314話 コッペリアのこれから
前回のあらすじ「女装してショッピングする薫に違和感を感じた人……0人」
―昼食後「某プレミアム・アウトレットパーク・レーディス専門店前」―
「ふう……」
僕は皆の買い物から外れて、一人で店の外で待っている。皆に悪い虫が付かないか見張るのも。少しだけ疲れてしまったので、今はシシルさんに任せている。僕の鞄にいたレイスもユノの持っていた鞄に今はいるため、本当に一人である。
「うーーん……」
手帳に小説に使えそうなアイディアを書き込む。仕事しない日なのに、これはいいのか? と言われそうだが、小説家は自分が好きでやってるのだから、仕事という気はしなかったりする。
僕のいう仕事というのはクロノス、デメテル、エーオースの3つの施設の責任者として、各施設から来る書類関係に目を通し、必要な事があれば会議に参加したり。高ランクの冒険者として、ギルドから依頼を受けて、その場に出向いて捜索したり、魔獣を討伐したりである。それ以外にも領事館の運営も仕事だ。
そんな色々な役職を持つため、つい最近では、ドラゴンの素材に関しての売買の取り決めを、冒険者ギルドや商業ギルドのお偉いさんたちと、竜人の経済担当であるペクニアさんの仲介人として参加したりすることもあって精神的に疲れていたりする。
「だから、こうやってゆっくりした休日をしっかり設けないとね……」
「ねえねえ! そこの彼女!」
声を掛けられたので、手帳に向けていた視線を前に向けると、二人のガラの悪そうな男性が立っていた。
「一人?どう?俺達と遊ばない?」
「結構です。店内にいる友達を待っているだけなので」
「そんなの、後で連絡すればいいよ!だからさ……」
後で友達に連絡すればいいって、そんなの良くは無いだろうと言いたいところだが、そんな事を言っても、この男たちには通じないだろう。
「僕が帰ったら、運転する人がいなくなるから無理です」
「運転?またまた!学生がそんな嘘を……」
「これでも、あなたたちと同年代もしくは年上ですけど?」
「「え……?」」
ガラの悪そうな男性たち……見た目的にその位のはずだろう。しかし……まさか運転免許も取れないほどに若く見られていたなんて……まあ、この服が原因だとは思うが……。
「そんな嘘……」
「薫!」
僕が男たちとやり取りをしていると、店内にいたユノが従業員と思われる人と一緒に出て来る。
「どうしたの?」
「お会計しようとして、薫がいないのに気付いて……」
「あ、ごめんごめん。そうだったね……」
「あの~。申し訳ありませんが……本当にお支払いを?」
「はい。えーと……」
僕は男たちを放置して、店内のレジまで移動して、お会計をするために財布から黒いクレジットカードを取り出す。
「え!?」
「どうかしましたか?」
「いえ!?どうぞ……」
そのまま、クレジットカードで何事もなくお会計を済ませる。
「それにしても……結構、買ったね?」
「はい。気に入ったデザインとか多くあったので……つい」
3人分のお洋服を買ったので、そこそこ多くなるのは……まあ、しょうがないだろう。
「ありがとうございました!またのご来店をお待ちしております!」
店員さんがお辞儀をしてお見送りする中、僕はそのまま皆と一緒に店を後にする。先ほどの男たちも、まだ近くにいたが、店内での僕のやり取りを見て、タダ者じゃないと思ったのか、その場から離れて行った。
「あの人達……薫をナンパしてたのでは?」
「え?そうなんですか……モテモテですね」
「男性にモテてもしかたないですよ」
「でも……どうして、引き下がったんですかね?」
「多分、僕が支払いに使用したカードを見ちゃったからかもね」
「あ、店員さんが急にそわそわしていたのって……」
「これを僕が出したからだろうね……」
僕は鞄を叩いて、先ほどのカードをアピールする。クレジットカードの最高位であるブラックカード。
色々、高額な物を購入する機会が増えたので、クレジットカードを申し込むために、ショルディア夫人が用意した僕たち専用の銀行で相談したらこれを渡された。時間として10分。ブラックカードの申し込みとしては、きっと最短記録だろう。
「使用し過ぎると、変な奴等に目を付けられるから気を付けないとね」
「まあ……薫さんに挑んだら、返り討ちでしょうけど」
セラさんの意見に僕以外の3人が頷く。僕でも油断してたらやられると思うけどな……。
「それより……薫は何も買わないのですか?」
「うん。だって……この格好で男性服って買いづらいからさ」
僕はそう言って、右手でスカートの裾を少しだけ持ち上げる。これで男性服を買うのはともかく、試着室に入るのには、この格好は目立つだろう。
「「「「……」」」」
「何か言ってよ……反応に困るからさ」
「そうしたら……あそこはどうです?」
ユノが指を差す方向には、パスタソースやジャム、そしてワインを取り扱うお店があった。
「あそこなら気にならないですよね?」
「……そうだね」
次に向かうお店が決まり、そこでも大量に買い物をする僕たちであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―買い物後「公園・湧水池」―
「綺麗なお池ですね」
「ここも観光名所だからね」
アウトレットパークを後にして、次にやって来たのは、同市内にある日本名水百選に選ばれた湧水池を持つ人気の観光名所である。
「高台からの景色も良かったです」
セラさんが絶賛する景色というのは、この湧水池には赤い門と赤い見晴らし台があって、その見晴らし台から市内を一望する景色である。また夏に来れば、新緑と心地よい風を感じる事も出来る場所でもある。
「気分転換になりましたか?」
「はい。満喫しました」
池を泳ぐ鯉を観察するセラさん。非常に和んでいるようで、寄って来た鯉に手を振ったりしている。
「私のためにありがとうございます」
「気にしなくていいですよ……色々なことに一段落ついた所ですし」
「ですね」
そう言って、池の奥を見るセラさん。彼女にとっては、今は亡きおばあちゃんに頼まれていた、人からしたら長すぎる仕事がやっと一つの終わりを迎えたのだ。
「薫様の祖母……アンジュ様に頼まれていた件がやっと終わってホッとしています。やっと全てを引き継ぐことが出来たと……」
「セラさんはこれからどうするんですか?代表権は僕と泉であっても、あれらの施設の管理者はあなたのままのはずですよね」
「……薫様は、それが私の自由を縛っていないか心配されてるんですよね?」
僕の訊きたいことを、ストレートに訊いてくるセラさん。実はその通りだったりする。
「あなたもマクベスも、高度な文明が作ったロボットかもしれません。ロボットだから主人の命令を果たす義務というのがあるのかもしれません……けど、それが今を生きている二人の人生を縛っているのはおかしいと思っています。もちろん、ポウさんたちやアダマスも」
「ふふ。優しいですね……アンジュ様やララノア様、そして世界のために裏方に徹した方々と同じことを話されていますよ」
「彼らの夢は……あらゆる種族が平等に暮らせる世界だったんですね」
「ええ。だから、たとえば国の代表が獣人だったとしても、他の種族が差別的を受けているってことは無かったと思います」
「……ビシャータテア王国で同じことを感じていたかな。こっちに来た時にエルフが代表を務めるソーナ王国と争ってたのに、エルフの貴族がいることが不思議でしたから」
「長い年月をかけて、種族、性別、見た目、肌の色、年齢……それらで争う事が無いように、本当に長い年月をかけて浸透させてきたんです。全ての人がそうでは無いですが……」
「ララノアを神に仕立て上げて、それを教えとして広げる……これがララノア教が出来た理由だった。軍事施設であるエーオースの上にイスペリアル国の首都を築いたのは、あの位置なら、エーオース内の装置を使って神秘を引き起こせるから……」
「……はい。全てお見通しですね」
苦笑いをするセラさん。彼女からしたらララノア教が出来た理由というのは知らないままのほうがいいのだろう。
「……これを僕の口から告げる事は無いです。ララノアさんは神が人々に教えを広げる役目を持った神の遣いだったのかもしれない……それでいいと思ってますから」
「ララノアの事はバレてますよ?」
「その時代に生まれたのは、これらを予期した神様があらかじめ地上に遣わせた存在としておけば問題無いですよ。これからも……彼女たちの思いはグージャンパマで生き続ける。どうです?シナリオとしては上出来だと思うんですけど?」
「うーーん……60点ですかね」
「厳しいな……」
「だって、これからはこの星でも生きていくのですから……」
セラさんは地球での人種差別についてはある程度知っている。だから、自分たちがそれらを乗り越えてきたのだから、この地球に生きる人々も同じように乗り越えて欲しいと思ってるのだろう。
「それは……難題ですね」
「そうとは思いませんよ?薫様達なんて、あっという間じゃないですか」
「それは日本のカルチャーで鍛えれた成果ですから……」
モンスターと仲良く領地経営をしている小説や、モンスターと一緒に冒険の旅に出るゲームなど結構前から出ている。僕たちは子供の頃から、それらと触れ合っていたのだ。いきなり本物が来て、興奮することはあっても、嫌悪感というのは無い。
「それでも、私からしたらあっという間ですよ。私達なんてもっと……色々な、それこそ公には出来ない事もしましたから」
「思想とは反する者たちの排除とか?」
前にコンジャク大司教が話してくれた昔のグージャンパマ、それは各国が領土を広げ、主権を握ろうとして争いを続けた時代。その時に建国された国の中には、自分のたち種族こそが至上主義と唱えた者たちもいたはずだ。
「ええ……それだけならともかく非道な事もしました。そう考えたら、私達のやったことはアンドロニカスとさほど違いがありませんよね……」
「……」
「責めないんですね」
「当時を知らない僕にそれを責める権利はありませんよ。むしろ……それをネタに今を生きる人たちを侮辱する奴は責めますけどね」
「……批判されませんか?」
「ここだけの話ですよ。そして……この話も」
そう言って黙って目の前の池を見る僕とセラさん。僕も公に出来ない事を色々とやっているのだ。責められるような立場ではない。
「知らなくてもいいことだってあるんです。だから、そのイケない事はセラさんの胸の内にしまっておいて下さい。少なくても……今、守りたい物は一緒のはずですから」
「……ええ」
「二人共?どうかしたのですか?」
「なんか真剣な表情で話していたのです」
しんみりとした僕たちに対して、ボートに乗っていたはずのユノたちが声を掛けて来た。
「この後の予定を話していた所だよ。セラさんの立場を考えると色々、変えていかないといけないところがあってさ。特に有休を作ってあげないと……」
「それは必要ですね。毎日働いていたら、体に支障をきたしてしまいますし……」
「今度、僕から提案しておくよ」
「私も、お父様に話しておきますね」
「二人共……ありがとうございます!」
「さーーてと、そろそろ暗くなるしひだまりで晩御飯を食べて帰りますか……いい加減、諦めて帰ったと思うし……」
「ですね」
「今日はタラコスパゲッティにするのです!」
「私はどうしましょうか……シシルはどうです?」
「私は近くで見張っていても、中には入らないので……」
「それなら任せるのです。シシルなら……」
今日の晩御飯を何食べようと話す3人。それを見て、僕とセラさんは互いに笑いながら皆との会話に混ざるのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―夜「薫宅・庭」―
「待ってたわよ!!」
「ひいーー!!」
晩御飯を食べて、後はユノを送って……と思っていたが……。
「まだいるのね……」
「なのです」
「さあ!セラを……」
飢えた狼のような視線でセラさんを狙う賢者さんたち。
「……いい加減にしなよ?」
あまりにもしつこい賢者さんたち……そのしつこさに呆れていた僕はドスを効かせ、冷たく言い放つ。そして、すぐにグリモアを使って地面に魔法陣、そして鵺に黒い靄を纏わせる。
「「「「え?」」」」
僕の行動を見て、一瞬でまともになる賢者さんたち。
「か、薫さん……目に光が宿っていないんですが?」
「ええ……怒ってますから」
「ちょ、ちょっと!薫?それって、ベヒーモス戦で使った高火力魔法よね!?」
「カシーさん。安心して下さい……ほら?生きていれば手加減って泉が言ってたじゃないですか……」
賢者さんたちが、他にも何か言おうとしているが、そんなのは無視して、鵺を彼らに向けてぶん投げる。
「反省しろーー!!黒風星雲!!」
賢者さんたちのあまりのしつこさに怒りに達した僕は、重力魔法を使って、賢者さんたちを一網打尽にするのであった。