229話 怪しい雰囲気
前回のあらすじ「魔法無しでの連戦」
*今週の金曜日はお休みしますのでご注意ください。
―合同訓練から数日後 夕方「薫宅 居間」―
「しかし、本当に薫先生が無事で良かったですよ~~……」
「はははは……まあ、何とか」
最後の月になって寒さが身に染みるこの頃……炬燵で温まりながら楓さんと小説の打ち合わせ中である。ちなみにレイスは泉たちと行動しているためここにはいない。
「何とかじゃありませんよ?お腹が……グサッ!って、見た時には私、頭の中が真っ白になりましたよ!」
「心配させてしまってすいませんでした。それより、どうですか?」
「それなら問題ありませんよ。そもそもあの事件が起きる前にはすでに最終チェックの段階でほぼ直す所とかもありませんでしたから……薫さんが期限に余裕を持って仕事をされているので安心してます」
「色々、仕事をしてますから……」
「そうでしたね……」
梢さんがそう言うとくすくすと笑うので僕も釣られて笑ってしまった。そんな穏やかな雰囲気の中で、僕は担当の梢さんと小説の打ち合わせをしている。
これを聞いた人ならメールや電話で十分ではないのかと思ったりすると思うが、受け持っている作家さんの一人がそれを嫌がっているためにわざわざ出向かないといけないという理由があり、それならそこから近い薫さんにも会った方が早いからとの事だった。
ちなみに彼女がその担当に選ばれた理由は、もし、その作家さんのわがままで帰りが遅くなっても、梢さんの実家がそこから近く、泊まれるからとのことだった。
「はあ~……それに比べてあっちの先生と来たら、ワガママばっかりで……」
「お疲れ様です……」
「いえいえ……それで薫さんの今月スケジュールはどうですか?あちらに長期滞在するご予定とかあったりしますか?」
「ええと……」
僕は手帳で今月のスケジュールを確認する。
「今週はこっちにいますよ……ただ、来週は2,3日程あっちに滞在する予定です」
「そうですか」
「ただ3日後は午後にチョット用事があるのでそこは空いてないですね」
「用事ですか?」
「親友にサッカーの観戦チケットをもらいまして……本人が出場するんです」
「へえ……薫さん色々な人とお知合いなんですね。それでどなたですか?」
「渋川大輔選手ですよ……と、言っても……」
「2部リーグで大活躍中の!?え、まさか最終戦のチケットですか!?」
予想以上に興味深々な梢さんにチョットだけ引いてしまう。
「そうですけど……」
「いいな……地元のチームが1部リーグに昇格する瞬間に出くわしたかったんだけどな……」
「あれ?そこまで言うならチケットを……」
「そのチケット完売したんですよ。地元が優勝するって分かった直後に、サッカーに興味の無い人達も購入して……」
どこから取り出したのかハンカチを目に当ててシクシクと泣き始める梢さん。何か可哀想な気がしてきた。
「それならチケット一枚譲りましょうか?」
「……え?」
「大輔に他の人が呼べるように何枚かもらったので……一枚なら」
すると、泣いていた梢さんが僕の両手をいきなり掴んでくる。
「いいんですか!?」
「え、ええ……チョット待って下さいね」
梢さんに手を離してもらって、居間にあるタンスの引き出しから大切にしまっていたチケットを取り出して、それを梢さんに手渡す。
「ありがとうございます!!急いで休暇を取らないと!!」
「それと席は一緒になるんですが……」
「問題ありません!むしろ薫さん達と一緒なら渋川選手に会える可能性が上がりますし!」
「まあ……可能性は確かに高いかも」
「ですよね!ああ~~!試合が楽しみです!すぐに会社に戻って休暇を取れるように頑張ってきます!」
それからすぐに帰るとのことだったので、僕は梢さんと一緒に外に出て、車に乗った梢さんを見送った。
「ただいまー!!」
「なのです!」
声がして蔵の方を見ると、泉たちと一緒にレイスがグージャンパマから帰ってきた。
「お帰り三人とも」
「いや……疲れたッス!でも、これで今月の大型イベントの準備は完璧ッスよ」
「それは……うん。よかったね」
「むふふ……♪さらに、エロさを追及したから楽しみにしてね♪」
「男にビキニの格好させて何が楽しいのかな?」
「超絶美女系男子を飾るのって楽しいのです!」
「同意見ね」
「映えるッスね」
それはそれで悲しい気が……。そんな話を庭でしていると、今度はミニバスが一台入ってくる。そのバスから直哉と紗江さんが出て来る。
「よっ!」
「お疲れ様です皆さん」
「直哉に紗江さん……あっちから帰ってくる人たちを迎えに来たの?」
「それもそうなんだが。もう一つ用事があってな」
「もう一つ?」
「ああ……」
直哉がスマホを取り出して時間を確認する。
「少し時間に余裕があるから、中で話してもいいか?」
真剣な目を向ける直哉。かなり真面目な内容のようだ。僕は頷いてそれに了承するのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―10分後「薫宅 居間」―
「大輔がまた轢かれそうになった?」
今年の春ごろにも轢かれて大ケガしてるのに?
「ああ。つい先ほど大輔の奥さんから連絡があってな……本当はお前に相談しようと思ったらしいんだが、電話に出ないからこっちに来た」
「あ、ゴメン……打ち合わせ中だったからマナーモードにしてた……」
「まあ、いいさ……アイツが帰る時に遭ったらしくてな。場所は一直線で少し狭い道だが、意図的にぶつかろうとしなければぶつかるような道じゃない……それでどう思う?」
「……何って……意図的に狙ってる可能性があるよね?」
「ああ……そもそもだ。前監督の死に大輔の事故。こうも立て続きに起こるなんて正直に言って怪しすぎる」
「うーーん……直哉の意見には同意かな……チョット待って」
僕はスマホを取り出して、ある人に電話を掛ける。
「……もしもし。ええ。そうです……実はお願いがありまして……」
「薫さん……誰に電話を?」
「そんなの分かりきってるだろう?」
「ええ……お願いします。はい……では」
僕は電話を切って、再度、皆の方へと顔を向ける。
「薫兄……誰に電話してたの?」
「筒井本部長だよ。事件の事を教えて欲しいってね」
「教えてくれるッスか?」
「特別にだって」
「こんな風に捜査状況を聞けるって……薫さんがすっかり権力者になってますね」
「もう否定しないよ……とりあえず、分かったら連絡するって」
「そうか。まあ、今日の所は待つとしようか。ただ……何か手を打たないとな」
「一番簡単なのは……カーバンクルの魔石を渡しとくッスか?」
「犯人を燃やしちゃダメ!」
泉がツッコんでいるがフィーロの言う通りで、確かに一番確実ではあったりする。まさか見た目はただの赤い石が念じるだけで着火できる強力なライターとは思わないだろう。
「薫……いいとは思ってもダメでなのですよ?顔に出てるのですよ?」
「分かってるって……でも、何か護身用の魔石を渡してもいいのかなって……」
「護衛用か……じゃあ、アレだな」
「アレ?」
「護衛用に作った魔道具があってな。どうやら、あちらの世界の古代人はこれで身の安全を守っていたらしい。セラが詳細を知っていたおかげですぐに完成したぞ」
「セラさんが?」
「ああ。そうだ。伝えておくが、セラの本体を改造して色んな事が出来るようになったからな」
「改造?」
「えーと……マジックハンドと自身の身を守る為にスタンガンを全3機とも搭載されました……」
いつの間にか僕の秘書であるセラさんが強化されていた……そういえば、領事館のドアはドアノブ式なのにどうやって開けていたのか気になっていたが、そういうことだったのか。
「気付くのが遅いのです……」
「うっ!?」
確かに、ここ最近セラさんとまともに話していなかったような気がする……しっかりと話をする機会を設けないと……。
「それはとにかく、それで用意する魔道具ってどんな物なの?」
「チョット待ってろ。バスから持って来る」
直哉が少しだけ席を外し、すぐに戻ってきた。その手にもっていたのはたくさんの色違いのバングルだった。それを炬燵の上に置く。
「これがその魔道具?」
「ああ。それと色は違うが中身はすべて同じでな……ただ、お前には必要のないものだな」
「僕には?」
「簡単に言うとスタンガンだ。バングルの付けている手を前に出して念じるだけで電気を放出、もう一つの使い方としては電気を纏ってぶん殴るだな」
「確かに薫兄には必要のない物かも……」
「被るッスね」
確かに僕には必要ないのかもしれない。レイスがいれば魔法を使えばいいし、いない時は鵺を籠手やメリケンサックにしてぶん殴ればいいし、電気の代わりはカーバンクルの魔石を使ってのセイクリッドフレイムを放てばいいだけである。
「薫さんの武器が高性能過ぎるんですよね……鵺のような武器を作れないかの研究もしてるのですが今だに何故か作れないんですよね……」
「あの時、使用したアクチュエータを再度作って素材にしたのだがな……」
「ダメだったの?」
「武器製造時の出力異常がまず起きなかった。そして出来た武器も普通だったしな」
「僕が初めて鵺を作った際に使用した同じ材料で作ったのだとしたら、違うのは……僕?」
「いや。確かにお前は魔族とのクォーターだが、それは違うと思うぞ……私のアクチュエータの設計図が間違っているのか……それともあの時使用したワイバーンの魔石の違いか」
「アクチュエータですね。頭の中だけで描いたんじゃ忘れて当然です」
「……こればっかりは、強くは否定できないな」
そう言って、直哉はお茶をすすった。
「忘れたの?」
「うーん。間違って無いはずなんだがな……アクチュエータの性能は変わっていなかったからな……」
その後、鵺の作製の際に何か特別な事が無かったか訊いてきたのだが、ドルグさんたちのような専門家じゃない僕にとってはどこがおかしくて普通なのか分からないので、その話はほどほどにして、大輔に魔道具をどう渡すか相談し、グージャンパマから従業員たちが帰ってきたところで、この話し合いはお開きとなるのだった。




