29話 生地を買いに行こう!
前回のあらすじ「ポツンと一軒家」
―初のクエストから数日後「薫宅・蔵」―
「おはー!」
「おはよう」
「おはようなのです」
「チイッス! 蔵で何やってるんッスか?」
「見れば分かるでしょ? 蔵の整理。少しずつ進めとかないと……」
頭に頭巾、そしてエプロンに軍手を装着している僕は、両手で抱えているガラクタを他の粗大ごみと一緒にまとめる。地球と異世界を行き来する場所は現在ここしかないのでキレイにしておかないと。
「どんな感じにするの?」
「未定かな。とりあえずは不便にならない程度にキレイにするだけ」
「リフォームとか大変だもんね」
「それにド素人のDIYじゃ……ね」
そもそも僕にそんな時間も無いのだが。
「とにかく、2人も来たことだし行こうか。ちょっと準備するから待ってて」
「分かった」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―それから15分後「カーター邸宅・庭」―
光が消えると何時ものガゼボのところに出る。ちなみに庭を行き来するのに誰かに声をかけたりとかはわざわざしなくていいとはカーターに言われている。
「そうしたら、この前の市場まで行こうか」
「だね。2人は初めてだよね」
「前回はあれでしたから…」
「そうッスね」
王都に入って一番最初があれだもんな……。
「でも次に変な奴に絡まれたらびしばしとやっつけてやるッス」
「戦闘用の魔法とか覚えたので問題無いのです」
「いや、街中で暴行はダメでしょ?」
「いや、ありッスよ。正当防衛とかなら」
「僕たちの魔法であれらはヤバいと思うけど…」
こちらには無い魔法を創ったのだ、幾つかの魔法は使うのは止めといた方がいいだろう。
「大丈夫ッスよ。フライトとサンダーそれにグラビティさえ使わなければ」
「あれは目立ちますし」
「とりあえず、その3つは使用禁止ね」
話ながら門に向かっていく。とりあえずこれでいざというとき悪く目立つことは無いだろう……と思ってると門から誰か駆け足で来る。
「カシーさんだよね。あれ?」
「そうだね」
「何か鬼気迫る感じがあるッスね」
「こ、怖いのです」
「理由は分かるんだけどね……」
怖い形相で走るカシーさん。この前の魔法の訓練以降、こちらに一度も来なかったのでどうしたのかと思ったのだが……あの様子だと、ワブーが拒否して来れなかったのだろう。
「ミ・ツ・ケ・タ!!」
うん。恐い。新手の妖怪かな? 捕まったら何されるかな? しかし、ここで飛んで逃げても火に油を注ぐような行為だろう。
「ど、どうするのですか?」
「……大人しく捕まろう」
そう覚悟を決めると、更に速度をましたカシーさんに勢いそのままに押し倒されてマウントポジションを取られる。石畳に打ち付けられて少し痛い。
「やっと……やっとだわ!! さあ、教えなさい!! あなた達が使った魔法について!! 直ぐに聞きたかったのに仕事を終わらせてからとかでここ数日悶々とした日々を送ったのよ!!」
「お、おはようございます…。それで、仕事は終わったのですか?」
「まだよ!! というか次から次に仕事をよこしてきて行かせないようにしてるんだもの……ワブーもそうさせようとしてくるし!! もう、もう……我慢の限界よ!!」
「そ、そのわ、ワブーは?」
「目を盗んで来たからいないわ!」
「ワブーがいないと異世界に行けないんじゃ?」
「ガゼボ周辺にこっそり感知用の魔道具を設置しておいたの」
「それで、僕たちが来たのが分かったってことですね……」
ここカーターの家なのにそんな事をしていいのだろうか……いや、セキュリティ面で考えたらアリなのか? 僕がそんな事を考えつつも、カシーさんはそんな事お構いなく話を続ける。
「ええ。そうよ。だから……」
目が恐い。虚ろというか、艶めかしいというか……ああ。喰われる。獲物を狩ろうとしている肉食獣に襲われる草食動物ってこんな感じなんだろうな。本来なら美人にこんな風に襲われたら少しくらいドキドキしてもいいはずなのに……何故か酷く思考が冷静である。
「いいけど。このままだと話しにくいのと、これから買い物があるので歩きながらでもいいですか?」
「ええ構わないわ! この欲求が満たされるなら!!」
そう言って、カシーさんは潔くどいてくれた。
「いたた……」
「だ、大丈夫なのですか?」
「少し背中を打ったけど大丈夫。とりあえず買い物に行こうか」
こうして、カシーさんを含めた5人で買い物に出かけることになるのであった。
「……カシーさん怖いッス」
「なのです」
「2人ともあの人が賢者だからね……」
「「え?」」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―それから少しして「ビシャータテア王国・王都商業地区メインストリート」―
「地属性の魔法にそんな秘密があるなんて……」
「秘密かどうかは知らないけどね」
見ていなかった雷撃は話さずに飛翔の呪文についてだけ話す。あれからずっと質問続きで正直疲れた。
「私達に常に働く力。それを外すことで精霊と同様に飛べるなんて」
「でも、ちょっとした訓練が必要ッス」
「むしろ飛べる魔法が存在するだけで万々歳だわ。空を征するということは戦いの中で圧倒的に有利な立場になるわ」
確かにあらゆる方向に逃げられて、しかも届かない距離にいる相手に攻撃を当てるのは難しいだろう。
「魔石から作れないかしら? いや、気球の方が先かしら」
そう言ってブツブツと発しながら思考に入る。よし。少しの間は静かになるだろう。
「色々な店があるのです」
「そうね」
カシーさんに説明している間にすっかり市場まで辿り着いていた僕たち。早速、お目当ての品を売っているお店を探す。
「生地を売っているお店ってどこだろう?」
僕たちがどうしてこちらに来たかというと、今日、異世界に来たのは服の生地を買うためである。
レイスたちの話を聞くと、こちらの世界の生地は未加工の段階で火に強かったり、耐刃効果のある物など、特殊な素材が多いとのことだった。
そこで、小説の取材も込めてビシャータテア王国の市場に来たのだが、色々なお店があるので困る。
「ちょっとそこのお嬢さん達!」
声のする方を振り向くと頭にタオルを巻いたいかにも商人のおじさんがいる……あれ? そのお嬢さんにもしかして僕も含まれているのかな?
「ちょっと見ていかないか? サービスするぜ!」
「あら。生地を扱っているわね」
カシーさんの言う通りで、確かにロール状に巻かれた生地が幾つも置かれている。
「何か生地を探してるって聞こえたからな。声を掛けさせてもらったって訳さ。何か要望はあるかい?」
「防具に使われるような物ってありますか?」
「防具? 君達って冒険者かい? それならサイレントスパイダーの糸から作った布があるぜ!火には弱いが衝撃に強く刃も通りにくい。また軽いし通気性もいいからかなり動きやすい!ウォーウルフの毛皮だと通気性は悪いがコートとか作るには最適だ!」
魔獣から採取されたもので作られているんだな…さすが異世界。しかも同じ生地でもカラーバリエーションが豊富だ。
「ああ。私だったら、そこのフルールの毛皮がオススメかしら。通気性と破れにくい材質で肌触りもいいわ」
カシーさんがオススメの品を教えてくれる。値段だが……なかなかいいお値段だな。
「え!? 賢者様!? ……これはびっくりしたな」
商人のおじさんがカシーさんの顔を見て驚いている。カシーさんって王都ではやっぱり有名人なんだな。
「フルールの毛皮は何故勧めないのかしら? 1、2位を争う生地でしょ?」
「確かにオススメなんだが……ここ最近数が少なくてな。この値段は正直言って高すぎるんだ。知ってる人からしたらこの値段じゃまず買わないってくらいでね」
「そんなに高いんですか?」
「ああ。それでフルールが少なくなっている原因がイマイチ良く分からなくてな……他の同業者も頭を抱えてるよ」
「なるほどね。だから勧めなかったって訳か……こんな素人の僕たちにでも」
「ああ。王都の人間はフルールを知っているからな。こんな高値のフルール売るとしたら嬢ちゃん達みたいなやつじゃないと買ってくれないのは分かってはいるんだがな……」
「話して良かったの?」
「まあ、旅人に高い値段でフルールを買わせて、後でぼったくりと思われるのも……な。それに嬢ちゃんたちが賢者様のお知り合いなら余計にしないさ」
賢者が知り合いと知る前から、売らない気でいたところからして、かなりお人好しな商人のようだ。商人としては致命的な性格なのかもしれないが、このような誠実な人だからとリピーターになってくれる方々も少なくは無いだろう。
「しかし……気になるわね。フルールが少なくなるなんて」
「そうなの?」
「フルールは四足歩行の草食魔獣でな。繁殖力は高く足も早い。そしてその毛皮は刈っても1年経てばまた刈れるのよ」
「あれ? なんかその説明だと捕まえても、毛を刈り取ったら直ぐに離すって感じなの?」
「ええ。そういう決まりよ。それだけ生地にするのに最高だから」
それだけを聞くと羊を思い浮かべてしまう。というより魔獣の中にはそんな風に扱われているやつもいるんだ……。
「少し調べてみないといけないわね。国益に関わることだし、国としてもほっとけない話だわ」
「賢者様が動いて下さるならありがたい。他の商人のためにもお願いします」
そう言って商人が頭を下げる。
「あの~。お話中すいません…」
今まで静かだった泉とフィーロ、レイスの3人が申し訳なさそうに話に入ってくる。
「なんだい嬢ちゃん達?」
「生地を買いたいんですけど……」
「いいぞ。それでどれをお買い上げで?」
「これと、後、ウォーウルフの……。量はこの位で……」
アイテムボックスからこの前もらった金貨を取り出しておく。
「金貨1枚出しとけば問題無いと思うわよ」
「そんなものなの?」
「金貨なんてあまり使わないのです。だいたいの人は銀貨や銅貨。後はさらにその下の小貨と言われてるもので買い物をしてるのです」
「へえ~。この貨幣ってこの国だけの物なの?」
「どこでも通用するのです。イスペリアル国が発行してるので」
「確か唯一の完全な中立国でララノア神教の聖地でもあるんだっけ?」
「その通りよ。他の国の王との会議する場としても使われていて、どこの国も絶対に手を出すことを許されない国よ」
ララノア神。この世界を創った絶対にして唯一の神であり、そして神からの信託によって作られたのがイスペリアル国である。歴史は古く、他の国々よりもいち早く出来た歴史のある国らしい。
「……」
「どうかしたのかしら」
「ううん。何でもない」
イスペリアル国にララノア神か……後で調べてみようかな。小説のネタとして良さそうだ。
「はいよ! ちなみに銀貨5枚だけど……払えるのかい?」
商人がそう言って、台に置かれた大量の生地をポンポンと叩いている。金貨1枚で銀貨10枚分……随分買ったな。
「薫兄~。おねが~い」
「うん」
「そうかそっちの嬢ちゃんが…うん? 薫…兄? え? まさか男!?」
「そうだけど何か?」
少し圧を込めて答える。勘違いされるのにほんのちょっと怒っていたからだ。
「いや。びっくりしただけだ。となるとあんた達が巷で噂の異世界人か」
「そんなに有名なの?」
「ああ。確か……女っぽい男というよりもう女でいいんじゃないか? っていわれるような姿をしている撲殺天使って聞いていたんだが……」
「何それ恐い」
金棒を持って振り回した覚えはないが? というか何そのヘンテコな表現は!?
「金棒ならどこかに売っているかな?」
「泉。探さなくていいから…」
この世界なら確かに武器として売っていそうだが、そんなのは僕にはいらない。僕は泉にそう伝えてとりあえず店主にお金を支払うのだった。
―称号「撲殺天使」を手に入れた!―
内容:ほぼ素手で敵を殴り倒して血塗れにした者に送られる称号……これからは後先考えて行動しましょう。




