったのは1つの臭いではなく複数の臭いである。それらの臭いの中には全く今回の件と関係のない匂いも含まれているのだが、彼女はそれら中から、いくつかの臭いがある一定の方向から漂っているらのを嗅ぎ取り、そこへ向かっているとのことだった。
「グージャンパマって何でもありよね……」
「そうだな……」
ミリーさんとオリアさんは改めて、グージャンパマの何でもあり感を感じつつ、それぞれの役割をこなしていく。
「……うむ? 凄く高い建物があるのう」
2人が悶々としている中、マナフルさんは窓からの景色を眺めている。
「あれは県庁のビルだよ。県内で一番高い建物になるんだ」
「けんちょう?」
「えーと……」
マナフルさんが県庁が何なのか分からずに、頭の上にハテナを浮かべている。僕も説明しようと思うのだが……グージャンパマにそんな似た施設があっただろうか?
「行政を行う施設なのです。だから、グージャンパマでは王城や領主の家に近いのです。一番偉い人物は県知事と呼ばれ、血筋とか世襲制などでは継承されず、立候補した方々の中から民衆が選んでいるのです」
どう説明すればいいのか考えていると、レイスが説明してくれた。確かにそんな感じだろうか。
「ほほう……それなら、あのわがまま王女を蹴落とせるのう……。妾がそのような体制に力尽くでしてしまおうか?」
「そんなことをしたら、アオライ王国内が混乱しちゃいますよ! それに、認めたくないですがあれはあれで優秀なので止めときましょう!」
色々残念なところがある女王だが、人々を率いる王としては優秀で政務に関しては側近からも不満は
出ていない。
「いいのか? そこにお主が立候補すれば、お主が選ばれる可能性が高いぞ? あの国を思い通りに動かせるのじゃぞ?」
「国を動かすとか、そんな野望を持っていませんから……前の2人も変な事を考えないでくださいよ?」
僕がそう注意すると、前にいた2人が軽く咳をする。僕が王となれば、魔石や魔道具の輸出で色々融通が利くと思っていたのだろう。
「……必要なら組織も手を貸すぞ」
「私もアリーシャ様のためなら……」
「そんな冗談はいりませんから……それよりも、臭いの元にはまだ着かないんですか?」
「そうじゃのう……少し窓を開けてはくれぬか」
マナフルさんに頼まれて車の窓を開けると、マナフルさんはそこから顔を出して周囲の臭いを確かめ始める。車は信号機で停車中なので、他の車に迷惑を掛けることは無いだろう。
「……うむ? 通り過ぎたようじゃな」
「ここら辺ってことかしら」
「そうじゃ。建物が密集している所から香ってるのう」
「ならば、駐車場に車を停めて歩きで調べるとしよう」
「そうしたら、近くの駐車場に停めましょうか」
「あ。僕、橘さんに連絡しますね……」
僕はスマホを取り出して、橘さんに電話を掛ける。
(待ってたわ。それで、今どこにいるの?)
「県庁前です」
(……それって県警本部前でもあるじゃないのよ。そうしたら本部長に連絡して、協力を仰ぐわ)
「お願いします」
そこで電話が切れる。
「大丈夫なのです?」
「うん……って、早いな」
スマホに橘さんからのメールが来た。そこに書いてある場所に来て欲しいということだったので、オリアさんたちにも相談して一度そこに向かうのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―30分後「県内・県庁舎近くの公園」―
「お疲れ様です薫さん」
「お疲れ様です。お二人が応援に来てくれたんですね」
「妖狸の素顔を知っているのは俺と楓ぐらいだしな」
近くの公園で待っていると、そこに楓さんと、楓さんから先輩と呼ばれる男性が私服姿でやって来た。
「しかし……あの時の2人も来るとはな」
先輩と呼ばれる男性がオリアさんとミリーさんの2人を見ている。
「あれ? お知合いですか」
「黒後の取り調べを一緒にやったのよ」
「それ以来ぶりだな」
「この歳で、裏の諜報機関の人と仕事をすることになるとは思いませんがね」
先輩と呼ばれる男性が不機嫌な顔をする。まあ……警察としてはそのような組織と関係を持つというのは好ましくないのも分かるのだが。
「安心して頂戴。これでも、許可を貰ってるから」
「分かってる……それで、本部長からヘルメスの確保と聞いているんだが、場所はどこだ?」
「この近くだそうです。ですよねマナフルさん?」
「うむ。大分、近いのう」
「い、犬が……」
「喋った!?」
楓さんと先輩さんが、マナフルさんが流暢に話すことに驚ている。
「誰が犬っころじゃ! 妾はフェンリルじゃ! そこを間違えるではない!」
「え? フェンリル? あの伝説の……」
「以外に小さいんですね……」
「この方はフェンリルでも、上位種のマグナ・フェンリルと呼ばれる種族でして……小柄ですが普通のフェンリルとは強さが桁違いだそうです。その気になれば、この辺り一帯を氷河期に出来るぐらいですね」
僕は2人にそう答える。マナフルさんは普通に自分のことを説明していると思っているだろうが、本音は2人対して、マナフルさんのご機嫌を損ね無いように注意して下さいねという意味が込めれらている。
「それは失礼しました!」
「分かればよろしい……。では、行くぞ。っと……その前に」
マナフルさんの足元に魔方陣が一瞬だけ発生して、すぐに消えた。
(人前で喋るのは、目立つみたいなのでな……これで喋らせてもらうぞ)
「うお!? なんだ……?」
「テレパシーってやつね。確かにこれは便利だわ」
「……魔法って便利ですね」
楓さんと先輩が呆気に取られている中、マナフルさんが進み始めるので、僕たちはその後に付いていく。しかし、マナフルさんの後ろに大人9人が付いていくのは不自然なので、僕とレイス、そして楓さんがマナフルさんと一緒に行動し、それ以外は複数のグループになって離れた距離から、僕たちの後を付いてきてもらうようにすることになった。
(ふむ……美味そうな匂いもするのう……)
「その角にカフェがありますからね。お値段は張りますけど、料理の味はいいですよ」
(少し立ち寄りたいところじゃが……それは難しいかのう)
「ですね……やっぱり、事情を知らないお店からしたら、フェンリルとはとても思えないので……」
「こちらだと私も含めて実在しない生物なのです。だから、私も1人で自由に行動するのは無理なのです」
(惜しいのう……)
「そうしたら、今度知り合いのお店にお連れしますね。そこなら自由に過ごされても平気なので」
(それは楽しみじゃ! しかし……これなら妾もあのトカゲ女のように変身できるようにせねばならぬか……)
周囲を探索しながら、そんな呑気な話をしながら道を歩く僕たち。というより……そんな気軽に変身なんて出来るものなのだろうか?
「姿を変えるなんて、そう簡単に出来るんですか?」
(妾ぐらいの力なら出来なくもないぞ。お主らぐらいだと短時間だけ性別を偽るぐらいしか出来ないと思うのじゃが)
「つまり……薫を完璧な女性にすることは出来るのですね!」
隠れていた鞄から身を乗り出してノリノリで訊くレイス。その目にかなりの期待が込められている。
(そういうことじゃな)
「そういうことじゃないですから。女になる気はないですからね?」
「はは……そろそろ商店街に入りますけど、まだですかね?」
ここで楓さんが話を切り替える。いいタイミングで話を替えてくれたことに、僕は心の中でナイスと叫んでしまった。
(そうじゃが……なんか寂しいのう)
商店街に入ったのだが、その多くのお店はシャッターが下ろされている。
「昔は栄えていたらしいんですけど……今はすっかり寂れちゃっていますね」
「この辺りだとデパート周辺ぐらいですかね?」
「そうだと思いますよ。それでも活気があるかと言われたら難しいですけどね」
(……この辺りからするのう。人が少ないということは、それだけ隠れる場所があるということか)
「それは非常に残念な事ですけどね。ってことで……妖狸さんのお力で盛り上げてくれませんか?」
「無理です。ここに地球とグージャンパマを行き来できるゲートを設置するとかなら別ですけど」
「それはそれで無理ですね……少ししたら県庁が移動しちゃうかも」
「それはどうですかね……」
商店街の過疎化という問題。僕の住む町が僕たちの活躍で盛り上がっていく中、少し離れたこの場所ではその恩恵が得られていない現実を感じつつ、商店街の中を進んでいくのであった。




