319話 搬送手続き
前回のあらすじ「鬼娘、空を飛ぶ」
―それからおよそ1時間ほど「マスターの祖母の家」―
「えーと……つまり、そちらの子が熊を躾けたせいで、こうなったと?」
「はい。この子は魔物と呼ばれる種族でして、どうやら誤ってこっちの世界に来てしまったようなのです。それなので、この村で受けた被害に関しまして、こちらの方で保障させて頂きます。後、熊はこのまま彼女と一緒にグージャンパマへと連れて行きますので、これ以上、荒らされるということは起きないのでご安心を……オラインさん?」
「申し訳なかったのじゃ」
「がう」
そう言って、頭を下げるオラインさんと熊のグラッドル。移動中に村に迷惑が掛かった事を伝えており、一度、謝罪してからホテルに行くことにした。
「それはいいんですが……しかし、本当に妖狸さんの方で保障を?」
「はい。私たちはこのような事態に対応するためにも動いてますので……警察の方と相談したうえで具体的な被害額が判明次第、お支払いいたしますが……」
……とはいったが、その資金は僕の財布からでは無いんだけど。
「分かりました。そうしたら警察の方と話し合って、決めさせていただきます」
「ありがとうございます。流石にこんな状況のため、裁判とかも難しいもので……なるべくその場で和解出来ればありがたいです」
「まあ、被害は出てますが、ケガ人とかはいませんからね。こちらとしては保障さえ受けられるなら文句は無いですよ……それより、その子……」
「ええ。かなり酷いケガなので、治療のためにこれで失礼しようと思います」
「そうですか……私達の村の問題を解決していただきありがとうございました」
猟友会の代表さん、他の村民の方々からお礼を言われる。
「あ、武人によろしくと伝えておくれ~」
「あ、はい……」
マスターのお婆さんにはそんな事を言われつつ、村を後にするのであった。
―クエスト「きんみょうな熊」クリア!―
報酬:ユグラシア大陸と魔国ハニーラスの情報
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―さらに1時間程「県内・温泉街の旅館」―
「すいませんでした……こんな急に押しかけてしまって」
「いえいえ、むしろ宿の良いPRになりましたから」
そう言って、女将の玉置さんは部屋を出て行った。玉置さんが女将をするホテルへと、僕たちは直に下りたのだが、それを見た観光客たちが大騒ぎして大変だった。
「おお……凄いのじゃ。これ全てに魔力を感じないのじゃ……」
このホテルの最上階にある広い部屋を暖めるためのエアコンから出る風を感じながら、オラインさんが部屋内の電子機器を次々と確認していく。
「がう?」
「つまり、凄いって事じゃ!」
「がう!」
元気良く返事をする熊のグラッドル。この部屋を荒らさないか心配したが、オラインさんの事前の注意を受けて、行儀よくしている。
「さて……この後は……と」
次に何をしようかと思っていると、スマホが鳴り始める。電話に出ると、電話の相手は曲直瀬医師だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―薫が電話に出てから、およそ3時間後―
「これは……酷いですね」
曲直瀬医師がホテルについて、すぐにオラインさんの左腕を見る。
「どうです?」
「一度、腐ってしまった腕を切除してから、ハイポーションによる治療ですかね」
「き、切るのか!?」
「ええ。この状態でハイポーションを使ってしまうと、ここの腐った箇所で腕が上手く再生されない可能性があるんです。それなので、この左腕を切断して、切断した箇所にハイポーションを流していくのが一番かと……麻酔を施すので痛みは無いはずなのですが……」
「魔物だから、上手く麻酔が作用するか分からない……ってことですね」
「そうです。だから明日、病院に着いたら術前検査を受けてもらって、明後日に手術になりますかね」
「ハイポーションさえあれば、すぐに治ると思ったのじゃが……」
「そうとは言い切れないですね。グージャンパマでも、ハイポーション服用後に原因不明の死として、扱われている件もあるようですから」
「調べたんですか?」
「はい。グージャンパマの各国の薬師や祈祷師の方々に協力してもらって情報を集めたんです。こっちの医師会みたいな組織を来月に発足するのですが、その場でこの件を発表する予定です」
「え? そこまで話が進んでいたんですか?」
「はい。出来れば魔国の方々も参加していただければと思いますので、どうぞご検討の方をよろしくお願いします」
曲直瀬さんは流れる口調で喋りながら、オラインさんに頭を下げる。
「いや!? 儂に言われても困るのじゃが!?」
「ははは! 実際に治療を受けて頂ければいいだけですよ! それでは……私はここら辺で……」
「帰るのです?」
「いえいえ。部屋を用意してもらえたので、そこでオラインさんの入院についてのミーティングをするんです。色々しないといけないことがありますから」
「ご迷惑をお掛けします」
「医者としての仕事をしてるだけですから……では、明日のチェックアウト前に一度伺いますね」
曲直瀬さんはそう言って、部屋を後にした。
「医者って……大変なんッスね」
「なのです」
フィーロとレイスが曲直瀬医師の見事な仕事ぶりを見て絶賛している。むしろ、通常の医者としての業務に支障をきたしていないかと、僕は心配してしまうのだが……。
「さてと……そうと決まったらお風呂に入って、夕食をしっかり食べて、明日に備えますか」
「そうだね……それじゃあ、僕は部屋に戻るけど……任せていい?」
「オッケー!」
「何じゃ? お主も仕事かのう?」
「いや……だって、僕、男だから。女性ばかりの部屋に寝泊まりするのは……」
「何じゃ……そんなこと……ん? 男?」
「それじゃあ、よろしく」
「はーい」
僕はそう言って、自分の部屋に戻る。何か背後から悲鳴のような声が聞こえた気がするが……気のせいだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―午前中「笹木クリエイティブカンパニー・敷地内」―
「お。ご苦労だったな」
翌朝、ゆっくりチェックアウトを済ませた僕たちはそのまま空を飛んで、笹木クリエイティブカンパニーまで飛んできた。
「……」
到着を待っていた直哉が声を掛けてきたので、周囲を一度確認する。
「ここには関係者しかいないぞ。だから普通に喋っていいぞ」
「じゃあ……この方が魔国ハニーラスの戦闘部隊の隊長さんのオラインさんと、その相棒である熊のグラッドルだよ」
「よろしくなのじゃ」
「ああ、よろしく……しっかし、魔物がこっちの世界にやって来ていたとは……意外だったな」
「あ、それで訊きたいことがあったんだけど、レルンティシア国の魔力探知にはどうして引っ掛からなかったのかな?」
「それは単純に近かったからだね。開発したセンサー上では、ここで発生した物と感知したらしい」
僕と直哉が話をしていると、カイトさんが近くの建屋から出て来て、僕の問いに答えてくれた。
「どうしてカイトさんが?」
「君達が魔物と遭遇して、治療目的に連れて来るって聞いたから、皆が大慌てしてるんだよ?何せ魔物達が住む大陸の情報はマクベスの魔力探知による異変の感知ぐらいしかないから、詳細な情報を得るのに好機なんだ」
「そうよ……」
すると、今度は別方向からカシーさんを先頭に賢者たちがやってくる……その目をぎらつかせながら。
「こんな研究そ……チャンスを逃す訳にはいかないのよ!」
研究素材と言いかけたのは聞き逃していない。
「ダメですよ?ケガ人を無茶させる気は無いですし」
「ふふ……私達を止められるなら止めて……」
「ガウ!!」
危ない雰囲気を出しながらオラインさんに近づく、カシーさんを危険と察知したグラッドル。そのまま素早くカシーさんの前に立ちはだかる。
「どきなさい……じゃないと……」
グラッドルは、カシーさんが何かを言い切る前に、立ち上がって2足歩行になり、何と前足でパンチ……いや、正拳突きをカシーさんの頭に向けて放った。
「はふっ!?」
凄い勢いで後ろにぶっ飛ばされたカシーさん。そのまま他の賢者さんたちも巻き添えに吹き飛んでいった。
「ストライクなのです!」
「えらいのじゃ♪」
「がう~♪」
主人のピンチを察して、即座に対処するグラッドル……熊とは思えないほど、頭のいい子だ。
「……さて。治療のために移動しましょうか薫」
いつの間にか僕の横にいたユノ。きっと、先ほどまでカシーさんたちのグループの後ろにいて、危険を感じてここまでこっそり移動したのだろう。
「そうだね……皆さん。自分の持っているポーションで治療して下さいね……」
倒れている賢者たちにそう言って、本来の目的であるオラインさんの治療のために、隣のアザワールドリィの施設へと移動するのであった。




