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256話 名の無き旅館

前回のあらすじ「温泉街を探索中……」

―「県内・温泉街から少しだけ離れた旅館」―


「おおーー!!凄いな!」


「ええ……」


 マスターと昌姉が今日、宿泊する旅館を見て感嘆の声を上げる。立派なたたずまいをした平屋の旅館……のはずなのだが、旅館を表すような看板とかがなく、そもそもネットで調べても出てこない。というか……。


「で、この旅館の名前って?」


「それが無いみたいなんだよね……教えられたのは、ここまでの道順だったし」


 母さんの質問にそう答える僕。そう。この旅館に名前が無い。菱川総理から教えられたのはここの道順だけであって、それ以外は何も知らないのだ。


「間違ってないよね?」


「うーん……」


 そんな訳で、これが旅館なのか、それとも別の施設、はたまた誰かの邸宅なのか……でも個人の邸宅にしては雰囲気が……。僕たちが旅館の前で立ち尽くしていると、玄関が開いて、着物を着た落ち着きのある女性が現れた。目が合うと、女性の方がこちらへと近づいて来てくれた。


「もしかして……ご宿泊予定の薫様のご関係者様でしょうか?」


「あ。僕です……菱川総理から紹介されたのですが……」


「やはりそうでしたか!ようこそいらっしゃいました。私はこの旅館の女将をさせていただいてます玉置と申します。ささどうぞこちらへ」


 そう言って、中へと案内を始める玉置さん。僕たちもその後を付いていく。玄関をくぐると、内部は外観の古さと打って変わって、和モダン的な内装になっていた。正面には立派な屏風が置かれていて、床は土間になっている。この様子だと土間で各客室に繋がっている感じだろうか。


「うわ……凄いね。あれ受付は?」


「ここにはありませんよ。この建物まるまる一棟がお部屋になりますから」


「は?ここ一棟丸ごと?」


「はい」


「おお。来たな」


 玉置さんと玄関付近で話していると、奥から浴衣を着た菱川総理と同じくらいの年の女性が近づいて来る。


「こちらは俺のかみさんだ」


「昭子といいます。皆様の事は主人から聞いてますわ」


「そうですか……」


 その後、自己紹介を済ませた僕たちは荷物を玉置さんともう一人の男性に任せて、玄関近くにある談話室で、とりあえずこの建物について菱川総理に訊いてみる。


「ここは、この近くにあるホテルの別棟にあたる建物だ。一見さんはお断りだがな」


「うん?この近くのホテルって……あそこの映画のモデルにもなったホテル?」


「母さんは知ってるの?」


「一度、泊まりにいってみたいね。って茂と話してたホテルだよ」


「ああ。そういえばそうだったね。あれ?そういえば……あの旅行雑誌に女将の玉置さんも載っていたかな?」


「度々、取材がありますので……幾つかある雑誌の内の一つかと」


 荷物を運ぶために離れていた玉置さんが、お茶とお菓子を載せたお盆を持って、僕たちのところにやって来た。


「ああ。なるほど……」


「でも、ここに泊ろうとして調べたけど……こんなプランは無かったような?」


「ありません。分かりやすく言えばVIPの中でも限られた方々専用の客室なので完全にプライベートです。今回のように公にできない話し合いとかをされても、誰も聞かれることの無い場所として用意されているので……それだから、鞄におられるお嬢様方もどうぞ、お寛ぎ下さい」


 そう言って、お茶を淹れつつ、小さい座布団をテーブルの上に3つ用意する玉置さん。事情を知っているようなので、鞄の中にいたレイス達が出て来て、その座布団の上に座った。


「こんなのを用意してるなんて驚きかも」


「一見さんお断りの宿って、泊まる宿泊者が心から満足するためのおもてなしをするからね……菱川総理から話を聞いていたんだと思うよ」


「そういうことだ。これで薫君と泉さんのお二人ならいつでも予約を取れるようになるから、必要があれば利用してくれ……他に場所の要望があれば教えるし手配もするからな」


「なるほど、これならグージャンパマの要人を案内するのに便利ですね」


「ユノ姫様の仰る通りで……特にオルデ女王のように足が人魚のような方だと隠しにくいだろう?」


「呼ぶかどうかは、要検討ですねアレは……」


 腹黒女王をこちらに呼ぶかどうか……まあ、呼ぶことにはなると思うけど、あまり隙を見せたくないタイプだしな……。


「後は、精霊とパートナーを組んでいる君達が気楽に泊まれるホテルがあると便利だろう?」


 その意見に頷く僕。確かに気兼ねなく泊まれる場所があると助かる。


「あ、それじゃあ今度、東京に行くのでその際に泊れる場所を……」


「なら……」


 泉の質問に答える菱川総理。それを聞いた泉が驚き、泊まれるかな……。と冷や汗をかいている。


「君達の稼ぎなら問題無いだろう?」


「まだ、感覚は庶民派なので……一泊百万近くの値段とかになると……」


 泉の意見に母さんたちが頷いている。そんな高価なホテルに泊まるなんて一般市民である僕たちには程遠いものである。


「まあ、普通はそうだな……政治家でもそんな高級なホテルとか旅館に泊まる事は、バレた時の事を考えるとマズいしな」


「……えーと……おじちゃんはいいの?」


「あかね。こういう時はお兄さんと呼ぶんだよ?」


「いやいや。おじちゃんでいいですから、流石に俺もそんなに若くないですし……と、その質問に答えるなら、俺は議員になる前は企業の社長をしていたからな……ちゃんと自費で払えるくらいは余裕があるってところさ」


「へえー……」


 菱川総理があかねちゃんに優しく答えてくれる。それなら僕もここで菱川総理に尋ねてみるとしようかな……。


「それで菱川総理?……僕たちをここに呼んだ理由は?」


「確かに話もあるんだが……とりあえずは、しっかり体を休めた方がいいだろう。温泉にでも入ってゆっくりするといい」


「……分かりました」


「温泉は大浴場と各居室に備え付けでありますので、どうぞごゆっくり……」


「分かりました」


「それじゃあ……俺達は少し外を出かけてくるかな」


「はい」


 菱川総理は妻の昭子さんと一緒に外へ出掛けるために、一度自室に戻って行った。


「よし!そうしたら私達は屋敷内を探索しようか!」


「うん!」


「そうしたらご案内しますね」


 母さんたちは女将の玉置さんと一緒にこの建物の探索にいった。中々広い平屋建ての建物と外にある立派に手入れされた庭を探索するとしたら、夕餉までのいい時間つぶしになるだろう。


「俺達は一度部屋に行ってみるか……」


「そうね」


「それじゃあ私達もいく!ユノはどうする?」


「それなら私も……」


 残った皆が部屋に行くというので、僕とカーターもそれに付いていこうとする……。


「3人もいくよ……?」


「「「ふぁい?」」」


 お菓子を食べて談笑している精霊三人娘にも伝えて一緒に移動する。やっぱり通路は土間になっていて、そこから客室に繋がっている形になっていた。そして今回泊る客室まで来ると、その客室の前に名前が書いてあって、それによって誰がどこの部屋か……?


「……」


「……」


 書いてある名前を見た僕と泉が互いに顔を見合わせる。これは……。


「泉?」


「うん。分かってる」


「……私はこれでも?」


「姫様……これは流石に勘弁して欲しいです」


 昌姉達は夫婦ということもあって、一つの部屋になっている。さらに精霊三人娘も三人で1つの部屋が割り当てられていて、中を覗くと、精霊が使いやすいように小さな道具も用意されていた。


 そして……僕たちはというと、僕とユノ。そして、泉とカーター。の組み合わせ……うん。これはちょっと……。


「お前ら。その通りに泊っていけよ?」


 すると、後ろにいるマスターから部屋を変えるなという指示が飛び出してきた。


「え?何で!?」


「いや……お前ら付き合ってるんだろう?しかも、結婚前提で?」


「それは!?」


 ユノ以外の僕を含めた3人が気まずそうな顔をする。確かにそうだが……それだから一緒に泊るというのも……。


「武人さんの言う通りよ。それに……ユノちゃんはともかく、3人は恋愛に関してシャイな所があるから、こんな時のチャンスを生かさないといけないわよ?」


「で、でも……」


「じゃあ早速、部屋の中に入りましょう薫!」


 ユノに腕を掴まれてそのまま、当てられた部屋に連れて行かれる僕。あれ?どこにこんな力があるのかな?


「頑張るのですよ?」


 レイスに応援されつつ、僕はユノと一緒に部屋の中へと入っていくのであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

―薫とユノが部屋に入った直後「県内・旅館 客室前」マスター視点―


「ほら。お前らも部屋にいったいった」


「そうそう」


 俺と昌、そして精霊3人娘で戸惑っていた泉とカーターを促し、何とか二人を客室へと入れさせた。


「……これって、あからさまに仕組まれてる感があるのだけど?」


「だろうな。でも、そうしないと薫達はともかく、泉達は厳しいだろうな……」


 これは菱川総理の思惑……いや、各国の思惑だろう。互いの世界の友好の象徴としての政略結婚。それに関しては完全には否定しきれない。しかし、互いに意識し合っている以上、これが仕組まれたものだとしても結婚後の生活が冷めたものになる事は無いはず……と思いたい。


「まあ、後は若いお二人に任せるのです」


「ふふ♪そうね……」


「よし!うちらは部屋でお菓子パーティーッスよ!」


「「イェーイ!」」


「じゃあ、このお菓子の入れ物をお前らの部屋に置いたら、俺達は自分達の部屋にいくからな?」


「ありがとうなのです!」


 さてと、俺も昌と一緒にゆっくりしたいところだ。後がどうなるかは、アイツらに自信に任せるとしよう。


「この部屋……防音ね」


「……ああ。あの女将さんが言ってた公にできないというのは、そんなのも含んでるのか」


 部屋に入って、どんな部屋なのかを確認する俺達。何を含んでるかは詳しくは言わないが……まあ、備え付きの温泉と防音の部屋……そこに男女となると……。


「武人さん?」


 昌が俺の名を呼ぶのでそちらを見る。何かを誘うような目つきをする昌……これは今晩はゆっくり出来ないと悟る俺なのであった。

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