285話 セフィロトの樹
前回のあらすじ「ノーネームは初期から登場していた」
―「黄昏の庭園」―
「となるとさ……魔王ってこれを狙いに襲って来るんじゃ……?」
衝撃の事実を知り動揺していた中、泉が懸念を口にする。そう、これさえあればグージャンパマを消滅させるための魔法が使えるのだ。そうなれば……。
「それなのですが……薫さん。それを私に貸してもらってもよろしいでしょうか」
「う、うん」
僕は鵺を球体状にして、それをマクベスに手渡す。マクベスは手に持った鵺を凝視したまま動かない。
「……やっぱり」
マクベスは何かを理解して、鵺を僕に返した。
「何をしていたのだ?」
「僕が鵺を使えないかを試したんです。ノーネームは誰にも使用可能な金属ですから」
「でも……何も起こらなかったのです」
「具体的には何をしたんッスか?」
「ノーネームは思考を読み取り、自由自在に姿を変えます。その能力を上手く使えば、複雑な魔法陣を物に刻む事も可能ですし、私達ユーピテルなら、一度にそれらを大量に描く事も出来ました……が」
「これは動かなかった」
僕の解答にマクベスが頷く。
「先ほどは四葩が薫さんの本当の武器といいましたが……どうやら、それは違ったようです。それも……あなたを主人として認めている武器です。もしかしたら薫さんなら、知識と時間があればこの星を征服できるかもしれませんね」
「おお……!やっぱり魔王に!」
「ならないから!」
「サキュバスの魔王ってことかしら?男共ならちゃんとした誘惑できる服装なら支配できるかもしれないわね……」
「カシーさんも変な事を言わない!そんな物を着る気は無いですし、力だけで征服なんて、そんな古典的で馬鹿な考え方は時代遅れだからね?仮に征服したらその後が大変なんだからね!?」
適当に国の政治をして自分だけ富を得ようとする馬鹿ならそれで問題無いのだろうが、その後の事を考える賢王なら復興に掛かる年月や新しい政治の体制など馬鹿みたいな量の課題が山積みになるのだ。そんなお仕事は願い下げである。
「とにかく……これって、奪われても問題無いんだね?」
「はい。恐らく……アンドロニカスがその存在を知ったとしても、自身の復活を優先するでしょうね。なにせそれがノーネームだとしても、他の人が所持していない時点で偶然に出来た産物であり、そしてそれを利用できるのはあなただけと気づくでしょうから」
「そうしたらこやつが襲われるんじゃないのか?」
「そうですが……簡単にやられるとは思えないんですよね」
「でも、こやつの周囲が危険にさらされるだろう?」
ゴルドさんがズバッと、僕が一番悩むであろう問題を口にする。いくら僕たちが強くなっても周りはそうはいかない。アクヌム戦の時にユノが危うく殺される寸前だったのを忘れてはいない。
「そうですね……そこは私も何とかするとしましょう。もうここを知られた以上は隠者に徹する訳にもいきませんから……それと処分するおつもりなら、火口にでも投げ入れて下さい。ドロドロに跡形もなく溶かすしか方法は無かったので」
「分かった。ありがとう」
僕たちがそんな会話をしながら歩いていると、この空間の大部分を支配しているセフィロトに着いた。近くで見るそれは人工物ではなく天然……自然が作り出した物に間違いないだろう。その幹に設置されている人工物を除いたらの話だが。
「これは?」
「これが制御盤ですよ……他にも色々なシステムが搭載ですが、監視システムもその内の一つですね」
「……あのデメテルで見つけた人工衛星もどきかしら。確かスパイ衛星って呼ばれるのもあるわよね?アレはデメテル以外のも飛んでいて、この星を監視していたのかしら」
「その通りです。それでこれを使って皆さんのご活躍を見たりしていました……あのロロックを倒した時は爽快でしたよ。それと、アダマスと、セラの使っていたあの映像機械にも似たような物が組み込まれていますよ」
「なるほど……それらを使って、僕らの事を見ていたんだね」
「はい。それだからすぐにあのような指示をしたんですよ……あの施設は君たちの物。ってね」
「はっ!?」
「あっ!?」
「あ、ダメですからね?アンドロニカスを倒すまではこのままで」
カシーさんとワブーが何かを言おうとしたのを制止して、支配権に移行について断るマクベス。二人はそれを言われてしょんぼりしている。
「おお……この魔石を弄って、操作するんッスか?」
マクベスが僕とカシーさんたちとやり取りしている間に、他の皆はその珍しい装置を観察している。フィーロの言った魔石が11個……それはあのセフィロトの樹の形をしていた。まさか、隠されたフィロトが再現されているとは……もしかして、地球のセフィロトの樹ってこれが元だったりして?
「ええ。その魔石とそこの入力装置……あっちのパソコンで言うキーボードですね。クロノスにもこれはあったと思いますが」
「で、この魔石はテレビのチャンネルってところかな?……このセフィロトの樹……地球にも同じ物があるけど……」
「これはイレーレが使用していた世界の構成に必要な物を表した図なのですが……それを象った物を地球に落としたのかもしれませんね」
「多分、そうだと思う……イレーレの人達なんか神様やら宇宙人扱いになってるし……」
全てがグージャンパマから来たとは言わないが、何らかの影響を受けてるのは間違いないだろうな。口の無い女神の石像がどこかの遺跡で発掘された話もあるし……。
「同じ物が両方の世界に使われるとは……何とも言えないロマンがありますね」
「歴史のロマン……小説家としてはいい題材だね。後でしっかり書かせてもらわないと……」
「そうしたら、その題材の為にも実演しましょうか。この装置を使って……」
魔石の一つに触れるマクベス。すると、ディスプレイに何かを映しだす。そこに映ったのは紗江さんだった。
(え!?)
「紗江さんッスね……おはようッス」
(あ、はい……おはようございます……一体どうやって通信を?)
「ヴルガート山にある秘密のエリアからなのです。それで、そこにある装置の実演を見せてもらってるのです」
(セラさんがお話されていましたが、マクベスさんが見つかったんでしたよね……それで例の物は?)
「手に入ったよ。今日にはそちらに帰還するから、準備をお願いします」
(分かりました……それと、各関係各所にも連絡をしておきます。薬が出来た後の被験者とかの用意も必要ですし)
「了解。あ……」
僕はゴルドさんに気になる事を訊く。
「ゴルド様?いつイスペリアル国に来られます?いきなりゴールドドラゴンが来ると驚くと思うので……」
「うむ?……そんなのはすぐ行くぞ。あっちの世界に出向く前にこちらと話をしておく必要があるだろう。安心しろ。力でどうこうするとかはせぬからな……まあ、無礼が無ければだが」
「それ脅しですよ……って、ことでお願いします」
(分かりました……今日の午後に話し合いがあるはずなので、ちょうどいいかもしれませんね)
「お願いします」
そう言って、通信を切る。
「ってことで、こんな風に各施設と連絡を取り合う事が出来ます。そうえいば……ああ。いた」
今度は別の場所……ここは、デメテルかな?
(クポ!?)
その証拠に通信士のような衣服を着たミニクポがいる。そのミニクポはすぐに席を外してセラさんを連れて来た。
(マクベス様!お久しぶりです……!)
「やあ、久しぶり。アンジェにしてやられたよ……」
(あの方は破天荒で悪戯好きでしたから……それで、通信してよろしいので?)
「ええ。ジャミング機能はしっかり起動させていますから問題ありません。それにエーオースが見つからずに困っているみたいですから、その情報の提供もしないといけませんしね」
(ありがとうございます。それと……魔族は今、何をしてるんですか?必要ならクロノスとデメテルの両方の施設のセキュリティを強化しないといけないんですが……)
「今はある場所を攻め入って、そこで大人しくしているようですね……恐らくそこにあるデータを解析して自身の体の設計図を作っているかと、魔物達もそちらを警戒しつつ、防衛線を張っているようです」
「もしかして……魔物たちと連絡を取り合っているんですか?」
「いえ。あくまで監視しているだけです。そもそもあっちに通信を繋ぐにしても装置がありませんし」
(元々は敵国ですしね……でも、マクベス様なら繋ごうとすれば出来るのでは?)
「出来ますが……バレますね。ここの位置が……」
(それはダメですね……そこが公の場所になるのは決着がついてからでいいでしょうから)
「ええ。その時には他にも装置を作り、さらには職員を募集して機関を作るのもありですね」
その機関のメンバーを選ぶ際には、かなり厳しめの厳選をして頂きたい。とりあえずは世界を灰に変えないような人を……。
「今後とも、薫さんたちの指示に従って行動をして下さい。それと……施設の管理権のルールは変わらずに」
(分かりました。今は日本で起きているバイオテロへの解決策である抗ウイルス剤の作製に戻りますね)
「ええ。よろしくお願いします」
(それでは……)
そう言って、通信が切れた。
「ほほう……遠方でも通信が出来る魔道具か」
「はい。薫さんの使う声だけを遠方に伝える魔道具は存在するのですが……このように映像も送る魔道具は今は無いかもしれませんね」
「なるほどな。それで、どうなんだ?」
僕に訊いてくるゴルドさん。実際に使っている僕たちに訊くのは当然か。
「まだ無いですね……知り合いの話ではもう少し調整して……2、3年で近場、10年でここの大陸全土を……」
「ほうほう……興味深いな。そうしたら、我にも遠方に会話が出来る魔道具を用意しろ」
「分かりました。カシーさんいいですよね?」
「大丈夫よ。故障時の事も考えて、保管しているのもあるから……連絡して用意しておいてもらうわ。ここにいる4名分かしら」
「うむ?我は不要ですぞ。流石に年老いた身には不要ですしな」
装置をハクさんたちとじっくり見ていたキリュウさんがそう答える。ゴルドさんもそれを認めて、ゴルドさんにハクさん、それとペクニアさんの3名分を用意することになった。
「うむ。苦しゅうない……褒美としてお前達には我を呼び捨てで呼ぶことを認めよう。どうも様付けは慣れていないようだな?」
「はは……はい。それだからハクさんと同じように呼ばせてもらえると助かります」
「それでいい。それに、お前には色々融通して欲しい物があるからな。頼んだぞ」
「分かりました……ゴルドさん」
これはこれで呼びづらい気もするが……気にしないようにするとしよう。その後、この施設の説明をもう少しだけしてもらって僕たちはここを後にするのであった。




