344話 聖獣フルールの謎
前回のあらすじ「探索パート継続中……」
―「ビシャータテア王国・クラフターヴェルンのお店 店内」―
「それで……どうして、そのような事になったんですか?」
ユノが問いただす。ヴェルンさんはしばらく天井を見上げた後、ゆっくりと話し始める。
「あの時……俺はスランプだった。いい物が作れない状況だったんだ……。」
「それが理由で、これらの武器を売りに来たアンジェさんから騙し買い取ったのです?」
「それもある。だが……一番の理由は母ちゃんの薬だ」
「母ちゃん……奥さんご病気なんですか?」
「だった……だ。それからしばらく経った梅雨明け直後に亡くなった……」
そう言って、カウンターの上に置いてあったお茶を飲むヴェルンさん。
「いい薬を買うために、金が必要だった……今すぐにでも、薬を買えるほどの大金が……そう焦れば焦るほど……ろくでもない品ばっかりが出来ちまった」
「その時に現れたのが……お婆ちゃんだったんですね」
僕がそう言うと、ヴェルンさんは黙って頷く。
「俺の評判を聞いて来たらしくてな……これらの武器を売ってすぐに金が欲しいと言ってきた。そして……あるレシピを教えるから、それが売れたら売り上げの一部を貰いたい。とも」
すると、ヴェルンさんはアイテムボックスから数枚の紙をカウンター席の上に広げる。本人の了承を得てから手に取り、その内容を確認する。そこにはバリカンの設計図が載っていた。ただ、よく見ると動力部分に魔石が使われていた。
「自暴自棄だった俺は、それらの武器を安い値段で買い取り、バリカンの売り上げの全て懐に仕舞ってしまおうと……」
「職人としては恥ずかしき行為を行ったんですね」
「ああ……武器をすぐに売るには難しかった。だから、そっちのバリカンを設計図通りに作って売り飛ばした。何せそれを動かすための魔石を、ご丁寧にも大量に用意してくれたからな……そしたら、飛ぶように売れたよ。母ちゃんが死ぬまでの間の薬代が賄っちまえるくらいにな」
「けど……奥さんは死んでしまった。その後、あなたの心にあったのは……自責の念だった」
「……ああ。死んだ母ちゃんの墓標の前で、俺はどんな顔をすれば分からなくなった。そこら辺のチンピラと変わらない馬鹿な事をしでかして、その挙句、母ちゃんの病気は治らず仕舞い……その時くらいだったか、弟に、バリカンを作成したのは兄貴じゃないか? って聞かれたのはな……」
ドルグさんが、あのような態度を取ったのはそれが理由だったのだろう。愛する人を直後に亡くなった兄が、その悲しみ以外にも何か背負っているのに気付いたのかもしれない。
「それで……その後、お婆ちゃんは一度も来なかったんですね。そうじゃなければ、これらの武器は返却していたはずですから」
「……ああ、そうだ。使い込んだ売り上げの一部も……な」
するとヴェルンさんは、アイテムボックスから今度は金貨の山をカウンター上に出す。
「これが売り上げの一部だ。本人がこの世にいない以上、お前さんが受け取ってくれ。それと、この2つの武器のチューニングは済んでいる。持っていってくれ」
「でも……これって……」
「騙し取ったんだ。気にせず持っていってくれ。そうしなければ……俺の気が済まない」
「なら、バリカンの売り上げは結構です。これら武器をこちらで保管してくれたお礼として受け取って下さい。もし、それでも納得いかないというのなら、会った時のお婆ちゃんの様子について教えて欲しいんですが……」
「お前さんの婆ちゃんの……様子?」
「……すいません。もしかしたら、お婆ちゃんは何か目的があってここに売った可能性があるんです」
「目的だと?」
「はい」
ここまでの話を聞いていたが、お婆ちゃんはお金を稼いで何をしようとしていたのだろう。そもそも……何でこの店にこんな注文をしたのだろうか?
「この武器のどちらか一方は、僕のお婆ちゃんの魔法使いとしての武器で間違い無いと思うんです。そんな大切な物を売って、それで得たお金で何をしようとしていたのか……失礼な話ですが、ヴェルンさんの悪い噂を聞いて、それを狙って尋ねた可能性があります」
「な……!?」
「薫はどうして、そんな事を思うんですか?」
「このバリカン用の魔石の作り方が書かれた紙がいつの間にかドルグさんたちの所にあったって話を覚えている? それを置いたのって、きっとお婆ちゃんのはずなんだ。金に困っているヴェルンさんがバリカンを大量に作り、それが王都に出回った時に、必ず魔石が不足するだろうと踏んでいたのかもしれない」
「待て待て!! 何でそんな事をしたんだ? お前さんの婆ちゃんは!?」
「まだ、分かりません。ですが……このバリカンの魔石を作ったお婆ちゃんは、内々で魔道具を作れる方法があるんです。そもそもここのお店にわざわざ頼む理由が無いんです」
「そんじゃあ……一体……」
訳が分からなくなってしまったヴェルンさん。ついには頭を抱え始めてしまった。
「でも……これって、お金目的よりフルールの羊毛が目的な気もするのです」
「そこなんだよね……いや、もしかしたら…そのお金でフルールの羊毛を大量に得ることが目的だった?」
「それは……そうかもしれませんね」
「理に適ってるのです」
僕の意見に2人が同意する。このグージャンパマの技術力で最高峰なのは、僕と泉が管理者となっている3つの古代の施設である。そして、お婆ちゃんはそれらを自由に使える立場だったのだ。金を稼ぐぐらいなら、この3つの施設で何とかしてしまった方が早い。
となると、その3つの施設が持つ技術力でもどうしようも出来ない事があって、それにはお金が必要だったと考えられる。そして……自分の武器を売ったという事は魔獣を狩るという手段でも手に入れられない物ともいえる。
さらに、ここで重要な事は……どうしてバリカンで一儲けしようとしたか。儲けるなら、デメテルに保管されている貴重な薬草を売れば事が済むのだ。わざわざ、こんなまどろっこしい手段を取る必要は無い。
「つまり……俺が渡すはずだったこの金貨で、フルールの羊毛を大量に得ようとしていたってことか?」
「そうなります……でも、どうしてこれを大量に欲していたのか……それが分からないんです」
フルールの羊毛は衣服や寝具、それ以外の布製品と様々な用途に使われている。けれど……これには一番となる特徴が無い。普段使いに使用する素材なら一番ともいえるが……例えば防御面で見るなら、他にいい素材が沢山ある。生活面で見ても、季節によってはフルールの羊毛で作られた物より、そちらを使用した方が良かったりもする。
「フルールの羊毛……何か秘密があるのか?」
そもそもフルールは一体なんなのだろう? 他の聖獣は地球の神話に出て来る聖獣の名前が当てらている。しかし、このフルールだけそれらに該当しない。
「フルールはフランス語で花の意味……空想上の生き物の名前ですらない……」
「……そういえば」
頭を抱えて俯いていたヴェルンさんが、何かを思い出したかのようの素振りを見せる。
「どうかしたのです?」
「もし、別の奴がこの報酬の受け取りに来た場合、先ほどのネックレスを見せる事を条件にする。って契約を決めた時なんだが……確か……」
その時の事を思い出そうと必死になるヴェルンさん。すると両手を叩き、グイっとこちらに顔を向ける。
「まさか、イレーレがこんなのを残していたとは……って、ボソッと言ってたはずだ」
それを聞いた僕たちは、これがお婆ちゃんにとっても予想外の出来事だったと知るのであった。その後、少しだけやり取りをしてから、ヴェルンさんから武器だけを受け取って、僕たちは店を後にした。
結局、バリカンの売上金の使い道だが……息子だと思っていたあの子供。あの子は孤児だったらしく、複雑な事情があってヴェルンさんが引き取ったらしい。
そこで、僕の方の提案で、この子を立派なクラフターとして育て、技術の継承をしていく事。それを条件に売上金の全てをヴェルンさんへ譲渡、そしてお婆ちゃんを騙したことを許す。という事にした。この方がヴェルンさんにとっていいだろうし、実の娘である母さんがいたとしても同じことを言ってるだろう。
「これからどうするのです?」
ユノを王宮に送り届けたその帰り道、ビシャータテア王国の街並みが赤く染まる時刻に、商業地区の大通りを歩いているとレイスが突如訊いてくる。
「今日は帰って……明日、色々調べてみようか。マクベスとセラさんに訊いたり、どこかの施設にフルールの情報が記録されていないか調べたり……それと」
僕はそう言って、先ほど手に入れた武器が入っているアイテムボックスを見る。
「この2つの武器が誰の武器なのか……念のために確認しないとね」




