300話 バレンタイン 夜の部
前回のあらすじ「進展する二人」
―パーティー後「薫宅・居間」―
「あの二人は上手くやってますかね……?」
「うーーん……どうだろう?」
パーティーが終わった後、カーターは泉を連れてグージャンパマに帰っていった。つまり彼氏の家に泊る訳だが……。
「期待するような事は無いと思うけど?」
「あら?薫の期待ってどんな事ですかね……?」
「はいはい揶揄わないの……それで、どうして今日は泊まりに来たの?」
「それは……」
ユノが持っていた鞄からリボンでデコレーションされた箱を取り出す。
「はい……バレンタインのチョコレートです♪どうしても、二人きりの時に渡したくて……」
「ありがとう。でも……大きいね?」
ユノが取り出した直方体の箱だが、片手では持てず、両手じゃないと持てないくらいの大きさである。
「薫なら一人で食べるより、二人で食べた方がいいと、昌さんにアドバイスされました。私達の場合は3人ですけどね」
ユノの目線を追ってみると、居間の入り口からレイスがこっちを覗いていた。
「……お邪魔じゃないのです?」
「大丈夫ですよ。それにカーターと泉のために、薫と宝石探しを手伝ってくれたじゃないですか。そうですよね薫?」
「そうだね。ってことで一緒に食べようか」
「それじゃあ……お言葉に甘えて……」
レイスが居間に入ってきたところで、ユノが作ったチョコレートを拝見させてもらう。
「この前のガトーショコラ?」
見た目はこの前の王城でのクリスマスパーティーで出されたガトーショコラそっくりである。しかし、今回はパウンド型であって……よく知っている物と既視感を感じる。
「昌さんに教えてもらったテリーヌショコラです」
「あ、なるほど……だからか」
昌姉から教えてもらったのなら、それは既視感を感じて当然だ。このチョコレートスイーツは、昌姉が僕と泉の為におやつとして良く作ってくれたのだから。
「見た目そっくりなのですけど……違うのです?」
「テリーヌの方がガトーよりずっしりとした濃厚な味わいで、パウンド型で焼くのが特徴……と言いたいんだけど、実際には曖昧かな。パウンド型のガトーショコラもあるしね」
「だから、前とは少し違う程度で思ってくれればいいですよ」
「へえー……」
何か違いが無いかと、観察するレイス。最初の方は真面目に捜していたが、近くで見続ける間に、チョコレートの匂いで食欲の方が勝ったようで、口が開き始めている。
「それじゃあ……コーヒーでも入れてこようかな。2人もそれでいいかな?」
「他にどんな飲み物があるんですか?」
「コーヒー以外なら……ホットミルクやココアかな」
「それでしたら、私はココアでもいいですか?少し甘さ控えめに作ったので……」
「分かったよ。レイスもココアかな?」
「それでいいのです……というより、飲み物を淹れるのを手伝うのです」
「そうしたら私もお手伝いしますね」
「え?一人でいいけど……」
「気にしないで下さい。単に一人で待つのが嫌なだけですから」
3人で台所に向かい、僕とレイスで飲み物を用意して、ユノにはショコラの取り分けをしてもらう。準備が出来たら居間に戻って、炬燵でぬくぬくしながら、ショコラの味を楽しもうとスプーンを持って……。
「それじゃあ……はい。あーん」
すると、ユノがスプーンで掬ったショコラを僕に食べさせようとする。僕はそのまま口を開けて、ショコラを口に入れる。
「うん。美味しい!昌姉が作ってくれたのと同じだ」
「ふふ。それは良かった……では、私も……」
「じゃあ僕も……はい」
僕もお返しに、ショコラをユノに食べさせようとする。
「え?いや……私は……」
「いいから……」
ユノは恥ずかしそうな表情を見せつつ、それを口に入れる。
「甘くて美味しいね」
「そ、そうですね……」
そのまま、静かに食べ続ける僕とユノ。何故かレイスも静かに食べている。
「レイス。喋って大丈夫だよ?」
「この、あまあま空間で喋るのは、かなりの猛者なのです……というより薫。何かあったのです?」
「何かって……?」
「この1ヶ月ちょっとの様子を見ていたら、そう感じたのです……特に、この前のユノに抱き付いたのはビックリなのです」
「ああ……あれは雰囲気というか、その場のノリというか……深い理由は無いよ」
「そうなのです?」
「うん」
「でも……何か違います。だってその……今だって恥ずかしがらずに素直に受け入れて、逆に私が同じことをされて、恥ずかしくなって……」
「そうかな?僕としてはそこまで……もしかして嫌だった?」
「いえ!?そうじゃないんです!……その、薫の事が分からないのが……彼女として不甲斐なくて……」
「そうか……」
いつもと違うか……自分でも何となくだが変わった気はする。ただ、皆にそこまで言われるほどかとなると、少し微妙だと思っていたのだが……。
「僕としてはいつも通りなんだけど……そんなに変わったかな?」
「はい……それでも、変わっていないと?」
「多少は自覚しているけど……皆にそこまで言われるかというと……かな」
「自覚している……ということは何かあった事はあったのです?」
「うん……」
一番の理由はアレに違いない。ユノのお父さんである王様に伝えたあの事……。
「来年の……いや、再来年の予定を王様に話したんだ」
「再来年?」
「うん。去年の年末に話したから……来年の話をしたってことになるんだけど……ユノとの結婚を早くて今年……遅くても来年かなって話をしたんだ」
「……え?」
「お付き合いするというのは親同士の話し合いで、なし崩し的に決まったからね。だからしっかりと自分の口でいつ結婚するかを伝えるのは緊張したね。お嫁さんのお父さんに結婚の挨拶替わりだね」
「あ……え?」
「そんな話をしたのです?」
「うん。ユノが学園を卒業したら結婚をしようと僕は決めているってね。ただ、ユノの意見も聞いていなかったから、あくまで自分の意見だけど……とりあえず、そんな事もあったからかな。自分の中で覚悟が明確に決まったから、あんな風に強気になっちゃたんだと思う」
「あの……本当に結婚を来年までに?」
「僕はそう思っているけど……もしかして、もう少し待った方が良かったかな?」
「いいえ違います!!その……私もいつ薫が結婚してくれるのかと思っていたので……むしろ嬉しくて……!!」
顔を赤くさせながら、たどたどしく喋っていくユノ。急すぎたかなと思っていたし、何の相談なしで父親に話したので、怒ってるかなと思ったが……笑顔で話してくれているので素直に喜んでくれているようだ。
「でも、何ですぐに話してくれなかったんですか?」
「ああ……僕としてはもうちょっと後でいいかなと思って……ユノの誕生日とか」
「それは……ごめんなさい」
一世一代の告白のタイミングを自分のせいで台無しにしたと思ったのか、何故か謝るユノ。僕としてはそんなつもりは無かったのだが……。
「ううん。いつ話すかって決めていなかったし……こういうのはこんな時に話した方がよっぽどいいと思うしね」
「そんな物なのですか?」
「テレビとかで見たのは……普通にリビングで寛いでいたら唐突に結婚するか。とか、遊園地やちょっとお高いレストランなんかの非日常的な場所とか……後は、特殊な方法なら大勢の人が見ている中で指輪を取り出して結婚を申し込んだり……かな。とにかく一生に一度の物だからね。時と場所、それに状況を考えたら、僕としては今かなって」
「そ、そうなんですね……」
「え?告白って一生に一度……」
「レイス。黙ってショコラを味わっておこうか」
ショコラをもぐもぐさせながら、レイスが何か余計な事を言いそうだったので静かにさせておく。別れたり、離婚すれば何回も……というのは、確かにその通りではあるが、やっぱり特別な物として告白は一度だけにしたい。
「という事で、それが理由ということで……ちゃんとした告白はまた今度でいいかな?唐突過ぎて、僕の方が準備できていないからさ」
「は、はい……オマチシテオリマス」
カタコトでそう言って、ユノは自分の作ったショコラを食べる。ここでトドメの一言として、互いに食べさせ合っているので間接キスをしているよね?と言ったらどうなるのか……自分、キモいな。と思ったので言わないでおくのであった。
ユノが作ってきたショコラを美味しく食べて、先ほどまでの静かな状況から何とかいつものように話しが出来るようになった所で、僕のスマホが鳴る。僕はスマホを手に取り、画面を見る。
「夜遅くに誰からなのです?」
「菱川総理……」
こんな遅くに電話か……内容は何となく分かるが。僕は二人に断って、電話に出る。
「もしもし……」
(もしもし。夜分に失礼するよ)
「いいえ。それよりも何かあったんですか」
(ああ……君達に国会への招待する日にちだが、来週の今日でいいか?)
「うーーん……僕は問題無いです。ただ、コンジャク大司教がどうか……返事は明日でもいいですか?」
(頼んだ。あらかたバイオテロの方が片付いたからな。すると、今度は君達との関係を突っつかれてな……今週中に各方面に通達して、いよいよ異世界の発見の公表だ)
「異星の違いでは……?」
(異世界の方がインパクトがあるだろう?可能性もゼロじゃないしな)
「それもそうですけど……それより、参考人招致で国会に出るのは僕とレイスにコンジャク大司教の3名だけでいいですかね」
(そうだな……こちらとしては、もっとインパクトのある人物を一人……それこそ、この前のゴルド氏みたいな……)
「こっちに食事に来るのに、目立つのは嫌がると思いますよ」
(そうだよな……それで、日本が焦土になるのは勘弁して欲しいしな……)
「ですね。でも、インパクトのある人物か……」
「薫。それならちょうどいい人物がいるのです」
「え。誰?」
「それは……」
レイスから出たある人物の名前。電話越しに聞いていた菱川総理もそれに納得し、その人に出席してもらえないか打診して欲しいとお願いされるのであった。




