235話 試合の合間の取り調べ
前回のあらすじ「黒幕も逮捕」
―「県内スタジアム・スタンド内」―
「ただいま」
「おかえりなさい♪」
「おかえり薫兄」
ユノと泉におかえりと言われホッとする僕。僕は再びユノの横の席に座ると、スタンド内へ再び入るために鞄の中に隠れていたレイスとサキがフィーロのいる鞄の中へとこっそりと戻って行った。
そしてグランド内に目を向けると、選手たちがグランド内に入場していてポジションについていた。隣にいるユノもしっかり試合を観戦しようとグランドを見つめている。その横では梢さんが色々ユノの為に説明をしていた。
「よく間に合ったな?」
周りの状況を確認していると、後ろから直哉が声を掛けてきた。
「隣にあった野球場に下りたんだよ。誰もいなかったから助かったよ……」
このサッカースタジアムのある公園にはここ以外にも野球場、陸上競技場そしてサッカー・ラグビー場の3つがある。今回は野球場が使われていなかったのでそこに下りて、シエルを送還し、服を着替え直し、そして野球場に無断で侵入できないように囲んでいる高いフェンスを文字通り魔法で飛び超えて、その後は一般人に紛れて入った時と同じ手荷物検査場を通って再入場したのだ。
「再入場する際に、ミリーさんがまだそこにいて助かったよ……お陰で簡単に入れたし」
その際に、後はまかせて。と言われたのを思い出す。この後、何名かが警備として残って、他は日本に残っている黒後を取り調べてヘルメスの残党と協力者、それと今回の賭博に関わった連中全てを一網打尽にするのだろう。
「セラさん。お疲れ様」
「いえ。これも薫様の秘書としてのお仕事ですから」
大口の鞄に入れていたセラさんに労いの言葉をかける。行きは出していたのだが、戦闘中とここまでの帰り道はセラさんは魔道具も入れられるミスリルのアイテムボックスに入ってもらっていた。そんなセラさんは本体からマイクロスコープみたいなものを周囲を気にしながら出して試合を見ようとしている。
「ソフィアさん」
「うん?何ですか?」
「ここってもう大丈夫なんですか?あの男が何か仕掛けてる可能性もあるんじゃ?」
試合を邪魔するなら、爆発物とかを置いてある可能性も無きにしも非ずなのだ。それに、あいつはどうやってスタンド内に入って来れたのかも気になる。
「すでに、ここに入るための協力者らしき人物はすでに捕えています。それに今のところ不審な物は見つかっていないようですよ」
「そうですか……」
「薫さん。これ以上はあちらに任せて、私達は試合観戦を楽しみましょう。オリアにミリーさんというプロの方々が大勢いるんですから」
「そうですよ薫!そろそろ始まるのですから、存分に楽しみましょう!!」
梢さんからサッカーのレクチャーを受けていたユノが、あまり見ることが無いやや興奮した状態で、早口で捲し立てる。他の皆もすでに先ほどの黒後の事は横に置いて試合観戦を楽しもうとしている。
「周りもそんな感じですし……ね」
「そうですね」
考えを切り替えて、試合を楽しもうとする僕。そして、その直後に試合開始を告げるキックオフのホイッスルが鳴らされるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―それから数十分後「県警本部 取調室」先輩と呼ばれている警官視点―
「まさか、のこのことやってくるとはな……」
「……」
黙ったままの黒後。既にコイツをスタンド内にいれた関係者も捕らえている。そちらからは高額の金を積まれ、作業員が使う出入口に案内したそうだ。
「それで……何であそこにいた?君自身がいなくとも、部下や君を入れた男のように金を積めば良かったのでは無いか?」
この取り調べに同席しているオリアという男が質問をする。黒後はそちらに視線を向けてまじまじと見つめ、何かに気付いた表情をする。さらに、隣にいたミリーという女性も確認している。そのどちらも確認後、やってしまった。という感じで頭を抱える。
「お前……オリア?まさか、あのオリアか?」
「どうやら私の事を知っているようだな」
「そして……ミリー」
「御名答よ」
「……どういう事だ。何でお前らのような裏稼業の奴らが警察と……いや、日本にいる?妖狸との関係は?」
「君に質問する権利は無い」
「そうね……まあ、言わないとうるさそうだから協力者ってところよ」
「協力者?バカな……。俺を捕らえた奴らの顔触れ…思い出したぞ!FBI、MI6それとFSB……アメリカとロシアの組織が何故、協力しあっているのだ?そんな事が……!」
「あなた達がよっぽど邪魔だったのでしょうね」
「そんな訳無い!実際に他国で協力してるなど情報は無いぞ!」
声を荒げる黒後。俺もどうしてあらゆる組織が協力してるのかは知らされていないので困っている。
コンコン……!
取調室の扉が叩かれ、そこから本部長が入ってくる。
「お疲れ様です!本部長はどうしてここに?」
「先ほどから隣の部屋で聞いていたんだが、妖狸と他組織の関係が分かっていないお前が困ってそうだからな。知っている俺が来たわけだ。それで……チョット来い」
本部長に部屋の外に出るように呼ばれたので、部外者ではあるが、仕事はしっかりこなしそうな、この二人に任せて俺は本部長と一緒に部屋外へと出る。
「先ほどの話の通りだ。お互いに牽制し合っている国同士が協定を結んでるほどの案件だ。それこそ日本政府もな」
「俺、何も知らないんですけど……本部長は御存じなんですか?」
「もちろんだ。そして、それも実際に見ている」
「それ……ですか?」
「ああ。それでだ……お前はそれを話して黙っていられるか?メディアは当然だが、家族に仲間、そして酒を飲んでうっかり洩らすなど無いか?」
「仲間……同じ警察官にもですか?」
「そうだ。妖狸が住んでいる所轄の、事情を知っている数名の警察官にも秘密厳守の指示がされている。それと同じだ」
「県警でその秘密知っている奴は?」
「俺だけだ。それとお前とコンビを組んでいる楓にも話す予定だ」
「……分かりました。というよりそれを知らないとアイツをまともに取り調べ出来ないですからね」
「なら、心して聴けよ?……その秘密というのは妖狸の力の出所なんだが……こことは違う場所だ」
「こことは違う?」
「要は異世界だ……もしかしたら異星かもしれないらしいが」
「は、ははは。それ本当ですか?」
そんな内容の小説があるのは知っている。それが実際に起きているなんて、にわかには信じられない。
「疑う気持ちは分かる。今度のSATも参加している訓練に、お前も行ってみるといい。嫌でも分かるらしいぞ」
「行けるなら行ってみたいですね。そんな気軽に行けるなら」
これが本当の話なのかそれともジョークなのか……もう、何と言って返せばいいのか思いつかないので、俺としてはそう答えるしかない。
「そうしたら、なるべく早く参加できるように打診しておく。俺にも事情を知っている部下が欲しいからな」
大きな溜息する本部長。あ、これ本当なのか?
「それと妖狸の彼女は知ってるよな?」
「ええ。病院の警護の際に楓と交代で行ってましたから」
妖狸……その正体である成島 薫の事は知っている。あの容姿で男なのは実に残念だったが……。それと彼の彼女が金髪の別嬪さんだったのも覚えている。そういえば楓と大分親しくしてたな。
「あの子はその異世界の一国の姫様っては聞いてるか?楓は知ってるみたいだったが」
「……報告は聞いていないですが、まあ、黙ってて欲しいと本人に言われたのでしょう」
「そうだな。今後は妖狸たちの関係者を警護する際にはお前達に頼むことになる。すまないが頼むぞ」
「分かりました!」
敬礼をして返事をする俺。様々な国の思惑が関わっているこの件。今後どうなるのか少し心配するが、その後の給料に反映されると聞いて、その心配は俺の中から直ぐに消え失せるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―それから試合終了間際「県内スタジアム・スタンド内」―
「いけーーーー!!!!」
「決めろーーーー!!!!」
ユノとカーターが他のサポーターと同じように応援する。
「あと一点だよ!!」
「いけいけーー!!」
それ以外の皆も盛り上がっている。試合は一対一の同点。後半のアディショナルタイムに入っている。
ピピーー!!
大輔の選手が相手ゴール近くで倒されて、大輔のチームにフリーキックのチャンスが訪れる。置かれたボールの近くに集まる選手たち。誰が蹴るのか注目していると、大輔が蹴る為にジャンプしたり手足をぶらぶらさせながら位置に着く。
「あいつが蹴るのか……まあ、お前との約束しているし当然か」
「そうだね……」
大輔には二度約束している。1つは一部リーグ昇格の約束、そして先ほどのこの試合に勝つという約束。一部リーグ昇格は決まりだが、この試合に勝つという約束を果たすためにはここで一点を決めたいところだろう。主審の笛が鳴り、試合が再開する。そしてすぐに大輔が走り出してボールを思いっきり蹴り出す。そのボールは相手チームの壁を越え、そして最後の難関であるゴールキーパーの手も越えて……。
ピー!ピッピーー!!
ゴールと試合終了を告げるホイッスルがスタジアムに響く。そして決勝点を決めた大輔が他の仲間に揉まれつつ、両手を上に挙げて思いっきり喜ぶ姿を見せるのだった。




