349話 家宅捜索
前回のあらすじ「泉宅への訪問が決まった」
―翌日「泉宅・玄関」―
「……」
僕は仏壇の前で、静かに手を合わせる。久しぶりに泉宅に来たので、あの世にいる泉の両親への挨拶と、これから故人の部屋を漁る事になるので、その許可を貰う意味があったりする。
泉の家に来たのは、いつ以来だろうか。泉の両親のお墓参りや、回忌などに出席はしていたが、泉の家に来て、仏壇に線香をあげるのは随分前の話だと思う。
仏壇で手を合わせ終え、僕がリビングに戻る。そこでは、泉たちが待っていた。
「さてと、心の準備が出来た所で……どこを調べるのかな?」
「両親の部屋。それ以外は調べた……というか、普段から使ってるから、グージャンパマの本があれば気付くはずだもん」
「うちもいるッス。見掛ければ確実に気付くッスよ」
二人の言い分は最もである。グージャンパマで使われる文字は、アルファベットの草書体や花文字のような形をしている。ただし文字数は46文字と何故か平仮名と同じだったりする。
ちなみに、魔国ハニーラスも同じ文字を使用しており、若干の違いはあるらしいが、オラインさんが他国で難なく暮らせるほどの、本当に些細な違いだそうだ。
「だから……あれから、あまり入ることの無かった両親の部屋にあると思うんだ」
そう言って、泉がリビングから移動するので、僕たちもその後に続いて、泉の両親の部屋がある2階へと上がる。
「うちも初めて入るッス」
「そうなのです? てっきり、既に入ったことがあると思っていたのです」
「私がお願いしたんだ。ここは入らないでって」
そんな話をしながら移動すると、目的の部屋の前に着く。少しだけの間を置いて……泉がその部屋の扉をゆっくりと開けて、室内へと入っていった。
僕も中に入ると、室内は綺麗に整理整頓され、泉が定期的に掃除していたのだろう、近くの棚や机には埃1つ無かった。
「本棚がそこにあるんだけど……」
泉が室内にある本棚の前に立つ。僕もその隣に立って、本棚の中を確認していく。
「……あるのです?」
「これッスか? 背表紙に何も書かれていないッスから怪しいッスよ」
「どれどれっと……ううん。これは違うみたいだよ」
フィーロの言った本を手に取ってみると、それはアルバムだった。
「この写真の子供って……」
「私だよ。それで、ここに写っている男女が、私の両親だよ」
レイスの言う写真。真ん中に小さな黒髪のツインテールの女の子と、その子を挟んで両隣に座る男女の姿があった。3人とも笑顔で楽しそうにしている。
それと一緒に写っているロウソクの差さったケーキもあることから、この女の子……幼い泉の誕生日に撮影された物だろう。
「7歳の誕生日だったかな……この後、プレゼントで貰ったゲームをお父さんとやって……ぼろ勝ちしたな……」
「泉のお父さん……ゲーム弱かったもんね……」
パーティーゲームとかでも、ミニゲームに負けまくりで、いつも星が集まらずに最下位だったな……何か懐かしい。
「このお二人が、泉のご両親なのですね」
「容姿は母親似、髪の色は父親譲りなんッスね」
「うん」
そこからページを捲っていく……そこに必ず写っている泉の姿。僕たちの家族と一緒に行ったキャンプの時の写真や、運動会での写真。さらに捲っていくと、中学、高校と泉の成長した姿が写っている。そして……そのアルバムは、泉が高校3年の冬頃の写真で終わっていた。
残りの数ページ……本来なら、高校の卒業写真や大学生になった泉の写真、もちろん、自分達も愛娘と一緒に写った写真が納められるはずだったのだろう。しかし……このアルバムにそれらの写真が納められることは、もう無い。
「……」
「泉? 大丈夫なのです?」
「……うん。大丈夫。気にしないで」
その泉の表情は暗い。両親が死んでから5年ほど経っているが……あの事をまだ根に持っているのだろうな。
僕は開いたアルバムを勢いよく閉じ、それを元の場所に戻す。
「さてと! このままだと、大掃除しないといけないのに、出てくる物が懐かしすぎて片付けが一向に進まない的な展開になりそうだから、気を引き締めて探していこう!」
「そうだったッス! アンジェお婆ちゃんが残した本を探さないといけないッス!」
「なのです!」
空気を読んだ2人が、少しだけ大き目な声を張る。
「……そうだね」
そう言って、笑顔を見せる泉。けど、その笑顔は辛そうであった。
泉がいつ、あの事に対して自分を許すのか……そんな事を思いながら、室内の捜索を続けるのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―それから2時間ほど―
「どうかな?」
「無いのです……」
「こっちもッス……」
「うん。その本を置いて探してくれないかな?」
室内を捜索して、およそ2時間ぐらい経った。そんな広くない室内、4人で探せば直ぐにでも見つかると思っていたが……。
「無いね」
「うん……」
泉がクローゼットから衣装ケースから出した衣服を綺麗に畳んで戻していく。ケースの底や衣服の間にあるのでは無いかと思って調べたのだが……予想は外れたようだ。
「捨てた可能性はあるかな?」
「無いとは言い切れないかも。でも、お母さんはお婆ちゃんから貰った大切な物って言ってたし……子供の頃の私が、その本をボロボロにしたとかいう記憶も無いしな……」
「ここじゃ無い、他の場所に隠したのか……」
「カーターさんのお家みたいに、地下室があるとか無いからね薫兄?」
「もちろんだよ」
しかし、そうなると泉が見た謎の本はどこへ行ってしまったのだろうか? もしかしたら、泉たちが見落とししていて、別の部屋に普通にあるとか……。
「見つからないッス……ここの天井裏とかに隠したとかは無いッスか?」
「それは……無いかな?」
「そこの棚の引き出しが、二重底になっていて、その下に隠したとか?」
「そして、無理矢理開けると発火する装置も一緒にあるんッスね!」
「無かったよ。私もそう思って見たもの」
3人の会話を聞いて、そんな漫画のような隠しかたをするのだろうか? と心の中でツッコミを入れてしまう。そんな人の命をどうこうするような物では無いだろうし。
そもそも……泉のお母さんは、本の内容が何なのか理解していたのだろうか? そもそも翻訳が出来たのだろうか?
「いや……そもそも、この本は……」
泉が昨日、言っていたことを思い出す。泉のお母さんは、その本を本人から直接貰ったと。どうして、同じ子供である母さんには渡さなかったのだろう? この差は一体……。
「薫どうしたんッスか? 眉間にシワなんか寄せて、せっかくの美女が台無しッス」
「ちょっと考えごと。それと男だから……」
「それより何か思い付いたの?」
「何で、泉のお母さんに本を渡したのかな……」
「確かに……明菜おばさんでも、良いはずだもんね。それじゃあ、私のお母さんに渡さないといけなかった理由があったってこと?」
「もしくは、お父さんの方かもしれないけどね」
「違いか……何だろう?」
「それなら、泉のご両親のお仕事は何だったのです? 茂さんと明菜さんのお仕事と全く同じって事は無いですよね?」
「お父さんはフリーライターをしていたよ。お母さんは中学校の先生。だから、今回の件とは関係無いかな」
「本当は国を守る調査員だったのとかは無いッスか?」
「それは無いよ。もし、そんな仕事をしていたら気付きそうだし」
「それもそうッスね」
~♪~~♪
「誰が来たのかな? 通販とか頼んだ覚えは無いんだけど……」
そう言って、泉は部屋を出ていき下に行ってしまった。
「どうするのです?」
「とりあえず片付けようか。これ以上は何も見つから……」
「ええー!?」
下から聞こえた泉の悲鳴。レイスたちにはここで待機してもらって、何事かと思って下に降りてみる。玄関には泉と、もう1人見慣れた人物がそこにいた。
「あれ? オリアさん?」
「やはり、君たちか」
そこにいたのは、オリアさんだった。手には花束を持っていた。
「どうしてここに? 僕たちにお仕事の依頼ですか?」
「今日は非番だ。古い知り合いが既に亡くなっていたと聞いて、そのご遺族に挨拶しに来たつもりだったが……まさか君のお父さんだったか……」
「「……」」
「どうした? キョトンとしているが?」
「いや~……泉?」
「フィーロのなんちゃってが当たるなんて……」
オリアさんから告げられた事実に、僕と泉は盛大なため息を付くのであった。




