表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
340/503

339話 マグナ・フェンリル

前回のあらすじ「暗き湖沼へ→尾曳城の伝説より」

―夜「イスペリアル国・領事館 食堂」―


「ふむ……これは美味じゃな」


 僕が調理した料理を食べるフェンリル。家まで帰るのが面倒なので、僕たちはイスペリアル国の領事館で一泊することにした。それで、客人であるフェンリル、それと泉たちの鬱憤を晴らすのに相応しい料理は何だろうと、アイテムボックスにある食料を見て考えた結果……というより、これしか用意して無かったのだが。


「何でお好み焼きの材料が揃ってるの?」


「この魔石の力で動くホットプレートの使い心地を試そうと思って買ってきたんだ。今日の一件が無ければ、親しい人を呼ぶか、今日お手伝いに来ている修道士の人たちの労いの意味を込めてご馳走しようかな……って考えてたんだ」


 僕は泉とそんな話をしながら、ホットプレートの上にあるお好み焼きをひっくり返す。後は中まで火が通れば完成だ。


 このホットプレート型の魔道具は、商業ギルドが冒険者向けに当初は開発した物だったのだが、その便利性に一般家庭にも普及し、地球への輸出品としても検討されている物である。ちなみに、このホットプレートは商業ギルドから譲り受けた物で、あっちで売れるには他にどうしたらいいかアドバイスが欲しい。という事だった。


「あら? いい匂いがすると思ったら……」


 エルフの修道士であるクリーシャさんが食堂に入って来る。眠たそうな顔をしているが……。


「クリーシャさん? 今日はもう帰ったんじゃ?」


「すいません。必要な書類を作り終えて、一休みしてから帰ろうと思って、ソファーで休んでいたら、うっかり眠りこけてしまって……後で、書類の方に目を通してもらっていいですか?」


「分かりました。それと一緒にどうですか?」


「お腹がぺこぺこでして……お言葉に甘えて」


 そう言って、クリーシャさんが食堂へと入って来て、泉の対面にある椅子に座る。


「……うん? 薫さん? その……白い獣は……」


「うん? 何じゃ?」


 クリーシャさんの問いに、返事をするフェンリル。


「喋った!? え? まさか、聖獣のフェンリル? しかも……この姿って……」


 クリーシャさんがかなり驚いた表情で一口サイズに切ったお好み焼きを食べるフェンリルを見ている。


「あの……何かご存じなんですか」


「聖獣フェンリルには2種類いまして……まさか、フェンリルの女王であるマグナ・フェンリルがいるなんて思ってもいなかったので……」


「……そうなの?」


「女王になったつもりは無い。妾はそんなめんどくさいことする気も無いのでな……ただ、お主らが戦ったフェンリル程度なら、その首を刎ねるぐらいは容易じゃな」


「うわ……戦いにならなくて本当に良かったですよ……」


「すいませーん! 薫さんいますか!」


 すると、今度は玄関先から、誰かの声が聞こえる。この声は……恐らくハクさんだろうか?


「クリーシャさん。お願いできますか?」


「分かりました。こちらにご案内しても?」


「お願いします」


 今、お好み焼きを何枚も焼いているので目を離す訳にはいかない。そこでクリーシャさんに頼んで、こっちに案内してもらう。


「遅くにすいません。薫さんたちがついさっき帰って来たと話を聞いたので、尋ねたんですが……当たりの様ですね」


「夕飯目的ですか……まあ、いいですけど。今日はお好み焼きって言う料理になりますよ」


「大丈夫です! あっちの世界の料理はどれもこれも……うん?」


「もぐもぐ……うん?」


 ハクさんが、食事しているフェンリルに気付く。そして、フェンリルもそちらに気付いて振り向いている。


「な……何でここにいるんですか!!」


「それは、こっちのセリフじゃ。トカゲ風情がどうしてここにいる?」


「何ですって……? この犬っころ風情が……?」


 目が合った瞬間に、睨みあいながら口喧嘩を始める二人。もしかして、犬猿の仲なのだろうか?


「お知り合いですか?」


「ええ……たまに暇つぶしと言って、わざわざドラゴンの棲み処にやって来る狂犬です」


「何を言ってるのじゃ? この前は儂に喧嘩を売りに来た赤いドラゴンが逃げたから、それを追ってお主らの縄張りに入っただけじゃが?」


「その際に、仲間がどれだけやられたか覚えてますか……?」


「さあ? 喧嘩を売って来たその1匹は嚙み殺したが……それ以外は死んではいないはずじゃぞ?」


「大ケガはしたんですけど?」


「そんなの知るか。妾には関係ないことじゃしのう……」


 お互いに一歩も引かず、バチバチと火花を散らす2人。このままだと、ここら一帯が破壊されてしまうので、この言葉で止めるとしよう。


「食事中は喧嘩なしですよ……もし、それでもするというなら……罰として夕飯抜きになりますよ?」


「う!? わ、分かっています」


「妾はもう食べたが……お替りしたいからのう……大人しく従うとしよう」


 前足で空になった皿を触ってアピールするフェンリル。その皿はかなり綺麗だった。もしかしたら、お好み焼きを食べ終わった後も、舌で舐めて残ったソースを味わっていたのかもしれない。その口元がソースで汚れているのが何よりの証拠だろう。


「はいはい……チョット今から焼くので、待ってもらっていいですか」


「構わん。この余韻を楽しむのも一興じゃ。それに……そろそろここへやって来た理由を、お主らに話さんといけないしのう」


 そう言って、魔法で出した水でしっかり口元を洗うフェンリル。先程まで青海苔とソースで汚れていた口元が綺麗になって、凛々しさが復活する


「そういえば、そうだったのです」


「ご飯を食べながら話してもらうつもりが、暴力的なお好み焼きの香りで、忘れてたッス」


 レイス、フィーロ……忘れないでもらいたい。それと、口元が汚れてるのを気にしてほしい。


「それで、ここへ来た理由を聞かせてもらってもいいですか?」


「ああ……ことの発端じゃが繁殖目的じゃ。要は、あの馬鹿なりの妾に向けてのアピールじゃな」


「「「「……え?」」」」


 今回、死を覚悟しながら戦った僕たちは、その理由に呆気に取られる。


「何だろう……そんな事で王都を襲ってたの?」


「棲み処にするって言ってたからのう。冗談じゃと思っていたが……誠の馬鹿よのう」


「もしかして……僕たちが止めなければ、そちらで止めてました?」


「強者としての矜持の無い者をあのままにするのは、妾の矜持が許さぬからな……迷惑を掛けたから詫びの品も用意したが……あんな者共にこれを渡すなら、アレを処理したお主らに渡そうと思ってな。ありがたく受け取るがいい」


 そう言って、フェンリルは持って来ていた白い何かを渡してくる。それは何かの毛皮だろうか。それを近くにいた泉が手に取り広げると、真っ白い未加工の一頭分の毛皮が現れる。泉からは声にならない叫びが漏れている。


「妾の毛皮じゃ。お主ら人間には高価な物と聞いておったが……どうやら、合っていたようじゃな」


「うわ……これで新しいのが作れる!! しかも、3匹分!! これだけあればあんな物やこんな物が……どれをに作ろうか迷っちゃう!!」


 フェンリルの話を聞かずに、新しい服の想像を始める泉。何か凄そうな服が出来そうだが……。


「あれ? ご本人の毛皮……? え? 皮膚が生え変わるみたいなノリなの?」


「そうじゃ。普通のフェンリル共には無いが、妾は周期的にこんな風に生え変わるのじゃ……一部の魔獣が行う脱皮のようなものじゃな。それを下に引いて寝床替わりにしていたが、少し余っていたのでな。気にせずに受け取るといい」


「脱皮……何か違う気が……」


「まあ、いい例えが無いだけじゃ。そんなものと思えばよい。それはそうと……そっちの女子(おなご)共はこれで満足のようじゃが、お主はそうでも無いようじゃな」


「いえいえ。十分に満足していますので」


「薫兄! ショールとケープのどっちがいい?」


「僕、男だから……」


「それで、肩掛けを作ったらどうなのです? 今度、会議に出席する際にその上に羽織る用として……」


「レイスの意見採用。そうしたら、私達とユノの分も……」


 そう言って、また毛皮の方に意識を集中させる泉。


「お主……男だったのか?」


「見て分かりませんか?」


「分からん。妾の嗅覚でお前達を捜していた時も、全員が女性だと思ってたのじゃ」


「……納得いかない」


 見た目どころか匂いも女性扱いされるなんて……。


「薫さん。焦げませんか?」


 クリーシャさんに言われて、焼いていたお好み焼き2つを慌ててひっくり返す。2つとも焦げてはおらずイイ感じで焼けていたので、ソースとマヨネーズ、その上に青海苔とかつお節を掛ける。


「はい。どうぞ」


 出来上がったその2つを、皿に載せてクリーシャさんとハクさんの前に出す。それを2人は箸を使って食べ始める。そして、僕は次のお好み焼きを焼いていく、今度は趣向を変えてシーフードにしようと思って、エビとイカにアサリが入ったシーフードミックスをアイテムボックスから取り出し調理を始める。


「う~~ん!! 香りからして期待してましたが……これはヤバいです」


「分かります。そして、こんな料理を食べてしまうと定期的に欲しくなるんですよね」


「ですね……これらの食材が市場に出回るのは、何時になることやら……」


 2人が料理を食べながら、これらの料理がいつ一般的に広まるのかを話し始める。冒険者ギルドの中には未知の食材の発見だったり、伝説上の食材を採りに行くための護衛とかの依頼が盛んに発注されるようになったりと、かなり貪欲に食への探求が行われてる。エルフとドラゴンの寿命なら、あっという間に近い感覚で地球と同じくらいになるかもしれない。


「先ほどのとは違う物か?」


「そうですけど……同じ物が良かったですか?」


「いや。むしろ、先ほどとは違う美味を味わえると思うと楽しみじゃ……まあ、お主の仕事が増えるようじゃがな」


 そう言って、食事中の皆を見るフェンリル。うん。気付いているよ……皆から、私も食べたい! という熱い視線がこちらを向いているんだもん。


「大丈夫です。慣れてるので」


 僕はそう言って、皆とお喋りをしながら、お好み焼きをどんどん作っていくのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ