276話 ヴルガート山での冒険
前回のあらすじ「余談ですが、念のために普通の竜の牙で薬を作れないか試験中だったりする」
―会議から二日後の早朝「カフェひだまり・店内」―
「ありがとう!これで何とかなるかもしれない!」
僕はひだまりで作った大量の料理をアイテムボックスに入れる。
「かまわねえよ。俺達の料理がお前の助けになるならお安い御用だ」
「それに休業中だったもの。薫ちゃんが仕事を持ってきてくれてありがたかったわ」
「ちゃんと請求してよ?身内価格とかしなくていいからね?」
「分かってるって……頑張れよ」
「無事に帰って来てね」
「うん。二人もありがとうね」
「私達も休学中ですから!むしろこれで日本を救った一人になれるなら名誉ですし!」
「頑張ってくださいね!!」
「うん!」
「それじゃあ!いくのです!!」
僕たちは皆にお礼を言って、ひだまりを後にしようとする。
「あ!おい!これ持っていけ!!」
するとマスターが風呂敷に包んだ何かを手渡してきた。
「今日のお昼にでも食え。お前らが腹を空かせてたら意味が無いだろう?」
「ありがとう」
僕はそれをマスターから受け取り、ひだまりを後にするのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―2時間後「ガルガスタ王国・ヴルガート山麓近く」―
「まさかドラゴンにわざわざ会いに行く日が来るとは……」
「あら?私としてはいい経験よ?」
「二人共余裕ですね」
「そうでもないわよ。私もこれでそこそこ緊張してるわよ。本当はカーターにシーエも来て欲しかったけど……国の防衛やドラゴン達への配慮も考えると……ね」
そう話すカシーさん。今回は泉たちとカシーさんたちでドラゴンが住むヴルガート山へと向かっている。ドラゴンの強さを考えると少なすぎる人数……一見、悪手にも見えるが、逆に大人数ではドラゴンたちを下手に刺激するだろうし、それにこの人数なら撤退するのも迅速に出来る。
「とりあえず……ハクさんがいるといいんだけど……」
「なのです……」
この作戦の成功のために、ハクさんがゴールドドラゴンの説得の仲介人としていてもらえると助かるのだが……。
グォオオオーーー!!!!
移動する僕たちの前に一匹のグリーンドラゴンが山から現れ、僕たちを通さないように前方に立ちはだかる。
「薫兄どうするの!?」
「これは……チャンスだね。シエル。あいつと少し距離を取った所で止まってもらっていいかな」
「(分かった)」
僕たちは門番をするグリーンドラゴンの前で立ち止まる。
グオォ!
「(ここは我らドラゴンの棲み処と知って、侵入してきたのか?だって)」
シエルがグリーンドラゴンの言葉を翻訳してくれたので、僕はそれに対して答える。
「はいそうです!実はハクさんに用事がありまして……」
僕はハクさんの、シルバードラゴンの鱗をアイテムボックスから取り出して見せる。
「お取次ぎできないでしょうか?」
グォオ!!?
ハクさんの鱗を見たグリーンドラゴンが驚きの声を上げる。そして、その顔を僕の腕まで近づけて、まじまじとそれを見る。
「薫……」
「そのまま……静かにね」
グリーンドラゴンのどアップ……口から漏れる息が顔にかかるほどの距離。その気になれば一口で僕の半身を食いちぎることが出来るだろう。
グォオオ……
「(その鱗が、ハクさんの物だって分かったみたい)」
シエルが声を出さずに、念話でグリーンドラゴンの言葉を翻訳してくれる。
グォオ!!グオ!!
「(少し待たれよ!替わりの者に呼んでもらう。って)」
「その必要はありませんよ」
どこからか聞こえるハクさんの声。辺りを見回すと、ヴルガート山とは違う方向からハクさんがこちらへと飛んできた。
「ここは私が対応します。あなたは戻ってもらって結構ですよ」
グォオ!!
グリーンドラゴンは返事をして、ヴルガート山へと戻って行った。
「ありがとうございます」
「いえ……それよりも、皆さまはどうしてここに?」
「実は深刻な事件が起きていまして……その解決のためにここへ来たんです。その話をする為にどこか落ち着いて話せる場所はありますか?」
「そうですね……」
「それなら、我がいる場所で話せばいい」
ハクさんの声を遮る男性の声。ヴルガート山から飛んでくるそれは、金色に輝く鱗と雄々しき翼を持ち、僕たちが見てきたどのドラゴンよりも大きいドラゴンだった。
「ゴルド様?珍しいですわね。リーダー自らのお出迎えとは?」
「人間が侵入してきたというのもあるが……それがハクの知り合いとなれば興味があるという物……それで、どうだ小さき者達よ?」
こちらへと話しかけて来るドラゴンのリーダーであるゴールドドラゴンのゴルドさん。リーダー直々に話を聞いてくれるのは好都合だと思うが……。
「えーと……皆はどう?僕はイイと思うんだけど」
「私も薫兄の意見に賛成!戦わずに済むのが一番!」
「というより……反対意見は無さそうなのです」
レイスの意見に皆が頷く。
「仲間も異論は無いとの事なので、ゴルド様のご提案を喜んでお受けします」
「うむ!では、我が居城へ案内しよう!」
ゴルドさんがヴルガート山に向きを変えて飛んで行くので、僕たちはその後に続いて飛んで行く。ヴルガート山の近くまで来ると、その山肌は岩肌で覆われていた。さらに頂上付近まで来ると緑がちらほらと見え始め、頂上に来ると大きなカルデラ湖に森や草原と言った豊かな植生を形成している。
「広ーーい!!」
「湖から光の粒子が飛んでいないッスかアレ?」
「ええ、それで合ってるわ。ここは魔素の濃い場所なのかもしれないわね」
「はははは!凄いだろう!あんな荒れた山肌の頂上はここまで自然豊かな地が広がってるとは思わないだろう!」
ギャー―!!
グォオオ!!
大きな複数の叫び声が、周囲に響く。
「今のは?」
「あっちだ。皆、励んでるようだな」
ゴルドさんが指差す方向には、複数のドラゴンが魔法を撃ち合ったり、2匹一組で魔法を使用しないでの戦闘訓練をしている。
「ドラゴンは強さこそ一番だからな。あそこにいるのは俺の玉座を狙ってたり、ここの護衛の為に励んでいる奴らだ」
「へえー……」
「そうえいば……この前、ハクはたった一人で5体相手して、無傷でボコボコにしてたな」
「言わないで下さい!女として少々恥ずかしいんですから!それと5体じゃなくて8体相手です。全く……」
「いやいや……自分で暴露しちゃってますよ?」
「はははは!それほどこいつもストレスが溜まってるって事だ。あいつの支持派はうるさくてたまらん」
「そうなんです!先ほどもその件で帰って来たばっかりで……」
「だからヴルガート山とは違う方向から来たんですね」
「そうです。まあ、ちょうどいいタイミングで帰って来たみたいですが」
「そうだったんですね……あ、それとカレーも作って持ってきたので食べて下さいね」
「か、カレー!!?」
「それ以外にも色々作って来たので、楽しみにして下さい」
「ほほう……俺のご機嫌どりのために持ってきたってところか」
「はい。流石にタダで今回の相談を受けてもらう訳にはいかないですから」
「いい心がけだ。ハクの奴がそれはそれで自慢してたからな」
「長年生きて、初めての刺激でしたから……ああ、あちらで食べたベーコンエッグというのも最高でした……」
うっとりとした表情を浮かべるハクさん。そういえば、自宅に招待した時に、とろーりとした卵の黄身にベーコンを絡めて美味しそうに食べていたな。
「アレは作っていないんですけど……材料はあるのでご要望があれば作りますよ」
「ぜひ!!」
「そうしたら我にも作れ!こいつがここまで熱心になる食べ物とは気になるからな!」
「もちろんです……で、目的地はどこですか?」
「そこだ。建物が見えるだろう」
「建物……?」
「ああ。ハクから聞いているぞ。あの神殿がどうなってるのか知りたいとな」
ゴルドさんが地面に下りていく、下りていく先には蔦が絡み、柱は数本折れて、その建物自体にもひびが入った神殿らしきものがあった。
「ここは我の玉座でもあるからな。それと他の場所だと、アイツの派閥のドラゴンが襲ってくるかもしれないからな」
先ほどから出て来るアイツ。それは恐らくリーダー争いをしている相手のことなのだろう。
「うむ?外の客とは珍しいですな?」
話をしながら神殿の近くに来ると、そこ年老いたゴールドドラゴンがいて、僕たちを珍しい物を見るような目で見てくる。
「ああ。我らに話があるらしく、興味深いお土産を持参して来たそうだ。それとここの扉を開けれるかもしれないから調べてもらおうと思うのだが……いいよなキリュウ?」
「あ、こちらの方って前リーダーのゴールドドラゴンさん?」
「そうです。今は一線を退いて、我々の相談役として働いてもらってます」
「キリュウと申します。外のお客さんとは何千年ぶりでしょうかね」
そう言って、顎の下の髭をなぞる金竜さん。その姿は相談役というより何か村の長老みたいな雰囲気である。
「何千年……そのお客さんの名前ってララノアとかマクベスって名前なのです?」
「うむ?そうだったかな……なんせ年寄りなもんで、名前もうろ覚えですな」
「それならマクベスだ。お前が昔話をした時に聞いたぞ」
「ほほほ!そうでしたかな」
笑うキリュウさん。マクベスがここに来た事がある……?何のために来たのだろう?一回、セラさんに訊きたいところだな。
「さて……」
神殿までやって来るとゴルドさんはその大きな扉を開けて中に入っていく。中は神殿に相応しく広々とした空間と、ステンドグラスから零れる光。そして奥の檀上には人が座れるような大きな椅子。
「ここが我の居城。ドラッヘンシュロス……歓迎するぞ客人よ!」
僕たちはゴルドさんの歓迎を受けつつ、その神殿の中へと足を踏み入れるのであった。




