208話 長期滞在 掃除編
前回のあらすじ「男の娘(31歳)の(ほぼ)水着姿……誰得?」
―「イスペリアル国・異世界領事館 館内」―
「勇者様?こちらはどこへ?」
「それは応接室にお願いします」
「勇者様~~!!これは?」
「それは……」
修道士の方々に指示を出して、館内のエントランスに出した道具を移動させる。彼らはこの異世界領事館で働く方々で、執事やメイドの替わりである。
何だかんだあって貰った屋敷の説明が遅くなったが、まずは中古物件で元は豪商が建てた屋敷である。ここを壊して新しく建てなかったのは、いわくつきとかでは無く、ほぼ新品同様だったからだ。
当初、豪商はここに建物を築いて、商いを行うために大きな資材置き場も用意したのだが、その後、別の場所での儲け話を嗅ぎつけそちらに移動して仕事をし続け……結局そこで生涯を終えてしまった。その後、この家を継いだ豪商の家族たちはここに住もうとは考えなかったようで、売りに出したということだった。そして今回、各国の代表者で買い取ったという次第らしい。
屋敷自体は2階建てのシンメトリーで建築されていて、玄関を入るとエントランスと2階へ上る階段があり、エントランスの奥は食堂と厨房、さらに厨房には倉庫として使用できる地下室がある。そして左右は応接室や図書室に……ギャラリー室?というべきなのかそんな部屋があり、後はメイドさんや執事さんたちの部屋もある。そして2階は客室、そしてこの屋敷の主人の部屋となっている。
「勇者様……こちらですが」
そんな部屋がたくさんある家をどう扱っていくべきか考えていると、一人のエルフの修道士が声を掛けてくる。この場のリーダーなのだが……。
「まさか、煩悩修道士が来るなんて……」
そう。料理教室の際に、僕を呼びに来たあのエルフの修道女だった。
「もう!それ何回目ですか!!そもそも地位の高い修道士じゃない者が、勇者様へお使いにいくなんて出来ませんよ?」
「……え?」
「え?じゃないですからね。これでもコンジャク大司教より長いですからね?」
「それなのに……修道士ってことじゃ……」
「そこは、色々理由があるんですよ!!というより、どうしてこんな扱いなんですか?」
「最初に会った時に、僕とユノのやり取りを見て鼻血を出していたのはどこの誰ですか?」
「私です!女性とイチャイチャは御褒美です!」
「煩悩消しなさい!!」
僕は鵺をハリセンにして、その頭を引っ叩く。
「痛いじゃないですか……あ、泉さんとの先ほどのやり取りは……」
僕は鵺を、坐禅の際に使われる棒。正式名称で警策にして、それで肩を強打する。ゴキッ!と擬音が聞こえた気がするが気にしない。
「あ……あ、い……」
「次……これで頭を叩きますよ?」
「は、はい……」
「いや、薫兄。それやったら死んじゃうから」
そこへ荷物を取りに戻って来た泉がツッコむ。
「泉……大丈夫。変態は頑丈だから」
「何を根拠に……いや、30年のキャリア経験か」
「そうだよ……あいつらを潰す時は的確に丹念に潰さないと……」
「それで警察のお世話になってるの忘れないでよ?」
「う!?」
一番、突かれたくない過去を突かれてしまった。それで職を辞しているのは忘れてはいない。
「って、こんな事で突かれても、もう痛くもないでしょ?それより、この荷物をどこに運べばいいの?」
「あ、それはそこの部屋。図書室に運んで」
「はーーい」
そう言って図書室へと向かう泉。僕も働かないと……。
「いてて……それで、要件なんですが……」
「あ、復活した」
「かなり衝撃的でしたよ……それこそ新たな快感……いえ。何でもありません。だからそれを下ろしてください……それでこれを」
煩悩修道士から紙を渡されるので、それをセシャトをかけて内容を読んでいく。
「これって……爵位の証明書?」
「はい。勇者様は侯爵の爵位を賜ることになります。本来なら爵位の授与の式典を開く所なのですが……各国の連盟での授与なので、このように省略した形になりました。もし、式典をするとしたら各国に行って、そこで爵位の授与するので計6回も……」
「やる気は無いですね」
「そう思って、このような形にしたようです。ただ……大々的な表彰は一度やるそうです」
「どんな事を予定してるんですか?」
「そこはまだです。予定も内容も未定のようでして……でも、そちらの国際会議の前にはと考えています」
「僕たちはグージャンパマで重要な地位に就いているってアピールですか」
「その通りです。薫さんの住むあちらの世界では二組しかいない魔法使いであり、唯一こちらと行き来が自由に出来る存在として重要視されています。ただ、こちらとしても魔族と対等に戦える存在であり、あちらとの交流に対して、協力的な勇者様達を重要視しているとアピールしたいのです」
「何か凄い扱いだな……」
「凄い扱いなんて当然ですよ。それだけの事をしてるとご自覚ください。では、この領事館の2階の方の指示をしてきますので、1階はよろしくお願いいたします。では」
そう言って、煩悩修道士であるクリーシャさんがエントランスにある階段から2階へと上がっていった。
「僕も仕事をしっかり仕事しないと」
エントランスに置かれている荷物を一つ持って、せっせと浴場へと運ぶのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―その日のお昼頃―
お昼頃になったので、ここで仕事をしている修道士さんたちと一緒に昼食している。今日の献立はおにぎりと味噌汁。それとおかずとして漬物に玉子焼きにから揚げを用意した。食べている修道士さんたちからは、美味しいと好評を得ている。
「おう。ずいぶんと内装が整ったな」
食事をしていると直哉と榊さんの二人がやってきた。
「あ、直哉それに榊さん。今日はイスペリアル国で仕事してるの?」
「ああ。それとこいつが行きたいってことでな」
二人の後ろから半透明の姿をした女性が……。
「セラさん?」
「はい。私もここに滞在しようと思いまして」
「ここに?」
「3台の内、この最後の予備だけ余らせてましたから。クロノスの修復が完了しつつある今、この最後の1台もどこか別の場所へと思いましたので」
「でも、充電が……」
「大丈夫です。雷の魔石を使って改造してもらいましたから。かなり長時間の行動ができるようになりましたし、それに電力が足りなくなったらしばらく休息すればいいので」
「興味深かったぞ……この機械の内部だけでどれだけの魔導工学としてのテクノロジーが積み込まれていたかと思い出したら……」
「ドローンに組み込んで、戦場に投入すれば敵の陽動に使えるなって話も出てきましたからね……」
その表情がとろけた物になっていく二人。それほど二人の知的好奇心を満たすような内容だったのだろう。
「お昼いる?少し多めに作ちゃったからさ」
「ぜひ。いただきます。それと薫さん達に連絡事項が」
「僕たちに?」
「ええ。変に話が伝わって、無暗な行動を取らせないためにも」
それを聞いた僕は修道士さんたちと仲良く食事していた泉をこっちに呼んで、別の席で話を聴く。
「ヘルメス……スパイダーの目的が分かりました。恐らく目的は薫さん達です。奴らはすでに4,5件の強盗、それと殺人を行っているんですが、その中で事件に巻き込まれた被害者が言っていたそうです……妖狸はこないか。と?」
「SNSでもちらほらと話題に出てるみたいでな。それで中にはお前達を非難する声も出ている」
「僕たちが招いたってこと?」
「いや。そもそも、お前らがあの銀行強盗犯を倒さなかったら、あの銀行で被害者が出て……その後、別の場所で犯行を犯し、そしていつかは警察に捕まって、そしていつかはスパイダーと呼ばれるような奴が来たかもしれない。そう考えれば鶏が先か卵が先かの話だ」
そう言って、直哉が箸で掴んだ玉子焼きを口に入れる。
「そう言う事です。そもそも薫さんたちは善意での行動ですから、そもそも犯人を捕まえるのは警察や今回の件に関しては自衛隊の仕事です。それだから周りが何を言っても気にせず、こちらに専念して下さいとのことです」
「分かりました。いいよね薫兄?」
「……もちろん」
分かってる。いくら武装した男たちをボコボコに出来る力があるとしても、それで日本中をカバー出来るかと言われたら出来ないし、そもそもこれに関わって僕たちが死なないという保証も無い。あくまで僕たちは魔法を使えるだけであって、無敵では無いのだ。
「……薫さんは優しすぎて、素直すぎですから」
「へ?いきなりどうしたんですか榊さん?」
「いや~……実は薫さんが会社を辞めるきっかけになった事件を再調査したそうなんですよ……どうも腑に落ちないという事で……それで薫さんが大ケガさせたという痴漢行為を行った相手なんですが……大ケガというのは嘘でした」
「え?だって警察から……」
「その警察官が賄賂を受け取って、被疑者が大ケガしてあたかも薫さんの方に非があるようにみせかけたそうです。それと、薫さんの以前に勤めていた会社の上司も貰ってました」
「……え?」
「要は、お前は嵌められたってことだ」
「いやいや?そんな無茶なこと出来る訳が……」
「出来ちゃったんですよ。それで、あっちでは大ニュースに発展して大騒ぎですよ。若手有力議員が金を使って冤罪事件を起こした!って、父さんからしたら自分を批判する議員が居なくなってラッキーとか言ってましたけど」
「お前の元上司もめでたく御用になったそうだ。青ざめた様子で連行される姿が撮られていたが……録画しておくか?」
「いらないって」
「あ、それと二度と表舞台に出られないようにソフィアさんが徹底的に叩く準備をしてましたよ」
「やり過ぎ!!いくら何でもやり過ぎだって!!」
自分を嵌めた相手だからと言って、そこまでやると過剰な気が。
「どうも薫さんに痴漢行為を行った議員の男と、その元上司なんですが……きな臭いとの事なんです。それこそ叩けばいくらでも埃が出るような」
「そう言いますけど、その二人は例えばどんな事をしたんですか?」
「……ヘルメスと癒着があったかも。との事です」
「「え?」」
榊さんのその回答に僕と泉は思わず驚いてしまう。
「お前は結構前からヘルメスと因縁があるみたいだな」
「それって因縁って言えるの?」
「まあ、そう言った方がカッコイイだろう?」
直哉はそうやっておどけつつ、今度はから揚げを摘まむのだった。




