354話 不審者
前回のあらすじ「ドレスアップ!」
―それから数時間後「ショルディア夫人邸宅・ドレス室」―
コンコン……
廊下側から扉を叩く音。すると、扉を叩いた人物は扉を開けることなく話を始める。
「失礼します。奥様、警察の橘様がお出でになられました」
「あら? 予定は無かったはずだけど……」
「どうも、ご内密にお伝えしたい事があるようで……」
「分かったわ。応接室にご案内して頂戴」
「畏まりました」
そう言って、女性が扉から離れていった。さっきの声からすると、僕たちをここまで案内してくれた家政婦さんだろう。
「緊急……ね。薫も来てもらった方がいいかしら」
「いいですけど……着替えて」
「さっそく、行きましょう!」
「そうだね! さっそく、見てもらいましょう!」
そう言って、僕の腕を抑えるユノと泉。そして、そのまま部屋から連れ出そうとする。
「ちょ、ちょっと……!?」
「というより、私達にも関わって来る内容じゃないのです?」
「そうね……きっと、ここにいる全員が関わるでしょうから、皆で行きましょうか」
「じゃあ……着替えを」
「待たせるのは失礼ッスよ」
「応接室はここにいる全員が座れるくらいに大きいですよ。だから、ドレスを着ていても邪魔になるとかないですから薫さんも心配せずに行きましょう」
着替えたい意思を必死に伝えようとするのに、それをフィーロとソフィアさんが却下する。
「着替えさせてよー!」
僕の訴えも虚しく、ドレス姿のまま応接室に連れていかれるのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―それから少し後「ショルディア夫人邸宅・応接室」―
「それでは失礼します」
家政婦さんが、テーブルの上に紅茶と軽食を置いて部屋を後にする。足音を全く立たせないで静かに去るなんて、もしかしたら、オリアさんと同じような仕事をしていた人なのかもしれない。
「薫ちゃん達がいてくれて助かるわ。後で連絡を取ってから行くつもりだったから……後はそんな素敵なドレス姿も見れたし」
そう言って、橘さんが出された紅茶を口にする。最後のお世辞は余計なんだけど……。
「後で写真を撮っていいかしら?」
「どうぞ!」
「勝手に許可を出さないでよ泉。それより、電話を介さずにお話って何があったんですか?」
「そうね。早速だけど、これを見てくれないかしら」
そう言って、橘さんは鞄から数枚の書類を取り出す。
「これって捜査書類ですよね……持ち出していいんですか?」
「総監からも許可が下りてるわ。何せヘルメスが関わってるかもしれない案件なのよ」
それを聞いた僕たちは、橘さんに許可をもらってから書類に目を通していく。
「……改装中の施設内を撮影する不審者?」
「ええ。職質しようとしたら撒かれたそうよ……全部で3件。その全てで不審者に逃げられてる。同一人物ならまだしも、全部別人だったそうよ」
5月の国際会議に向けて、ここ一帯で準備が進んでいる。その1つ……いや、もっとも大切な場所である場所で怪しい奴らが下見をしているのか……。
「怪しいですね……ここって国際会議が開かれる建物ですよね」
「そうよ。まさか、笹木クリエイティブカンパニーの近くにこれだけの施設があっという間に建つなんて……」
「ですよね……どうやったら、こんな建物があっという間に建つのかご説明して欲しいですよね……」
この場所に関して、僕が聞いていたのは異世界から来る研究員のための寮が建てらてるとは聞いていた。しかし、どこに豪華ホテル並みの設備を有し、さらに国際会議が出来るような広いホールがある高層マンションのような寮があるのだろうか。
「終わったら、ちゃんと寮として利用していくから安心して頂戴」
「いや……これ維持費とか大変じゃないですか? そんな元が取れるか怪しい施設を、バン! と作るなんて……」
「取れますよ。何せ国際会議を開いた後の広いホールは音楽ホールや演劇場として利用していきますし、また寮の方も下層の階はホテルとして運用するので問題ないです。要は皆さんが盛り上げてくれれば、それだけ儲かる仕組みですね」
「この辺りは、地球とグージャンパマを結ぶゲートが唯一設置される場所なのよ。そのうち、大型ショッピングモールに、大手企業の支社、それらを結ぶための交通手段の整備……後は移住者も増えるだろうからそれらを支えるための施設も……ここはすでに日本の今後を担うような大事業が次から次へと生み出される場所なの。大手企業はすでに土地を確保してるわよ」
僕の疑問に答えるショルディア夫人とソフィアさん。つまり、ここでどれだけの資金を出したとしてもすぐにそれらを回収出来る方法があると言いたいのだろう。
「それならいいんですけど。あ、それで思い出したんですけど……父さんの会社もこの辺りに支店を出そうとしたら、何故かいい場所を格安で取れたと不思議がってましたけど……」
「当然ですよ。あっちのことを理解している社員がいる。しかもその社員は薫さん達の素性も知っていて、連絡手段も持っているんですから。組織の一部の人間がこっそり手回ししたんだと思いますよ。そのうち、小説家としての薫さんの担当者である梢さんの務める会社にも何かしらのアプローチがあるかもしれませんね」
「例えば?」
「……功績が称えられて、株価が上がったりとか、どこかの企業とコラボが決まったりとか……梢さんは昇進とかするかもしれませんね」
「怖い……なんで他の会社の人事に影響を与えられるんですか?」
「気にしない気にしない……気にしたら……大変ですよ」
ソフィアさんがそう言って笑顔を見せる。その目に光が宿っていない。知ろうとしたら……一体、どんな目に遭うのだろう。
「……話を戻しましょう。それに警察の前で話す内容じゃないでしょ?」
「あ、はい」
橘さんの提案に素直に従う。これ以上は踏み込まない方がよさそうだ。
「それで、不審者がどこの誰とかは分かったんですか?」
「分からなかったわ。だから要注意しないといけないのと……この3人の顔に見覚えがないか確認しに来たのよ」
橘さんがその不審者の顔が写っている写真に指を差す。そこに写る3人の男性、1人は瘦せ型で目元にほくろがあるのが印象的な男性で、もう1人は中肉中背で先ほどの男性より髪が長く、3人目はお腹が出てポッチャリしていて、さらに頬に傷があるので大分目立つ姿をしている。
「それで皆さん。この写真に写る男達に見覚えありますか?」
僕以外の皆が、その写真をじっくり見始める。しかし、その表情から察するに誰も知らなさそうだ。
「見たことが無いのです」
「同じくッス」
「こんな人だったら気づくと思います」
「時折、皆さんと行動したりしますが……私も存じあげないですね」
「となると、薫ちゃんも知らなさそうね。ショルディア夫人とソフィア大使はいかがかしら?」
橘さんの質問に、2人は首を横に振って答える。
「そうしたら、最近この辺りで不審な人物を見かけたりとかされたかしら?」
「無いわね。私を守る護衛の誰かが気づくでしょうから」
「私もないと思います。これでも、多少は戦闘訓練を積んでいるので」
「え? そうなんですか」
「一応、身を守るために……タワーで襲われたアレには無意味ですが……」
「普段の私だったら、アレは即死ですね」
ソフィアさんと泉がスカイツリーで襲ってきた鳥人間のことを思い出している。あんな人体改造された空を飛べるびっくり人間に、生身で勝つなんて無理だろう。そう思いつつ、僕も3枚の写真を見る。監視カメラに撮られたその姿、思った以上にしっかり映っている……ん?
「……橘さん。これ」
「あら? 気づいちゃったかしら」
「薫兄。何か気づいたの?」
「これ……多分だけど同一人物だよ。体型とか顔の印象は上手く変わってるけど……目つきが同じだし、この3枚目の男性のお腹の太り方って不自然だもん」
この3枚の写真をよく見ると、目つきが同じである。3枚目はお腹がポッコリしてかなり太った人なのに手首や手が妙に痩せているし……。
「他にも……肩幅が恐らく一緒だし、手の感じもそっくりだし、よく見ると、1枚目と2枚目の首のところに特徴的なほくろがあって、同じ場所っぽいし……」
「流石、薫ちゃんね! 私も同一人物じゃないかって睨んでいるわ」
「そうなると……この1枚目の痩せ型が変装なしに近い不審者の姿ですかね」
「そうね。太ったり、身長を伸ばしたりとかは、小道具でを使えばいくらでも出来るけど……急に痩せることは難しいわね」
「まあ……3つ子の可能性もありますけど……」
「まあ、私も一応、可能性があるって思ってるだけに留めてるわ……で、この不審者だけど、やっぱりヘルメスかしらね」
「これだけだと、まだ何とも言えないですね」
確かにソフィアさんの言う通りで、これだけで判断するのは早計かもしれない。ヘルメスの可能性が高いが、この前の船の拿捕でかなりのダメージを受けているのだ。組織の立て直しでそれどころじゃないはずである。
「とりあえず、ここにいる全員用心が必要ね……怪しい人物を見かけたら連絡して頂戴」
「分かりました。気を付けますね……あ、ショルディア夫人。1つ謝りたいことがあるんですけど……」
「あら? 何かしら……」
「すいません。窓ガラス割ります」
僕はアイテムボックスからアダマンタイト製の刃を落としたクナイを窓に向かって投げる。それは窓ガラスを割って、植木からこちらを覗いていた誰かに当たる。すると、窓側に座っていた橘さんが両窓を急いで開けてそこからダッシュして、それを確認しにいった。
「まさか、ここまで侵入してきたとは……ね」
「奥様!」
音を聞きつけ慌てて家政婦さんが室内に入ってきた。
「侵入者よ。捕えてきて頂戴」
「畏まりました」
同じように開いた窓から飛び出す家政婦さん。やっぱりそちらの方か……。
「よく気付きましたね薫さん……」
「きっと……不審者は男性だね」
「そしてドレス姿の薫を見て、欲情したのですね」
「それを察知した薫が、痴漢特攻効果である投擲武器の命中率100%が働いた……」
「流石、薫ッスね!」
「そこ!! 全然、嬉しくないからね!!」
コソコソと話す女性陣に、僕はしっかりツッコミを入れるのであった。




