190話 正常は異常
前回のあらすじ「サンプルは全て正常です」
―「ショルディア夫人邸宅・庭園」―
「薫?」
「どうしたんですか?急に気分が悪そうに……」
ミリーさんとユノが僕の顔を見て不安そうな表情を浮かべる。
「……これが僕が持ってる最後の報告書の束だよ。そしてゴメン」
急に謝る僕に皆が心配そうな表情になる。でも、そんなことしか言えない。
「どうしたんですか?いきなり謝るなんて……」
「それは……この報告書に関してはもっと後の世代に任せるつもりだったんだ。それこそ過去がどうあろうとも気にしないくらいの遠い先に……」
「社長もそのつもりだったのですか?」
「ああ。私の場合はドライだぞ?研究や開発が優先だから。それだけだ」
「レイスはどうなの?薫兄達が何を調べたのか知ってたのよね?」
「その報告書を明かす役目を私がと思ってたのです。私達、精霊は長生きなので。ただ、そう長く黙っていられないとは思ってましたが」
「……拝見しても?」
「どうぞ」
榊さんのその声を皮切りに皆がその報告書を見始める。
「リビアヤマネコ?」
「こっちはアーケオプリテックスって書いてありますわ?どんな動物なんですか?」
「アランダスピス?なによこれ?私も知らないわよ?」
「アランダスピス……アーケオプリテックス……これ古代の生き物ですよね」
「ソフィアさんよく知ってますね」
「博物館で知っただけですよ。でもリビアヤマネコってアフリカや中近東に生息してて古代では無いですよね……」
「こちらは……トマークタス。これは犬ですね……」
榊さんが何かに気付いて報告書を静かにテーブルの上に置いた。
「社長」
「何だ?」
「これ全部……何かしらの起源となる生物の名前ですよね?」
榊さんの言う通りでこれらの生物は何かしらの起源と言われている生物である。リビアヤマネコはその名の通りで猫の起源。トマークタスは犬、アーケオプリテックスは始祖鳥、アランダスピスは魚となる。
「ああ。そうそう人も調べたぞ?」
「……このサンプル。全てグージャンパマですよね?」
「どうしたんですか榊さん?そんな驚いた表情を浮かべて……」
泉とフィーロはその雰囲気に疑問符を浮かべている。どうやらまだ気づいていないようだ。
「そうですよ?どうしたんですか?」
ミリーさんにソフィアさんも気付いていない。いや。気付けないのかもしれない。
「あのー……皆さんこそどうしたんですか?そんなの……ありえないじゃないですか?」
ユノが気付いていないグループに、この報告書がおかしいことを伝える。
「ユノは分かったんだね」
「はい……それと待って下さい?今までの話も矛盾点が……」
「おお。榊の次に気付くとはな。お前の嫁さんいい研究者になるんじゃないか?」
「直哉。こんな時に冗談を言わないで」
「割と本気だがな」
「社長!!話して下さい!!」
榊さんが声を荒げる。じれったく長々と話を逸らしていた直哉も、先ほどからのいたずら小僧のようなにっくたらしい表情を止めて、真顔になる。
「分かった分かった。落ち着け榊。そっちも説明した方がいいか?」
「え、ええ。何がおかしいのかしら?」
「そのサンプルはグージャンパマなのよ?起源が一緒なんておかしいでしょ?」
ショルディア夫人が先に答えを言って紅茶をすする。ショルディア夫人は早い段階で何かに気付いていた。それは彼女と他のメンバーのある違いが関係するのだろう。
「ということだ」
「え……ああ!!」
「何でそんな事に気付かなかったんでしょう!?普通なら……」
ここにいる全員が気付いたところで、今までの報告書も踏まえてある不都合について話す。
「……そう。おかしいんだよ。だってあっちは異世界なのに起源が一緒なんて、そして人間も……」
「やっぱり……そうなんですね」
榊さんが紅茶を飲んで、落ち着かせようとする。それでも榊さんにはショックが強すぎたようで手でおでこを押さえている。
「まずきっかけだが……最初に薫がこの話を持ってきたんだ」
「薫兄が?」
「うん。実はお婆ちゃんの事で、ある疑問に気付いたんだ」
「疑問ですか?」
「そう。僕と泉は死んだお婆ちゃんからして孫。そして僕と泉の母さんは娘に当たる……そこまではいいよね?」
「それは当然でしょ?私達のお婆ちゃんなんだから」
「僕たちの血……いや、遺伝子にはグージャンパマの住人であり、魔物であるお婆ちゃんの血が少なからず混ざっている」
「まどろっこしいわね。何が言いたいのかはっきりいいなさいよ……もう、気付いたのだから」
「そうだねミリーさん…………僕の疑問。それは生殖隔離が起きて子が成せないのではと思ったんです」
「ゴメン薫兄。セイショクカクリって何?」
「簡単に説明すると、体の構造上に違いがあって子供を成せないとか、子供が出来てもその子供が子孫を作る能力が欠如してるとかだね」
「薫?それって……」
「うん。ユノと婚約が決まって、それとお婆ちゃんが魔物かもしれないと分かって……ふと不安になって遺伝子を調べてもらったんだ。王家の人間だとそこは気にすると思ってさ……ただ、内容が恥ずかしいからこっそりと」
「私もその薫の疑問に気になって調べたんだが……まあ、人間としての問題点は無かった。まあそれはそれでこいつが女性では無く、何故男性なのかという疑問が……あべし!!」
僕は直哉の頭をハリセンモードの鵺でひっぱたく。余計な事を言わんでいい!!
「それで問題無いって分かって、その時はホッとしたんだ……でも、その結果が異常だった」
「その……遺伝子って?」
「簡単に言うと、例えば金髪の両親の子供の髪は金髪。瞳の色が青ならその子供も青みたいに親の特徴を子供へと伝えるものかな。後は人が人であるための設計図かな」
「設計図ですか?」
「そう。人間は99.9%は共通した遺伝子を持つと言われていて、個々の違いはたった0.1%だと言われている」
「ほんの少しの違いってことですね」
「そうだね。だけど……僕の血の4分の1は魔物。そもそも異世界の住人なんだ。もっと違いがあってもいいんじゃないかって思ったんだ」
「全く問題が無い。それが逆に大問題だったって訳ね」
「私も予想してなかった結果だった。せめて違いが一つくらいはあってもいいとな。そこで色々調べたんだ。薫が持っているあちらの素材、それと空気と水に土……薫達が別の場所に行くたびに回収してもらっていた。そして私もそれを信頼できる奴らに送って、その結果をまとめていた」
「でも、どうやって?資金は?」
「紗江も共犯だ。あいつにも事情を話して会社の運営に影響が出ないようにやり繰りしてもらった。紗江も結果が出るたびに驚いていたぞ」
「そうだったんですか……」
「そしてグージャンパマで採取した空気に水が正常だったこと、そしてもう一つ直哉が調べてくれたある事実がこの正常が異常だと知らせてくれたんだ」
「何を調べたの?」
「重力だ。重力計を用いて調べたら地球と大した違いが無かった。それに面白い事に1日の時間もほぼ24時間。つまり総合的な判断としてグージャンパマは地球と同じと言っても過言ではないということだ。異なる世界でありしかも違う星なのにな?」
「たまたまじゃ……」
「異世界……そもそも、もし本当に異世界なら僕たちの常識って通用しないかもしれないんだ。だってこの世を構成している元素自体が全く別物かもしれない。そもそも僕たちがそもそも生存できるような場所なのだろうか?仮に同じだとしても地球じゃない他の惑星のような条件かもしれない……でも、グージャンパマではこの世界の……いや、地球の理が通用してしまう」
「この世界の理と全く同じ異世界で、さらに地球と全く同じともいえる星と繋がる……可能性はあっても天文学的な数字になるでしょうね」
「薫?今、本当に異世界ならとおっしゃってましたよね?それって……」
「……異世界の門は異世界を繋ぐゲートじゃなく。超々遠距離を移動できる魔法陣なんだと思う。これなら同宇宙の地球の環境と似た別の星って事なら、まだ通用するはずだからさ。無論、異世界という可能性も無きにしにあらずだけど」
「それでも同宇宙にある別惑星という方が現実味がありますね」
「そして……グージャンパマにある物の多くが地球から持ち出されて遺伝子を組み替えた存在じゃないかと……思ってるんだ」
その言葉に、僕は詰まる。
「薫兄の言いたくない理由ってそれなの?」
「だって……自分たちが何者かによって作られた存在なんて、素直に受け入れられる人もいるだろうからさ。それにあくまで仮説だよ?もしかしたら地球こそが何者かによって作られた存在かもしれない可能性だってあるんだよ?」
「どちらが真実だとしても、混乱を招く可能性がありますね」
(だな。全くいきなりこんな連絡を寄こしてくるとは……)
すると、榊さんの方から菱川総理の声がする。テーブルの上に先ほどはなかったスマホが置かれている。どうやら声はそこからしてるようだ。
「あらあら。こんにちはミスター菱川」
(初めましてショルディア夫人。こんな形での挨拶をお許しください)
「いいのよ。それにこの情報はかなり重要な内容も含んでいるわね。ソフィア?大統領に繋げられそうかしら?」
「少々、お待ちください」
すると、ソフィアさんが電話を掛け始める。すると流暢な英語で電話の相手と話し始める。すると、ソフィアさんのスマホからシャルス大統領の声が聞こえるようになる。
(話を聞こう。これが本当なら大事になるだろう……)
「薫。お二人に再度、ご説明をして下さる?」
「分かりました」
僕は電話越しに聞いている二人に先ほどの説明をもう一度行うのだった。




