34話 薫。崇められる。
前回のあらすじ「変なやつらが現れた。」
―「ビシャータテア王国・王都より南東の森近くの高台」―
「つまり、空を飛ぶために使った重力操作魔法を相手に付与する魔法ってことね」
「その通りなのです」
馬車に戻り、シーエさんが通信魔道具で報告、ワイバーンを回収する部隊が来るまで待機してるので、カシーさんたちに説明している最中である。
「なるほど……。道理で魔法が効きにくいワイバーンにあれだけの致命傷を与えられた訳ですね。魔法による直接攻撃ではなく、間接的だったからこそあれだけの威力があったと……」
「重力……とんでもない力ね。この星に存在するあらゆる物を、この地に束縛し続ける力……そして、地属性魔法の本質はそれらをコントロールする力。ストーンブレットも重力操作の賜物って事ね」
「1つの対象を浮かべるところまではね。ただ、何故あれほど速く横に発射出来るか分からないんだよね」
「そこは魔力のお陰でいいんじゃないかしら? それを言ったら、ファイヤーボールが何で敵に向かって飛ばせるかと同義よ。研究者としては調べる内容だけどね」
「僕は小説家だから、そういう事にしとくよ。ふぇ……へっくちゅ!」
「……可愛いくしゃみなのです」
「プロテクションの効果が切れて、体が冷えたんだろうな」
ワブーがどうして僕がくしゃみをしたのかを冷静に分析する。ワブーの言う通りで、先ほどの戦闘でワイバーンの攻撃で衣服が破けたりしているので、そこから冷たい外気が侵入して、僕の体を今も冷やし続けている。
ちなみに、ワイバーンとの戦いで怪我をしていたのだが、シーエさんたちが持っていたポーションで既に完治している。苦いお茶のような味であるポーションを服用すると、怪我していた箇所から光の粒子が発生して、みるみるうちに怪我が治っていくというのは貴重な体験だった。
「ワブーの言った通りだよ。あっちこっち破れちゃってるからね」
「そうね。胸元が見えそうで、お腹なんかてまる出し……かなりセクシーな状態ね」
「まあ、そのせいでシーエ達がこの場にいないしな」
ワブーの話の通りで、シーエさんとカーターの2人が、今の僕の姿をまともに見れないということで、それぞれのパートナーを連れ、シーエさんたちは馬車内にある通信魔道具で王都と連絡、カーターたちは周辺の見回りに行っている。
「何度も言うけど、僕は男だからね!? だから王子もこっちを見て話してよね!?」
そして……王子様も僕を直視できないということで、僕に背を向けながら先ほどから話をしている。
「分かっていても、頭が追い付かないことはあるのです」
レイスの言葉に、この場にいる全員が頷いている。
「くっ! パートナーに裏切られるなんて……」
「ごめんなさいなのです。でも……私もやっぱりそこは納得していなくて……」
納得して欲しい。ちゃんと男の証拠だってあるのだから……。
「もう少し恥ずかしがったりすると、グッド! なのにね」
「そんなことしないと思うッスよ」
すると、泉とフィーロが馬車の中から出てきた。
「フィーロの言うとおりだよ。そんなことしないからね」
「分かってるって。それで布を切ってきたから、ちょっと立って」
「分かった」
泉に言われて僕は立ち上がる。着ているコートはかなりぼろぼろで、中の服もさっきの話にでた通り破けている。そこで、泉が先ほど露店で買った布でどうにかしようとするのだが……。
「ということで、着ている服を全て脱いで……」
泉の言葉に反応して王子が急いで馬車の影に移動する。いや、僕は男だからね!?
「コートは脱ぐけど、他は必要ないよね?」
「……ちぇ。分かったわよ」
何を考えていたか分からないけど、そのまま布を巻き付ける作業に……?
「あれ? 縫ったの?」
「うん。っといってもこの2ヶ所だけね。後はピンで留めただけにしたの。多分こっちの方がいいと思って。縫った所も仮縫いだし直ぐに2枚の布に戻せるようにしといたわ。という事でこれを着て」
「え? うん」
開いたところから顔と手を出す。
「後はこれで結んで……完成と」
「おお~暖かい! 防寒にはこの布が最適って言っていたけど……?」
「動かないでね」
そう言ってスマホで写真を撮る泉。あれこの着方って?
「へえー。こんな服があるのね。しかも2枚の布からこんな風にできるなんて。留め具を可愛いものにしてもいいかもね」
「これ、可愛いのです」
「でも夏に着たいッスね。肩が寒そうッス」
女性陣が僕の服装を見て、各々感想を述べている。僕はそれらの感想を無視して、とりあえず泉にどうしてこのような着付けにしたのか確認する。
「……これ女性用のキトンだよね?」
「うん。イオニア式っていわれているやつだよ。ドーリス式だと肩の部分が寒いと思って。」
「いや。中に着てるんだから、片方の肩にかける男性用でいいよね? しかもこれ足首も隠れるぐらい長いし」
「でも身分の高い人は男性でもその位の長さまで着てたはずだよ。寒いから少しでも肌が出ないようにしたかったし……それに薫兄は女性用の着方の方が似合っているんだもの」
「だもの。じゃないから」
「大丈夫よ。それにそんな違い私達にしか分からないから」
そう言って、泉が親指を立ててグッドのジェスチャーをする。何がいいのか分からないんだけど?
「似合っているのですよ」
「そうッスよ」
「……ワブー。何か言って欲しいんだけど」
「ワブーならどっかに行ったわ。それにしても何か女性らしさが際立っているわね。この服装」
「後でやり方、教えましょうか?」
「そうね。そちらだと古くてもこっちだと最新のファッションになるかもね」
……これ僕を男性扱いしてないよね。絶対に。
「何これ!? 可愛いわね!!」
「お! かわいい服を着てるじゃねーの」
「何で皆が戻ってきてるの」
「ワブーが、着替えが終わったから戻ってきていいぞ。って」
「間違ったことは言ってないはずだが?」
「ちょっと待ってて欲しいんだけど!? というかそこ! 男性3人! 何を祈っているの!?」
「す、すいません。何かつい……」
「いや。女神が降臨されたと思って……」
「同じくですね」
「いやいや。男!」
「「「説得力が無い(ですね)!!」」」
男性陣がそう返事を返してくる。恥ずかしくなってきた僕は慌てて、先ほどまで着ていたコートを羽織ろうとする……が。
「……あれ? コートは?」
この服を着る前、ここに置いといたんだけど……まさか!?
「泉! コート取ったでしょ!」
「え? 取ってないよ? それに……薫兄の目の前にいるんだし」
「というか……皆、薫の前にいるッスよ?」
「あれ? じゃあ、どこに?」
「これじゃないか?」
カーターがはそう言って、コートが置いてあった場所の近くからボロボロの布切れを手に取る。
「コートは力尽きたようね」
「タイミング良すぎでしょ!?」
「神は言っているんじゃね? その服装のままでいろってさ!」
「異世界の神様! 何で僕にこんな試練を与えるの……!!」
「薫兄。それだと寒いからヒマティオンを羽織る?」
「……ねえ。そろそろ僕を慰めてくれないの?」
先ほどから誰も男性扱いしてくれない。もう、すごく泣きそう……。
「……泣き顔されると余計に女性に見えて……何を言えばいいか分からない」
カーターにトドメの一撃を言われ、ガラスのハートが砕けた僕は膝を抱えてシクシクと泣くのだった。
「こ、これはどうすればいいのですか?」
「……しばらく、放っておいてあげましょう」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―1時間後―
「それでは王子達の護衛をお願いしますね」
「分かった」
ワイバーンの回収部隊が到着し、シーエさんとマーバはこの場を指示をするということで残ることになった。
「とりあえず今日は帰ろうか」
「そうッスね。布の購入はまた後で」
「なのです。薫の服もボロボロですし……」
「いや。あれは心もボロボロだと思うが?」
ふっ。ワブーの言う通りでボロボロだよ。だって……。
「女神様……」
「どうか俺達に祝福を……!」
「可愛い……あの服どうなってるのかしら?」
ワイバーンの回収作業のため、王都から来た冒険者たち。彼らは僕を見るなり、膝を付け祈り始めたり、僕の服を見てファッションチェックを始めたりしている。
「あの娘。顔を赤らめてかわいい~~!」
「そうね。確かに似合っているわね。でも、髪をもう少し伸ばして結びたいわね。そうすればもっと美しく、そしてかわいいはずよ」
「今度、私マネしてみようかな!」
「ふ、ふつくしい……」
「こんなところで女神に会えるなんて…」
「ああ。長年、生きていたが始めてだ」
「そうか。今回ワイバーンが王都を襲う前に撃墜出来たのは女神様のおかげだったってことか……」
「……」
確かに撃墜したのは僕たちがやったので間違ってはいないけど、いないけどさ……。
「すっごく可哀そうに見えてきた」
「シーエ達がああなら、他もこうなるわな」
「……」
「笑顔で黙ったままなのですが……」
「それでいてポージングは完璧ね。いかにも女神様って感じの座り方だわ」
「何か悟ったッスかね?」
「皆さん! とりあえず馬車に乗せてあげましょうよ!!」
「……そうだな」
王子様の優しさに涙が出そう。とにかく帰らせて欲しい。……この後、家に帰って布団の中で一晩中泣いたのは言うまでもない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―その日の夜「ビシャータテア王国王宮・王の書斎」アレックス視点―
「どうだった…」
「色々ヤバすぎです。あれらの魔法は……」
「だよな」
「父上……苦労されてますね」
「まあな……はあ~~……」
あの後、城に戻った私は父上にワイバーンの討伐の報告をした。やはり自分にも、薫さん達の魔法を見てもらい、それについて話し相手になって欲しかったみたいだ。
「スイセイだったか? ワイバーンの回収にいったやつらが騒いでいたらしいぞ。女神様の御力だ! ってな」
「あれを一組の魔法使いが自力で起こしてますからね。余計に驚きですよ」
「とにかく聞いている限りヤバい。というよりカーターから聞いていたあの魔法はまだ使ってないしな……」
「あの魔法とは?」
「……神霊魔法だ」
「……今、なんと?」
「あいつら、雷を落とせるらしい…」
「は、はあーーー!!? ちょ、ちょっと待ってください! 神の魔法ですよ! 命を代償に使えるって! あれが使えるって……!?」
「あちらの世界だとそれを日常生活に使用しているらしい。これも黙っといてくれ」
もう、ヤバ過ぎる。あのスイセイという魔法だけでも簡単に攻城できるだろう。それに神霊魔法なんて……あれをこの情報なしでいきなり見せられたら、その魔法を見ただけで多くの兵が平伏しかねない。しばらくは知っている者だけの秘密にしなければ……。
「お兄様!」
父上と話をしていると、母上と妹が部屋に入ってくる。
「良かった。お怪我とかは?」
「大丈夫だ。薫さんが少し怪我したがポーションで回復したから安心しろ」
「そ、そうですか。それは良かったです」
……妹よ。お前が薫さんに興味があるのは知っているからな。
「それと、そうだお前に土産だ」
「え。お土産?」
ある紙を数枚机の上に広げる。
「あら。かわいいわね。この服装は?」
「キトンと言われているそうです。あちらだと古代の服装らしいですが」
母上は薫さんが着ていた服に当然興味を持った。一方、妹は……。
「あ、あの……この念写は?」
「ああ。カーター達に頼んでドローインで写してもらった。泉さんの写真ならカラーだったんだがな」
「そ、そうですか……」
「なるほどな。男共の女神の意味が分かったぜ。こりゃあ、勘違いされそうだな」
「そうですわね。この服装どうなっているのかしら?」
「ああ、それなら聞いておきました。紙に書いておいたのでこれをどうぞ」
泉さんから聞いた内容を、こちらの言葉に変換した紙を渡す。
「あら。これは簡単ね。しかも布を切らないなんて」
「留め具を可愛いものにするといいそうですよ」
「へえ~」
「という訳で見せ終わった事だから、このドローインした物は全て持って行っていいからなユノ」
「いや。私欲しいなんて……でも、せっかくお兄様からのプレゼントですし……いただいておきますわ」
「そうか」
「そうしたら、私は部屋に戻りますね。それではお休みなさい」
そう言って、ユノが足早に部屋を出ていった。きっと、眠りにつくまでの間、あの写真を眺めているのだろうな……。
「誰に似たのかしらね?」
「分かりやすいですよね」
「……俺か?」
「ふふ。多分そうかも」
「……父上。薫さんの血筋とか気にしないのですか?」
「うん? まあ、後継ぎになるお前なら気にするが、あの子はそうじゃねえからな、特には気にしてねえよ。むしろ……お前が血筋を気にするってことは」
「ええ。カシーから聞いています。エルフかドワーフ、そして魔物だと」
「あいつ」
「まあ、いいじゃないですか」
「気にしてないですよ。まあ、薫さんの人柄なら問題無いかと」
「そうか。まあ、あちらの世界の事情もあるから急ぐ必要は無いからな」
「分かってますよ。それに、それより先ほどの問題の方が大変ですから」
「……だな」
「あら? 問題ってなんですか?」
「すまん。これに関しては知らん方がいい。話せる状況になったら話す」
「……分かりました。なんとなく厄介ごとみたいですしね」
「はは……」
今度の会議で薫さん達の魔法をどこまで話すか、これからの父上の苦労を考えると、素直に笑えなかったのであった。
次週は今までの話を整理、訂正をするためお休みです。次回は11月13日(水)予定です。




