312話 仕事をサボりたい!
前回のあらすじ「セラさんを全力で癒したい!」
*次回は作者所要の為8/14になります。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
―薫達が自宅で過ごしている頃「ビシャータテア王国・カーターの邸宅 食堂」泉視点―
「うーーん……」
「落ち着かないか?」
「そうですね……やっぱり、こんな生活とはかけ離れた生活をしていたので……」
大きな食堂での食事……それをカーターさんと私。そして、フィーロとサキの4人だけというのは、どうも慣れない。それと近くで使用人の方が控えているのも……。
「レストランで食事をするのと一緒でいいんだぞ?」
「それでも、やっぱりマナーとか気になっちゃいますね」
「そんなのふぉ、気にしふぁくていいっすのうに」
「フィーロ……口に入れたまま喋らないの」
私は綺麗に盛り付けられた料理を、あまり崩さないように、フォークとナイフを使って静かに食べる。
「その感じだったら問題無いわよ。むしろ所作が綺麗だわ」
「ありがとう。少し自信ないけど……」
「もっと自信を持っていい。それこそ、こっちにいつでも暮らせるくらいだ」
「い、いつでも……ちょっと気が早いような……」
「既に互いの両親には挨拶を済ませているんだ。問題無い」
笑顔で答えるカーターさん。とてつもなくその笑顔が眩しい……。下手すると、この体が灰になってしまうかもしれない。
ということで……最近の私は、度々カーターさんのお家にお泊りしている。どうして、こんなそうなってしまったかというと……。
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―時は遡って元旦 午後「薫宅・居間」泉視点―
「え?カーターさんの家に泊る?」
「当たり前でしょ?あっちとこっちじゃ習慣が違うかもしれないんだから、今の内に少しずつ慣れていかないと……」
「明菜さんの言う通りですわ。泉さんのお部屋を用意して差し上げないと」
他の皆がゲームを楽しんでいる中、カーターさんのお母様であるソフィーさんと明菜おばさんから、そんな話が持ち上がる。
「既に両家の挨拶は済んでますし……後は本人たちがいつ結婚するのかを決めるのみ。だったら、今からこちらの生活習慣に慣れておくのもいいかと」
「そうそう。ってことで、彼氏の家にお泊りに行ってきなさい!」
「はいっ!?」
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―回想終了―
「母さんから、いきなりの提案だったからな……」
「はははは……あの時はビックリしましたよ」
食事を終えて、その時の話をする私。カーターさんもこの話にビックリして、レースゲームしている最中なのにこちらに振り向いて、盛大にクラッシュしていたことを思い出す。
「しかも、俺の寝室の隣に用意するなんてな……」
「便利よね。ドア一つで隣の部屋に行けるんだから」
サキの言う通りで、私に用意された部屋はカーターさんの部屋の隣。しかも、他の部屋は入るために廊下に一度出ないといけないのに、カーターさんの部屋と私の部屋は扉で繋がっていて、すぐに隣へと移動できる。
「必要な時は言ってくれッス。耳栓して聞かないようにするッスから」
「そうそう。私も聞かないようにしてあげるから、大声を上げてもいいからね?」
「サキ!! フィーロ!!」
それがどういう理由か、間接的に告げるサキとフィーロ。つまりそう言う事である。
「お前ら……泉をからかうのもほどほどにな?」
「何を言ってるのよ?貴族の家で世継ぎの話は一般的でしょう?」
「そうッスよ。王女であるレイスだって既に見合い話があって、幼い頃からお茶会なんかで顔合わせくらいはしてるッスよ」
「え?そうなの」
「今は薫と活動を共にしているッスから、お断りしてるッスけど」
「そうだったんだ……」
私の知らないところで、レイスがお見合いしていたとは……。薫兄は知ってるのかな?
「それだから普通なのよね……こんな話って」
「そうだったんだ……あれ?つまり……ユノもお姫様だからお見合いがあったってこと?」
「ある。俺も王女主催のお茶会に出席して、その流れになったことがある」
「そうなんですか!?」
「私も初めて聞いたかも……」
「サキと契約したのはその後だったからな……それとその頃からユノ様はカッコいい男性に興味が無かったようだしな。どちらかというと、可愛らしい見た目の男の子とかと仲良くされていたし……」
「ブレてないッスね」
「ああ……だから、王様もその条件でいい男がいないかをこっそり探していたんだが……去年、その条件を全て網羅した男が現れた……」
「それが薫兄だったのか……でも、それとこれとでは別だからね?」
「「えーー!!」」
二人が何と言おうが、ノリで乙女の純潔を捧げるつもりは無い。
「とにかく、この話はここまでだからね?」
「そういうことだ。この話はここまでにして……そういえば、明日もエーオースに行くのか?」
「うーーん……どうでしょう?セラさんがあんな調子ですし……」
薫兄の家で療養中のセラさん。今日、施設内で始めてあった時にはロボットのはずなのに心配したくなるほどにやつれていた。話を聞いてみると、どこぞの考古学者さんでも、勘弁したくなるほどのトラップの数々を潜り抜けたからだという。しかも……日の当たらない地下でほぼ一日である。
「俺も薫から聞いたが……えぐいトラップの数々だったな」
落とし穴や、壁や天井が迫って来るのはもちろんの他、火炎放射器や毒矢攻撃、それ以外にも各種属性の魔法を使用したトラップの数々……。
「それをセラさんがサーチして、基本的には避けて、無理そうなら薫兄達が物理で押し通すですからね……本当にいかなくて良かったです」
「そうだな。泉の身に何かあったら大変だ」
「……」
そんな寂寥感を漂わせる表情で、そんなセリフを言わないで欲しい。いつものカッコイイとは違うその表情を見ていたら、落ち着いていた胸の鼓動が再び鳴り始めてしまう。
「やっぱり……耳栓が必要ッスかね」
「そうね」
「だから、今はしないって!!」
「分かったわ……でも、後ですることは否定しないのよね?」
サキのその返しに、私は言い返せずに、頬を赤くして黙って俯くのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―早朝「薫宅・玄関」―
「さあ……仕事の時間よ!!」
「ひいーー!!」
「……えい」
僕は自宅に押し掛けてきたカシーさんを獣王撃で腹パンを決めて、玄関から叩き出す。そして、素早く玄関の鍵を掛けておく。
「大丈夫ですかセラさん?」
「だ、大丈夫です……」
カタカタと体を震わせ、涙目でそんな事を言われても説得力が無い。玄関横から繋がっている縁側からこっそり外を眺めると、他の賢者さん達も待ち構えている。
「どうするのです薫?このままだと、セラさんがゆっくり休めないのです」
「そうだね」
「待ってー!!あなたがいないとあの施設に入れないのよー!!」
玄関の扉には曇りガラスがはめられているのだが、その曇りガラスに顔を押し付けて、こちらを何とか覗こうとするカシーさんの姿が見える。まるで、ホラー映画のワンシーンみたいだ。
「ひいぃーー!!」
そして……そのホラー映画のヒロイン役であるセラさんは、何とか身を守ろうとして両手で頭を守る姿勢を取っている。
「すいません薫。然るべき立場の者として謝罪します……」
「気にしないでいいよユノ。それより家に帰らなくて大丈夫?」
「今日も学校はお休みですし……それなら今日は婚約者と一緒にいようと思いましたから」
「そうか……」
となると……このままではユノもゆっくり休めない。ここは何とかしなければ……。
「目立たずに外に出る方法……何か無いかな……」
手っ取り早く黒星や黒風星雲で一網打尽にすることも出来るのだが……かなり目立つしな……。
「それでしたら……」
パンパンとその場で手を叩くユノ。
「お呼びでしょうかユノ様」
すると、突如として口元を隠したシャドウ部隊の女性隊員がユノの後ろに現れる。
「シシル。アナタの案を聞かせてもらいたいんだけど……」
「話は先ほどから聞いていました。薫様。お久しぶりです」
「お久しぶりです……あのカシーさんとの一瞬のやりとりの間に入って来たんですか?」
「はい……そこからは静かに隠れて待っていました。流石、薫様ですね」
「家に入らないって言ってたからね。そうなると、自ずと絞られてくるよ……で、どうかな?」
「そうですね……」
そう言って、シャドウ部隊の女性隊員であるシシルさんは顎に手を当てて、考える素振りをする。
「薫様。ここ以外にこっそり外に出られる場所はありますか?」
「裏口があるけど……」
「それでしたら……」
僕の耳に顔を近づけて話そうとするシシルさん。そこにユノとレイスも集まって話を聞く。
「そんなことが出来るのです?」
「今の賢者様達は冷静ではないですから。上手くやれば嵌められると思いますよ」
「それなら、それでいきましょう。今日は絶対に仕事をサボってしまいましょう」
「なのです」
「連れて行かれるくらいなら、どこにでも……」
「デートとはいきませんが……久しぶりにお出かけするのは楽しみです♪それとシシルも一緒にお願いしますね」
「はい……え?私もですか?」
「今日は護衛しつつ、休日を楽しみましょう……ね?」
「よろしいので?」
「ユノがイイっていうなら……それに、美味しい昼食にスイーツをお約束しますよ」
「……分かりました。そうしたら全力でやらせていただきますね」
やる気満々のシシルさん。これさえ、無事になしてしまえば僕の奢りで、異世界で遊ぶことが出来るのだ。やる気満々なのは当然だろう。しかし……それを見越して、提案するユノにもビックリである。
「そうしたら……早速、お着換えしましょうか」
「でも……セラさんの洋服ってあるの?」
「私はこのままで……」
「ありますよ?ここの2階に……さあ、行きましょう!」
そう言って、セラさんを引っ張って階段を駆け上がっていくユノ。その後をレイスも付いていく。
「……どうしてあるの?」
僕の家の2階に何故セラさんの服があるのだろう?もしかして泉が用意しておいたのか?
「あ、シシルも来て下さい」
「は、はい」
2階にいるユノに呼ばれて、階段を上がるシシルさん。いや、どうしてシシルさんの洋服もあるの?と、色々ツッコミたいのだが……。
「まあ……いいや」
僕は玄関の扉の前で呻いているカシーさんを無視して、外出するための準備をするのであった。




