271話 お参りという名の撮影会
前回のあらすじ「恋人の聖地に行ってきた!」
―午前中「隣町・大通り」―
「ここも聖地巡礼だったかな?」
僕たちは神社から今度は昔ながらの街並みが残っている通りを歩いている。電柱や電線が無いためか、空が広く感じられた。
「どんな物語の聖地なのです?」
「ここはアレだよね?見た目は怖いけど、性格は純粋無垢な女子高生の高校での3年間を描いたラブストーリー……」
「そうだよ。あの映画の主題歌は何回も聴いたな……というか今、聴きたい」
「私もいいですか?」
「いいよ!そうしたら……」
泉がスマホとイヤホンを取り出して曲を掛け始める。本来ならあまり良くない行為だが、正月のためか人通りがそこまで多くないので、誰かの迷惑になる事は無いだろう。
「その笑顔を守りたい……私はしっかり守ってもらってますね……」
「確かにそうかもね。アクヌムの時も颯爽と登場してたし……ねえ薫兄?」
「うん?……それなら」
訊かれた僕は振り返って、笑顔で二人を見る。
「君に逢えたこと本当によかった……そう思い続けてもらえるような男にならないとね」
二人が聴いている歌の歌詞を使って、僕の気持ちを伝える。
「「……」」
すると、それを聞いた二人が黙ってしまう。何か頬を赤くしているような……?
「薫兄が……恥ずかしいセリフを素で言うなんて!!?」
「そこツッコむところかな……」
「ご、ごめんなさい……凄く照れると言いますか、恥ずかしくなると言いますか……もう、心がドキドキしました……」
顔を隠すユノ。着物の振袖のせいで、その顔が完全に隠れてしまった。
「でも……珍しいわよね?薫がこんな風に言うなんて」
「ああ……そうだな」
後ろを歩いていた昌姉とマスターが、泉たちと同じような事を言ってくる。僕としてはいつも通りだったんだけど……。
「何かあったの?」
「うーーん……さあ?」
僕は呆気からんと答える。何かあるといえば……昨日の王様との会話だろうか。ユノとの結婚の決意を表明したからかもしれない。
「それより……ここには何をしに来たの?」
とりあえず、母さんたちの後を歩いていたのだが……。すると、母さんが立ち止まってこちらに体を向けて話始める。
「さっきの神社は朱色だったでしょ?今度はシックに黒で撮らないと!それで、お寺と昔の古い学校があるこの近くまで来たの」
「学校って……国の指定史跡になってる?」
「そうそう。さっきから3人が話していたのとは違って、もっと古い学校だからね?あそこって年末は休館日なんだけど、年始は開いてるのよね……そういえば、何かホームページにコスプレ衣装で来られる方への注意書きが書かれてたな……」
「だって、刀とか大正ロマンとか似合うんだもん」
泉がそう答えるのだが……その言い方だと、かなりの頻度でお世話になってるのだろうか?
「まあ、今回は正月に相応しい格好だからね。問題無いでしょ!」
「母さん?女装してる男が目の前にいるけど?」
僕は自分に指を差して、大問題がいることをアピールする。
「バレなきゃ大丈夫!というより……信じてくれないでしょ」
すると、母さんの意見に僕以外の全員が一同で頷く。
「バレたら大変だから……」
「薫なら大丈夫だよ……」
父さんが優しい目で僕を見て話す。一体何が大丈夫だというのだろうか?
「根拠は?」
「いざとなれば……もみ消すことも造作ないだろう?」
「父さん!それはダメだから!そんなことをしたら権力を片手に、調子に乗るバカと変わらないからね!?」
「ははは!冗談だよ!」
「もう……あ、そこ曲がった先だよね」
大通りを曲がり、横道に入る。オシャレに整備された道には、様々な建物が並んでいて、昭和的なコンクリート造りの建物だったり、蔵付きの建物、建物自体は真新しいが周囲の雰囲気を壊さぬように、作りや色合いに気を付けて造られた建物……今日は元旦のため、お店が全てお休みというのが残念なところだろうか。
「私達と同じような格好をしている人達がいますね」
「お参りに来た人かな」
反対側から着物を着た女性達が仲良さそうにお喋りしつつ歩いていた。さらに、その奥にはカップルがいて、その女性も着物を着ている。
「いろんな着物を着てる……」
「着物は柄のバリエーション豊富だからね……キレイでしょ?」
「うん!!」
色々な着物の柄を見て、目を輝かせるあかねちゃん。羨望の目で見られていることに気付いた女性の方々が手を振ると、それにあかねちゃんが反応して手を振り返している。
「かわいいよね」
「うんうん!」
そう言って、かわいいあかねちゃんの姿に満足した人たちが横を通っていく。
「ふふん!大人気だねうちの娘は!」
周囲のあかねちゃんの評価に満足そうな笑みを浮かべる母さん。ただ……。
「目立ってるわね」
「うん」
昌姉の言う通りで、あかねちゃんだけではなく。母さんも含めた女性陣と僕にも熱い視線が来ている。
「取材かな?」
「じゃないかな?あれだけの美人が勢ぞろいって……」
「でも、娘とか……」
そんな周囲の声が上がってる中、その横を通り過ぎていく。いつもなら、これで男性が寄って来るのだが、大勢で移動しているためか寄ってくる奴はいない。
「早々に切り上げた方がいいかも」
「そうね」
そんな話をしつつ、目的のお寺の中に入る。さきほどの神社は朱色だったのに対して、こちらはお寺らしく黒と濃い茶色の渋い色になっている。近くには経堂と多宝塔があり、確かに撮影するにはうってつけの物が多い。また、ここに入って来る際に桜門を通って来たが、堀を渡るために太鼓橋が架かっており、そこで撮るのもいいかもしれない。とりあえず、最初にお参りを済ませて……。
「お参りも済ませたことだし……撮りますか!」
「なら……」
お参りを済ませた所で、カメラを持ったマスターと父さんが僕たちを撮っていく。父さんたちは、あまりにも僕たちが注目を浴びているので、ささっと撮っていく。
「……」
そんな中で、ユノが周囲を真剣な目でお寺を観察している。先ほどの神社では珍しい物を見るような感じだったが、それとは何か違う気がする。
「ユノどうしたの?」
「いえ……ちょっと気になって」
「気になる?」
「何かここって……要塞というか……」
「ああ……」
ユノの言いたい事が分かった。
「ここには堀や土塁があって、まるで戦闘のために作られた場所じゃないかって言いたいんでしょ?」
「そうです。でも、お寺ってそんな場所じゃないですよね?」
「ここって元々はある武士の武家屋敷なんだ。そもそもここの地名ってその武士からきてるしね」
「武士って……ああ。だからこんな作りなんですね」
「そうそう。それで、そんな事もあってここは名城百選にもなってるんだ」
「へえー」
「ほらそこ!うんちくを語っていないで!」
「そうだよ!一緒に撮るよ!!」
泉と母さんに呼ばれた僕たちは急いでそちらへと向かい、一緒に本堂の近くで写真を撮るのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―それから1時間程「そこから近くの史跡」―
「いやー……色々撮ったね!」
「そうね」
母さんたちがホクホク顔で撮れた写真を見ている。あの後、近くにある別の史跡に移動した僕たちはそこでも大量の写真を撮った。少なくとも室町時代中期には開かれた最古の学校といわれるこの場所、様々な建物に南と北に庭園が一つずつ、さらに門が多数あり、そのどれもが撮影スポットとしては最適なのだが……。
「つかれた~~……」
「ですね……」
ユノとあかねちゃんが疲れたような表情を見せる。僕たちは慣れてるからそう感じないが、二人にとって、これは正直かなりハードだと思う。
「……おなかすいた~」
あかねちゃんがお腹を手を当てながら訴える。それもそうだろう……だって。
「そういえば……朝食食べて無いもんね……」
そう。まだ僕たちは朝ご飯を食べていない。しかも、もう少しでお昼の時間帯なので昼食の時間である。
「母さん……そろそろ、あかねちゃんのためにも家に帰ろうよ」
「そうだね。正月でお店も開いていないだろうし……家に帰ってお雑煮におせちをいただきますか!ユノちゃんも食べていきなよ!」
「はい!」
こうして初詣という名の撮影会が終わったので家に帰ろうとする僕たち。
「ちょっと!ダメですよ!」
「うるせぇ!!」
言い争う声が聞こえたので、そちらを振り向くと二人の男性がいて、一人はここの史跡の職員、もう一人は……何だろう?日本刀……模擬刀かなアレ?
「そんな物を持って入っては!」
ここはコスプレでの参観について、きちっとした制限が設けられていてその中で刃物を模した物の持ち込みは禁止になっているのだが……いや、でもあの男の格好は私服っぽいな。それに……どうも様子がおかしい。
「うっせえ!!」
そう言って、刀を抜いて職員に切りかかる男、職員は間一髪避けたが、その近くにあった柵が切れる。
「え!」
「きゃあーー!!」
それに気付いた参観者たちがその場から離れようとする。
「どいつもこいつも!!」
それを見た男がさらに激昂する。というより……これって。
「この前、薫兄がメイド葬送脚で屠った奴と一緒じゃない?」
「うん……」
「で、どうするッス?派手な魔法は使えないッスよ」
僕の持っている鞄の中にいたレイスとフィーロがチョットだけ顔を出して、暴れている男を見る。
「ここは警察に任せて避難するのです?」
「それもありだけど……」
チラッと後ろを振り向くと、あかねちゃんが母さんの腕にしがみ付いている。その表情はかなり怯えている。
「いや……」
あかねちゃんが、今にも泣きそうな表情を浮かべている。妹を怖がらせるなんて……。
「少し……おいたが過ぎたようだ……レイス。雷撃でいくぞ」
「あ、なるほどなのです」
「(……雷撃)」
男に目線を向けたまま、僕は小声で魔法名を唱える。
パン!
唱えた直後に強烈なフラッシュ、そして破裂音が周囲に響く。同時に男からも煙が上がる。男は少しの間立ったままの姿勢を維持していたが、最後にはその場にゆっくりと倒れ込んだ。
「な、何が?」
「何か爆発物でも仕込んでいたのか?」
職員が突如として倒れたようにしか見えない男を引きづっていく。周囲も男が何かしたと思っているようで、妖狸や妖狐の名前が出る事は無かった。
「さてと……家に帰るとするか」
「おお……流石、薫とレイスだね……ねえ。あかね?」
「うん……ありがとう。レイスお姉ちゃん。薫お姉ちゃん」
「どう致しまして……お兄さんにしてくれていいんだよ?」
「ダメ!」
「そうか……」
どうしてもお兄さんと呼んでもらいたいが……まあ、その笑顔が見れた事だし、今はそれで良しとしようか……。
「それじゃあ、あらためて帰ろうか。ほらあかね」
「うん!」
父さんが手を差し出すと、その手を掴むあかねちゃん。もう一方の手を母さんが繋いで一緒に歩き出す。
「もうすっかり本当の家族ね」
「そうだね」
僕たちはそれを微笑ましく見守りながら、その後を付いていくのであった。
「……」
「うん?どうしたの薫兄?」
「ううん。何でもないよ」
泉はそれを聞くと、ふーん。と言って前を向いてしまった。僕は立ち止まって、倒した男に目を向ける……2度も起きた暴漢襲撃……変な事の前触れじゃなければいいんだけど……。




