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316話 マスターの依頼

前回のあらすじ「異世界を行き来して品を届ける簡単なお仕事」

―翌日の午前「マスターの祖母の家・居間」―


「あらまあ~……よく来たな~」


「お久しぶりです。あ、これ息子さんであるマスターからお婆ちゃんに渡してくれって」


 僕は段ボールに入ったそれをお婆ちゃんの指示で居間と隣接する台所に置く。段ボールの中には、マスターが雪道で買い出しに行くのが億劫であろうお婆ちゃんのために、保存の効く食料品が入っている。その後、僕は泉たちと一緒に炬燵の中で暖を取りながら、お婆ちゃんに今回の事件について話しを訊く。


「いや~悪いね。それで、あんたらが来たのは……例の熊の事件かい?」


「はい」


 およそ一年ぶりにマスターの祖母が住む県内の西にある山岳地帯にやってきた僕たち。マスターからの依頼は冬眠から早く覚めてしまった熊の討伐である。


「そうかい……しかし、4人ともさらに別嬪さんになってね~」


「僕、男です」


「良かったね……薫姉」


「そうッスよ薫姉」


「そこ!ふざけない!」


 僕はふざけて、女呼ばわりする泉たちに指を差して注意する。今回のマスターの依頼は当初、僕とレイスの二人で行く予定だったのだが、同日にひだまりで夕食を取っていた泉たちがその話を聞いたらしく、二人も参加することになった。


「猟友会も手をこまねいていてね~……テレビで巨大蜘蛛を叩き潰したあんたらなら安心だな~」


 巨大蜘蛛……あのスパイダーと、野生の熊を比較したらそうかもしれないが、中身は人間なので魔法が使えるとはいえ全くの余裕という訳では無いし、特に今回は舐めてかかると痛い目を見るかもしれない。


「そんなに困ってるんですか?」


「少しきんみょうな熊でな~……」


 泉が炬燵の上に置かれた蜜柑を食べながらその熊について話しを訊く。そう……今回の事件を起こしている熊が、普通の熊なら僕たちが出て来ることは無いのだ。


「その熊ってのがどうも賢くてな~……猟友会が仕掛けた罠は避けるし、破壊するしで、手が付けられないらしいんよ」


「捕えたはずなのに、檻を破壊したんですよね?」


「んだ。ただ……その壊し方がきんみょうでな?鉄でできた格子を切ったみたいなんよ」


 すると、お婆ちゃんが携帯電話を取り出して、その時の写真を見せてくれる。そこに映る破られた鉄格子はどこぞの斬鉄剣で切ったかのように鋭い切り口だった。


「外部……人が切ったとかは無いんッスか?」


「そう思ってな……警察も呼んだんよ。そうしたら内部から破壊されてる形跡があるって。中は捕まえた熊の毛が散乱してるから、熊は間違いないみたいなんよ」


「なるほどなのです」


 2個目の蜜柑を食べながら納得するレイス。フィーロも同じ数を食べており、精霊のその見事な食べっぷりに、笑いながら、お婆ちゃんがお茶のお替りを淹れてくれた。


 さて、今回の事件を受けたのはこれが理由である。通常ではありえない方法で檻を壊した熊。それは本当に熊だったのだろうか……? マスターはこの話をお婆さんから聞いて、一抹の不安を感じたため、僕に相談した次第である。そして……県警もこの事件に関して、何かしらの未知の力が働いているのではないかと疑っている。


「そうしたら、早速調べてみようか……それで、お婆ちゃん。どこでよく見かけているとか分かるかな?」


「そんなら、猟友会に入っている奴に訊いてみるか~?」


「それが一番だと思うッスけど……」


「正体を隠してるもんね……」


「だったら、巫女服を着たいつもの格好で会えばいいよ。僕が適当な理由をでっち上げるからさ」


 僕がそう言うと、皆もそれならと賛成してくれた。そして、お婆ちゃんに頼んで猟友会の人に連絡してもらっている間に、僕たちはいつもの巫女服に着替えておくのであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

―数十分後―


「ばあさん……どうして、こんな人達がここに来てるんだ?」


 僕と対面に座って驚いている男性……50代半ばというところだろうか。猟友会の代表さんが僕たちを見て、お婆さんに確認している。


「息子の店の常連さんに、笹木クリエイティブカンパニーに勤めている人がいてな~……その伝手で来てもらえたんよ」


「私共としても、このような不可思議な事件は無視できませんからね……流石にこれを熊がやったとは思えませんから」


「ああ……鉄格子の件ですな。私もビックリしましたよ……でも、本当にいいんですか?」


「私達が気になって来ただけだから気にしない! ねえ妖狸?」


「ええ」


「ありがとうございます。そうしたら、他の連中にも集まってもらいます」


 猟友会の代表さんは直ぐに立ち上がって、お婆さんの家を後にした。


「……ぷっ!」


 猟友会の代表さんがいなくなったのを確認してから、泉が笑い出す。


「泉? 何がおかしいのかな?」


「何でもないで―す! ねえフィーロ?」


「そうッスね!」


 二人が笑っている理由……絶対に、僕がお淑やかな女性風に喋っていたからに違いない!


「後で、昌姉に聞かせてあげよう……」


 そう言って、泉がポシェットからスマホを取り出す……今の音声を録画してたの!?


「それを貸しなさい!」


「いや~~ん! 薫兄に襲われる!」


「変な声を出さないの! そんな事をするなら……カーターに言いつけちゃいますからね? あの12歳の時の……」


「え……」


 途端に泉が静かになる。まさか、泉が知られたくない恥ずかしい過去1位を、僕が知ってるとは思っていなかったのだろう。


「な、何を……」


「臨海学校……水着……」


「……」


「泉? 大丈夫ッスか?」


「どうして……それを?」


「さあ? どうしてでしょうか……ね?」


 僕は静かに笑いつつ答える。いつも、やられっぱなしとはいかないんだよね。


「ま、まさか……薫兄がそれを知ってるなんて……」


「どこで聞き耳を立ててるか分からないものですよ……それだから、気を付けるように……」


 僕はそれだけを言って、この話を終わりにしようとする。


「あれ? これは……」


 泉が自分のスマホを見せてくる。本当は、先ほどの音声を消そうと思ったのだが……。


「……今の会話してる最中、ずっと女性キャラを演じてたからね……きっと、ここでそれを消しても直ぐにバレると思う」


 そう、気が付けば、さっきからずっと女性キャラ……ではなく、昔の口調で話していた。


「子供の頃の口癖に戻ったみたい……かな」


「そっちの方がウケがいいのに……」


「僕は男性だからね……褒められてる気にはならないんだよ」


 僕はそう言って、出されているお茶で一息付くのであった。


―クエスト「きんみょうな熊」―

内容:檻の格子を切断する奇妙な熊が村近くの山に現れました! 人への被害が出る前にどうにかしましょう!


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

―さらに数十分後「マスターの祖母の家から近い休耕地」―


「熊はここに設置された檻に入ってたんです」


「しかし、その檻を切断して逃げたんですね」


「そうです」


 猟友会の方々と実際の現場に訪れた僕たち。すぐ近くには数件の家があり、そこも熊に襲われたらしい。


「被害はどうなんッスか?」


「倉庫に保管していた作物が盗まれたりしています」


「盗む?」


「ええ。その場では食べずに、収穫物が入った袋ごとねぐらに持っていってるみたいなんです」


「それは……おかしいですね」


 熊は、リスのように貯食する動物ではない。その場で食べ散らかすのが普通である。


「調教されてますね」


「……そう思いますよね。警察もその線で捜査しているらしいのですが、肝心の熊を追うにしても、この時期に素人が雪の積もった山に入るのは危険ですからね」


「確かに、それは分かるのです」


 レイスの言う通りで、雪山の登山はかなり危険である。雪山の危険といえば、一番に思いつくのは雪崩だと思うが、木々が生えていて傾斜もゆるやかなこの場所では雪崩の危険性はない。だが、雪のせいで転倒の可能性が高くなっており、長期間、山の中をうろつけば低体温症の危険性もある。


「そうしたら、私たちが上から捜索してみますね。もし、その間に熊が現れたらお婆さんに連絡して下さい」


「分かりました。どうか気を付けて」


「ええ」


 僕たちは、それぞれが契約しているユニコーンをその場に呼んで、早速、上空から熊がいないかを捜索する。


「シエル。熊って分かる?」


(分からないよ)


「そうしたら……こんな動物なんだけど」


 僕はスマホを取り出して、熊の画像を見せる。


(ゴリラチンパンジーモンキーみたいだけど……こっちの方がかわいらしいね。それでこの熊って魔石を持ってるの?)


「ううん。普通は持っていないんだけど……今回、探している熊は持ってる可能性があるんだ」


(なるほど。魔石の反応があるかどうかってことだね……)


 シエルが頭を動かして、魔石から放たれる魔力が周囲に漂っていないかを確認する。隣にいる泉たちのユニコーンであるユニも同じように探している。


(……あ。なんかそれっぽいのがあったよ)


「どこから?」


(あっち側だね。すぐ近くを移動しているよ)


 シエルとユニの二人が左を向いている。どうやら、間違いないようだ。


(すぐにでも追う?)


「橘さんに連絡するから、チョット待ってて」


 追跡をする前に、僕はスマホで橘さんに連絡をする。電話はすぐに繋がって、橘さんから県警の筒井本部長に連絡してもらい、念のための準備をしておくのであった。

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