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257話 旅の目的

前回のあらすじ「老舗高級旅館にチェックイン」

―「県内・旅館 客室」―


「うーーん……」


「薫……やっぱり、ダメでしたか?」


「へえ!?……あ、いやゴメン。それじゃないんだ。この部屋を確認していただけだよ」


 ユノが不安な表情を浮かべながら、部屋を観察していた僕に声をかけてきた。先ほどからの僕の唸り声を聞いて変な誤解を生んでしまったようだ。


「部屋の確認……ですか?」


「うん……」


 防音がしっかりされているこの部屋……もしかして、そんな目的もあった宿だったのかな……。


「凄いですね……これが露天風呂ですか?」


 ユノがいる方へ来て見ると、窓の向こう側には、恐らく檜で造られた露天風呂が隣接されていた。サイズもなかなか大きく、カップルが入っても問題無いくらいに広いだろう。


「そうだよ。外の景色を楽しみながら温泉に浸かるんだ。それにここは大浴場もあるみたいだし……」


 この旅館には大浴場もあるのだが……この旅館の見取り図を見ると男女別になっていない。恐らくは入り口に利用中を知らせる看板なんかがあるのだろう。それをうっかり見落としてしまうと、変態扱いにされかねないので気を付けないと。


「それで、この後どうしますか?」


「それは……」


コンコン!


 部屋の扉を叩く音が聞こえたので開くと、そこには少しだけ荒い息をした泉がいた。手にはタオルと着替えである浴衣を持って。


「ユノ!一緒に大浴場に行かない!?レイスたちも誘ってさ!」


「え?」


「ユノ。それなら行った方がいいよ。本来なら大浴場って男女別になってるのが普通なんだけど、ここってそんな風になってないからさ。あまり遅い時間に入ると、他の……男性陣とバッタリ鉢合わせしかねないからさ」


「そうですか……そうですね。考えたらこれが初めての温泉なのでマナーとか分からないですし……」


「そうそう!私が教えるから!ねえ!」


「分かりました。それじゃあ薫」


「うん。いってらっしゃい」


 僕はそう答えて、着替えである浴衣とタオルを持ったユノを見送った。落ち着いて部屋の扉を閉めて、今の状況を冷静に振り返る。


「これが狙いかな……?」


 露骨過ぎるが……これは僕たちの恋愛事情にちょっかいを出すとかそんな感じだろうか……。


「確かに僕たちが夫婦になる事は両世界の友好の架け橋としての象徴に使える……だからこそどうしても実らせたい……だけじゃないよねきっと」


 今回のこの旅行計画は色々な思惑が込められた物のはずだ。きっと何か他の理由もあると思うのだけれど……。


コンコン……


「あ。カーター開いてるよ」


「……失礼する」


 カーターが静かに部屋の中へと入って来た。


「お茶でも飲むかい?」


「ああ。すまない」


 備え付けのテレビを点けつつ、お茶を淹れる僕。その間、カーターは静かにテレビを見ないで待っていた。


「それで……どうすればいいかを相談しに来たの?」


「そ、そうだ……」


 僕がお茶をカーターの前に出すと、そのお茶を飲み始める。しかし、あんなに震えていて上手く飲めるのだろうか?


「ど、どうすれば……」


 僕もどうしようかと悩んでいたが……僕より悩んでいるカーターを見るてしまったら、先ほどまでのドキドキがすっかり収まってしまった。


「普通にすればいいんじゃないかな……そうなった時はそうなったで……」


「そ、そうか……って冷静だな?」


「こんな風に、仕組まれたって最後は互いの意思だからね。それだから、今はこの旅館を楽しむ事にするよ」


 僕はそう言って、アイテムボックスからノートパソコンを取り出して、原稿を書き始める。


「何やってるんだ?」


「有名な文豪の人って、こんな旅館に泊まりながら執筆をしている人もいるからさ……少しでもその気分を味わいたくて……」


「そうか……俺はどうすれば……」


「テレビを見ながらくつろいだり、母さんたちみたいに庭を探索してみたらどうだい?」


「そうだな……気分転換にでも見てくるか……」


「いってらっしゃい」


 カーターは腕を組みつつ、散歩するために部屋から出て行った。


「さてと……」


 僕は小説……ではなく。空中庭園デメテルでの報告書の続きを書き始める。早く報告書を出さないと、僕の年末の予定が大変になる!クリスマスに大掃除に大晦日に正月……あと、書き下ろしの小説も執筆しないといけないし……あとは、あの年末恒例のイベントでコスプレ……。最後のこれだけは潰れてもいいような気がする。


「おせちは注文しているから問題無いし……小説も後はチェックするだけだし……」」


 僕はユノが戻って来るまで、みっちり仕事をこなすのであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

―夕方「高級旅館・食堂」―


「美味しいのです!」


「よく食べるな……」


「そうッスか?まだイけるッスよ」


 マスターがご馳走を食べるレイスたちを見て、思わず本音が漏れる。僕としては大分見慣れた光景である。


 ユノが部屋に戻ってくるまで仕事をこなした後、浴衣姿になって戻って来たユノと談笑していると食事の準備が出来たということで、皆で食堂に集まって食事をしている。地元の素材を使用しつつ、高級食材をふんだんに使用した料理に皆が舌包みを打っている。


「美味しい!」


「そうか!良かったね!」


 あかねちゃんは子供という事もあって、小さい子供用の料理が出されている……が、エビフライが明らかに伊勢海老である。そんな贅沢エビフライが子供用に出されるとは……きっと、あの肉団子とかも高級なお肉が使われているに違いない。


「こんな贅沢初めて♪」


「手の込んだお料理ですね……」


 泉とユノも美味しそうに食べている。そこに、女将さんと、最初に荷物を運んでくれていた板前さんが追加の料理を出していく。


「本当に……贅沢かも……」


「これ位は慣れた方がいい。これから、どんどんこんな会食に招かれるはずだからな」


 僕の前に座っている菱川総理が、刺身を食べながら話しかけてくる。


「もしかして、それの練習のために……?」


「な訳が無いだろう?それよりも……湯畑のライトアップを見に出かけるんだろう?深夜1時までやってるが、あまり遅く出掛けるつもりは無いんだろう?」


「はい。だから、この後でも行こうかと」


「そうか……だったら、このタイミングで大浴場を使わせてもらうか」


「……」


 僕は食事中の父さんとマスターを横目で見る。二人は菱川総理の意見に頷いていた。


「だったら、ゆっくり回ってきますよ……」


 食後、しっかり温かい服装をした僕とユノは湯畑のライトアップを見るために外へと出掛けるのであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

―夜「高級旅館・談話室」菱川総理視点―


「遅くなったかな?あかねが眠そうだったから寝かせてきちゃったよ」


「あかねちゃんにとっては、見るものすべてが珍しい物だからね……」


 薫の母親である明菜さんが談話室に来た。薫達が外に出掛けているこのタイミングで、皆に集まってもらったのだ。


「それで……どうして私達を呼んだんですか?」


「……今回の旅行で薫は自分達に用事があると思っていたようですが、用事があるのは皆さんの方でした」


「俺達が?」


「はい……」


 俺は椅子から立ち上がって、深々と頭を下げる。


「この場を借りて、皆さんに謝罪させていただきたい」


「どういうことですか……?」


 薫の姉である昌さんから問いかけられたので、俺は頭を上げて謝罪内容の説明を始める。


「ヘルメスの件、そして異世界の探索と魔王討伐……それらを普通の一般人である薫君達に任せている現状、そしてこれからもしばらくは彼らに任せるしか出来ない不甲斐なさ……そして、ご家族である皆さんにご迷惑をお掛けしている事を謝りたかったのです」


「でも、裏でバックアップはしてくれるんですよね?」


「もちろん。来年の国会で異世界の発見を公表し、本格的に政府が調査に乗り出すつもりです。そうすれば今まで以上にお手伝いもできるでしょう……ただ、それでも不十分。私達では魔王と四天王……そしてあのヘルメスの化け物にまともに対抗できる手段が無い。じゃあ、どうするかといえば……」


「うちの息子達を使う……か」


「ええ、明菜さんのご子息である薫君、そして泉さんを戦闘の最前線に出させる……本来なら守られるべき立場の二人を、このような危険な目に合わせることを、そして依頼することを謝りたかったのです」


 俺はまた深く頭を下げる。今まで何だかんだで彼らに手伝ってもらっていたが、彼らは自衛隊員でもなければ政府関係者でも無い。ただの一般的な市民なのである。それにスパイダーとの戦闘で薫君は命を落としかけていた。このまま手伝ってもらっていたら、いつかは本当に命を落としかねない。けど、彼らを頼らないといけないのも事実であり、それが最善の方法であったりする。


「もしかしたら、命を賭けるような仕事を頼むかもしれない可能性が高い今、どうしてもご家族に一度話しておきたかったのです」


「何だい……そんな事かい?」


「そんな事……ですか?」


 明菜さんの返事に、呆気に取られる俺。


「あの子達は自分の意思でやってるからね。私達家族はそれを応援するだけだよ。そりゃあ、命を軽々しく賭けてもらうのはダメだとは思うけどね……」


「そうだね……ここで止めても、あの二人に残るの後悔だけだろうしね。それならしっかりやってもらわないといけないかな」


「茂さんもですか?心配じゃないんですか?」


「心配ですが……今、あの二人動かしてるのは頭じゃなくて、心ですから。心に籠った熱意が無くならない限りは止める気は無いじゃないですかね……昌と武人くんに困らせてしまうがいいよね?」


「俺はあいつらを応援するだけですから」


「心配だけど……私もよ」


「ということで、あの二人に頼るのは、私達としては問題無いよ。けど、しっかりバックアップなり調査なりをすること。無謀と無茶は違うからね」


 そう言って、話をまとめる明菜さん。何とも豪胆な女性なんだろうか……。


「ありがとうございます。彼らに危険が及ばないように、なるべく善処します」


 俺は再度、頭を下げて感謝の言葉を述べるのであった。


「話はついたみたいですね……皆さん。こちらをどうぞ……温かいお茶と季節の和菓子になります」


 そこに女将が、お茶を持ってやって来た。その後はお茶を楽しみながら、薫君のご家族と雑談で話が盛り上がるのであった。

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