192話 アフタヌーンティー
前回のあらすじ「アニメ的なご都合主義を多く使用しています」
―午後4時「ショルディア夫人邸宅・庭園」―
「さあ、どうぞ召し上がって」
「い、いただきます……」
僕の目の前で泉たちが緊張している。せっかくテーブルの上には美味しそうな料理が並んでいるのにあれでは楽しめないだろう。
「ふふ!マナーは気にしなくて結構よ?流石に練習することも出来なかったでしょうから」
「それはそうなんですけど……」
「まずはケーキスタンドの下段にあるサンドイッチ、その次に上段のスコーン、最後中段のケーキの順番。紅茶はおかわりする際は近くにいるメイドさんにカップだけを渡せばオッケーだよ」
「薫の言う通りよ。他にも色々マナーがあるけど、今回はそうお固い物じゃないわ。リラックスして頂戴」
「は、はい。それでは……」
泉たちは僕を見るので、僕はサンドイッチを置かれたナイフとフォークを使って自分の皿に一度載せる。その後、一口サイズにして口に入れる。
「あら。知識もそうだけど、随分慣れてるわね?」
「前の会社で同僚に誘われたんですよ。俺一人じゃ行きにくい!だから頼む!って」
「なるほど女性役を頼まれたのね。男性一人じゃ恥ずかしいでしょうから」
「女性役は否定したいんですが、その通りです……それで色々調べた事があるので」
「立ち振る舞いがキレイで、さぞ女性と勘違いされたでしょうね」
「その時はジーンズを履いてましたからご安心を。マナー違反にはなりますけど」
「どうしてですか?薫なら女性に見られるのは嫌がるから、普通は断ると思うんですが」
「ユノの言う通りでいつもなら断るんだけど、そのお店に興味があったんだ。アフタヌーンティー限定のケーキがね」
「アフタヌーンティー限定?それって高級ホテルのあれ?お持ち帰りが出来ずに、お店で直ぐに食べないといけないってやつ?」
「そう。頃合いを見て最後に出してくれるんだ。あのクリーム……最高だったな……」
あのケーキを食べた時、その口の中ですぐに溶けてしまうあのクリームに対して思わず笑顔で美味しいと言ってしまうくらいだった。その笑顔を見て一緒に来た同僚が告白してきたのを空手チョップして正気に戻したのもいい思い出だ。
「ふふっ!確かにその服装はマナー違反ね」
「でも……薫ならご令嬢とか間違えられるんでしょうね。きっと」
「ユノに同意」
ユノと泉がサンドイッチを先ほどの僕と同じように食べながら会話をする。
「あのね……まあ、こんな所でツッコミはマナー違反か……」
「珍しいのです?」
「先ほどから言ってるけど気にしないわよ?」
「ショルディア夫人のこのお茶会の気合の入れ具合を見たらとてもじゃないですけどふざけてられませんって」
「どういうことッス?」
フィーロが口をもごもごさせながら訊いてくる。レイスとフィーロ用に小さいのが用意されているが、それでも抱え持つ位のサイズがあるので、二人はあまりマナーを気にせずにとりあえず専用の小さいサンドイッチを手づかみで食べている。
「このきゅうりを使ったサンドイッチって昔のイギリスのアフタヌーンティーでは一種のステータスだったんだ。昔のイギリスではきゅうりって高額な輸入野菜だったからね。そしてケーキは旬の味覚をふんだんに使っていて、しかも高級フルーツ。さらに食器類もかなり年代物のアンティーク。このフォークやナイフなんか純銀製だよ。その証拠にライオンの刻印がしてあるし」
「ホールマークが分かるなんて博識ね」
「ある程度ですけど……って泉。そんなに緊張しなくて大丈夫だから」
「分かっていたよ?分かっていたけどさ……」
カタカタと震わせつつ年代物のティーカップに入っている紅茶をすする泉。先ほどの会議から飲んでいるこの紅茶も最高品質だと思うんだけど……言わない方がいいかな?ちなみにユノは普通にしている。
「ということで、今回のお茶会がどれだけ手間暇をかけたのかが分かっているので、客人として礼節を弁えないといけないと思ったところです」
「なるほどね。それでユノ姫様はどうかしら?」
「美味しいです。この紅茶もかなりこだわってる物ですよね?」
「私のお気に入りよ!お口に合ってよかったわ。日本の文化ばかりあっちにいくなんて不公平だもの。こちらの文化も知っていただけると嬉しいわ」
「グージャンパマは中世ヨーロッパのような町並みですから違和感皆無ですね」
「そうなのね……一度、あちらに訪問したいわ。今度、いいかしら?」
「ええ。喜んで」
「その時は、しっかりおもてなしさせていただきますわ。ねえ泉?」
「え!?う、うん!!そうだね!?」
ユノの問いかけに、先ほどからの会話を聞いていなかった泉はとりあえず、はい!と答える泉。よほどアフタヌーンティーに使われれている手間に衝撃的だったようだ。ふと、泉を見てあることに気付いた。
「これって今後、こんなお茶会に呼ばれると思うから慣れておくって意味もあるんですか?」
「それもあるわね。今後、あなた達は色んな所にお呼ばれする可能性があるわよ。それこそドレスを着てパーティーに出掛けるくらいに……それだから少しは慣れとかないといけないわね。それに、本当にあなた達とはゆっくり会話をしたかったのもあるわ」
「僕たちと?」
「ええ。座席の配置もそれを考慮したものよ」
「なるほど。直哉たちは先ほどの会議が終わったら、あちらの席に座っているソフィアさんに任せるつもりだったんですね」
チラッと直哉たちが座るあちらの席を見ると、あちらも楽しくお茶会を楽しんでいた。
「彼らもそこを理解してるから問題無いわよ。それにユノ姫様が参加されると聞いた時から少し話しておきたいと思ったのよ」
「私ですか?」
「ええ。正確にはユノ姫様、そしてレイス姫様のお二人よ。あなた達は薫と深い関係を持つ人物。そしてグージャンパマの代表として頻繁にこちらへと来ることになるわ。その時に少しでもあなた達の人柄を知ってる事で手助けできるわ」
「手助けなのです?」
「そうよ。と、その前にスコーンをどうぞ。クロテッドクリームとジャムを付けて召し上がって。そちらの精霊さんがお待ちみたいだわ」
フィーロがスコーンに手を付けようとしていた。ただあくまで付けようとしてただけで会話が終わるのを待っていたようだ。
「フィーロ、少しは持っててよ……」
「珍しいお菓子ばかりなんで……つい」
「ははは……それじゃあ僕が見本を見せるよ」
僕はスコーンを手で割って、一口サイズに。そこにクロテッドクリームとジャムを付けて食べる。
「崩れやすいからあんまり小さくしないで大きめにね」
皆もマネして食べ始める。ふとショルディア夫人の方を見ると同じように召し上がっているが、そこには僕にはないであろう気品さがある。
「美味しいッス!」
「このクリーム……バターとまた違うのです」
ジャムを塗るナイフやスプーンは大きいので、二人はスコーンを容器に入ったクリームとジャムに直接付けて食べている。
「クロテッドクリームって言ってバターとは別物よ」
レイスに優しく説明するショルディア夫人。二人の行為はマナー違反だが、はるかに小さい二人には、そのようなマナーを押し付けるようなことはしない気が伺える。
泉も次の分けたスコーンを食べるのにクロテッドクリームを塗ろうとして、何かに気付いた表情を見せた。
「どうしたんッスか泉?」
「薫兄……?」
「うん?……どうしたの?」
「先にクロテッドクリームを付けてからジャムだったよね?これって順番逆じゃないの?テレビで見た時、ジャムからクロテッドクリームだった気がするんだけど?」
「えーと……どっちもあってるはず。そこは地域差みたいなやつだね」
「薫の言う通りよ。だから順番は気にしないで結構よ」
「あ、はい。ありがとうございます」
そう言って、スコーンを口に入れる泉は、先ほどより緊張が解けているが、それでも少しぎこちなさが見える。
「それで……ショルディア夫人。さっきの話しの続きなんですが……」
「そうね……実はあなた達をパーティーに招待したいっていう方々が多いのよ」
「利益独占が目的ですか?」
「どちらかというとお近づき程度よ。親密になり過ぎると他の協力者から目をつけられてしまうわ。私のような老人には無縁だけど」
それは、あなたの組織での地位の問題だと思うんですが?と思ってしまうのだが……ここは黙って話を聞く。
「それで個々のパーティーへの招待は無しの方向にはなったのだけど、あるパーティーにだけ出席して欲しいの」
「何のパーティーにですか?」
「来年2月に行われる日本での国際会議後のアフターパーティーよ。事情を知っている者だけが集まって親睦を深めようと開かれるらしいの。主催者は菱川総理。シャルス大統領も出席するわ。そこであなた達、全員に参加して欲しいのよ。ようは来たる新たな国際会議の一歩前の準備よ。ユノ姫様のエスコート役は薫でいいとして、泉にもエスコートしてくれる方がいて欲しいのだけれど……カーターさんはご都合よろしいかしら?」
カタッ!という音がしたので振り向くと、泉がティーカップをソーサーに置いた音だったらしく、その発言に驚いた表情を見せている。
「ふぇ!?カーターさんと一緒に!?」
「あら?嫌なのかしら?」
「問題ありませんわ。私からお父様にお伝えしておきます♪」
「ユノちゃん!?」
「カーターは騎士であり貴族です。こちらの代表の一人として出てもらうのはいいかもしれません。それとも……他の殿方がよろしいので?」
「いいえ!?それならカーターさんでお願いします!」
「はい。決まりですね♪」
「ファイト泉」
「なのです」
「う、うん……!」
レイスとフィーロが泉を応援しているが、そんな恋愛イベントが発生するようなパーティーにはならないと思うが……まあ、いいだろう。
「そうしたら、必要なマナーを教えてあがるから都合のいい時に連絡してちょうだい」
「分かりました」
その後、最後の美味しいケーキを味わった所でアフタヌーンティーはお開きになり、僕たちは家へと戻ることに……。
「どこへいくのかな……薫兄?」
「そうですわよ?」
そして、避けたかったひだまりでの和風ゴスロリ撮影会へと連れていかれるのだった。




