189話 全てを打ち明けるその前に……
前回のあらすじ「うさ耳フードパジャマを着た薫の写真は既に方々へ送信済み」
―お昼頃「薫宅 書斎」―
「薫……」
僕が書斎で執筆に勤しんでいると、レイスが読んでいた本を横に置いて声をかけてくる。
「どうしたの?」
「あの事を話すのです?」
「話すしか……ないかな。本当はまだまだ黙っていたかったけど。どうやら説明を求められそうだしね。直哉の事だからバレないように偽名を使ったりして万全の対策を取ったと思うんだけど……」
「可能性としてはどうなのです?」
「ほぼ黒。恐らくだけど……グージャンパマが……」
「……怖いのです。それが真実だとしたら」
「だからこそ……お婆ちゃんは黙っていたんだと思う。真実を闇に葬ることであの世界の人々が幸せになれるように……」
「ユノはどうするのです?本当はユノにも……」
「伝えるよ。きっとあの子は引かないと思うから」
これら全てを納得させるような作り話で誤魔化すというのは難しい。どこかで綻びが出るのは目に見えている。
「こんにちはー!薫いますか?」
そんな話をしてるとユノがやってきたようだ。
「この話は終わりだね。後は……なるようになれさ」
「……はい」
僕はペンを置いて、レイスと一緒にユノの待つ玄関へと向かうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―約束の時間「ショルディア夫人の邸宅前」―
約束の時間。僕はユノを車に乗せてアザワールドリィ前にやってきたのだが……。
「立派な研究所だな……」
こんな田舎に3階建て新築の研究所が2棟も建っているとかなり目立つはずなのだが……近くにあるのが笹木クリエイティブカンパニーだけなのか、そこまで目立つことは無いらしいと、直哉が話していたのを思い出す。
「ショルディア夫人の邸宅は……ここですね。素晴らしいお庭ですね」
「日本通って話してたから和風かと思ったけど……普通に西洋風だったね」
柵の外から見ると、邸宅はそこまで大きくないが古めかしい西洋風。そしてそれに合うように見事な西洋風のお庭が広がっている。
「ここに新しく建てたのですよね?それにしては……」
「おそらくだけど移築したんだと思う。バルフィアグループの財力なら可能だしね」
「薫!あそこに人が立ってるのです」
レイスの指差す方向には、燕尾服を着たいかにも執事ですという人が立っていた。僕はその近くまで車を移動させて窓を開ける。
「薫様ですね。こちらにお車をお停めください」
「分かりました」
僕はその指示通りに車を停める。車から出たところで執事さんの案内でショルディア夫人の邸宅の庭へと案内される。
「キレイなお庭ですね」
「お褒めの言葉ありがとうございます。ここは奥様が旦那様と住んでいた家をそのままこちらに移築。庭もなるべく、当時と同じになるように設計されています。いわば、ここは奥様と亡き旦那様との思い出が詰まった大切な場所といえますな」
「それは凄いですね……それに、ここまでのお庭ってそうそう見れないですよ」
「それは嬉しいですわね」
お庭を歩いていると、向こうからショルディア夫人がメイドさんを連れてやってくる。
「ようこそ我が家へ。異国のお姫様をこのようにお招き出来て光栄ですわ」
「このような急なお願いを聞いていただきありがとうございます」
ユノがスカートの裾を軽く持ってお辞儀をする。
「いいえ。それにこちらこそ黙って秘密のお茶会をしようとして悪い事をしたわね」
「いいえ。別にそこを追及する気はありませんわ。それに追及するならこの隣にいる薫に問いたださないといけないようですから」
「はは……お手柔らかに……」
「ふふ。ありがとう。それじゃあ、お茶会の場所まで案内するわ」
僕たちはショルディア夫人と一緒に庭を歩いていくとガゼボが見えてくる。そこには2つのテーブルと人が……。
「直哉?」
「おお。来たか」
「どうしてここに?」
「アレの件を話す。イコール私の説明もいるということだ」
「私もいますよ」
「榊さん……総理の代理ですか?」
「そんなところです。で、そちらの二人もそれぞれの代表ですよ」
榊さんの言う二人……ソフィアさんとミリーさんがいた。
「こんにちは」
「あんたらが何をこそこそ知べてたのか訊きに来たわよ」
「ミリーさんがいるという事はアリーシャ女王にも話がいくってことか」
「何、都合が悪いのかしら?」
ミリーさんが笑顔で冗談ぎみに訊いてくる。
「……はい。本来ならユノも連れてきたくないほどに」
僕のその言葉を聞いて、和やかな雰囲気がが一転、重たい空気になる。
「どういうこと?」
「遅くなってごめんなさい!待たせましたか?」
僕たちの後ろから声が聞こえたので、振り向くと泉たちがいた。
「あら。皆、集まった所よ。さあ、席に……それと本題に入るのはチョット待ってちょうだい?お客様にお茶を出さないで話させるのはマナー違反よ」
ショルディア夫人がそう言うので、僕たちは用意されていた席に座る、すると、すぐにメイドの人が紅茶を淹れていく。僕たちはそれが終わるのを待ってからメイドさんが下がった所で話しを始めた。
「それじゃあ話すよ……僕たちが調べていたのはこれだよ」
僕はアイテムボックスから手始めに数枚の紙を取り出してそれをテーブルの真ん中に置く。
「何よこれ?」
別のテーブルにいたミリーさんが数枚の紙から一枚を取り出して、再び席に座って書いてある内容を読み上げていく。
「……以上の事からこれは水である。って何の報告書よ?」
「こちらは気体に関しての報告書ですね……こちらも異常なしと」
「うわ……セシャトを着けても意味不明だよ」
セシャトをかけてる泉が報告書を見て、その内容にお手上げを示す。
「どういう事ですか泉?」
「セシャトによって英語でも何が書いてあるかは読めるの。ただ、専門用語が多すぎて理解が出来ないの」
「ああ。なるほどッスね」
榊さんとミリーさんが難無く読み続けていく。
「私もいいですか?」
「いいけど……はい」
すると、今度はユノが泉からセシャトを借りてその文章を読み始める。
「…………確かに私も分からないです。でもこれを分析すると特に我々には害の無い物質で出来てる。そういう事ですよね?」
「私もその位しか分からないですが……」
ユノとソフィアさんも泉と一緒で細かい所は分からなかったようだが、報告書が何を伝えたいかは伝わったようだ。
「その通り。ここの報告書は全て人体に有害な物質を含んでいないという結果が出てるんだ」
「このサンプル……全てグージャンパマの物ですよね?」
「ああそうだ榊。ここの報告書にある全ての物がグージャンパマから採取したものだ」
「なるほど。確かにあっちとはもしかしたら環境が違うかもしれないですもんね……」
「でも、これで安心ね。こちらと何も変わらない世界だってことが証明されたって訳でしょ?」
ミリーさんのその言葉を聞いて、ショルディア夫人の表情が少しだけ険しい物に変わる。
「ショルディア夫人。もう少しだけ待ってもらっていいですか?順を追って話すので」
「……ええ」
「うん?どうしたの?」
「何もだよ?とにかくこの結果より、このグージャンパマはこの地球と何ら変わらない水と空気がある。土も調べたんだけどそちらも特に変わった物は無かったよ」
「なら安心ッスね。お互いの世界を行き来する事で何か害があったら大変ッスよ」
「ああ。そうだなそれはいいことだ……な」
「何か歯切れが悪いわよ?」
「気にするな。それでだ薫」
「次はこれだよ」
僕は次の報告書をアイテムボックスから取り出してそれを先ほどと同じように置く。
「まどろっこしいわね」
「ミリーさんごめんなさい。でも、もう少しだけワガママに付き合って下さい……」
「大丈夫よ。それに……これ以上は、薄幸の美少女をイジメてるようで何か悪い気しかしないわ……」
ミリーさんのその意見に全員が頷いている。
「この緊迫した雰囲気を壊さないで下さい……」
「しょうがないでしょうが。あなたがどれだけ美人なのか弁えなさい」
ミリーさんがそう言って紅茶を飲む。まさかそんな怒られ方するなんて思ってもいなかった。
「今でも薫さんが女性と信じている人達も少なくないですもんね……」
「昨日、私達とパジャマパーティーを開いても違和感ゼロだったしな……それに薫兄ったら」
マズい!泉がうさ耳フードパジャマを着た僕のことを話そうとしている!!
「それより!次の報告書を見て下さいよ!」
「はいはい。分かったわよ……で、泉?薫は何をしたの?」
「うさ耳フード付きパジャマを着てました」
「ミリーさん!何でスルーしてくれないんですか!?」
「さっきの反応を見れば、言われたくない内容だっていうことがバレバレよ?しかし……うさ耳フードか……」
皆が僕をじっくりと眺める。
「……かわいいですね!」
「ソフィアさん……実際に見ていないのに言わないで下さい!」
「そうですよソフィア」
「す、すいません」
「この話が終わったら、ぜひ、泉に写真を見せてもらいましょう。それを見てからの判断よ?」
「ショルディア夫人ーー!!」
「さてと、皆さんが薫さんをからかってる間に報告書を確認しましたが……これは植物の報告書ですね。内容はジャガイモ、玉ねぎにお米……この植物は全て、こちらからグージャンパマへ渡った物ですか?」
「そうだ。それも調べたが問題無し。薫」
「このノリ勘弁して欲しいんだけど……はい」
我関せずの二人に次の報告書を渡す。
「これは……ローゼリウスにチーク……これは元々あっちにある植物ですね。これも異常は無い……こちらはキノコですか。これは……あ、毒がありますね。アマトキシン類系となるとベニテングダケでしょうかね。ってここにトリカブトとスイセンがありますね」
「その二つは毒でしょ?」
「ええ。結果もそのように出てますね」
「え?スイセンって毒なの?」
「死亡例はあまり無いですが、口にした瞬間に強い嘔吐の症状が出ますよ。それと草の見た目がニラに似てるのでうっかり口にしてしまう事が多い植物なんです」
「泉にとっては意外がもしれないけど、植物の多くは毒を含むわよ?日本でよく見る紫陽花もあるし、鈴蘭にレンゲツツジ……そもそも銀杏やジャガイモもしっかりとした下ごしらえをしないと毒。あのタピオカの原料であるキャッサバも同様よ」
「ミリーさんよく知ってますね……」
「現地に行ったら、どれに毒があるか知っとかないと大変なことになるから当然よ」
「へえ~……」
ミリーさんは笑顔で答えているし、泉もそれで納得しているのだが、僕はミリーさんがスパイ活動をしていた事を考えると、もしかして、それらを利用して工作活動した事があるのでは?と思ってしまうのだが……。まあ、そこは考えないでおこう。
「これが薫の問題ですか?」
「そうともいえるかな……はい。次はこれね」
さらに、違う報告書を取り出し皆に見せる。
「これは動物ね。って魔獣が混ざっていないかしら?」
「混ざってるよ。そこの下の欄がそれ」
「テトロドトキシン……要はふぐ毒に近い物質が全ての魔獣から検出された。個体によってその量はまちまちという結果も出たな」
「なるほど……そんな毒じゃ食べられた物じゃないわね」
魔獣の食べられない理由にミリーさんが頷いている。
「どんな毒なんですか?」
ユノやフィーロが分からないようなので軽く説明する。
「神経毒って言ってね。僕たちの神経細胞に悪影響を及ぼして体を麻痺させる作用があるんだ。それによって呼吸が出来なくなるというのが症状かな。そして厄介なことにこのテトロドトキシンの解毒方法は無い。それだから人工呼吸器をつけてテトロドトキシンが体内で無毒化するまでひたすら耐えるっていうのが適切な処置になるよ」
「要は解毒不可ッスか……」
「そんな恐ろしい毒なんですね……だから解毒薬が効かなかったんですね。あの解毒薬なら大半は治るのに……」
「そんな万能な解毒薬が作れるのか?」
「「「え?」」」
ユノとフィーロ、それにレイスが驚いている。
「浄化の魔石を粉末状にした物なのです。それを飲むことで毒を中和してくれるのです。言ってなかったのです?」
「聞いてないぞ?というより、そんな万能解毒薬があってたまるか」
「あちらだと普通ですよ?それゆえにビシャータテア王国での毒による事件なんて、そうそうありませんから」
「誤って毒物を口に含んで、それで飲むことが一般的ッスね」
「そんなバカなーーーー!!!!」
直哉が盛大に驚く。そんなのがこっちに来てしまったら製薬会社の方々の苦労が一瞬にして水の泡になってしまう。その直哉の驚きに僕たち現実世界の住人は同情してしまうのだった。
とまあ、こんな感じで話が終わるのなら良かったのだが、次の報告書はそうはいかない。僕は最後の報告書の束を静かに机に置くのだった。




