178話 遺言
前回のあらすじ「ビシャータテア王国襲撃編終わり」
―翌朝「魔導研究所クロノス 大会議室」―
「照合中……確認しました……ではアンジェ様から託された伝言をお伝えします」
翌朝、僕たちは母さんたちを連れてクロノスにやってきた。気になるという事で泉たちも一緒だ。また施設の復旧が一部完了したということで、このキレイになった各代表者も集まってこの部屋で聞く事になった。
「……本当に母さん何者だったのかね」
「明菜……」
「ん……お願いします」
「では……」
するとお掃除ロボットが投影していたセラさんを消して、変わりに別の物を投影する。その姿は僕そっくりだが、どこか優しそうな雰囲気を醸し出す金髪の異国風の顔立ちをした女性だった。
「母さん……」
懐かしそうに祖母を見る母さん。そんな中、集まった人から驚きの声が上がっている。
「そっくり……」
「ここまで来ると、驚きね」
「これが薫兄の完全体ですから」
泉。完全体って何?僕はすでに完全体だからね?進化とかレベルアップとかしないからね?
(明菜、静音……協力者とこっちの世界に来たのですね)
「静音?」
「私のお母さんです」
ご息女宛。つまり泉のお母さんもこれに当てはまる。このメッセージは二人に宛てた物だったのだろう。祖母が話し始めたので皆が静かになる。
(まず最初に……ごめんなさい。私はこちらの住人。そして魔物と言われる存在です……黙っててごめんね)
「母さん……」
(そして遥か昔に起きた過ちをあなたたちに任せてしまうことを……)
遥か昔って……コーラル帝国とユグラシル連邦の争いのことかな?
(……ただ、その話をすると大分長くなるからその件に関しては省かせてもらうわね)
省かれたか……何だろう。大切な気がするんだけど……。
(それで、私は本当の名前はアンジェ。種族は魔物で魔人に分類されるわ。だいたい2500年前頃に生まれて魔王と戦った一人です。他の仲間はほとんど名も残ってなかったけど、一人だけ……ララノア・シュパーソイ。ララノア教の崇める神、そしてここの施設の所長になるわ)
全員から驚きの声が漏れる。2500年も生きた。あのララノアはここの所長で祖母の知り合い。これだけでも凄い情報だろう。
(私達は魔王と戦って……その時の戦いが原因で私は明菜達の世界にやって来た。後でこっちに来たララノアから話を聞いたら私は魔王と戦って相打ちになったことになっていたのは驚きだったけどね)
コンジャク大司教から聞いた話の通り、ララノアは僕たちの世界に来ていた。
(しかし……後にあちらの世界に来たプライム達によって分かってしまった。魔王は死んでいなかった。この世界の人間の精神に干渉して自分達にとって都合のいい世界を作ろうとしていた。私の残りわずかな時間で私に出来る事はプライム達と協力して、立ち向かう準備を整えることだった)
このクロノスはその拠点だったってことか。
(その後、私は内緒で、異世界の門で何度も行き来してその準備を整えていた。ところがプライムたちが不慮の事故で死んでしまい。支配方法は分かっても残された私一人で……それらを解除し、教会の内部にいるであろう魔王の配下を倒すというのは無理だった。それでもどうにかする準備もしてたけど……思った以上に体はボロボロだった。これを残している今……こほっ!)
祖母が口から血を吹き出した……。母さんがそれを見て思わず前に出て支えようとするが、ホログラムであるそれに触れることは出来なかった。祖母の見た目は若くても内部はボロボロだったのか。
(もっと……色々伝えないといけないことがあるんだけど、まだやらないといけないことがあるから用件だけを伝えるわ。この施設には立ち向かうための色々な物を用意しておきました。あなた達は協力者であるそこにいる魔法使いと一緒に用意していた道具をあちらの世界に運び出してその魔法使いと共にすぐにでもこの世界の事を、そしてあちらの世界に危機が迫っている事をどうにかして伝えて下さい。せめてあっちの世界だけでも無事に……)
「母さん……」
(万全とはいかないと思うけど…………お願いね)
そう言って、ホログラムの祖母が涙を流し……そしてそこでホログラムは消えてしまった。
「……大丈夫だよ母さん。母さんの孫たちが……母さんの思っていた以上に大活躍してくれたからさ。大勢の味方がいるよ。だから……静音と一緒に見守っててよ」
「……そうだね」
父さんが母さんを後ろから安心させるように抱きしめている。
「これで色々分かった気がするよ……」
「薫兄?」
「最初のアダマスのメッセージ……あれも準備不足だったのかもしれない。ここを有効活用してくれなんていくら何でも情報不足な気がしてたからさ。それに祖母が用意しているはずの協力者がいない……あのメッセージってもしかしたら病気で寝たきりになる直前だったのかもしれないね」
それでも……まだ違和感はある。この施設の情報が幾つか消されていたり、このメッセージの最初の部分である過去の過ちについての説明がない。何でそこまで過去を話したくないのだろう?
「でも良かったよ……母さん。こっちを犠牲にして私達の住む世界を守ろうとしてたみたいだからさ。薫の破天荒な行動が色々といい方に向かってるようでさ」
母さん。僕はそんなに破天荒は行動はしていないはず……。
「「「「全くその通りで!!!!」」」」
あれ?全員が同意している!?僕、そんな破天荒な事をした?
「当の本人は自覚無しだな……」
「ええ。それにあのメッセージの配下って恐らくロロックのことでしょ?アンジェさんが言ってたそれを徹底的に焼き尽くしたっていうのに……」
「薫兄……」
泉が哀れな子羊を見るような目でこちらを見る。が。
「泉?僕が麒麟を出す前に焼いてたよね?」
皆の視線が今度はそちらに向かう。確かカーターの魔法を利用して熱旋風でこんがり焼こうとしたよね君?賢者たちもそれを思い出して、何か納得した表情を見せている。
「母さん……母さんが心残りだったロロック?っていう悪魔を薫達が焼き殺したから安心して……」
「おばちゃんが安心できないよ!それ!」
おばあちゃん……きっと天国でどう反応していいのか困っていると思いますが……どうか心穏やかにお過ごし下さい。と心の中で祈るのだった。
「あの~……」
再び映し出されたセラさんが、何か申し訳なさそうな表情で声をかけてくる。
「どうしたんですか?」
「もう一件。音声無しのただのメッセージがご息女宛に……」
「え?誰からだい?」
「マクベス様からです。どうやらこのメッセージが開かれたら自動的にこのメッセージも開くように設定されていました」
マクベスからメッセージ……一体そこに何が書かれているのだろうか。
「何だい?そのマクベスのメッセージって?」
「そ、それが……」
困った表情をし続けるセラさん。どうしたのだろう?
「メッセージ……じゃないんです。その……」
「あ~。まどろっこしいね。何なんだい?」
「……てん…」
「てん?」
「……転移魔法陣。異世界の門と魔法陣の解説が書かれたデータです……異世界の門は第一級の禁忌内容なので、このようなデータにするのはとんでもないことなのですが……それとここの禁書保管庫の閲覧許可が下りました。それにより禁書保管庫の扉のロックも解除方法も分かったので、先ほど解除しました」
「「「「解説キターーーーーー!!!!!!」」」」
この部屋にいる賢者や研究者が大声を上げる。
「うお!?」
「すごい熱気だね……」
母さんたちがその暑苦しい熱意を見て引いている。
「しょうがないよ……禁書保管庫に転移魔法陣とかの情報があるのは分かっても、その扉の開け方がセラさんも分からなかったから血涙を流しながら諦めてたからさ」
その扉を壊せばいいのでは?と乱暴な意見も出たのだが、そんな事をすれば、中の本が読めなくなる仕掛けがあるということで泣く泣く諦めてたのだった。
「血涙って……比喩じゃなくて?」
「大人数で流されると恐怖しか無かったよ……」
「あの~……それで……やっぱり見ますよね?」
セラさんが涙顔で皆に尋ねる。
「「「「もちろん!!」」」」
「皆……母さんの意見を訊いて……」
「なのです……」
「ということで……どうするッスか?」
「いいよ。これも母さんの用意してた物だろうしね」
「分かりました……はあ~。これ第一級の禁止事項のはずなんだけどな……」
「僕の権限も使って開示の方をお願いします」
「分かりました。現所長の命令でもありますし……」
セラさんが目の前にパネルを出して、何か操作する。
「これで皆さんにお渡ししているタブレットから見ることが出来ます。ただし!危険な技術ですのでくれぐれも取り扱いに注意して下さい!」
セラさんが熱心に注意しているが、賢者と研究者はタブレットを熱心に見ていて聞いていない。
「な、な……魔法陣のここにこんな意味があるなんて!!」
「なるほど……これは盲点だったわ」
「聞いてませんね……これ……」
「頑張って!応援してあげるから!」
「そうッスよ!」
「ありがとうございます……」
そう言ってセラさんが自分の手で涙を拭う。ホログラムなのに凄い再現率だ。
「セラさん。僕たちにも見せてもらっていいですか?」
「あ、はい。こちらです」
セラさんの前にディスプレイが広がり、そこに様々な絵と図が付いた文章が表示された。僕はセシャトをかけてそれを読み始める。
「なんて書いてあるの薫兄?」
「どうなんだい?」
「チョット待って……へ~……なるほど」
文章の必要な所だけを選んで読んでいく。
「図形は文字を表現してるんだって……それで魔法陣を象る円や三角に星型などは組み合わせによってどこの言語を使用するかを選択できるんだって」
「へ~……そうだったんだ」
「文字の配列を変えても同じ内容になるのはそれが原因みたいだね。現実世界のローマ字の「I」がこっちだと7つの言語で使われてるみたいだし」
「絵を描けば魔法が使えるなんて不思議だね~……」
「母さんの言う通り不思議だね……本当に」
「なのです……」
僕とレイスはその事に対して反応に困る。母さんの言う通り不思議だ。何で……何で魔物の体内から取れた魔石に言語が通じるのだろう。
「おお!これをこうすれば……他にも設置できるぞ!」
おーー!!!!と賢者と研究者達から声が上がっている。
「うちにも設置してもらえないかな?」
「明菜。魔法使いじゃないと使えないからあっても無理だよ」
「そうなんだよね……やっぱり同居か」
「私の所に設置して欲しい!薫兄の家に行く手間が省ける!」
「そうッスね!」
皆も異世界の門を設置できることに夢中なせいか、それともそういう物だと捉えてしまっていて、深く考えていないのか。見る限りだとそこに疑問を浮かべている者がいない。いや……一人だけいた。直哉だけはその集団から少し外れた場所で思考している。
「(この世界……やっぱりおかしいのです)」
「(そうだね。あれのサンプル結果も特に異常ないって直哉が言ってたし……)」
嬉しい新たな発見。それに付随して生まれる新たな疑問。……このグージャンパマに対して僕とレイス、そして直哉もその歪さに不安を感じるのだった。