338話 暗き湖沼へ
前回のあらすじ「2体1対の召喚魔法」
―「アオライ王国・港町ダゴン 商業地区にある高い建物の屋上」―
「ちっ!」
僕たちに目掛けて、フェンリルが氷の槍を撃ち続ける。しかし、それら全て2本の和芸和傘が防いでいる。
「あんな薄っぺらな物で、どうして我の攻撃を防げるのだ!?」
フェンリルのその質問。それは簡単な話で鵺による強化である。鵺で氷の槍を防げたのだ。それを使って強化された傘も防げるという当然の事だろう。
「……しかし、その魔法がどこまで持つのか……な。フハハ!!」
フェンリルが笑う。確かに攻撃を防げてもこちらからの攻撃は1つも当たっていない。領域魔法である赤城颪による攻撃の範囲外にいるため、このまま戦闘が続けばこちらの負けである。
トントン……
そんな最中で尾曳は手毬を突いている。そんな姿に泉たちが何か言いたげだが……これが攻撃なので問題無い。そして……その手毬を両手で掴み遠くに投げる。こんな激しいバトルの中、ゆっくりと放り投げられた手毬は、当然だが何も当たらずに屋上へと落ちて転がっていく。
「何だ? そんな攻撃当たる訳が無いだろう!」
そんなフェンリルの声が聞こえてるのかどうか知らないが、尾曳はどこからか新たに出した手毬を再び突き始め、そしてまたどこかへと投げる。それを繰り返して既に周辺に6個ほど屋上に転がっている。
「尾曳。そろそろお願い」
尾曳に対して、僕がそのようにお願いをする。すると、突いていた手毬を同じように投げた尾曳は、片手を前に出して人差し指と中指を立てながら念じ始める。
フェンリルは相変わらず走り続けながら、攻撃を仕掛けて来る。しかし、突如としてそれが終わった。フェンリルは何かにつまずいたかのように、空中でこけて屋上に落ちてきたのだ。それだけじゃなく、屋上に落ちたフェンリルは起き上がろうとするが、誰かが上から押さえつけているようで、なかなか起き上がって来ない。
「何が……? おおーー!!?」
すると、今度はフェンリルが引きずられる。そこにはフェンリル以外に誰もいないのに。
「があっ!?」
赤城颪の領域内に入ったフェンリルが喉の渇きを覚えたのだろう。このままだと危険と判断して、どうにか抜け出そうとして、力づくで立ち上がる。しかし、今度はその4つの足がそれぞれ引っ張られ、胴体が屋上に張り付けされる。その4本の足の先にあるのは……手毬。
「あ……がっ!?」
お腹を強く屋上に押し付けられているために、呼吸がしにくくなったフェンリル。展開していた氷の槍もいつの間にか破壊されていた。
「な、何を……し……た?」
「さあ? それで降参する? 素直に帰ってくれるなら開放するけど?」
最後の情けでフェンリルに投降を促す。フェンリルには人間並みの知恵があり、こっちが強いと見せつけたのだ。聖獣である以上、討伐するのは気が引けるので、大人しく王都からお帰り頂きたい。
「……」
こちらを鋭い目つきで睨みつけるフェンリル。しかし、一度目を閉じて……。
「分かった」
逆立っていた毛が元の状態になる。どうやら素直に引いてくれるようだ。僕は尾曳に指示をして、術を解除してもらう。
「……」
そのままスッと立ち上がって、僕たちから離れるフェンリル。すると、高く飛び跳ねて、その顔をこちらに向けてきた。
「馬鹿め! これでも喰らって死ね!!」
フェンリルの毛が再び逆立ち、先ほどの放っていた氷の槍と比較にならないほどに大きい氷の槍を作り出すフェンリル。
「……まあ、そう来るよね」
舐めた態度で冒険者たちと戦っていたこいつに、強者の誇りなど持っていないと思っていた。だから……こうやって離れた場所から攻撃すると思っていた。
「守鶴。尾曳。いくよ」
二人が頷いて、先ほどから静かに宙に浮いていた黒い球体に視線を向ける。今、黒い球体の周りに花弁のような物が4つ……すると、タイミングよく5つ目の花弁が付き、チャージが完了した事を伝える。
「薫兄! 何をするの!?」
「まあ……見てて」
守鶴と尾曳の二人が黒い花弁に向けて念じ始める。すると、それはグニャリと変形して長弓と一本の矢になる。四葩をアイテムボックスに戻し、宙に浮いているそれを僕は手に取る。
「そんな黒いだけの弓で何とかする気ッスか!?」
「うん……大丈夫……」
僕は左手を弦にかけ、一度両手を上に持ち上げてから弦を引っ張って発射の体勢に入る。
「そんな物! 捻りつぶしてくれるわ!!」
撃ち出された氷の槍。僕はゆっくり呼吸を整える。
「化かすなら……もうちょっと上手く演技するんだね……」
僕はそう言って矢を放つ。曲線を描いて進む普通の矢とは違い、それは一直線に進みフェンリルの氷の槍へ向かって行く。
「そんな物で…………!!」
氷の槍とぶつかった矢が砕ける。その瞬間、矢が最後にあった場所を中心とした黒い球体が氷の槍、そして何かを言おうとしたフェンリルを飲み込む。フェンリルを飲み込んだ黒い球体はしばらく、ゴゴ……ゴ……と重々しい音を立てながらその場に留まる。
「フェンリルは……?」
泉がそう言った瞬間に、黒い球体は一気に縮小して消失。その瞬間に黒い球体があった方向から強風が吹き荒れ、それと一緒に、こちらに向かって黒い何かが落ちて来る。
「……倒したかな」
「あれから逃げた様子が無いのです。きっと消失したと思うのです」
そんな話をしながら、落ちてきたそれを受け止め、弓と一緒にいつもの黒剣に戻す。
「守鶴、尾曳……お疲れ様」
一緒になって空を眺めていた守鶴と尾曳。勝利した事に子供らしくジャンプしながら喜んでいる。そして、役目を終えた二人は仲良く手を繋ぎながら、どこかへと向かって走ってゆっくり消えていった。
「さて……帰ろうか。っ、いっいって!」
帰ろうとする僕に、泉が両頬を引っ張って帰るのを邪魔する。
「帰る前に説明してよ! 一体アレ何なの!?」
「一瞬でフェンリルが消えたッスね……あんな凶悪な魔法。何を参考にしたんッスか?」
「こんひゃじゃ、しゃへれないてしょ!」
僕は泉の両腕を掴んで、頬を引っ張るのを止めさせる。結構、強く引っ張るので頬がヒリヒリする。
「ほら、相手を結界内に閉じ込めて一気に収縮して倒すとかいう必殺技とかあるじゃん! あれを何とか作れないかなと思って、試行錯誤で作ったのがアレ。カシーさんの多重爆発の考えを取り込んで、黒風星雲を一気に5重掛けしたんだ」
「まさか……ブラックホール?」
「いや……それは無いかな。あくまで高重力で一気に押しつぶすつもりだったし……」
「じゃあ、何で跡形もなく消えてるの?」
「さあ? そこは魔法のご都合主義ってことで」
実際には、黒装雷霆・麒麟の必殺技を直撃で受けたスパイダーがどうして生きていたのと同じで分からないが答えである。一応、自分の心の問題だとは思っている。
「(今回は……討伐だもんね)」
僕はそう呟いて、フェンリルがいなくなってしまった屋上を皆と一緒に立ち去るのであった。
―薫は召喚魔法「守鶴&尾曳」を覚えた!―
効果:鵺とグリモア、術を強化する魔法陣の3つがあり、かつ土属性の魔石を消費することで使用可能。召喚後、指定された3つの行動を制限時間ギリギリまで行い。術者の意思でトドメの必殺技へと移行します。
守鶴&尾曳の攻撃内容は以下の通り
・和芸和傘(防御魔法):宙に浮いている2つの和傘で相手の攻撃を防ぎます。鵺によって強い攻撃にも、ある程度耐えきれるようになっています。
・赤城颪(常時発動):茶釜から半径10m付近の水分を取り除き、極度な乾燥空間を作ります。
・尾曳の渡し(通常攻撃):指向性のある引力または斥力を発生させる手毬を投げて攻撃します。落ちた手毬はその場に留まり、尾曳の意思で引力と斥力を発生させます。
・必殺技「暗き湖沼へ」:上記3つの技を解除後、召喚時から存在する黒い球体から生えた花弁の数だけ黒風星雲を多重発動させる矢と、それを撃ち出すための弓を鵺から作ります。花弁の数は最大5つまでで、経過時間によって花弁の数は増えていきます。なお、撃つのは術者本人なので、しっかりとしたエイム力を身に付けて下さい。
補足内容:この術の威力は術者の状態、武器、魔法陣、土の魔石によって継続時間増・威力増大・負担減・技の追加が可能です。
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―夜「アオライ王国・人のいない通り」―
「ああ……疲れた。まさか、フェンリルの素材が手に入らなかった文句をこの時間帯まで聞かされるなんて……」
「全くなのです。それに報酬も無いなんて」
「こんなのあんまりッス」
3人が文句を言いながら、さっきまでの出来事を振り返っている。あの後、オルデ女王にフェンリルを跡形もなく吹き飛ばしたと報告したら、どうして消し飛ばしちゃうの!と文句を言われ、そこにアオライ王国の商業ギルドのマスターも加わって……やっと、その二人から解放されたところである。
「次、何かあったら無視しよう……うん」
「そうッス! それがいいッス! どれだけ命がけだったか味わうがいいッス!」
「薫! 憂さ晴らしに美味しい物を食べに行くのです!」
「はいはい……うん?」
皆の文句を聞きながら歩いていると、道の中央に白い毛並みが特徴的で、サイズ的にはシェパードぐらいの狼犬が静かにこちらを見つめている。そして、その足元には、その狼犬と同じ白さの何かが落ちている。
「あ! 綺麗な犬……何かこっちを見てるけどどうしたんだろう?」
「い、泉……それ……」
「魔力を持ってるのです!」
レイスとフィーロがその狼犬……いや、フェンリルに注意するように泉に促す。目が合った時から、ただの犬じゃないとは分かっていた……歴戦の強者特有の雰囲気を感じられる。
「倒したフェンリルより強いね……お仲間がやられたことの仕返しに来たの?」
「な訳あるか。あんなつまらぬオスがどう死のうが、妾には関係のない話しなのでな」
女帝のような威圧を放ち、それでいてくだけた感じで話を始める白い毛並みのフェンリル。泉が武器を取り出そうとするので、慌てて僕はそれを制止する。
「その女の思ってる通りじゃ。妾はお主らと戦いに来たわけでは無いのでな……少し話をしたいのじゃがいいかの?」
「いいですけど……僕たち、ここから遠くの国に転移魔法陣で帰るんですが……」
「ちょうどいい。妾も少し遠くに行きたいのでな……同行させてもらうぞ。お主らもどうしてあのフェンリルがこんなバカなマネをしたのか知りたいじゃろう?」
「それは……そうですね」
「決まりじゃな。それでは行くぞ」
そう言って、置いてあった白い何かを口にくわえたまま先頭を歩き始めるフェンリル。僕たちはそんなフェンリルに注意しつつ、その後に続くのであった。




