1話 物語の始まり
前回のあらすじ「序章。」
―夜「某県・田園地帯」―
季節は冬。木々は葉っぱ一つつけておらず動物も絶賛冬眠中である。また余計な明かりが無いため澄んだ夜空には宝石をちりばめたように星々が輝いてる。
「小説の一文としては悪くないかな」
バイトが終わり、稲刈りが終わって地面が剥き出しの水田地帯を自転車で走り抜けていく。今の季節は冬であり、日中は空っ風が吹いていたが今は風一つなく静かな夜だった。僕の名前は成島 薫。今は家に帰っているところだ。
とある事情で仕事を辞めて、今はおじいちゃんたちが住んでいたこの町に戻ってアルバイト兼小説家をしている。市街地から少し外れたこの場所は静かなため小説を書くには最適というのと、今自分が住んでいる家はおじいちゃんが死んだ後、誰も住んでおらずもったいないということで住むことになった。庭に古い蔵と、農工具を保管する倉庫、それと雑木林があり、住む家は2階建てで客間もあり一人暮らしには少し大きいが居心地のいい木造の家となっている。
「……何を書こうかな」
バイトしながら小説を書いている僕。出版社に短編を出させてもらったり、某ネットに載せたりしている。そんな僕が書いた小説の評価だが……イマイチ盛り上がりに欠ける。面白くない訳ではない。ただ何か他と比べて特出した所が無い。自分の個性が出ていないというのが評価だったりする。
「何か良いネタ無いかな……?」
そう独り言を呟きながら僕は自転車を自宅へと走らせていく。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―それから数分後「薫宅・倉庫」―
昔は農業用の機材が置いてあっただろう木造の倉庫に自転車を止める。自宅はそこから蔵の前を通って行かないと玄関に行けない。
「お風呂に入って、昨日作ったもつ煮で一杯やってから書こうかな……」
バイト先が新装開店のために、簡単な改修工事を行うため3日間お休みになる。明日はのんびり小説を書こうと考えながら蔵の前を通っていく。
ガタッ…。
音がした。時代劇に出るような白い土壁で出来た蔵で見た目は立派なのだが中はいらないもので一杯になっている。ネズミでも入ったかな? ……後で中の整理しないといけないなと思いつつ、そのまま玄関に行こうとする。
ガタッガタッ…ガタッ……ガコ!
先ほどより大きな音が聞こえる。これは果たしてネズミなのだろうか? 蔵の周囲を確認するが、蔵は戦前からある古い物とはいえ動物が入るような穴は開いていなかった。ここら辺だとネズミ以外にもタヌキや雉なんかがいるが窓は2階にあり、スマホのライトで窓を照らして見たがちゃんと閉じており窓としての機能を果たしている。
ガチャガチャ…
まだ音がする。
「サキしっかりしろ!」
「ふぇ!?」
人の声? 僕は慌てて蔵の正面へと回り、扉を確認するがしっかり施錠されている。この人は何処から入ったのだろう。余りにも予想外なことに混乱する。
「ケガしているのか!」
ケガしているの!? 少し混乱した頭を手で押さえながら何をするべきか考える。この不審者は何者だろう? 声からして1人は若い男性でそしてもう1人は怪我をしていて……名前から女性かな。助けるか? いや警察を呼んで、それから救急車?
「しっかりしろ!すぐに助けるから…」
「……」
男性の声は外からでもはっきり聞こえる。しかし女性の方は全く聞こえない。かなり不味い状態なのかな? このままだと埒が明かない。
「ねぇ?誰かいるの!?」
「助けてくれ!」
僕が思い切って声を掛けると、すぐさま助けを求める声が返ってくる。
「何があったの?」
「頼む! 助けて欲しい! パートナーのサキがケガしたんだ! 真っ暗で上から落ちて来た物で身動きがとれ無いんだ」
「助けてもいいけど……危害を加えるとか襲ってくるとかないよね?」
「それは無い! 約束する!」
どうやって入ったか分からないためかなり怪しい。でもかなり慌てていて演技をしている雰囲気もなさそうだ……。
「分かった! すぐ蔵の鍵を取ってくるからちょっと待ってて!」
「ああ!」
鍵を取りに家の玄関をすぐに開け、そして鍵を保管している居間に向かう。置かれている棚から鍵を取り、そのまま蔵に向かって……。
「鍵……これしか無いよね?」
かなり古い鍵のためスペアは無い。蔵の中にいる人たちに仲間がいてそいつがわざわざ鍵を戻すだろうか? 玄関の鍵を開けて鍵を持ち出し仲間を閉じ込めて今度は逆の手順を行う……そんな可能性はかなり低いだろう。かといって、中の人たちは鍵を使わずにどうやって入ったか……この錠前でしっかり施錠されていた扉を……。
「……」
ふと変な考えが浮かぶ。普通の人は入る事が出来ない蔵の中にいるのは人なのかと。まだ泥棒の線もあるけど中には価値のないガラクタばかりで、盗んでも一文の得も無い。仮に彼らが泥棒だとして窓や壁、扉には壊された形跡は見た限り無い。まさか地中を掘って……いやいや。そんな手間をかける理由が見つからない。
「はは……」
まさか科学が発達しているこの現代にお化けなんて……
「えーと……確か」
僕は一度倉庫に向かい、以前は農作物を支えるのか干すのかに使っていたのだろう「鉄パイプのような物」を手に取り倉庫の前に行く。
―薫は武器「鉄パイプのような物を手に入れた!」―
効果:叩くと痛いです。昔のサスペンスドラマの凶器としてよく使われています。
どこかの某番組で芸能人が言っていた対ゾンビ最強の武器「バールのような物」が無かった事に悔やんだ。今なら「そんな装備で大丈夫か?」と聞かれたら、こう言ったであろう「一番いいのを頼む」と。
ちなみにそもそもお化けなら殴れない事はこの時失念していた。そして、蔵の入り口前に戻って来た僕は扉に耳を当てて中を伺いながら声をかける。
「鍵を持ってきたよ!」
鬼が出るか蛇が出るか……どちらにしても開けて確認しなければならない。後で、やっぱり警察呼ぶべきだよね。 と気付いたがこの時の僕は冷静では無かったし、それにもし本当にケガをしてるなら助けてあげないといけないという考えもあった。
扉の鍵を外し、鉄パイプを持ったまま意を決して一気に扉を開く。外は月と星々のおかげで明るいが蔵の中は暗い。僕は扉の近くに設置されているスイッチに手をかけて明かりを点けた。
「へ?」
僕は思わず間の抜けた声をあげてしまった。中に居たのは金髪の美青年で、崩れた物で下敷きになっていなかった左腕には映画やゲームで見たようなガントレットが着けられていた。相手も自分を見て驚いた表情を見せている。自分を見て相手が驚くことにはなれているがまさかこんなイケメンが中にいるとは……。
まさかドッキリか?辺りにカメラが無いか思わず確認するが……無いよね? とりあえず気を取り直して、男性の元へ駆け寄り声をかける。
「大丈夫?」
「あ、あ。俺は大丈夫だ」
「今、崩れた物をどかすね」
木で出来ている棚をどかす。その後棚に置いてあっただろう農具やら訳の分からない物をどかしていく。大きい棚2つ分の荷物が落ちてきたらそれは大の大人でも身動きが取れなくなるか……と、思いながらどかしていく。
そして、どかしながら彼の服装を眺めると彼の着ている物……いや、彼が装備している物は鎧。しかも西洋の物だ。マントなんか着けているし、いかにもゲームの騎士という感じだ。さらに疑問が深まる。泥棒ならこんなのは着けない。なら何故? やっぱりドッキリ?
そんな事を思いながらもどかしていくと、上からかかっていた重さが軽くなったおかげで金髪の美青年は自力でがれきの山から出てきた。
「助かった。ありがとう」
「どういたしまして」
とりあえず1人。しかし、もう1人のサキという人が見当たらない。これだけどかせば足先、指先等見えてもいいはずだが……。そう思っていると彼は自分がいた周囲を慎重に注意深く探す。何か小さい物を見つけるような仕草だった。そして何か見つけたみたいで慌てて荷物をどかしていく。
「サキしっかりしろ!」
……僕は目を点にした。だって彼の両手には額から血を流し鎧を着用した羽の生えた小さな少女のような者がいたからだ。
「う!? ……カーター?」
「今、手当てするからな」
喋った……。何この状況? いやあの小人さんは何? 僕はこの状況を理解出来ないでいた。再々度ドッキリ用のカメラが無いかを確認する。うん。無い。……とりあえず小人の少女がケガをしてる。手当てしないとダメ。今の状況はここ。とりあえず努めて冷静に。
「君。ここだとホコリっぽいし治療道具もないから僕の家に案内するよ」
「いいのか?」
「困った時はお互い様っていうでしょ?」
「カーター…。この子……誰?」
「異世界人だ。身動きが取れない所を助けてもらった」
「そう……」
小人さんはそう言うと目を閉じて何も言わなくなった。
「大丈夫なの?」
「気絶してるだけだよ。ちゃんと息もしている」
「そう……。とりあえずここから移動しようか」
彼は頷くと小人さんを両手で大切に持ち、家に移動する僕の後に付いてくる。腰に剣はあったけど、なんとなくだったけど危険は無いと思った。しかし……僕のことを異世界人か。チラッと後ろからついてくる彼らを見る。
「疑う余地なんてないよね」
相手には聞こえないように僕はボソッと呟いた。呟いた時に出た白い息が家の灯りに照らされながらも冬の夜空にスッと上って消えていく。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―救助してすぐ「薫宅・玄関」―
「ブーツを脱いで上がってね」
玄関に着きお客さん用のスリッパを用意して、小人さん用に浴室に行って真新しいバスタオル用意する。彼は小人さんをバスタオルの上に寝かした後、大人しく鉄のブーツを脱いでいく。僕が言った事に直に従ってくれるところや今までの様子から見て悪い人ではなさそうだ。
脱ぎ終わってスリッパを履いた彼をそのまま畳の居間に案内する。コタツとエアコンの電源を入れて棚から救急箱を出す。彼は履いたスリッパをまたすぐに脱ぐ行為に戸惑っていたが、スリッパを脱いで居間に入ってくる。
「小人さんをここへ」
コタツの上に彼女を寝かしたバスタオルを置く。
「沁みるかもしれないけど我慢してね」
スプレー式の消毒液しかなかったので、一度ガーゼに吹きかけて傷口に当てようとする。
「その液体はなんだ!?」
「え? 消毒液っていう傷口の細菌やウイルスをやっつけるものだけど」
「細菌? ウイルス?」
あちらの世界では細菌やウイルスに関して、まだ認知されていないようだ。
「僕らの目では見えない小さい生物だよ」
ウイルスは非生物という考えもあるらしいが……それはとりあえず無視する。
「そんなものがいるのか?」
「確実とは言えないけど、多分そちらの世界にもいるんじゃないかな? 風邪とか引いたことが無いかな? あれもそれらが原因で起きる症状なんだけど」
「風邪は邪気や心に悩みを持つと罹ると言われているが?」
……どうやらあっちの医学は大分遅れているようだ。
「体調を崩して体が弱っているとウイルスが増えて、体内から外に出そうと体が抵抗して咳、くしゃみ、熱ていう症状が出るんだ」
「そうなのか!?」
彼は驚いた表情でこちらを見た。そんな彼を横目にガーゼを慎重に小人さんの傷口に当てる。
「うぅ…」
「サキ!」
「沁みるけど我慢してね。傷口が化膿しちゃうといけないから」
そのあと包帯をハサミで小さく切り、小人さんの頭に巻く。
「これで良し!」
小人の手当なんてこっちの世界では僕が初めての体験者だよねきっと。若干そのことに感動しつつ手当に使った道具を仕舞っていく。
「うーーん……スー」
手当てが終わり唸っていた小人さんはそのまま眠ってしまった。
「傷の手当てをしてくれてありがとう。助かったよ」
「どういたしまして。小人さんの手当ては初めてだったけど問題ないかな?」
「……大丈夫だ。呼吸も落ち着いている。他にケガしていたりしたらこんな風にゆったり眠ったりしないよ」
「そう」
とりあえず危機を脱した事にホッとしたところで、僕は台所に行きケトルに水を入れてお湯を沸かし2人分の湯飲みを用意する。
「小人さんのはどうしよう…」
小人さんサイズの湯飲みなんて物は無い。考えた結果、浅い皿に入れてコンビニとかで貰うプラスチック製のスプーンですくって飲んでもらおうということにして目覚めた時ようにそれらを用意する。お湯が沸いたのでティーパックの緑茶を湯飲みに入れてお湯を注ぎ、コタツ最強の相棒であるミカンも忘れずに用意し、お茶とミカンをお盆に載せて居間へと戻る。
「……」
居間に戻ると、キョロキョロと彼は部屋の物を珍しそうに見ていた。
「お茶をどうぞ」
「あ、ありがとう」
「あと、ミカンも用意したからどうぞ」
「ミカン?」
「この果物のことだよ」
少しだけ暖かくなった炬燵の中に足を入れながら話をしようとする。その時、彼がまだ炬燵の中に足を入れてなかったので炬燵に足を入れることを勧める。言われた通り炬燵の中に入った瞬間満面の笑みを浮かべ顔がほころんだ。この炬燵の威力には異世界の人も勝てないみたいだ。ミカンの食べ方を目の前でやって食べる。すると、彼も僕の真似をしてミカンを食べる。
「おいしい!酸っぱいけど甘いなんて何か不思議な食べ物だ」
口に合ったらしく彼は勢いよく食べていく。
「炬燵にミカン……最高の組み合わせだよ♪」
炬燵の魔力にやられた僕も、つい気が緩んでしまった弾みで満面の笑顔を浮かべながら彼に言ってしまった。そのせいですぐに彼の顔が赤くなる。あ、やっちゃった……。と、赤くなった理由に納得しながらそろそろ本題に入ろうと思ったその瞬間。
ぐぅ~~。
彼の腹から音が鳴る。何かを食べてるのに腹を鳴らすとは器用だなと思ってしまった。対して彼は恥ずかしそうに訳を述べる。
「申し訳ない。訳があってまともな食事にありつけてなかったもので……」
「そ、そう。それなら食事の用意するよ。テレビを見て少し待ってて」
「え?テレビ?」
テレビの電源を点けた後、台所に向かう。昨日作ったもつ煮の残りを温め直しながら、冷凍庫に保管していたご飯をレンジで温める。その間にカツオ節に醤油、しょうがを加えてよく混ぜる。調理してる間、居間からは「え!?」「なんだこれは……」とか色々聞こえてきた。どうやらテレビに釘付けになっているようだ。そのことに安心しながら、もつ煮が温まっていき味噌の香りがしてくる。温め終わったご飯に先ほどのかつお節をいれてよく混ぜる。最後に三角形になるように握り少し塩をかけて海苔を巻いていく。完成したおにぎりともつ煮を皿に盛りつけていく。それと彼用にスプーンも忘れずに用意する。恐らくだけどお箸なんてあっちにないだろう……多分。
「よし。完成と」
料理を持って居間に戻るとテレビを見ていた彼と小人さんがこっちを見た。というより小人さん寝てたよね?あれからそんな時間経ってないんだけど?
「ご飯できたけど……小人さんケガ大丈夫なの?」
「大丈夫よ。それと手当ありがとうね」
くぅ~。
「どういたしまして。それじゃあ小人さんの分の料理も持ってくるね」
小人さんが可愛い音でお腹を鳴らす。どうやら空腹で目覚めたらしい。顔が恥ずかしさで赤くなっていたのに気付かなかったことにして、僕は台所に戻り、あらかじめ小さくそれでも小人さんには少し大きいかなというくらいのおにぎりと小皿に盛ったもつ煮、お箸の代わりにコンビニで貰ったプラスチックの軽くて小さいスプーンを用意して再び居間へ戻る。
「どうぞ。小人さん用の食器とか無いからこれで我慢してね」
小人さんの前に料理を置く。2人ともすごくお腹が空いていたらしく料理を目にした瞬間、目をキラキラさせながらゴクリと喉を鳴らした。
「すごくいい匂い」
「この料理はなんて言うんだい?」
「えーと。三角形の物がおにぎりで具材としておかか、醤油、しょうがを混ぜたものと、もつ煮って言って臭みを消した豚の内臓に人参、大根、こんにゃくをいれて味噌で煮込んだものって……。そういえば、宗教とか古来から動物の肉とか食べてはいけないとかそっちの世界にはあるのかな?」
「あるけど私は問題無いわ」
「同じく」
「それなら良かった」
グゥ~~……
その間にも2人のお腹から音が鳴っている。苦笑しながら「どうぞ」と、僕が言ったと同時に、2人が勢い良く食べ始める。よっぽどお腹が減っていたんだろうな。2人が食べ始めたところで僕も食べようとする。
「いただききます」
その言葉に2人が食べるのを止めた。
「その、いただきます。ってなんなの?」
「食事を食べる前に言う挨拶だよ。理由は色々なんだけど動物や植物の命をいただくことで生かされるからとか、育ててくれた農家さんや料理を作ってくれた人に対しての感謝とか、後は飲食物を与えてくれる者である神様に対しての感謝とか、まあとりあえず色んな意味が込められた言葉らしいよ」
「そんな事をするのね」
「食べ終わった後は、ごちそうさま。ってもてなしてくれた人に感謝の挨拶もあるんだけど、そっちの世界にはそんな風習は無いの?」
「無いな。ただ無言で食事を始めたり終えたりするよりは、そのような言葉があった方がいいかもしれないな」
そう言って、2人は手を合わせて「いただきます」と言ってから、改めて食べ進める。それを見て、僕もゆっくり食事を始める。軟らかく煮込まれて味が染みたもつと大根が口の中に広がってお米が欲しくなりおにぎりを食べる。おかかに生姜の辛味が加わってうまい。
そんな感じで味わいながら食べていたら、すでに2人が食べ終わっていた。2人が満面の笑みを浮かべ満足そうにしている。
「美味しかったわ!」
「ああ。こんな上手い料理は始めてだ!」
「満足してくれたならなによりだよ」
「ただ……その……」
小人さんが口をゴニョゴニョさせながらこちらと空になった自分のお皿を交互に見る。まさか、あれで足りなかったのかな? 彼はともかく小人さんのは自信のサイズと比べて結構な大きさのおにぎりと人サイズで作ったもつ煮だったので大根、人参、コンニャク、もつをそれぞれ2つずつ小皿に入れたんだけど……。
「おかわりいる? もつ煮ならあるけど」
「いただくわ! 同じくさっきの具材を2つずつで!」
「サキ……。彼女に失礼だろう」
「気にしないでいいよ。それと君もかな?」
「……すまない。頼む」
お盆に2人の空になった皿を載せ、おかわりをよそりに台所へ向かう。
「カーター。結婚するならあんな女性にしなさいよ。少し幼いけど気立ての良い娘よ」
「サキ。異世界人で初対面でしかもまだこちらの事情を知らない彼女に失礼だぞ」
今、台所にいるのだが……二人の会話が筒抜けである。
「だってカーターがあの娘を見る時の目がいつもと違うもの。異世界の住人だろうが愛があれば関係無いわ」
「なにをいってるんだよ!」
「長い付き合いだもの。あなたの女性の好みなんて分かるわ」
「彼女は別格だろう。それこそ、男なら誰もが羨むほどのな。……って、今はそんな状況じゃないだろう」
「どんな状況なの?」
いつの間に戻ってきたの? という風に2人が驚いてこちらを見る。いや、普通に戻ってきたんだけどな。昔から友達から、気配を消すな! って言われたりするけど何でだろう?
「ああ。え~と」
「もう少し小声で喋ったほうがいいよさっきの話筒抜けだし。それより君たちの様子を見ると困ってることって食料問題かな? 君たち以外に空腹で待っている仲間がいて食料を持っていかないといけない。ただ普通の供給ができないからわざわざ異世界に来たってところでしょ?」
「え? どうしてそれを?」
「僕、小説を書いてるからね。想像力や洞察力は人一倍だよ。会ってから、今までの行動と会話に君たちの格好、それと君たちの食べっぷりを考えるとそんなところかなって」
「……想像力豊か過ぎないかしら?」
「まあ。少し勘に頼ってるところもあるけどね。それとおかわりよそったからどうぞ」
「ありがとう」
おかわりしたもつ煮を渡した後、食事をしながら彼らの話を詳しく聴く。あちらの世界のこと、自分たちがここに来ることになった理由、精霊と魔法のこと、窮地の状態である彼らに悪いと思いながらも小説のネタになるそれらの情報に興奮していた。
「と、こんなところかな」
「精霊なんて見たこと無いし。魔法なんて使ったら手品と勘違いされるよ」
「私達からしたら、このテレビや炬燵に……えーと、エアコンだっけ? 魔石を使ってないのに動いてることに驚きよ。魔力の気配が全くないもの」
「魔石?」
「魔力の籠った特殊な石だ。魔獣から採れる石なんだが、それに模様を刻んで魔力を注ぐと刻んだ模様の魔法が発動するんだ」
「それがこちらでいうエアコンや炬燵、機械の代わりになるということか」
「そういうことね。というより本当に精霊っていないの?」
「精霊が発見されたらそれだけで大ニュースになると思うよ。それに異世界の存在自体こちらの世界では確認されてないことだし……」
「それにしては、あなた……えーと」
「そういえば名乗ってなかったね。僕の名前は成島 薫だよ。性が成島で名が薫だよ。好きな方で読んでもらっていいよ」
「性が先なのね。私の名前はサキよ」
「俺の名前はカーター・リーブルだ。性があるってことは薫は貴族か?」
「僕たちの国では誰もがもってるよ」
「そうなのね。で、あな…じゃなくて、薫はどうしてそんなに冷静なのかしら? 私を見たり、存在が確認されていない異世界って言葉を聞いたりして、私達の事を不審に思ったりしないの?」
「最初は思っていたよ。でも2人がこちらに来た時にいた場所は完全に密室。それなのに2人は中にいて、精霊であるサキさんがいて……そうなると、ああもうこれは現実では考えられないことが起きてるんだな~~……って、思ったからね。それとサキさんはその時気絶していたから分からないと思うんだけど、カーターさんが凄くサキさんのことを心配しててね。それで悪い人ではなさそうだなって」
僕がそう話すと、サキさんの顔が赤くなった。
「そ、そう。それと呼び捨てでいいからね」
「俺のことも呼び捨てでいいからな」
「分かったよ……カーター、サキ」
互いに自己紹介が終わる。僕はこの不思議な出会いにワクワクしつつ、次はどんな話を聞こうかと、一生懸命考える。
「しかし、見ず知らずの俺たちを招いてくれたり、そちらからしたら未知のことなのに冷静に対処したり……女性としては肝が据わっているな薫は」
「ホント。少し若いけど綺麗な顔してまさに美女! なのに、見た目とは裏腹に度胸があるわよね。私だったら警戒するわ」
「まあそこそこ人生経験があるからね」
「人生経験って、年端のいかない女の子が使うものじゃないわ」
……やっぱりだけど、2人とも盛大に僕の事を勘違いしてるからそろそろ真実を伝えよう。
「……2人とも勘違いしてるから訂正しておくけど、僕こっちの数え方で30歳になったからね。恐らくだけど2人より年上だと思うよ……?」
「「え!?」」
「それとここが肝心なんだけど……僕は男だからね」
しばらくの間、沈黙が流れる。そう僕は30歳の男性であり見た目のせいで今まで何万回間違えられ続けただろうか。しかし、この歳になって遂には精霊という不思議な存在から見ても女性と間違えられるとは……。
「「……え!?え、えええええええええええ!?」」
2人の悲鳴がエアコンで温かくなった部屋に反響する。この周囲に他の家があったら近所迷惑だったなと思いつつ、そして女性に間違えられていたことに溜息を吐く。
これが短くも長い物語の始まり……僕がグージャンパマから来た異世界人と初めて交流した日だった。