313話 アウトレットパーク
前回のあらすじ「パワハラからの逃走」
―出掛けることが決まって数十分後「薫宅・玄関」―
「ちっ!後ろから出る気だぞ!追うんだ!!」
「「「「おう!」」」」
家の後ろから出て行った何かを追いかけようとする賢者さんたち。
「2階から飛んで逃げるなんて、そんなフェイクは通用しないわよ!!」
そんな事を叫びながら、カシーさんも他の人を追うようにして、玄関から離れて行った。僕は消音機能が施された鈴の形をした魔道具を手にしたまま、玄関を開ける。
「左、クリア……そっちは?」
「右……誰もいません」
周囲に人がいなくなったのを確認した僕たちは急いで玄関から出て、そして車のある倉庫まで静かに、それでいて素早く移動して車に乗り込む。
「しまった!車で逃げるぞ!!」
車を起動する際のエンジン音で気付かれてしまったがもう遅い。僕は急いで車を動かして家を後にする。
「本当に引っかかったのです」
「アレだけの気迫でしたからね。きっと、他の事には注意散漫してると思ってましたよ」
「さっきのあの魔法って何ですか?影みたいな物が走っていきましたけど?」
「秘密ですよ」
バックミラーで、後ろに座っているシシルさんを確認するとニコッとした笑顔を浮かべている。そして、その服装を確認すると獣人である彼女の耳は白いベレー帽で隠され、いつもの忍衣装のような服も今はグレーのコートとデニムになっている。
「はあ~……これで自由なのですね……」
手を合わせて、上を見上がるセラさん。彼女もいつも着ている薄地ワンピースではなく、ニットで出来た温かそうなワンピースとレギンス、そして黒っぽいコートを羽織っている。
「たくさん遊ぶのです!!」
「ふふ!レイスは張り切ってますね!」
そして隣にいるレイスとユノはミニワンピースにネクタイ、その上にマントを羽織ったロリータ系のファッションである。明るすぎない色でコーディネイトをしているので、普段着として違和感が無い。ちなみに僕は……。
「お揃いですね!」
「……うん」
あの後、普通に着替えようとしたら、ユノたちとは色違いの黒を基調としたロリータ服を着せられました。どう見ても女性にしか見えないですよねこれ。
「バレたら大変な事に……」
「ならないと思いますよ。もし何かあれば……対処します」
「変な事をしないで下さいよ!?」
シシルさんをここで止めとかないと、何かお相手さんが大変な事になりそうなので注意しておく。
「それで……どこへいくつもりなのです?」
「お隣の町にあるプレミアム・アウトレットってところ。この町にいたら追いかけてきそうだし」
「ああ……何となく想像出来てしまうのです」
「それと……ユノとレイスも初めてじゃないかな?そこに行くのって……もしかして、泉と一緒に行ったことがある?」
衣装を作る時の参考として、そこへよく行ってるはずの泉。それだからレイスとユノが遊びに来た時にもしかしたら行ってるかもしれないな……。
「私は行ったことはないですね……レイスはどうです?」
「私もなのです」
「それは良かった。前に行ったショッピングモールと、また一味違う場所だから楽しみにしていいよ……むしろ、馴染みがあるかもしれないけどね」
「馴染みがある? それはどういうことで?」
「行けば分かるって」
僕は、不思議そうな表情を浮かべるユノを横目に、目的地へと車を走らせるのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―およそ1時間後「某プレミアム・アウトレットパーク・入口」―
「いや……車を停めるのに時間がかかっちゃったな……」
「お疲れさまでした薫様……じゃなくて薫さん」
セラさんが僕の呼び方を訂正する。アニメのようなお嬢様キャラなら問題無いだろうが、僕みたいな奴が人前で様呼ばわりされたら、違和感があるだろう。
「ロリータ系ファッションを、難無く着こなす薫なら違和感ゼロなのです」
「いや、変な事を言わないでよねレイス?」
「変な事は言って無いのです。そもそも薫はあっちでは貴族と同じ扱いなのです」
「……あ」
レイスに言われると……確かにそうであり、レイスもこの件に関しては真面目に答えているようだ。
「これは……王都の商業地区みたいですね」
「そうですね」
僕たちの隣ではシシルさんとユノが初めて見るアウトレットパークを見て、自身の国の街並みとどこか似ている雰囲気に既視感を感じたようだ。
「それじゃあ……ここについて説明すると、この街並みアメリカの東海岸の都市をイメージした造りになっていて、国内外のブランドが集まった場所なんだ」
「アメリカ……ソフィアさんの母国ですね」
「うん」
アウトレットの中に歩を進めながら、僕は説明を続ける。
「ここは大体170店舗のお店があって、それぞれが本来の正規の店舗で売られるはずだった商品を安く買えるのが魅力なんだ」
「売られるはずだった……?」
「そう。売れ残った在庫や、何らかの理由があったりして正規店で売れない物がここには並んでるんだ。それと……中にはアウトレット専用の商品もあるかな」
「なるほど……でも、しっかり稼いでいる薫さんなら正規店で買った方がいいのでは?」
「稼いでいるけど、僕は資産家って訳じゃ無いからね……浪費癖が付かないようにしないと」
総額20億円以上を報酬としてもらえることになっているが、それを当てにして贅沢するのは危険である。それに税金も……。
「あ、そういえば確定申告の申し込みしないと……」
「どうしたのです薫?」
「いや、何でもない……」
面倒な仕事を思い出してしまった……今だけは忘れよう。
「あ、かわいいお洋服ですね」
僕がそんな嫌な事を思い出していると、ユノがシシルさんと一緒にある高級ブランドのお店に近づいていく。僕たちもその後ろを追っていくと、今どきの流行を取り入れたお洋服を着たマネキンたちが立っている。
「ユノに似合いそうなのです」
「そうでしょうか……?」
「ユノ様なら……真ん中の人形が着ている服が良さそうですが……」
「でも……それなら……」
そこで、女性陣たちが本格的に衣服をチョイスしていく。僕も皆の中に紛れ込んでそれらを見ているのだが……男性というか恋人である自分の目線としては、美人でスタイル抜群のユノならどれもよく似合うと思ってしまう。
「ねえねえ……あそこのグループやばくない?」
「うん。美人揃いだよね……何かの撮影?」
背後から聞こえる声に気を向けると、女性二人組が僕たちを見て何か話している。
「俺、声かけてこようかな?」
すると今度は、別の方向から男性の声が聞こえて、僕たちにナンパを仕掛けようとしているのが聞き取れた。僕はそちらに鋭い視線を向けて、丁重にナンパお断りの意思を示しておく。男性も僕が怖い顔をしてるのに気づいて、そそくさと僕たちから離れて行った。
「薫はどう思います?」
「え!?」
ユノから突然の質問。ナンパしようとした男性の対処をしていたために、質問の内容が分からない。ど、どうしよう……。
「薫?」
「……とりあえず、試着してみたらどうかな?実際に着てみると雰囲気が違ったりするからさ」
「それもそうですね。ユノ様どうでしょう?」
「そうですね。実際に試着してみます」
「私もいいですか?」
「もちろんですよ」
僕がそう答えると嬉しそうな笑みを浮かべるセラさん。そのまま皆で店内に入る。
「(上手く返しましたね)」
「(ひやひやしましたよ)」
小声で先ほどのやり取りへの感想を伝えるシシルさん。きっと、あのナンパ男にも気づいていたのかもしれない。
「そうしたら私は……」
「なら……あ、シシルさんも!」
セラさんに呼ばれ、シシルさんもその輪に混ざっていく。僕はその近くで皆の様子を見守りつつ……変な虫が寄って来ないように注意するのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―お昼頃「某プレミアム・アウトレットパーク・チーズ専門店」―
「美味しい!」
「そうですね」
お昼になったので、僕たちはチーズ専門店内にあるカフェにやってきた。
「はあ……こうやって美味しい物を食べて、お洋服を見て……生きているって感じますね……」
「それは良かったのです……けど、ロボットって生きてるのです?」
「アンドロイドは電気羊の夢を見るか……かな」
「ああ……あの本なのですね」
生きている人間と区別が付かないほどに、そっくりなコッペリアのセラさん。人と同じ五感を持っていて、疲れたら疲れたでしっかり表情に現れるし、寝たら、たまに夢も見るみたいだし……。
「もはや、生物としての認識でもいい気がする……」
「確かに……」
「うん?お二人共、何か言いましたか?」
美味しい食事に夢中で、僕とレイスの話を聞いていなかったセラさん。僕とレイスは一度、互いに顔を合わせた後、何でもないと答えておく。
「薫?早く食べないと冷めてしまいますよ?」
「うん。分かってる」
先ほどから会話をしてて料理に手をつけていなかった僕も、フライドポテトをパンの器に入ったチーズソースに絡めて口に入れる。3種類のチーズを使って作られたこのソース……フライドポテトが一味も二味も違う絶品料理になる。
「薫さんの食べている料理も美味しそうですね……」
「人の食べている料理って、美味しそうに見えますよね」
「それは分かるのです」
鞄の影に隠れながら料理を食べているレイスがセラさんとユノの意見に同意している……って。
「僕の頼んだ料理を勝手に食べないでよ?」
いつの間にか、僕のフライドポテトを食べているレイス。しかも、しっかりチーズを絡めている。
「バレたのです……そうしたら、デザートを一口譲るのです」
「あ、薫。私も一口いいですか?」
僕とレイスの話の途中でユノがおねだりするので、快く快諾する。ユノもフライドポテトにチーズソースをたっぷり付けて口に入れる。
「うーーん♪美味しいですね!」
「うん。流石、チーズ専門店って感じがするよ」
「ですね……それじゃあ、薫……お返しに、はい!」
そう言って、自分の頼んだ料理をスプーンで掬って、僕の方へと向ける。
「はい、あーん♪」
「……」
口を開ける事を促すユノ。僕は恥ずかしながらも口を開けて、料理を食べさせてもらう。
「ふふ!どうですか?」
「うん。美味しい……」
「ですよね!」
そう言って、笑顔を見せるユノ。これって間接キスだよね……。
「ご馳走様なのです」
「これを人々は尊い……と呼ぶのですね」
「そこ、茶化さない!」
そう言って、僕は料理を食べる。これが揶揄う皆に見せる、僕の精一杯の抵抗なのであった。




