20話 薫の心理カウンセリング
前回のあらすじ「おいでませ異世界!」
―今より約1年前「ノースナガリア王国・マチック学園」レイス視点―
学校では私は少し魔法が得意で、家庭が少し特別なだけな、皆と変わらない普通の精霊だと思っていた。周りの皆もそんな風に見ていたとあの頃はそう思っていた。私が魔法が使えなくなったあの時までは……。
「魔法が使えなくなるなんて、きっと何かの病気だよな」
「あの方の子供とはいえ、気持ち悪いわ」
「何で分からないの!!」
……周りから吐かれる誹謗中傷。私を事を見てくれる人なんていなかった。友達と思っていた子さえも…。皆、お母さんのご機嫌を取りたいだけだった。皆、みんな、ミンナ……。
「聞いてるッスか!?」
「え? あ、ゴメン……」
あまり人が来ない学校の裏にある木陰で昼食をフィーロちゃんと一緒に取っている。彼女だけは魔法が使えなくなって皆が気味悪がってる中でも一緒にいてくれている。
「やっぱりここは旅に出てみるっきゃ無いッスよ!」
「でも……」
「このままいたってダメッスよ! うちの家族もついには、レイスと一緒にいるのをやめろ! っとか言い出して……このままだとうちら頭の中が腐っちゃうッス」
確かにこのままではダメだと私自身思うし、それにここにいてもお母さんに迷惑をかける。それならいっそ……。
「いいのかな? 私なんかと一緒に旅なんて足でまといになるのんじゃ?」
「問題無いッス。前から広い世界を見たいけど1人だと心細いから一緒に来てくれるやつがいないかなって思ってたッス。どうしても1人だと寂しいッスから」
「……分かった」
「よし! そしたら……」
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―「薫宅・居間」レイス視点―
この後、私達は親の目を盗み旅に出た。道中、楽しい事や危険な事もあったりして大変だったけど、このおよそ1年はとても充実していたと思う。でもグージャンパヤ王国で絶体絶命のピンチになって、そしたらそこに1人の女性が助けに入ってくれて、しかも魔法を使えない私と契約してくれるなんて思わなかった。
ただ……その人が女性にしか見えない30歳男性でしかも異世界人なんて……。さらに私が魔法が使えない理由を……。
「病気だったなんて」
「原因が分かりそうで良かったッスね!」
今日一日、色々あり過ぎてわけわからなくなりそうだけど、でもこれで病が治るなら……。原因が分かり少しだけ望みが見えた気がする。すると扉が開いてパートナーになってくれた薫が飲み物を持ってきた。
「……いい匂い」
ここまで甘い香りがする飲み物なんて始めてだ。私の前にカップが置かれる。
「どうぞ」
薫に言われてカップに手を伸ばす。見た目は濃い茶色……こんな色の飲み物は見たことが無い。そして私は恐る恐る口を付ける。
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―「薫宅・居間」―
「お~いしい~のです~!!」
「こんなの始めてッス!! 何なんッスかこの飲み物は!?」
「ココアって言って、簡単に言うとカカオ豆から作った飲み物だよ」
「豆なのですか? 豆からこんな飲み物が出来るなんて信じられないのです!!」
2人が満面の笑顔を浮かべる。どうやら気に入って貰えたようだ。カーターたちが来た後、やっぱり精霊用の食器が無いといけないと思って、ミニチュアとかのやつを買っておいて正解だった。
「やっぱり薫兄が作るココアは最高ね! 本当に女子力が高いわ」
「何故だろう誉められてるはずのに、素直に喜べないんだけど」
まあ、泉の場合は軽いスキンシップでそれを使うからあまり気にしないが。
「このココアっていう飲み物はこちらだと良く飲まれるんッスか?」
「そうだよ。他にも緑茶にコーヒーに…」
「まじッスか。飲み物でそんなに種類が有るんッスか」
「食べ物も色々あるわよ。さっき食べたミカン以外にも果物も沢山」
「異世界って技術だけじゃなく飲食もすごいのですね」
「と言ってもあっちの技術もすごいけどね。物理法則とか無視してるし」
「ブツリホウソク?」
「自然の法則を数式として表したり、現象を観察して考察したりとか……説明したけどあってるかな? 言葉にすると難しいなこれ」
「あ、あの……」
「どうしたの?」
「自然を数で表すなんて、そ、そんな事できるのですか?」
「完璧では無いけどね。それでも予測なんかに役立っているよ。で、意外にもこれがさっきの話に繋がるんだけど」
「私の病気にですか?」
「そう。それで説明するんだけど……まず初めに注意事項として、これから僕の言ったこと熱心に聞こうとか覚えようとかしなくていいからね。むしろ忘れてもらっていいから」
「へ?」
「忘れていいのですか?」
「いやーなんせそういう病気だからさ。だから、むしろリラックスしてココアを飲みながら聞き流してもらえるぐらいの気持ちでいて欲しいんだよね」
そう言って僕はココアを飲んで喉を潤すと同時に少しだけ間を空ける。
「で、レイスの問に対しての答えなんだけど……そんなの僕には分からない。ただそういうものなんだよね」
この答えに周りが黙り込む。
「な、何なんのですかそれ!? からかっているのですか?」
レイスが若干怒りながら訊いていくる。僕はまたココアを一口飲んでまた話し出す。
「僕が知っている火ってね。古来、神聖な物として扱われ、文明の発展のきっかけになったもので物を温める、焼く、燃やす等に使われ様々な分野で利用される。って感じかな」
「……」
「でも、なんでこの世に火という物が存在するのかは分からない。これはさっき少しだけ話に出た水も同じだよ。誰も分からない。何でこの世に存在するのか何故あるのかなんて誰も知らない。仮にだけど、もし知っている人がいるとしたら研究してこの世界の真理に辿り着いちゃったような人、後はこの世界を創った神とかぐらいじゃないかな……」
レイスは黙って聞いている。自分の問いがどんなものなのか、それの証明がどれだけ難しいのか。
「だからレイスが今しないといけないのは、それらをそういう物だってただ受け入れればいいだけ。火は燃えて暖かい。魔法や火打石で簡単に着火できる物ってね。火を更に深く考えるならそれを受け入れたその後の話だよ」
「……」
「いやいや。そんなんでいいッスか?」
「何故そうなるの? っていう考えが強すぎるために、頭からその考えがずっと離れないんだ。だから、その考えを一度取っ払うのが一番の治療なんだ。だからフィーロの旅に出て気分転換も治療としては合っているんだよね」
レイスは黙っている。多分これで問題ないと思うんだけど……。
「まあ、一番の原因はレイスが天才ってことなのかな」
「天才って?」
「そもそも、多くの人は火をそんな物って思うんだろうけど、その火というものは一体何なのかって誰から問われたものでは無く、自分で気付き一生懸命考えようとできるのは天才何だと思うよ」
「私が……天才?」
「そう。普通の人が気にしないことを気にする事が出来て、それに対して考える事が出来る。だから天才」
「レイスが天才」
「……」
「けど、いくら考えてもすぐには分からない物もある。それは自分の知りえている知識の範疇に無いからとか、調べるのに必要な道具や技術が無いからとかね。だから……もし頭の中のその知識が離れないならまずは色々な事を知ったり見たりしながら今をめいっぱい楽しむ。それがまずは必要な事」
そう言って僕はココアを飲み干す。
「でも、その……」
「どうしても気にしちゃうんだよね? だったら考えてもいいんだよ。でもある程度考えたらそこでお終いにして、料理をしたりオシャレに気にしたりして生きていることを楽しんで欲しい」
「生きることを楽しむ?」
「うん。どうかな?」
「……」
レイスは静かに黙り込む。
「レイス……大丈夫ッスか?」
レイスはフィーロから問いに反応せず。静かに黙ったまま何かを考える。
「(ちょっと、薫兄これ大丈夫なの?)」
泉が心配になって小声で聞いてくる。
「あは…あはは……」
静かに考えていたレイスが突如、笑い始める。
「れ、レイス?」
「何故だろう。薫と話していたらばかばかしくなって……。くだらないことをずーっと考えて……それで生きることを楽しめなくなるなんて本当に私ってバカだなって……」
目に涙を浮かべながらゆっくり話す。
「皆に迷惑をかけてそれで、それで……」
そしてレイスはそのまま泣き出した……。それを見てフィーロは無言で頭を撫でる。僕と泉はただ黙ったままそれを見届けるのだった。
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―数十分後―
「寝ちゃったね」
「そうッスね」
「だね」
しばらくして、レイスはそのまま泣き疲れてフィーロの膝を枕にして眠りに就いてしまった。
「薫兄。これで大丈夫なの?」
「分からない。ただ、これでレイスが持つ不安が少しでも晴れればいいんだけどね」
「でも、何か手ごたえが合った気はするッス」
「……そうだといいんだけどね」
そう言いながら、僕はレイスの頭を指で撫でる。さらさらとした髪の感触がする。
「さてと、そしたら私達も寝ましょうか?」
「そうッスね。大分夜更かししちゃったッス」
「じゃあ、お布団……はないからタオルを用意するね」
近くのタンスからタオルを取り出し準備をする。
「そしたら薫兄。今日は一緒に寝ようよ!」
「……僕は部屋で寝るからね。泉は2人と一緒に寝てあげて」
「男だからって気にしなくてもいいんだけど?」
「妹のようには思っているけど……だからと言って、大の大人が一緒に眠るのは……」
この女性ばかりの部屋で眠るという行為に男としては気にする。
「別に気にしないけど?」
「僕が気にするの!! それじゃあ準備できたから部屋に戻るね。お休み」
「はーい。お休み~」
「お休みッス」
こうして僕は自室に戻り眠りに就くのであった。
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―「薫宅・書斎」―
「変なんだよな~」
眠れませんでした。少しに気になることがあって手帳を再度確認していたのだが……あの異世界はどこかおかしい。
「何だろう……この違和感は?」
実際に異世界の街を歩いてみて、そこに住む人々と話してみて……どこか違和感を感じていた。
「色々調べないといけないことができちゃったかな……」
魔法陣を描いた自分の先祖とは何者か? 戦争中の異世界の違和感。そして魔法、精霊とは?
「僕たちの先祖って長生きの種族っていわれているエルフとかドワーフ? まさかの生態不明の魔物なのかな。うちの家系、歳の割には皆若いからな……。というか先祖が魔物だったらヤバイんじゃないかな……?」
……これ以上考えるのは止めよう。僕は手帳を閉じて、これからの事を考えながら床に入るのだった。特に僕の先祖の事を誰に相談するべきか真剣に考えながら。




