22話 誰が飛べないと言った?
前回のあらすじ「初めての魔法」
―「カフェひだまり・室内」―
「それでは重力の説明に入ります。って何で眼鏡と白衣を着けて説明するのかな?」
「その方が雰囲気があっていいじゃないの~。それにかわいいし♪」
そう言って写真を撮る昌姉。この白衣って自分がコスプレするようなのかなというか何でお店にあるのだろう? マスターに目を向けると視線を外される。かなり疑問だけど……深くツッコまない方がいいだろう。
あの後、外で説明するには寒いので室内に入り夜の勉強会となった。ちなみにレイスたちはこちらの世界の文字が分からないので泉が使う衣装のスケッチ用のブックを借りて、絵を描きながら説明していく。
「まずは互いに引っ張り合う引力と互いに反発し合う斥力というのがあります」
「引力と斥力?」
「重力じゃないんッスか?」
「まずはそういう力があるということを知って欲しいんだ。重力を説明するのに必要な力になるからさ」
「はあ……」
「この二つの力のうち、引力は物体が重ければ重いほど引っ張る力が強くなります。で、この星の中で一番重いのは星自身なので、だから物体は空に落ちていかずに地面に引っ張られて落ちてきます」
重力の説明の際によく出てくるリンゴの絵を描いて地面に落ちていく図を描く。
「で、もう一つ私たちの住む星は歪だけど球体になっています。そして太陽の周りを365日かけて周っているのと、この星自身も24時間かけて回っていて地球自身が回ることを自転といいます」
「私たちの星って太陽の周りを回っているのですか?」
「まあ、そちらの世界は分からないけどね。とりあえず僕らの世界で考えようか」
……魔法が普通にある世界だ。下手すると地球平面説が正しいという可能性もあるかもしれない。
「で、この星の自転する際に発生する遠心力と星の質量が持つ万有引力の合力が重力となるんだ。まあ、主に星の質量が持つ力が大半なんだけどね」
「そうなのですね……」
「何て言えばいいか分からないんッスけど、地面に足が着くのが普通だと思って、どうして出来るのかなんて考えたことなかったッス」
「私たちは学校の授業で教わったから分かるんだけどね」
「で、ここからが本題なんだけど、恐らく精霊が飛べるのを科学的に考えるとさっき話した斥力の力の増大か、自分にかかる重力の力を無効にするかのどっちかだと思うんだ」
「……で、薫兄。つまりどうすればいいの?」
「つまり、僕たちが空を飛ぶには地面に対して反発するイメージか無重力をイメージすれば意外に飛べるんじゃないかな……っていうのが僕の考えなんだけど。自分の周りの空間が球体形の無重力状態って考えて、その空間が常に自分を中心として動いている感じで魔法として使う」
今、自分の言ったイメージを絵にして描く。
「でも、それだと私たち精霊が普通に飛んでる時、周りにあるものにも影響を及ぼすのでは?」
「精霊は自分の体の形に合わせて魔法をかけているんじゃないのかな?なんせこんな難しいこと考えないで無意識で飛べるぐらいだし。物は試しにやってみない?ゆっくり上に浮き上がるようなイメージでさ」
「絵で見たから何となく分かりますけど、目に見えない重力をどう捉えれば……」
「僕としてはこんな感じかな?」
地面から鎖が出ていて、それが足に絡みつく絵を描く。で、その鎖が外れた感じの絵も隣に描く。
「何となくッスけど分かった気がするッス」
「私も分かったのです」
「そうしたら後は呪文名か……飛翔?」
「ヒショウ?」
「こっちの言葉で空を飛ぶって意味の言葉だよ」
「いや、薫兄。そこはフライとかじゃないの? というか何で和風なの?」
「そこは何となく? ともかくやってみようか」
レイスに声を掛けてイメージとかを伝える。……ちなみに和風なのは忍者や陰陽師とかの漫画の影響なんだけど、一番の理由は何かカッコイイからである。
「でも本当に上手くいくんッスか? それにそんなすぐに…」
「というわけで行くよレイス!」
「は、はいなのです!」
「飛翔!」
勢いで呪文を唱える僕……最初は唱えただけで何も起きなかったので失敗かと思ったが、足が地面に付いている感触が徐々に弱くなり、そのまま上へと向かって浮いていく。
「お、おお~~!」
浮くってこんな感じなんだ……。地面に足が着かないからなんか落ち着かない。
「うっそ……」
驚きのあまりフィーロのセリフがおかしい。
「やったーー!! さすが薫兄! これで私の念願がに叶うよーー!!」
「さすが薫ちゃんね」
「こいつはスゲーな……」
―地属性魔法「飛翔」を覚えた!!―
効果:発動中は浮くことが出来ます。前後左右上下に移動可。速度は練習次第。
「前に進むよ」
「はい!」
狭い部屋の中、レイスに声をかけながら移動する方向を決めて動く。アニメの二足歩行のロボットがホバーしながら移動する感じで動く。
「うわ~……すごい!! すごい!!」
空を飛んでいる自分自身に思わず感動する。
「私としてはいつも通りなのですが……こうして薫と一緒に飛んでるのはすごく違和感があるのです。他の種族は飛べないですし……」
「フィーロ! 私たちもやってみよう!!」
「え!? あ、そ、そうッスね!?」
2人も同じように飛ぼうとして、皆から少し離れた場所に立つ。
「「フライ!!」」
すると泉も浮き始める……が。
「きゃ!! あいたたた……」
少し浮いて、お尻から落ちる泉。お尻をさすりながらゆっくりと立ち上がった。
「大丈夫ッスか!?」
「ヘーキよ。ただ練習しないとダメね。というかなんで2人は一発で成功したのかな?」
「あの、多分さっき薫が話していた仕組みなのです。重力は鎖でそれを魔力で制御する感じで」
「普通はそんなの言われて直ぐにイメージするなんて出来ないッスけどね。クッ。これが学園一位の天才の力ッスか……」
「え? そうなの?」
飛びながら聞いてみる。会話はしているが術はキャンセルされることなく発動したままだ。
「まあ…そうだったのです」
さっきの話もあり、あまり触れて欲しくないのだろう。
「どうかしたの? レイス何か嫌な顔してるけど?」
「ああ、それは……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―説明後―
術を解除して皆で温かい飲み物を飲みながら。さっきの話をする。
「まあ。レイスの言う通りッスね」
「外界から切り離された精霊だけの楽園という名のディストピアってところなのかな?」
「ディストピアッスか……今のノースナガリア王国にピッタリかもしれないッス」
故郷をそんな風に言うフィーロの表情もレイスと同様に暗かった。
「何か意外かな。物語とかだと妖精だけの秘密の園みたいで、楽しそうな感じなんだけど」
衣食住に困らず、エネルギー問題も無い国というのは確かにそれは理想郷かもしれない。
「それはおとぎ話だな……。現にこの子たちの国について聞いていると、少しでも害になるものは追い払う傾向がある。それがちょっとでもな……」
「……マスターの言う通りやっぱり何か変だよね。それ」
自分自身、男らしくない見た目で周りの人から気味が悪いと言われたこともある。時にはレイスと同じように……。
「そろそろ夜も遅くなったし、今日はここでお開きにしましょうか」
昌姉がそう言って、この話題を止める。時計を見ると11時……レイスが大きな欠伸をしている。
「それじゃあ、家に帰りますか。明日から魔法の練習しないと」
「それじゃあ僕たちも帰ろう。レイス大丈夫?」
「はい……なのです」
レイスが大分眠そうにしている。先ほどから目を閉じかけていたり、自分の目を擦ってたりする。
「じゃあ、またね。おやすみ!」
「おやすみッス!」
「ええ、おやすみなさい。風邪ひかないように温かくして寝てね。」
「分かってるって!」
店を後にした僕たちは駐車場で別れて、それぞれの家に帰るのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―「薫宅・居間」―
「空を飛べる魔法と……」
「何を書いているのですか?」
「うん?小説だよ。本職だからね」
「小説なのですか?」
「そう小説。珍しいんでしょ? そちらの世界だと」
「はい。そのような娯楽とかは全く無くて……。」
あちらの世界では娯楽はあまりなく本はあっても実用的な物ばかりである。それだけではなくカードゲームやボードゲームなども無い。
「文明があれだけ発展すればありそうなのにな。生活が豊かになればそれだけ時間も余裕が生まれるし」
「そうなのですか?」
「あちらの世界の生活水準は僕たちと同じ。トイレは水洗、キッチンは魔石で一定の火力が出るコンロがあって、飲み水は魔法のお陰で枯渇の恐れもなく使用後の浄化も完璧、空調もあって常に快適な室内空間。この世界とあまり変わらない。いやそれ以上だと思う」
「以上かどうかは分からないのですが……でも確かにそうかも。こちらの世界で今日丸一日過ごしてみても普段通りの生活だったのです」
「あっちの世界の人々の仕事ぷりを観察していたけど、こっちの機械みたくオートではなかったけど、魔石のおかげで個々の力を底上げすることでスピーディーな仕事をしていた。アイテムボックスを使った商品配達なんてあれは反則だし」
昨日の王都散策の際に、あっちの世界の宅配員がいたのでカーターに聞いてみるとアイテムボックスを使い一人で大量の荷物を持ち、靴には風の魔石を使った足の負担軽減、速力強化の靴を用いて配達しているとのことだった。
「あの配達員がこちらで起業したら確実に儲かるだろうね」
「でも、あのトラックもすごいと思うのです。荷物をアイテムボックスに入れて、それをトラックで運べば大量輸送も可能なのです」
「……考えたらそれ今の僕出来るんだよね」
僕は自分の指に嵌めているアイテムボックスの魔法が施された指輪を見る。
この最高ランクのアイテムボックスは段ボール30箱ぐらいは入ると聞いていたが、実際はもっと凄かった。収納できなかったら何も起きないとのことだったので、昌姉に物は試しと収納できるか冗談でやってみたら軽自動車が収納できたのだ。それだから重さで約1tは大丈夫だと分かった。それを知った時の昌姉も流石にこの時ばかりは目を丸くしていた。このアイテムボックスがあればトラックに乗らずに小回りの効くバイクで……いや魔法で飛べるならそれで配達した方が早いかもしれない。
「異世界転生の小説に出てくるチート野郎になりつつあるな……。まあ、とにかくそれだけの技術があの世界にはあるんだ。余裕が生まれればそれだけ人は暇になるはずだし、だからそれを埋めるために読書やスポーツそしてそこにあるゲームという娯楽が生まれる」
僕は小型ゲーム機を差す。それを見てレイスも頷いて納得する。
「確かに泉がやっていた所を見ていたけど、ワクワクしたのです」
「だから……あの世界はどこかおかしいっていうのが僕の感想かな」
「うーん。言われると何とも言えないのです。それが当たり前という風になっていたので……食事も何で私たちはこの世界みたく工夫をしないのだろうって疑問ばかりなのです」
レイスはそんな感想を述べた。カーターたちはどうかな? 今度会った時にでも聞いてみよう。
「っと。そろそろ時間だし寝ようかな」
「はいなのです」
ちなみにお互いのプライベートを守るため空いてる一部屋を丸ごとレイスの部屋にした。まあ、本人からは広過ぎとは言われたけど。
「お休みなさいなのです」
「お休み。あ、それとなんだけど」
「はい?」
「その、なのです。って無理して付けなくてもいいからね」
「……気付いてました?」
「まあ、何となく。会話している時にたまに違う口調になってたからさ」
「旅していた時に私の喋り方だと固いってフィーロに言われて……」
「まあ、どっちでもいいからね。パートナーだし無理しなくていいからさ」
「……はい」
レイスが自分の部屋に入っていった。自分より大きな部屋の扉のドアノブを両手で掴んで回し、そのまま押して扉を開けて入ったのだ。
「助かるんだけど……自分より倍以上の扉を簡単に開けられるなんて精霊って本当に不思議だな……」
そんな、精霊の不思議に感心しながら、僕も自室に入るのだった。