30話 高級ショップ「フロリアン」
前回のあらすじ「生地を求めて異世界へ」
―「ビシャータテア王国・王都商業地区メインストリート」―
店主に別れを告げて、カシーさんがよく通っているお店に向かう。
「魔法の生地か……」
「ええ。かなり値段は張るけど王様からもらった金貨があれば問題無いわ」
「私たちも楽しみなのです」
「そうッスね。なかなか気軽に入るような店じゃないッスからね」
かなりいいお値段らしい。あっちの世界で暮らしているから大量に金貨を持っていてもしょうがないが、かといって全く無くなるのは不味い。
「どんな生地なんだろう? 楽しみ!」
「それなら今、私が着ているのがそうよ」
「そうなんですか?」
「材料に月の雫を使うから必ず賢者である私達が必要なのよ。そのせいかたまにこれみたく服をもらったりするのよね」
「へえ~。そんな違いなさそうに見えるのにな」
泉がカシーさんの服をまじまじと見る。生地を月の雫で特殊な加工をした物があるとのことで紹介してくれることになったのだ。ちなみに、この世界の配達員が履いていた靴もこれに当てはまる。
「加工した生地と魔石の組み合わせで様々な効果が得られるの。ちなみにこれの場合は火の魔石をここに組み込んで、火属性の魔法の力をアップさせるているのよ」
首元付近にある魔石が2個取り付けられている。はたから見ると服のアクセントにしか見えない。
「エクスプロージョンの強化ですか?」
カシーさんの最大魔法エクスプロージョン。名前の通りの大爆発である。純粋だがその威力は土砂崩れで塞がった復旧に数週間はかかる道をたった2人ですぐに開通出来るほどの威力はある。
「私達、賢者は最後の防衛線よ。だから敵をすぐに倒せないといけないわ」
「それって戦争ですよね……」
「……ええ。それに私もたまに盗賊相手に戦う事もあるわ。当然命を奪うこともね」
「……」
泉が黙ってしまう。こちらの世界では当然なのだが、僕たちの世界は違う。多くは虫を潰したことがあるくらいしか殺生は無いだろう。
「あなた達は戦争とか戦いを経験していないのよね? 引いちゃったかしら?」
「いいえ! 魔獣とか出てくるし……それに戦争中なんですもん。しょうがないじゃないですか」
「僕も。というかすでに一度、カーターたちが敵と殺り合っている所をすでに見てるしね」
「うちらは普通ッスね」
「なのです」
「そう……ゴメンね。変な事を言っちゃって。とりあえず街中ではそんな事は起こら無いから安心して頂戴」
「はい」
いつもとは違うカシーさんの様子に何を言えばいいか分からず、しばらく黙ったまま歩くのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―「高級ショップ・フロリアン」―
「いらっしゃいませ」
壁がレンガ造りで大きなショーウィンドのある店に辿り着く。扉にも軽い装飾がされていてテレビで見るような高級ブティックみたいなお店である。
「すごいッス……」
「これだけの種類……中々見ないのです」
丸められた生地がキレイに収納されていて、その反対側を見ると、その生地で作られただろう服が飾ってある。おそらく値札らしいのも付いているので、売り物として売られている物だろう。
「これは! ようこそおいでくださいました」
スタッフルームから身なりを整えた初老の男性が出てきた。
「あら。こんにちは。今日は店にいらっしゃるのねオーナー」
「ええ。生地を買い付けて昨日戻ってきた所ですが。それで今日は何用で?」
「この子達が魔法の加工がされた生地を買いたいってことだから、こちらに来ただけよ」
オーナーがこちらを見てくる。……特に僕を念入りに見ている気がする。
「……もしかしてあの男女二人は」
「巷で噂になっている異世界人よ」
「なるほど! 道理でこちらでは見たことの無い格好を!」
そう言って、こちらに来る。
「紹介が遅れて申し訳ありません。このフロリアンのオーナーをやっています。シーク・アストルと申します」
手を差し出してくるので握手をする。
「成島 薫っていいます。こちらは多々良 泉です」
「初めまして。でも、驚きました。まさか一発で薫兄が男って見破るなんて……」
「この仕事を長く勤めていますと体型とか仕草を確認してしまう癖がありまして。それで男かな……と」
これが熟練の技というものか。他の店員さんたちが驚いている中、僕は男として認識してくれたことに感激していた。
「……薫様が泣いていますが、ご無礼な事をしたでしょうか?」
「いいえ。気にしないで下さい。むしろ喜んでいるだけですから。それより月の雫で加工された生地を見たいんですけど」
「それでしたら、あちらへ」
シークさんは僕たちを棚の前に案内して説明する。棚は4×8の正方形をくっつけた状態で、その一つ一つに布が入れられている。
「1つの棚に色の違う同じ生地が入っていますが、効果は同等の物になります。何かご要望がありますでしょうか?」
「カシーさん。魔法の生地を買う時の注意点とかありますか?」
「生地の素材に気を付けるだけかしら。それ以外は特に無いから欲しい物を選ぶといいわ。それよりも……4人は何か要望とか無いのかしら?」
「最初は防寒目的だったッス」
「それでしたら、こちらの物ですかね」
そう言って、シークさんが棚から布を取り出してくれた。
「フルールから作られた生地です。これに炎属性の魔石を嵌めることで寒い場所に強い生地になります。通気性が良い生地なので中が蒸れることなく長時間着てても苦にならない物になりますよ」
「へえ~」
見た目は先程の商人の所で見たそれであって、特に変わったところが無い。
「確かに何かしらの魔法がかかっているのが分かるのです。しかもかなりいい状態です」
「そうなの?」
「精霊は魔力を感じとれる力があるのでこのくらいは」
「あたいも同じくッス。でも、ここまでのは初めて見たッスよ」
「そう言われると照れるわね」
「賢者が作っているのです?」
「その通りですよ。生地は私どもで作りますが最後の加工はお願いしているのです」
「もう一組の魔法使いと一緒にやってるんだけどね」
「そうなんですか……でも、大変じゃないですか? 2組の魔法使いだけっていうのは?」
「加工した生地は王様の許可をもらったやつだけしか売ることは出来ないからな。2組でも問題は無い」
「……もしかして大量に作った生地が他国に大量に流れないようにしているの?」
「その通りです。だから管理も厳重に取り扱っておりますし、お売りする時も信頼出来る方のみとなっております」
「私達はいいんですか?」
「賢者様のご紹介ということなので問題ありません。後で会員証もお渡しします。次からはそれを店員にお見せください」
「分かりました。……で、ワブーはどうしてここに?」
「決まっている。こいつを連れ戻しにだ」
そこには、後頭部にたんこぶを作り、床にノックダウンして倒れているカシーさんがいた。実は僕たちの後ろでゴツ!!と音がしていたのに気付いていたが無視していた。
「あ、いたた……。殴ることは無いんじゃないかしら……」
「サボった罰だ。……それと緊急事態だ」
「緊急事態? 何かしら」
「先日からフルールが少なくなっているらしいんだが……」
「それなら私達も聞いたのです」
「それだから、生地の値段も跳ね上がって困っているって商人さんが……」
「そうだ。それでシーエたちが数日前からを騎士を遠くに派遣して調査していたらしいんだが……ヤバい事が分かった」
「何なんッスか。そのヤバいって?」
「ワイバーンの群れがこっちに向かって来ている」
「何ですと!?」
聞いていたシークさんが驚く。ワイバーンってあのワイバーン?
「王都へ向かってきているらしい。そこら辺にいる生き物を食べながらな」
「不味いわね。数は?」
「8体だ。今、部隊を急いで編成中だ。ギルドにもクエストとして出して冒険者や傭兵に募集をかけている」
「あの~……ワイバーンって?」
「泉達は知らなかったわね。例えるならトカゲの前足が翼になった大型の魔獣よ。体長は……このお店2つ分かしら」
泉と互いに顔を合わせる。僕たちの知るあのワイバーンだった。このお店2つ分の長さとなると、僕たちなんて1口で食べられてしまう大きさだろう。
「とりあえずあなたたちも避難……あちらの世界に戻りなさい」
「そんなにヤバいんですか?」
「飛んでるからな。討伐するのに魔法使いは必須だ」
「この国にいる魔法使い7組全員で対応するの?」
「いや。戦闘ができる魔法使いは俺たちにシーエとカーターの三組だけでな。後は大砲で落として落ちたやつらを大人数で倒すのが今回の作戦だな」
「それでも王都に被害は出るでしょうね……」
「それでも討伐が難しいの?」
「何せ大空を自由に飛び回るからな。そのため魔法や砲弾がなかなか当たらない。唯一の救いは巨体のせいで速くは飛べないってところか」
「ちなみに……どの位の速さなの?」
「人の駆け足程度って言われてるわ。……って、長話している場合じゃないわね。とりあえずあなた達は避難し……」
「手伝おうか?」
「「へっ!」」
2人が僕の言葉に驚く。今までの話を聞いていたら、何か倒せそうな雰囲気がある。
「薫兄、正気なの?」
「そうッスよ! ワイバーン討伐はクエストでも高ランクなんッスよ」
「そうなのです。だから……」
「僕たちより遅いのに?」
「「「……あっ」」」
僕たちが出せる今の最高スピードは車やバイクが道路で走る程度のスピードだ。駆け足程度の速度では遅すぎる。
「そうか。私たちもっと速く飛べるんだった」
「そうなのか!?」
「この前、実験で1回だけフルスピードを出してみたのですが……確かにウルフ系の魔獣が走るくらいの速さは出せたのです」
「何ですって……!? やっぱりあれはとんでもない魔法だったわね……!」
「カシー様? あ、あの……この方々は空を飛べるみたいな話を……」
「オーナーが驚くのも無理は無いわ……。この子達は魔法で空を飛べるのよ。それとこの事は秘密ね」
それを聞いたシークさんが驚いた表情で僕たちを見る。賢者でも不可能な飛行魔法を使えるなんてとんでもない話なのだろう。
「でも……かなり危険だしあなたたちは素人よ」
「かといって見過ごす訳にも……ね」
「……薫兄、お人好しすぎ。でも、犠牲者が出るかもしれないのに無視するのはちょっとね」
「善意もあるけど……もう1つ理由があるんだ」
「理由って?」
「ワイバーンの皮って服に使えるんじゃないかな?」
この異世界の生地は魔獣から採取している。それならワイバーンもワニ皮みたいに使えるんじゃないかと思ったのだ。
「ええ。使えますよ。私どもの店も商品としてあちらに1つだけ……」
皆がシークさんの指した方向に目を向けると。そこには服が飾られていた。レイスとフィーロが近づいて確認する。
「本当にワイバーンの皮から作られた装備品なのです!」
「うわ! 高いッスよ!」
「いくらなの?」
「金貨10枚ッス!」
泉がオーナーに一声かけてその服を触らせてもらう。
「ワイバーンはしぶとさとその採取の困難さ、後は生息地が山というのもありまして、中々出回らないのです。仮に出回っても戦闘のせいで大分痛んでいたりおりまして……ただ魔法を施して生地にすると最高クラスの防具に……」
「これ本当にいい生地よ! これ使って服作ったらいい物が出来るわ!」
泉が目を輝かせながら、やや興奮気味に答える。僕も触らせてもらったが、滑らかで伸縮性もあって、非常に着心地の良さそうな服だった。
「カシーさん。倒したワイバーンってどうなるの?」
「それは解体されて使える所は市場に売りに出されるわ。それで手伝ってくれた冒険者や傭兵への謝礼と被害にあった人々の復興資金として当てられるわ」
「つまり被害が最小限でかつあまり傷つかないように倒したらそれだけ報酬も上がるってことだよね?」
「それはそうだが……」
「皮が欲しいって言ったらその分もらえるかな?」
「ええ。もちろんよ。ただ全部とかは無理かもしれないけど」
「という訳で、レイスはいいかな?」
「問題無いのです。街の平和のためにも頑張るのです!」
街の平和のため、カッコいい装備品のため、そして小説のネタのためにもこの戦いは負けられない。
「駆逐してやるわ……1匹残らず…」
「え? ……泉。僕たちがやるから別に……」
「フィーロはやるわよね?」
「うちはいいッスけど……泉は大丈夫なんッスか?」
「問題無いわ。街のためにもなるし、なにより服を作る者としてこのチャンスは物にしないと! 全てのワイバーンの皮を剝ぎ取ってやるわ!!」
いや。そこは女の子として戦闘に出ないでもらいたいんだけどな。何かあったら死んだおじさんたちに会わせる顔が無いんだけど……。
「薫兄。安心して……絶対にかわいい服を作ってあげるから!」
「そんなことのために命かけないでよ!?」
そんな事で命をガチでかけて欲しく無いんだけど!? というより女の子らしくおしとやかに待っていて欲しいんだけどな!? というかかわいい服って何!? 僕に何を着せる気なんだ!!
「お兄さん思いのいい子じゃないか」
「ワブー。違う。そうじゃないから」
その後、泉への説得を試みたが無駄に終わるのだった。
「それで薫? あなた達って戦争はしてないけど狩りはしているのかしら?」
「リアルは無い……ゲームなら狩っているけど」
「ゲーム?」
「とにかく、虫以外の殺生はしたことが無いで思っていてくれれば大丈夫」
「……それって本当に大丈夫かしら?」
多分、大丈夫だろう。多分……。