293話 それから……
前回のあらすじ「生きていれば手加減という暴論」
―研究船の拿捕から3週間後「薫宅・書斎」―
「ありがとうございます。薫先生は余裕を持って原稿を上げてくれるので助かりますよ」
「いえいえ……それで、そっちの様子はどうです?」
「皆さんのご活躍のおかげで、元の日常に戻りつつ……ですね。感染した社員も数名が戻ってきましたよ。本当にありがとうございました」
「いえいえ……」
ヘルメスの船を拿捕してからおよそ3週間、ヘルメスが起こしたバイオテロ事件は終息に向かって行っている。グージャンパマで作った例の薬は抗ウイルス薬として見事に役目を果たすことが分かり、本来なら薬の承認まで数年かかるはずなのだが、このバイオテロを鎮静化するためにと異例の承認となり、他の感染者にも投与されることになった。この異例の処置に反対運動も起きたり、面白がって感染を広めようとする輩もいたりしたのだが……。
「ところで、薬の投与に対して反対運動を行っていたグループのリーダーが、未成年に不適切な行為をしたって事で逮捕されていましたが……何かしたんですか?」
「僕はしていませんよ……僕は……」
「ああ……例の方々が……」
我々に任せとけ。って、オリアさんが言っていたので、恐らく彼らが裏で調査して情報を警察に流したのだろう。
「それじゃあ、もう少し落ち着いたらそちらにお伺いしますね……では」
梢さんはそう言って、電話を切った。僕はスマホを机の横に置いて小説の続きを書き始める。この家に避難していた母さんたちも3日前に東京の家に帰ってしまったので、今は僕とレイスしかいない。
「そういえば……薫」
黙々と本を読んでいたレイスが僕の名前を呼んだので、そちらに振り向く。
「例の国会への出席はいつになったのです?」
「うーーん……まだ、連絡は来ていないんだよね。あっちもてんてこ舞いみたいでさ……拿捕した船の調査や船員の取り調べ、発見したヘルメスが作った抗ウイルス薬の作製……2月になったらかな」
「大分、伸びたのです」
「うん……その間にやることは、小説の続きを書く事だけかな……」
つい先日まで、今回のバイオテロの件でゴルドさんたちにお礼の料理とお酒を持っていったり、薬の作製に必要な素材を集めたりと色々な場所を行ったり来たりしていたのだが、ある程度一段落したので、お休みも兼ねて、こうやって小説の執筆活動に専念している。
「ユノに会わなくていいのです?」
「うん。この前ユノに会ったら、新学期で学校が忙しいみたい。だから、今の内に余裕を作っておいて、いつでも会えるように時間を作っておかないとね……レイスは?」
「薫があっちで仕事をしている間に、お母様には新年の挨拶をして……泉たちとのお泊り会は来週ですね」
「ということは……」
「お家でゆっくりなのです……でも」
「もう3日目だもんね……気晴らしにひだまりでお昼にしようか」
「開いてるのです?」
「グージャンパマの事を知っている人限定だけどね」
僕はスマホで昌姉にメールを送った後、コートを羽織り、机の上にある車のキーを手に取る。その間に昌姉から返信が来て、来ても大丈夫とのことだった。
「カルボナーラが食べたいのです」
「いいね……僕はボロネーゼかな……」
この後、何を食べるのかをレイスと話しながら、書斎を後にするのであった。
―クエスト「侵蝕感染」クリア!―
報酬:エリクサーを使用した新薬、クロノスの研究船と研究成果の一部
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―ほぼ同時刻「とあるVR空間」ある幹部の視点―
「くぁああああーーーー!!!!ああ~~疲れた……」
「お疲れのようだね」
「ヘルメスの船の調査結果がどんどん来るからな……目を配るのも一苦労だ。そっちはどうだ?」
「日本への支援を継続だな。それなりの金が飛んだが……妖狸たちがそれ以上の利益をもたらしてくれるからな。ありがたいことだ……それで、船に乗っていた奴らはどうするんだ?」
「本来なら日本で取り調べなのだが……大規模かつ人数が人数だからな。ICPOに協力をしてもらいながら決めていくみたいだな。船も各国からのやっかみを受けないように、ある程度、調査を受け入れているようだしな……」
「しょうがねえだろうって。あいつらに恨みを持つ奴らなんて山のようにいるんだからな……それで……」
ここにいる全員が慌ただしく、日本でのバイオテロについての情報交換をしていく。私も色々な情報を聞いているが……今回も予想外な事が起きてしまった。
日本でのバイオテロが起きた際に、組織もショルディアを通して支援を行っていた。特に、妖狸に関わる人間に不利益が起きないするために仕事の依頼もしたりしたものだ。
その中で今回の事件の解決案として、グージャンパマにあるエリクサーという薬草を使って薬を大量生産するということになった。エリクサーの具体的な効能は確認されていなかったが、イレーレと言う人種が生きていた遥か昔には数多の病気を治し、我々が手に入れたハイポーションやポーションよりも素晴らしい効果があると、エリクサーの栽培地であるデメテルの管理者であるセラが証言していたため、この薬草を使った新薬の開発には我々は賛成であった。そして現在、この薬を一部を使って他の病気に効くかも裏で試しているのだが、様々な病気に効果有りという結果になった。
(ドラゴンの素材を使用しなければいけないというのがネックだが……)
とりあえずは、この新たな薬を安価で大量に生産出来ないかの研究に一部費用が当てられるだろう。そう……ここまでは我々の期待通りだった。
「薬が出来ただけでも良かったのに、ヘルメスに大打撃も与えられるとはな……」
「全くだ……」
そう。彼らはにっくきヘルメスの連中が所有する研究船を、特効薬を菱川総理に運んだその足で拿捕しに行くという驚きの行動に出たのだった。ニュースを見ていた我々も急遽、組織のメンバーに指令を出して向かわせたのだが……着いた時にはすでに船は取り押さえられていたとのことだった。
「そういえばあの船って自爆装置が付いていたと聞いてるのだが……」
「付いていたぞ。カチコチに凍って使えなくなっていたがな……」
「奴らの研究成果の一部がそれで破壊されてしまったが……まあ、良しとしよう」
あの船で、ヘルメス共は悪事を働くために、様々な毒や薬、さらには黒い液体の研究をしていたことは分かっている。我々はそれらに大変興味があったのだが、妖狸達がそれを一部破壊してしまったのだ……彼らの事だ。危ない研究など破壊してしまおうと判断したのかもしれないな。メンバーの一部からはその事で不満が出ていたのだが、しょうがないと今では素直に諦めている。
「待たせてしまったかしら?」
そこにショルディアが入室してきた。
「遅かったな」
「色々、準備が必要だったのよ……何せ報告した以外にも様々な発見を彼らはしていたようなの」
「発見だと?」
「ええ。イスペリアル国に存在する施設の具体的な位置情報が手に入ったとか、マクベスの所在がはっきりしたとか……」
「やれやれ……また、仕事が増えたな」
「仕方ないだろう。彼らが大きく動く……それはすなわち新たな発見と結び付けた方がいいからな。とにかくショルディア。早速、話してもらおうか?」
「分かったわ……それでは、さっそく……」
さっきまで行われた情報交換を止めて、ショルディアの話を聴こうとするメンバー。果たして、妖狸達はどんな事を知ったのか……そして何人がそれを聞いて頭を悩ませるのかを楽しみにしつつ、私も話を聴くのであった。




