211話 蠢く蜘蛛
前回のあらすじ「カイトが薫をおかずにした」
―「イスペリアル国 異世界領事館 執務室」―
「……驚いたかい?」
「はい……。でも、納得はしてます。ここにはララノアが祀られている。ということは彼女はここを拠点にしていたと考えられますもんね」
「ああ。そして、その赤い点が差す場所は……」
「聖カシミートゥ教会……」
「修復されたり増築されたりはしているが、あそこは歴史のある建物だ。当然、一番怪しい」
となると、僕たちの今度のクエストは……。
「すでにコンジャク大司教の指示の元で調査してるよ。何かあれば報告があると思うから待っててくれ……」
「お二人はレルンティシアの赤い点の調査の為にも?」
「ああ。アリーシャ様に訊いたら、心当たりがあるそうだ。場所は王家の墓だと」
「お墓ですか?」
「ええ。そうよ。何でも王家はそこに代々埋葬されるそうなのだけど……その辺りにモノリスが立っているそうなの……誰がいつそこに置いたか知らないモノリスがね。もしかしたら、焼けずに残ってる可能性もあるって話してたわ」
「僕たちが先行して周囲の調査をする。もしかしたら変異型のペストが残ってるかもしれないからね」
自分たちの国を滅ぼした病原菌がいるかもしれない場所に行くというのに、二人の表情は笑顔のままだった。二人にとっては危険であっても、先祖の故郷へと帰郷できることもあって、そのような恐怖があっても、何か別の感情が二人を動かしているのかもしれない。
「危険な調査になりそうですね……」
「そうでもないわよ?転移魔法陣のお陰で、夜は町に戻って、朝になったらそこから出発だもの」
「え。そんなのアリ?」
「え?これって普通なのですよ?遠くの町に転移魔法陣を設置するのに、少しずつ移動して魔法陣を調整してを繰り返していくのです。恐らくこの前のグリフォンの巣も同じ事をしているのです……カシーさんたちが」
確か魔法陣を設置するのに3日かかるって聞いたけど……え?まさか、そんな事が裏で行われていたの?
「カシーさんとワブーって賢者だよね?そんな事をさせていいの?」
「あれの調整できるのは、魔法陣を熟知している賢者ぐらいだよ。だから二人が出るのは当然かな」
「そうなんですね……」
「気にしなくていいと思うよ?これも研究の一環として、喜々してやっていたみたいだし」
「それならいいんですけど……」
それでも研究の手を止めさせていたら、こちらとしては申し訳無さがある。
「それよりも……君達はヘルメス……あのスパイダーに気を付けたほうがいいよ」
「知ってるんですか?」
「私が一度だけ任務の際に見たことがあるわ。かなり胸糞悪い奴だったわ。女子供も容赦なく殺す冷酷な奴……あんな奴、死ねばいいのに……」
ミリーさんが悪態を吐く。先ほどの笑顔と打って変わって、その表情も苦々しい物になっている。
「僕もミリーから送られる映像で確認してたけど、あれは異常だったね……」
「異常って……」
「自分達こそが正しいって感じだよ。力があれば支配するのは当然……弱者は淘汰するもの。奪われるのは当然の結果……弱肉強食という考え方を崇拝しているような感じかな」
「そういえば……あの銀行のリーダーも同じだったのです」
「だね」
あの時のあいつの言葉を思い出す。強ければ何をしてもいい。弱いのが悪いのだからという言い方だった。
「大丈夫ッスよ!そんな奴なんてぶっ飛ばしてやるッスから!」
「そもそも戦わないからね?ねえ。二人共?」
「なのです」
「泉の言う通りだよ。身の安全こそ第一優先」
何があってもそこは貫かないと……。
「今回ばかりはそれがいいわ。スパイダーは目的の為なら非人道的な方法を容赦なく取る奴だから」
「心配しないで下さい。周りから今回は手を引けって言われてるので」
「そう……それが一番よ」
「……麒麟でお仕置きすればいいのにッス」
「はははは!!あれは明らかなオーバーキルだよ。そもそも……あ、言わない方がいいか」
「はい……そのまま何も言わないで下さい」
フラグを立ててはいけない……フラグが立つと碌なことが無い。
「と、そろそろ時間だな。行こうかミリー」
「ええ。それじゃあ4人とも。気を付けなさいよ」
僕たちは二人を見送るために玄関まで来る。あ、そうだ。
「あ、それとこれどうぞ」
「「ドラゴンの鱗をそんな風に使うな!!」」
お土産にと思ったけど……怒られてしまった。
「これって本当に貴重なんだね……」
「そうね」
僕と泉がそんな話をしていると、その場にいた全員から、そんな考えはお前達だけだよ!!とツッコミが入るのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―その日の午後「魔導研究所クロノス・実験場」―
僕たちは家に帰る前に新たな麒麟の最終調整をしようとクロノスにやって来た。そして泉たちが見守る中で練習する僕たち……だったのだけど……。
「……完成かな?」
「なのです……」
「嘘ですよね!?何ですかこれ?」
一緒に近くで見ていたセラさんが驚いている。まさ地面がここまで抉れるとは思っていなかったのだろう。そんな事を考えながら、抉れた地面の先を見ていくと、突き当りの壁にも亀裂が入っている。
「レッドドラゴンの首を切断じゃなくて、左右に真っ二つ出来そうッス」
「技名は……カオスブレード……」
「和名限定だから却下」
「なのです。それよりどうだったのです?」
僕は泉たちに新しい麒麟について感想を訊く。
「あの術をまともに喰らったら、魔族もひとたまりもないのでは……?」
「セラさんの意見に同じくッス」
「私も……後ろにいる皆さんはどうですかーー!!」
「「「「絶対に街中で使用しないで下さい!!」」」」
泉が、こっそりと見ていたクロノスで仕事をしている人たちに尋ねる。ちなみにそこにいる全員、青ざめている。
「後で総理から怒られるかな?」
「多分……?」
すると、ここに在中している自衛隊の隊長さんがやってくる。
「絶対にあっちで使用しないで下さいね?使ったら色々誤解を生みかねないですから?」
「あ、はい」
「なのです」
僕たちは絶対にこれを地球では使わないと決めるのだった。
「(あ……フラグ)」
「(立ったッスね……)」
泉たちから変な言葉が聞こえたが、それを聞かなかったことにするのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―新しい麒麟の完成した日の夜「どこかの倉庫」スパイダー視点―
「準備はいいな?」
「はい。用意出来ました」
俺は今回の作戦の切り札を見る。これなら……。
「よし。これで妖狸を始末する準備は出来た。武器はどうだ……?」
「計画通り、すでに武器を搬入済みです」
「よーし……後は……分かってるな?」
「……最終手段。準備出来てます」
パーフェクト……これで少なくとも妖狸を始末出来る。
「さあ……狩りの時間だ!」
俺は立ち上がり、妖狸を始末するための処刑場へと向かって歩き出す。どこかの馬鹿どもは妖狸を守り神と言ってるらしいが、そんな者はこの世にはいない。いや。この世界には神も悪魔もいない。
もし、そんなのがいれば……仮に神がいたとしたら俺達は既に掴まっているからだ。俺達が捕まらない理由……それは力で警察も軍もねじ伏せるから。そう。この世の絶対の理……強き者が弱き者をどう扱おうと構わない。どこの国でも見られる光景……この国だってそうだ。平等と言いつつ、立場の優位な者があらゆることを決める。権力ある者が下の意見を無視して決めたりしているじゃないか。
けど、この世界は腐ったルールで力での支配を認めさせないようにしている。そう言って、自分たちは力で支配するのにだ。どこかの国じゃ、自分に都合の悪いジャーナリストを捕えるために飛行機を緊急着陸させたところだってある……武力、権力、金力……形はどうあれ所詮、この世は力なのだ。
「だから……俺達にケンカを売った、バカな弱者に死の制裁を加えねえとな!」
さあ、妖狸……お前を断頭台に送ってやるよ!




