216話 アラクネ……または土蜘蛛
前回のあらすじ「妖怪にしばかれる」
―「大型ショッピングセンター・通路」スパイダー視点―
「くそっ!!」
バイクを運転しつつ、俺は考えた。後少し……後少しで始末出来た……!妖狐にあの赤鬼は予想していた。対策として外に見張りを付けていたし強力な装備も与えていた。時間にも余裕があった。しかし、さらに2人追加は全くの予想外だ。そもそも何だあれは?あの4足歩行の鳥など聞いたことが無いぞ!?……いや……見たことはある。ただ、それは空想上のお伽話だ……。
「ユニコーン……あれも実在してた……?」
ありえない。この世界にそんな生物がいれば、すでに見つかっていてもおかしくないはずだ。遺伝子を改造した生物?あれほどの生物を人工的に創った?どこが?一体誰が?
「妖怪……まさか、あれと同類なのか?」
ヘルメスが見つけたあの機械の残骸に……不気味な怪物共の死骸……まさか!?あれは調べた結果、千年以上前に……。
「くっそ!訳わからねえ!」
とにかく、ここから出なければ……!俺はバイクに乗ったまま外へと繋がる玄関にグレネードランチャーで撃ち込んで脱出口を作る。
「一時間……包囲網は完全に出来ていないはず……!そこを……!?」
モールの入り口を抜けて……。俺はそこで立ち止まる。
「な、なんでだ……どうして軍が?」
警察は分かる……何でこの国の軍もこんなに?俺が不思議に思っていると、迷彩服を着た一人の男が拡声器を持って現れる。
「どうしてか?という顔だな……俺達が出動するには協議や申請が必要だと思って間に合わないと判断したのだろうが、お前があの動画を流した直後に総理大臣からすぐに命令が来たぞ。残念だったな?今はすでに武器の使用も下りている」
警察が使う銃などオモチャに見えるその大きな銃は全てこちらへと向けられている。
「さあ……大人しくしてもらおうか」
「くっ……!」
俺は先ほどの出入口へ再度逃げようと確認すると、おかしな仮面を被ったあいつらが……。
「お前ら……グルか」
「お生憎様だけど、さっき私がトランシーバーを受け取って連絡してただけよ?」
そう言って、トランシーバーを見せつける妖狐という女。
「ふざけるな。そこにはお堅い日本がお前らをそう簡単に信用するはずが無い……ルールを無視してな……」
「どう思ってもいいが……お前がここで捕まるのは変わらないぞ?」
「……」
……赤鬼と言われている男の言う通りで確かにそうだな。この状態、周りは取り囲まれた以上、後は自害するだけ……そう……これが無かったらな!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―「大型ショッピングセンター・西出入口前」―
「これで逮捕だぜ!」
「気を抜かないで下さい。あの目を見る限り、諦めたようには見えないですから」
シーエさんの言う通りで、あれは何かを企んでるように見える。すると、突如、スパイダーの足元から何かが落ちて猛烈な煙を発生させる。
「な、何!?」
「妖狐!動くな!」
僕は慌てる泉に落ち着くように指示をして、鵺で城壁を発動させて玄関を塞ぐ。
「便利よね……妖狸の武器」
「だな……」
「これって煙幕を炊いて逃げる気かな?」
「そうかもしれないわね……」
泉とカシーさんの言う通りで、煙幕を炊いて逃げるというのが……いや?
「妖狐!ウインド・バーストで煙幕を吹き飛ばせるか?」
「え?どうしたのいきなり?」
「それなら出来るッスよ?」
「奴の狙いは逃げるためじゃない!例の注射を射すためだ!」
「そうか!妖狸!魔法を放つから少しだけ隙間を作って!」
僕は泉の要望通りに鵺を操作して術を放つための穴を用意して、そこに泉たちが魔法を撃ち込んで煙幕を吹き飛ばした。暴風によって煙幕が晴れた先に見えたのは、すでに自分の首に注射を打ち込んだスパイダーの姿だった。
「捕まるくらいなら……全てを壊してやるよ!」
そう言うと、スパイダーは両手で自分の体を抱きしめて、体を震わせる。するとスパイダー着たアーマーを壊して、黒く細長い腕が現れる。それは近くの車を掴む。すると、さらに新たに出て来た黒く細長い腕も同じく車を掴んで壊して……自身に取り込んでいく。
「退避!!離れろ!!」
反対側からスパイダーから離れる指示が聞こえる。すると、僕たちの方にも黒い細い腕が接近してくる。
「アイス・ウォール!」
シーエさんが氷の壁を作って、その手を防いだ。
「あれは何なの!!」
「分からん」
(聞こえるかしら!?)
すると、妖狐の持つトランシーバーから声が……あれ?この声って?
「橘さん?」
(よかったわ~……無事のようね)
「……はい。僕は」
グリフォンの背中に載せている冷たくなった女の子へと視線を向ける。橘さんも何と声を掛けるべきか迷っているのか少しだけ黙ってしまう。彼女の遺体は止血だけして内側からのナイフは抜くのが難しいため、そのままにしている。
「それで外は?」
(え、ええ。今、アイツの近くにいた警察、自衛隊の両隊員は避難出来たわ……ただ、アラクネ?ってあんな感じなのかしら?)
「アラクネ?」
(ええ。言うより見た方が早いわ……それと、今いる出口では無くて反対方向から出なさい。いいわね?)
「了解。皆!」
皆も橘さんの話が聞こえていたようで、そこから反対側にある出口から外へと出る。そこには警察……あれ?
「橘から聞いているだろう!早く!」
何と本部長さんがいた。ここは別の県で管轄外のはずなんだけど……。少し疑問に思ったが、そのまま飛翔を使って空を飛び、再び建物の反対側を上空から覗く……。
「ロロックみたいな巨大化かしら?」
「蜘蛛型だがな。あれも黒い魔石の効果か?」
カシーさんとワブーが冷静に今のスパイダーの姿を見て冷静に解説する。ロロックよりはデカくなっていないが、3階建ての建物と同じサイズで下半身はクモ、上半身は男性の体。そこにロボットのような見た目を足したものになっている。そして顔には赤い目が6つ。口は裂けていて、そこから2本の牙が見えている。また肌の色は黒色が基本だが、ところどころ自分の体を作るのに使ったのだろう、様々な素材の色が表面に出ている。
「ギャハハ!!!!最後ニ大暴レシテヤルヨ!!」
すると、スパイダーがその巨大な8本の足を動かし始める。その足が振り下ろされるたびに置かれていた車が簡単にペシャンコになる。さらに上半身の両手は置かれていた車を持ち上げて、それをあっちこっちへ投げつけて、さらに周囲を破壊していく。
「いくぞ!あのままだと被害が大きくなる!」
「私達はアレとの戦闘をします。カシー達もいいですね?」
「いいわよ……とことん爆破してあげるわ」
「……だな。あれは醜悪過ぎる」
「妖狸……妖狐と一緒にこの子を連れて下がってくれ」
グリフォンの背中から女の子を丁寧に下ろして、僕に預ける。
「分かった……」
「気を付けて下さい!」
「ありがとうございます……さあ、いきますよ!」
シーエさんたちを先頭に化け物となったスパイダーへと向かって行く姿を見送る。
「妾たちは橘の所に行くぞ」
「うん」
僕たちは橘さんたちの様子を確認するためと、もしケガをしているなら持っているポーションを提供するために一度前線から離れる。するとスパイダーから少し離れた所から、大きく手を振っている人影が……橘さんだ。僕たちはそこへ下りていく。
「無事かしらーー!!」
「大丈夫でーす!」
「おいっ!?」
橘さんの周りには一般人はいないが他の警官や自衛隊員がいる。その彼らが全員事情を知ってる訳では無いはずだ。こんな親しそうにしていたらかなり怪しまれるはず……地面に降り立った後、ふと今いる人たちを急いで確認する。ってあれ何か見知った顔ばかり?
「安心しなさい。ここにいる全員が知ってる人だけよ」
「いや……そこの県警の二人は知らないだろう?」
確かに僕も一度は仮面なしであった人ばかりなのだが……そこのバスジャックでお世話になった二人の前では外したことが無いんだけど。
「県警本部長も知っている人が欲しいって言われてね。この際だからってことで連れてきちゃったのよ」
「この二人が困ってるじゃないですか!?もしかして事前説明も無しですか!?」
「そうよ」
この緊迫した状態で何をしてるのか……。
「え?何か前とイメージが違いませんか……先輩?」
「演技なんだろう。中身は俺達と同じ警察か、自衛隊の隊員のどちらかってところか……」
「いいえ。一般人です。訳アリですが……それと仮面はここで外せないのはご了承ください。僕たちの正体がバレると面倒なので」
「一般人?」
「そうよ……それと、ここで話したことは他言無用よ。話したら……どこかの組織の手で処理されるから気を付けなさい」
「それは一般人なのか?」
先輩と言われる警察官の疑問はごもっともである。ノリのいい人なら、お前のような一般人がいてたまるか!!と叫んでいるかもしれない。
「まあ、半月前まではそうだったかも……」
「そうッスね……色々とお偉いさんとあってるッスもんね……」
この二人の疑問に対して泉たちも困惑している。もう一般人という肩書は使えないのかもしれない。
「それより……この子……」
橘さんが先ほどとは打って変わって、悲しい表情で、僕が抱いている冷たくなったその子の頬を撫でる始める。
「かわいそうに……とんでもない親もいたもんね」
「ええ……」
「死者を蘇らせる魔法なんて流石に無いものね……」
「あったら使ってますよ……」
僕は悔しさが表情や言葉に現れないように必死に堪える。ここで心を乱してはいけない……乱すのはこれが終わってからだ。それだから……。
「……息を吹き返せば、ハイポーションや解毒薬で助かる可能性があるのです」
「レイス?」
「確か電気ショックで心臓を動かす装置がありますよね?」
「それはあるけど……この子は失血多量もしている。それだから……」
「試してみるのです。ここで何もしないよりいいのです」
「それは……」
「妖狸……あるんだったらやろうよ」
「そうッスよ。うちもこんな小さい子がここで人生を終わるなんて……」
泉たちが魔法による蘇生を試みることを推奨する。周りを見ると、皆が期待……というよりも切望だろう……。
「……分かった」
僕はアイテムボックスから雷の魔石を取り出す。普通ではダメだ……もし、そんな奇跡を起こせるとしたら……膨大な力と魔力を込められたこれなら……。
「妖狐、フィーロ。皆の援護をお願い。僕たちは麒麟を呼ぶから……現れたら、皆と避難して」
「……フラグ回収乙」
そう言って、二人はスパイダーと戦ている皆の援護へと向かって行った。すでにスパイダーとの戦闘には召喚魔法が使われていて、破壊力が高いフラグマ・マキナや拘束力の高いシルフィーネが頑張っていた。
「レイス!いくよ!」
僕は雷の魔石をレイスに投げ渡し、そしてグリモアを使って魔法陣を地面に投影させる。
「りょーかいなのです!」
僕たちは準備が完了したところで、意識を集中し始める。
「な、何がおこるんですか?」
「静かに見てなさい……」
驚いている方々を尻目に、さらに集中して……鵺を網目状に……そして僕たちを包むように展開するのだった。




