215話 誤算からの乱戦
前回のあらすじ「薫、罠に嵌る」
―妖狸が刺された直後「大型ショッピングセンター・1階特設会場」―
「くっ……!!」
「妖狸!」
レイスが心配そうに僕を呼んでいる。腹からナイフが抜けてしまってそこから赤い液体が落ちていく。こんなに血を流したのは初めてで、痛みがあってもそれが僕の物とは思えなかった。僕を貫いたナイフの出どころは助けた女の子の体からだった。そしてその女の子のお腹には今でも血まみれのナイフが突き出ていた。
「いたい……よ」
横たわる女の子は目から涙を流しながら痛みを訴える。このままだと……早くポーションを……。
「捕えろ!!」
「ぐっ!!」
僕はヘルメスの男に地面に押さえつけられる。さらに犬たちも起き上がり始めた。まるで先ほどのお酒の影響を受けていないように……。
「やっぱり俺達の事をどこからか見ていたか……こいつらは嗅覚は強化されているが……だからと言って普通の犬のように強烈な臭いやアルコールが弱点とはならねえんだよ」
スパイダーが倒れている僕の前に立って、自分が嵌められていた事を話す。さらに、カメラを持ったヘルメスのメンバーが僕を撮っている。
「行動や仕草で犬に弱点があるように見せて、かすかな隙ができるようにして、本命であるこのガキでお前を仕留める……どうだ?猛毒で体が動かないんじゃないか?」
スパイダーの言う通りで体がマヒしている感じがする。それに体が寒い気がする。
「子供……を利用…したのか」
「ああ。どこにもいるんだよ。金を積めばガキを売ってくれる親がな。そしてお前を殺す道具にしたんだよ。油断しただろう?こんなガキが凶器なんてな?」
そしてスパイダーは僕の髪を掴んで持ち上げる。
「全く苦労したぜ……爆弾でガキ共々吹き飛ばそうとも考えたが……俺達に歯向かうとどうなるか見せつけるにはこれの方がいいからな」
そう言って、スパイダーはカメラの方を見る。
「悪……趣味」
癪に障ったのだろう。スパイダーが僕の顔を叩きつける。
「妖狸!カラスが……!?」
ここからは見えないが、叩きつけられた僕を見てレイスが近づこうとしているようだ。ただカラスに邪魔されてこちらへと飛んでこれないみたいだが……。
「そいつは連れて帰るぞ。大切な研究材料だ」
「レ…イス……」
「さてと……早くしないと他の連中が来られると困るんでな。さっさとその仮面を外して始末させてもらうか……」
スパイダーが僕のつけているお面へと手にかける。対して僕は毒が効いているのだろうこのまま何も………。
グェエエエエーーーー!!!!
突如、獣の叫び声が聞こえる。この声は……。僕がこの声の主を思い出すと同時に何かが割れる音が聞こえる。さらにドサドサと複数の重たい物が落ちる音も聞こえた。
「エクスプロージョン!」
「アイス・ランス!!」
「ファイヤー・ランス!!」
さらに、上から聞き覚えのある三人の声が……すると、スパイダーを含むヘルメスのメンバーが僕を置いてその場を離れたと同時に炎と氷の槍、そして爆発が僕の周囲で起きる。
「妖狸!大丈夫なのです!?」
先ほどの攻撃でカラスが吹き飛ばされたのだろう。レイスが倒れている僕の顔をその小さな両手で触る。
「妖狸!大丈夫か!?」
すると、黒いゲームキャラが着ているような服に鬼のようなお面をつけたカーターとサキの姿が。他の四人と一匹はヘルメスと睨みあっている。
「赤鬼?」
「大丈夫か?」
「体を貫かれて……さらに刃には毒を……」
レイスからそれを聞いた赤鬼がアイテムボックスからハイポーションを取り出して、僕の刺された箇所へと掛ける。
「くっ……あ……」
凄く痛い……。でも……徐々に痛みが引いていく。
「赤鬼!これを!」
ペスト医師のようなお面を付けたカシーさんが何かをカーターに投げ渡した。
「解毒薬だ」
赤鬼が僕の口にキラキラ光る粉を口に入れる。そして水も取り出して、一緒に飲ませる。
「お前ら!よくも邪魔……」
すると、何かを言いかけたヘルメスのメンバーの一人が爆発で吹き飛ばされる。その威力で近くの店の棚に叩きつけれる。
「やれやれ……あの爆発を受けて、壊れないアーマーとは……かなり頑丈な素材だな。どうする比良?」
比良……ああ。カシーさんたちは天狗をモチーフにしたのか。
「あら簡単な話よ……私達の実験に付き合ってもらいましょう?それに姫様にも手を出した以上……手加減する気は無いわ」
いつものカシーさんの声とは違ってその声はドスが効いている。ユノが襲われたことに怒っている。
「さあ……爆ぜなさい……」
「させるな!!」
スパイダーの命令で一斉掃射するヘルメスのメンバーたち。しかし、その攻撃は突如、現れた氷の壁に防がれる。
「そんな鉄の玉じゃ貫けねえぜ!」
マーバがそう言うと、隣にいる白い衣装に青い鬼のお面を付けたシーエさんが頷いている。
「オクタ・エクスプロージョン!!」
カシーさんが氷の壁の上に目掛けて8個の赤い球を飛ばす。それは山なりだったりそのまま上に直進したりしてバラバラに飛んでいく。
「退避!!」
また、スパイダーの指示が周囲に木霊する。その直後に爆発が発生。3個ほどは空中で爆発してカラスたちを吹き飛ばす。すると、今度はシーエさんがその爆発の合間に氷の兵士を呼び出す。爆発が治まり、氷の壁も崩れたタイミングで氷の兵士が敵に向かって突っ込んでいく。
「妖狸!鵺を解除して下さい。ケガした人たちを安全な場所に!」
シーエさんがこちらに向いて指示する。僕はそれを首を縦に振って答えて、鵺の城壁を解除する。
「あ……!」
僕の姿を見たユノが叫ぶのを泉が塞いで防止する。ユノは一瞬驚くがすぐに落ち着いて、こちらを見つめてくる。
「グリフォン!彼女達を安全な場所へ!」
「グェ!」
「待て……あの子も」
僕は指を差す。僕を殺すために利用された女の子。
「すまない。もう……」
カーターが首を横に振って、すでに女の子が息を引き取った事を告げる。カーターはその絶命した彼女の瞼を手でそっと閉じる。
「妖狸。お前も……」
「大丈夫だ……」
僕は体に力を入れて立ち上がる。
「お前は下がれ!大ケガを……!」
「下がれない……こんな……こんな小さな命を侮辱する奴をほっといて下がれない!」
「妖狸……」
レイスが僕を心配しているが、男としてここは引き下がれない。
「……でも!」
「無駄だサキ……妖狸。後方からの支援を頼む」
「……分かってる。流石に前衛は無理だ」
「よし!いくぞ!」
「倒れたら無理やりグリフォンに頼んで安全な場所へ引っ張ってやるから覚えときなさいよ!それと、そこのツインテール!」
サキが泉に向かって、他人のふりの為に見た目で呼ぶ。
「は、はい!」
「この先に警察と自衛隊の人達がいるから、グリフォンと一緒にここにいる全員を避難させなさい!いいわね!」
「分かりました!行こう!皆さんも早く!!」
泉はユノを引っ張り、すぐさま人質にも指示してこの場から逃げようとする。するとグリフォンの背中からフィーロが現れて同じように避難を促し始めた。これでいざとなれば魔法が使える以上、安心度は高いだろう。
「あ……」
ユノがこちらを向いて何か言いたげそうだったので、僕はグージャンパマの右手を胸に当てるポーズをチョット崩した形で取って、無事に勝ってくると意思表示する。それを見たユノは首を一度縦に振って、泉たちと一緒にこの場を離れていった。
「さてと……やるか」
カーターが剣を抜いて、その刀身に炎を纏わせる。
「気を付けろ。奴らの持つ武器は小銃と言って、攻撃の連射が効く。それに他の武器も仕込んでいる可能性があるから気を付けろ」
「なら、安全な位置から攻撃するだけさ。来い!フレイム・ソルジャー!」
カーターはそう言って、4体の炎の兵士を呼び出し、氷の兵と戦闘中のヘルメスのメンバーに向けて突進させる。ヘルメスの奴らはその魔法兵に銃を撃ちこんでいく。
「何人かは足止めをしろ!他は操っている奴らを狙え!」
「させるか!雷撃!!」
僕たちは素早く雷を落として、奴らの攻撃を阻害する。
「おい!あれを持ってこい!」
スパイダーの指示で数人のメンバーが持ってきたアレ……あの形ってグレネードランチャー!?
「撃て!」
その言葉を合図に擲弾が発射されようとするタイミングで、僕はほぼ反射的に、そいつらのいる方へ鵺を球体にして上へと投げる。
「引き寄せろ!!黒星!!」
魔法を発動させると、グレネードランチャーを持っていた奴らがその銃口を上へと強制的に向けさせる。それでもお構いなしに発射すると、擲弾は鵺に引っ張られて、上の方で爆発した。
「な、なんだ今のは!?」
「グェ!!」
「突撃!!ヘルメスの奴らを狙うんだ!!」
先ほど人質を避難させにいったはずのグリフォンが戻って来て、吹き抜けの空間の2階へと飛び上がり何かと戦い始める。さらにそのグリフォンの後を背中にPOLICEと書かれたベストを着た隊員の方々が特殊銃と言われる銃を持って、周囲にいたヘルメスのメンバーと戦闘し逮捕していく。
「あれは味方なのか?」
「警察の特殊部隊だ。SATとか呼ばれてるな。それと2階にスナイパーがいたようだな。レイス。グリフォンを狙っている1階の奴らをやるぞ」
「はいなのです」
僕は1階からグリフォンを狙っている奴らに、僕が倒れた際に解除された蝗災を再び発動させて奴らを直接取り押さえたり、分散させて相手の視界を奪ったりしていく。
「な、なんだこのバケモノは!銃弾が当たる前に弾かれるぞ!!」
そんな叫び声が二階から聞こえる。当然だ。グリフォンは戦闘時には常に風を身に纏った状態であり、ただの体当たりでもかなり危険な攻撃になったりする。
「グェエエエエーーーー!!!!」
すると、身に纏っていた風の威力を強めたのだろう。薄い緑色となって目に見えるようになっていく。そして、そのまま勢いよく2階の踊り場を飛び回っていく、すると、一人のヘルメスのスナイパーが吹き飛ばされて、1階へと落ちて来た。
このように前回は質量が圧倒的に違うドラゴン相手だからとか、僕たちがしょっぱなに重力操作で動きを封じたりしていい所がなかなか無かったグリフォンだが、ただの武装した人間相手なら簡単に捻り潰すことが出来る。
「くっ!妖狸を……!!」
「させるか!スパイラル・ファイヤー・ランス!!」
カーターが僕たちの近くにいて、こちらへ銃を向けたヘルメスのメンバーの一人に向かって回転する炎の槍で小銃を壊し、さらに肩を貫いた。肩を貫かれたメンバーが地面に転がり倒れる。
「なっ!このアーマーは銃弾なんか効かない特別製だぞ!?」
「ふーーん。それなら注意した方がいいわよ?あの氷も普通じゃ無いから?」
サキがそう言うと、こちらに小銃を向けていた男の脇腹をシーエさんたちのスパイラル・アイス・ランスが貫く。
「ああーー!!!!」
男が悲鳴を上げる。すると、その男に向かって、今度は水で出来た触手が伸びて、男を捕え……そのまま地面に叩きつけて気絶させた。後ろを見ると、その触手の発生源にはセイレーン、それと術者である狐のお面に僕と色違いの改造巫女服を着た泉とフィーロの姿が。
「悪い子は……どこだーー!!」
泉がそう叫ぶと、次々とヘルメスのメンバーに向かって触手が襲い掛かり、巻き付いて地面に叩きつけたり、弾いたりする。
「怒ってるわね……」
「ああ……」
カーターたちが激昂状態の泉を見て若干引いている。ヘルメスの奴らから悲鳴が上がる。
「ディピロ・エクスプロージョン!」
「アイス・スリップ」
逃げる相手にはシーエさんが足場を氷漬けにして転倒させて、そこへ二重爆発するエクスプロージョンで相手のアーマーを粉々にしつつダメージを与える。ちなみに僕たちは蝗災で相手の視界を念入りに阻害する。
「スティッキー・ファイヤー!」
さらに、そこにカーターたちが炎を放つ。それは相手にくっついたり、地面にくっついて燃え続けている。もはや、ヘルメスのいる場所は自然災害も真っ青になるような超々危険区域になってしまっていた。
「本来ならここで手を引くのだが……」
「引く?そんな生ぬるいことをしてはいけないのです!」
レイスの意見に同意してスティッキーファイヤーにたまたま当たってしまった蝗災を襲わせる。常に高温状態の砂……アーマーを着ているから火傷はしないだろうが、それ以外の……例えば息をするための吸気口はどうだろうか?常に高温の空気を吸い続け、アーマー内の暖かい空気が徐々に熱くなっていたら……。
「あの子も苦しんだ……だから、お前らもじわじわと苦しめ……」
あの女の子の苦しみはこんなものじゃない。ここは徹底的に……そこに落ちているカメラから見ている他のヘルメスの奴らに警告として徹底的に……。
「くそっ!」
ブォオオーーン!!
響くエンジン音。すると、近くの店舗に用意していたのだろうバイクに乗って逃げようとするスパイダーの姿が見えたのだった。




