341話 ビシャータテア王国の聖獣
前回のあらすじ「天誅!」
―オルデ女王が氷漬けになった次の日「魔導研究所クロノス・開発室」―
「薫。完成したぞ」
そう言ってグリモアを渡す直哉。それを手に取って腕に装着する。そこには新しい魔石が1つ追加されている。
「2つ魔法を1つにする魔法だったとはな」
「誰も試さなかったの?」
僕はグリモアの着け心地を確認しながら直哉に訊く。誰か1人くらいは試していそうな気もしたのだが。
「そう思って、試した奴もいた。しかし……上手くいかなかったがな」
「組み合わせに法則があるのかもしれないね。火と水をただ使っただけじゃ消えちゃうだろうし」
「そうだな……薫の方で分かった事があればどんどん報告してくれ。少なくとも試したい事がお前のおかげで出来たしな」
「何を試すの?」
「強力な上級魔法と、この魔石を使ってそっくりな魔法を使用した時の違いを比較したい。これを使えば術者の負担を軽減させながら強力な魔法を連発とういうのも出来るかもしれないしな」
「ああ……そんな可能性もあるんだね」
「薫! 終わったのです?」
直哉と話をしていると、レイスが開発室に入って来た。
「うん。終わったよ」
「そうしたら、さっそく向かうのです。ユノが待っているはずなのです」
「分かってる。じゃあ、直哉、また何か分かったら話すよ」
「よろしく。で、お前はこれから何しに行くんだ? 慌てているみたいだが」
「これからユノに案内してもらって聖獣に会いに行くんだ。ビシャータテア王国の聖獣ってどんな姿なのか知らなかったし」
「そうか……何か珍しい物が手に入ったら教えてくれ」
「……期待しないでよ」
そう言って、僕はレイスと一緒に部屋を後にするのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―同時刻「イスペリアル国・聖カシミートゥ教会 会談の間」サルディア王視点―
「あれ? オルデ女王はどうしたんだ?」
「風邪だそうです。マグナ・フェンリルに全身を氷漬けにされたら、まあ、そうなりますよね」
「というより、よく生きていたな……そこにいるハク殿と同クラスの聖獣のはずでは?」
今、会議に参加している全員がこの話題でもちきりである。ことの発端は、一昨日に起きたアオライ王国で起きたフェンリル襲撃事件である。それ自体は薫たちがフェンリルを討伐したらしく、1人の死者を出す事も無く終わったらしいが……。
「あの事件、うちの密偵もてんやわんやしてて、確かな情報を得てないんだが」
「こちらもですね……アリーシャは知りませんか?」
「私は知らないです。ただ……」
そう言って、アリーシャ女王がこちらを見る。
「何か言いたい事でも?」
「ご息女のお婿さんですから……当然、話を伺ってるんじゃないですか?」
「……ハリルからの報告だがな」
事情を知っているハク殿以外の全員がこちらを見る……うん?
「ゴルド殿は知らないのか?」
「詳しくは知らん。ハクがマグナ・フェンリルとここの領事館で、ばったり会ったと報告は聞いてるがな」
「え!?」
コンジャク大司教が驚いた表情を見せる。どうやら領事館に勤めている修道士は伝えていなかったようだな。
「コンジャク大司教。マグナ・フェンリルだが……薫の作った料理がひどく気に入ったようで、ちょくちょく通うそうだ。オルデ女王とアオライ王国の商業ギルドのマスターは、その際の連絡役として生かされたらしくてな……フェンリルの討伐の報酬を、素材が取れなかったからと言って渡さなかった罰だな」
「自業自得ですね……」
「そうだな」
まあ、そのおかげでマグナ・フェンリルの素材が全て薫達の手元に入って来たのだから、こちらとしては美味しい話だったのだが……。
「しかし……あの狼ババアに気に入られるとはな。それだけ美味い料理だったか」
「それもそうですが……どうやら、フェンリルとの戦いを遠くから見ていたようで、その見事な戦いっぷりに惚れたそうです」
「ほほう。にして、それはどんな戦いだったのか聞いたのか?」
「……フェンリルは一度負けたらしく、その後、不意を突いて薫さん達に特大の一発を仕掛けようとしたらしいのですが……それを見越していた薫さんとレイスさんによって消されたそうです」
そのハク殿の言葉に何か引っかかたのだろう。参加者達が首を傾げている。
「消した? 討伐の違いじゃ無いのか?」
「ローグ王の言いたいことは分かります……間違いなくフェンリルは黒い何かに飲み込まれて消失したそうです。そういえば、あの魔法が直撃したらあの犬も危なかったとか言ってましたね……」
「……あいつ、そんな魔法を覚えていたか?」
「きっと、新しく作った魔法なんでしょう。どんな凶悪魔法を使ったのか……」
数名からため息が漏れる。どんな魔法を使ったのかは我も知らない。しかし、危ない魔法が新たに生み出せれたのは間違いないだろう。
「あいつら……案外、魔王を一撃で消し飛ばせるんじゃないか?」
「かもな……」
彼らがどこまで強くなるのか……そして、どれだけ危険な魔法を量産するのか……考えるだけで頭が痛くなる。とりあえず、その件はここまでにして、我々は今日の会議の本題へと入るのであった。
(マグナ・フェンリルを使ったマントが手に入る事が知られなくて助かったな)
お世話になってるという事で、我と息子のアレックスにはマントを、妻とユノには肩掛けを用意してもらえると約束をしている。今から楽しみでしょうがない。
そんな心中を悟られないように、自制心を保ったまま、皆の報告を聞くのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―「ビシャータテア王国・南にある草原地帯近くの上空」―
ユニコーンのシエルに乗って、ビシャータテア王国の聖獣の元へとゆっくりと向かっている僕たち。
「~♪~~♪」
僕の後ろでユノがご機嫌に鼻歌を歌っている。確か、この音楽って最近売り出されたゲームの主題歌だったかな。
「ご機嫌だね」
「デートですから♪」
ニコッと笑みを浮かべて答えるユノ。
「隣にカシーさんたちがいるのに?」
横を見ると、僕たちのすぐ近くを飛んでいるカシーさんと、そのカシーさんの肩に座っているワブーの姿が……これをデートと呼べるのだろうか。
「基本的に、姫様の安全のために誰かしらが護衛してるのよ。だから、気にしない方がいいわ」
「だが安心しろ。お前らがそういう事をする時は、席をしっかり外すからな」
「はいはい……それで方向はこっちでいいんだよね」
ワブーの発言をスルーする僕。あまりにも素っ気ない態度に、揶揄ったワブーがつまらなそうな顔をしている。
「ええ。この先によく見かける場所があるの。今は暖かくなってきたから、そこでお昼寝でもしてるんじゃないかしら」
「そんな無防備なのです?」
「はい。それにたくさんいますよ」
たくさんいるのは他の聖獣もそうだったので問題無いのだが……無防備は初めてかもしれない。
「あ、見えてきましたよ」
森林地帯を抜け、広い草原地帯に出ると、そこには羊が群れを成して移動していたり、さらに奥の方では馬が仔馬を含めて3匹いて、家族で一緒に走ったりしている。それを襲う動物や魔物が見られず、かなり平和的な光景となっている。
「平和なのですね……」
「そうだね。それでここに下りればいいの?」
「はい」
僕はシエルに頼んで草原地帯に下りてもらう。目の前には日向ぼっこをしている羊たちがいる。
「(平和だね)」
「シエルもそう思うよね」
ここにいる皆が伸び伸びと過ごしている。ここまで来ると、羊飼いの人がどこかにいるのではないかと思ってしまう。
メェー!
すると、1匹の羊がこちらに近寄って、その頭を僕に擦りつけて来る。僕もお返しにその頭を撫でると、そのふかふかの毛が手に触れる。
「いい羊毛だね……ふわふわしてて……あれ?」
「どうしたのです?」
僕がふと思った疑問。それを羊の背中に乗って、ふかふかの毛に包まれて上機嫌なレイスが声を掛けて来る。
「……羊ってしっとりしているはずなんだけどな」
羊の毛は刈る前は皮脂汚れなどで、しっとりしているはずである。毛を狩り取り、しっかり汚れを洗い落とすことで、あのふかふかの羊毛になるのだ。
「……あ、これって魔獣?」
「そうですよ。薫もビシャータテア王国によく来ているから、名前もご存じかと」
「……フルール?」
「その通りです♪ そして……ご要望の聖獣ですよ」
「……え? そうなの?」
メェーー!
元気良く返事をする羊……じゃなく、フルール。きっと僕たちの話に合わせて返事を返したとかでは無いだろう。その眠たそうな目、そのボケーとした顔付きが語っている。
「何か最後の最後で……拍子抜けだな……」
メェー!
またまた元気よく鳴くフルール。とりあえず、色々言いたい事はあるのだが……とりあえずはそのふかふかの毛を堪能すべく、フルールに抱き付き、目一杯ふかふかを味わうのであった。




