179話 ショルディア夫人
前回のあらすじ「異世界の門の増設フラグが立ちました」
―お昼頃「カフェひだまり・店内」―
秋から冬へと変わり始める11月。木々が徐々に色づき始め、そろそろストーブや炬燵の準備を始めようかというこの時期。今、僕が何をしているかというと……。
「マスター!オーダー入ったよ!」
「おう!雪野?」
「はーい!」
「ナポリタン出来ました!」
「はーい。じゃあ運ぶわね」
「あ、フォーク忘れてるのです」
フォークを持ったレイスがこっそりと料理が乗ったお盆にフォークを置く。
「ありがとう」
「どういたしましてなのです!」
という事で、総出でお昼のラッシュ時を対応している。クロノスで祖母の遺言を聞いてから1週間。あの後、こっちに戻ってきた母さんは祖母の眠るお墓に花を手向けてから帰っていった。少しばかり元気が無かったが帰る際に、何か母さんが他に残していないか探さないとね!と言ってたし、父さんも、心配ないよ。と言ってたので問題は無いだろう。
僕はクロノスの事は直哉たちに任せて本来の自分の仕事であるウエイターと小説家をしている。来月に次巻の発売を控えているのでその準備しないと……。
それとビシャータテア王国の復旧作業の協力だが……それは王様から直接断られてしまった。そこはこちらでも対応できるから安心してくれ、それに……アクヌム討伐に対する報酬に現在困ってるのにこれ以上は……。ということだった。ちなみに泉たちもそのような理由で、あちらに行ったらつい手伝ってしまいそうだ。ということでこちらで仕事をしている。
他の方々からも情報整理して今後の方針を決めているということで、あちらでの仕事はしばらく無さそうだということだ。
「(しばらくはこの時間が続いて欲しいな……)」
忙しいがそれでいて楽しそうにしている皆の姿を見て、僕は誰にも聞こえないように今の自分の思いを口にするのだった。
しかしここで気付くべきだった。そう……それフラグだぞ。と。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―その日の夜「カフェひだまり・店内」―
「ありがとうございました!」
店内にいた最後のお客が店を後にした。ラストオーダーの時間も近いし……。
「今日は終わりかな?」
「だな。そろそろ閉店の準備するか」
「それじゃあ私、食器の片づけ始めますね!」
「ああ頼んだ。あみ。賄いを作るからちょっと手伝ってくれ。」
「分かりました」
そう言って、三人が厨房に入っていった。
「私達も後片付けしましょうか」
「うん」
♪~♪~~
店の扉の鈴が鳴ったのでそちらを見ると、そこにいたのはソフィアさんだった。
「あの……まだ、大丈夫ですか?」
「あ。ソフィアさん……どうぞ、まだ開いてますよ」
「ありがとうございます……どうぞ」
ソフィアさんが店内に入るとすぐに一歩横にずれて、その直後に入り口から年長の女性が中へと入っていく。スラッとしたその立ち振る舞い、恐らく高齢だがそう思えない髪と肌の良さが理由なのか、その女性から気品さを感じさせる。
「初めまして。ミスター薫」
「は、初めまして……」
僕がそう言うと、女性が右手を出して握手を求めて来たのでそれに僕は応えて握手をする。レイスとも握手をしたいとのことだったのでレイスとも指でやる疑似的な握手をした。
「ふふ。そう畏まらなくていいわよ?」
「いいえ雰囲気で何となくといいますか……あなたような女性にお目にかかるとは思っていなかったので」
「知り合いなの薫?」
後ろで、あっけにとられている昌姉が訊いてくる。
「今、言ったように初めてだよ。僕が見たのはテレビやネットの記事だよ……そうですよねショルディア夫人?」
「あら。私の事をご存じなのね」
「元々サラリーマンですからその手の情報は今も見てますし、それにあの大企業であるバルフィアグループですから……でも、そんな方がどうしてここに?確か代表は辞めたって記事が……」
「ええ。息子達に後を継いで、老後を主人とよく来た日本で余生を過ごそうかというのが一番の理由ですわ。ただ……VIPとしてのお仕事を頼まれましたが」
その言葉に少しだけ体を震わせる。ソフィアさんの態度でもしかしてとは思っていたが、まさかいよいよ直接接触してくるとは思っていなかった。
「それより……お食事いいかしら?」
「あ!はい!ご案内いたします!こちらへどうぞ」
僕はショルディア夫人とソフィアさんを席へと案内するのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―それからちょっと後「カフェひだまり・店内」―
「お口に合いましたかマダム?」
静かに使用したナプキンを軽くたたんでテーブルの上に置いたショルディア夫人。
「ええ。素材は一般的な物ですが、腕がいいのでしょうね……満足のいく料理でしたわ」
「ありがとうございます」
マスターが笑顔になる。相手が大富豪ということで料理を気に入ってもらえるか心配していたが問題なさそうだった。
「そんなお気になさらず。私は上流階級じゃないのだから」
それでも上位中流階級ですよね?とツッコミたいが堪える。仮にしたとしてもソフィアさんにしか伝わらなそうだし。
あみちゃんたちが食事の終えた食器を下げ終わると昌姉が食後の紅茶を出してきたので、僕は気を取り直して夫人から話を聞こうとする。
「ショルディア夫人。それでお仕事とは?」
「ええ……今度、笹木クリエイティブカンパニーの隣に新会社を建てたのでその取締役で来たのよ」
「つまり。グージャンパマ対策の代表ということですか」
「そうよ。ソフィアも今後は私を通して指示をすることになるわね」
ソフィアさんが静かに頭を下げる。
♪~♪~~
「こんばんは!」
「うぃッス!」
ショルディア夫人と話をしていると店の扉から今度は泉たちが入って来た。
「あら?二人共どうしたの?」
「ソフィアさんに大切な話があるって……」
「それで来たッスけど?それでそちらのおばあさんは?」
「初めまして。ミス泉、ミスフィーロ……私の名前はショルディア・バルフィア。今度、笹木クリエイティブカンパニーの隣にあるアザワールドリィの取締役を務めますの。以後、お見知りおきを」
椅子から立ち上がったショルディア夫人は泉たちに自己紹介して、先ほどの僕たちと同じように握手をする。
「それで……ショルディアさんがもしかして呼んだのですか?」
「その通りよ泉。私のここでの初仕事があなたたちに会って、ある物を渡す事なの」
「ある物?」
「とりあえず椅子に座って。少々驚かせることになるでしょうから」
そう言われて泉たちが座ったところで、ショルディア夫人がブランド品のクラッチバックから何かを取り出してテーブルの上に置いた……これって。
「通帳?」
「ええ。日本でオススメの銀行よ。あなたたちが資産運用とかしていないみたいだし自由にお金を引き落とせて特別に通帳が用意できるところを選んだわ」
しかし、見たことも聞いたことも無い銀行なんだけど……。
「そこにあなたたちのこれまでの報酬が入ってるわ。確認して頂戴」
笑顔でおっしゃるショルディア夫人。僕たちは通帳を開いてその額を確認……。
ガタン!!
泉が席から跳ねるように立ち上がり、通帳を凝視したまま体を震わせている。いつ倒れてもおかしくないほどだ。
「い、泉ちゃん!?」
昌姉が何事かと泉の傍によって、体を支える。その際に通帳を見たのだろう。あの昌姉が驚いた表情を見せた。無理も無い……。
「報酬……2億円」
最近の宝くじで10億とか言うが2億でも十分驚く額だ。
「それは前払いね」
「「へ?」」
前払い?何それ?
「異世界の技術を使えば多大な利益を上げられる。そう踏んだ者達が先行投資でお金を出し合って2億円を支払った感じよ。本来ならその10倍は集められたでしょうね」
「10倍……20億……」
泉があまりの額についにパンクしたようで呆然と話を聞いている。
「前払い……つまり追加もあると?」
「ええ。とりあえず20年間。毎年1億円を支払うわ」
泉がそれを聞いて遂に床にぶっ倒れてしまった。これからの20年間毎年1億円が貰える……総額で22億円。まさに人生勝ち組だろう。
「あなたたちがあちらの世界に深く関わっている人物だってことがこの前の件で分かった。となると他にもクロノスのような物があるとしたら……?それを自由に使える人物は?」
「……僕たちかもしれないですね」
「ええ。それだから今回の額は大分低く見られているわね……それでどうする?」
ショルディア夫人が笑顔で訊いてくる。確かに安く見られているのは分かっている。どれだけの企業や研究所などが関わっているか分からないが、一社当たり100万円とかの出資で済んだりしてる可能性がある。とはいっても……。
「ふっかけませんよ……僕たちの発見もたまたまなんですから」
「ふふ!面白い人達ね!もっと稼げるって言うのに」
そう言って、ショルディア夫人が笑顔で紅茶を静かにすする。確かにショルディア夫人の言う通りでふっかけることは容易ではあるだろう。しかし変な軋轢を生みたくも無いのと、一般市民であるこちらからしたらこの額でも十分な報酬である。
「それと……今後、新しい発見があればそれの価値を検討したうえで個別にその口座に支払うわ」
「まだまだ増えるんですね。使い切れないですよ?」
「持っておきなさい。下手したらあちらで活動するのにこの額では不十分の可能性もあるのですから……」
「なるほど。異世界での活動費込みってことですね」
「そうよ。けどね。その金額は活動費用込みとは言ったけど必要な支援があれば無償でしてあげるから言ってちょうだい。そんなちっぽけな金額で働かせるのだからバックアップはしっかりやらせるわよ」
22億がちっぽけ……か。ちょっと金銭感覚がマヒしそうだ。
「分かりました。どうせここで降りる気はありませんから……泉も」
その泉は昌姉たちに介抱されている。ショックのあまりついに気絶したようだ。
「ふふふ。よろしくね」
「はい」
こうして僕たちは現実世界でも大金を手に入れてしまうのだった。
「それでこの銀行……ATMで下ろせるんですか?ってキャッシュカードが無いか……」
「今度この近くに出来るから紹介するわ。そこで直にもらってちょうだい。銀行という名は使っているけどちょっと特別な施設だから」
「他に支店は?」
「この国だと都内だけよ。何となく薫は理解してるでしょ?」
「はい……これ以上は」
この近くに出来る。つまり今回の件に携わっている何らかのお偉いさんの息がかかっていて、しかもここに作った理由は僕たちとショルディア夫人のためだけにということだろう。
「一般市民だったのにな……」
これから、僕たちは現実世界でもどこへ向かって行くのか……少しばかり心配になるのだった。




