153話 零鳥・シルフィーネ
前回のあらすじ「3体目の召喚獣」
―「アリッシュ鉱山・最奥の間」―
「ピィーーーー!!」
シーエさんたちが召喚したシルフィーネが鳴くと同時に周囲の温度が一気に下がる。鉄壁を掛けているのに体が震えてしまう。
「レイス!だいじょ……!?」
レイスは僕に何の了解を得ずに、僕の胸元へと入って避難する。
「か、かお……る…」
「ミリーさん!は、はい!どうぞ!あとホッカイロも!」
「あ、ありがとう……」
盗賊仕様の薄着であるミリーさんは僕からブランケットとホッカイロを奪い取る勢いで受け取ってそれらを使用する。しかしそれでも青ざめて、体をガタガタと震わせている……ここにいると僕たちが凍ってしまいそうなのでその場から大急ぎで離れる。
「三人ともこっちです!」
この広間入り口付近まで下がり、ユノたちとこの戦いを見学する。
「寒い……」
「ユノ様の言う通り寒いですね……」
「あ、温かい飲み物を用意してるのでどうぞ」
アイテムボックスから水筒に入れた温かいお茶を皆に配る。
「本当に準備がいいな」
領主様がお茶を受け取り飲み始める。
「長時間、ここで調査すると思ったから用意してたんだ」
「本当に助かりますわ」
「これが女性なら本当に喜ばしいことなのですが……」
「諦めるのです。薫は美女に間違いないのですが男なのです。それに既にユノとお付き合い中なのです」
僕の胸元から顔を出したレイスの言葉を聞いて領主様たちががっくりと肩を落とす。何でクオーネ様も、男か……。って言って残念そうにするのかな?
「レイス……この頃、僕の扱い酷くない?」
「気のせいなのです。それより……」
再びシーエさんたちの戦いを見る。僕たちの魔法で足を動かせない巨人は近くにいるシーエさんたちに標的を変えていた。
「そんな攻撃!痛くも痒くも無いわ!!」
「シルフィーネ!アイスフィールド!」
シーエさんの声と共に更に気温が下がり始める。すると巨人も徐々に動きが鈍くなっていく。
「な、なんだ?」
「シルフィーネは全てを凍らす極寒の支配者をモチーフにした召喚獣だぜ?対策ナシならどんな物体もカチコチにしちまうぜ?」
いつの間にか完全防寒をしているマーバの声を聞いて、まだ動く手を動かして体をシーエさんへと動かし剣で攻撃を仕掛けようとするが、そんな機動力では簡単に距離を取られてしまう。
というよりマーバの言うあれのモチーフは現実世界のゲームからだろうな……あれ、見た事があるし。確か初っ端に全体を瀕死状態にさせる魔法をかけるボスだったような……。きっと泉たちの悪知恵だろう。
「往生際が悪いですよ?アイスブレス!」
シルフィーネが口元からブレス攻撃が繰り出される。それによって巨人の両手も動かなくなってしまった。
「くっ!!しかし!それでも俺には攻撃が……!!」
「寒くないのか?」
「え?」
「その巨人の中がどれほど快適かは知らねえけど……これより寒くなったらどうなるかだぜ?」
「まあ、既に巨人は前倒しになってるせいであなたがそこから脱出することも出来ませんがね……」
「……」
巨人の中にいる河豚野郎から何も声が発せられなくなる。どうやら中はある程度、温度が調節されていたようだが、さきほどより寒くなっている事に気付いたのだろう。
「王家への反逆者に……極冷の眠りを」
「ま、待て!!」
「シルフィーネ」
シルフィーネがより青く輝き始める。それは時間が経てば経つほど輝きを強くする。
「じゃあな!おっさん!じっくり死の恐怖を味わってくれだぜ!」
「や、止めろ!!」
「アブソリュートゼロ!」
シルフィーネがその輝きを爆発させるとシルフィーネを中心に細氷を含んだ強烈な暴風が起きる。巨人の近くで爆発させたその力はものすごく、広間内に設置された灯りに照らされてダイヤモンドダストが青く輝いている。
「凄い……」
「キレイ……」
周りからはその美しさに対する賛辞しか出ないが、あの近くに行けば何もかも凍らしてしまう死の空間である。その証拠に地面に厚い氷が出来ていて巨人はそれに胴体の一部が飲み込まれていく。しかし、それを知りつつもその光景はとても幻想的で美しかった……。
そして風が止むとシルフィーネは一回だけその場で旋回をして消えていった。そこには横たわり氷漬けになって動かなくなった巨人とそれを見つめるシーエさんたち……戦闘は終了したようだ。
「ねえ?薫」
「どうしたのミリーさん?」
「あれ……生きてると思う?」
「巨人の中がどうかかな……」
僕は後ろから聞こえるミリーさんの問いに答える。流石にあれはどうだろう……。
「いや……私が行ってるのはアレなんだけど?」
「アレ?」
ミリーさんの方を振り返るとミリーさんが壁に向かって指を差している。その方向を見ると壁にめり込んで苦悶の表情を浮かべたセバスチャンが……。
「……ご愁傷さまでした」
「安らかな眠りを……アーメン」
忘れていた。特に防寒装備をしていないようだし、あれだけの冷気にさらされたら死は免れないだろう。でも……。
「こんな事をしたのだからしょうがないよね?うん。そういうことにしとこう……」
「これは……そう。事故よ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―夜明け頃―
「領主様。ご無事でよかったです」
あの後、ロックさんたちと一緒に冒険者ギルドのマスターと所属の冒険者十数人もやって来て鉱山内の残党狩りを始めた。僕たちも加わって一晩中戦闘。すでに時間は朝の6時を差していた。
「すまなかったな。まさか身内に裏切者がいたとは……ユノ様達のお陰で事なきことを得たのが唯一の救いだ」
そう言って、領主様は凍死寸前の首謀者兄弟を見る。あの後、どうにかしてあの巨人の中から河豚野郎を取り出せないかと考えてたら、領主様が外部からも開けられるスイッチが付いているのを知っていたので開けてもらって引っ張り出した。引っ張り出した時のこいつは体を縮こまらせた姿勢で動かなかった。
「良く生きてるわね……私だったら死んでいたわ」
「それが普通だと思いますよ?私達も今回は手加減無しでたからね」
「反逆者への罰としては当然だけどな」
「それでこいつらを引っ張っていくがいいか?」
「ええ。お願いしますロック先生」
「任された。これが一段落したら一緒に飲むぞ!いいな?」
「はい」
「よし!それじゃあ先に行ってるぞ!」
ロック先生たちと冒険者ギルドマスターが首謀者兄弟を連行という名の引回しで連れていった。
「ふう……私達も宿に戻りましょうか?」
「ふぁ~あ……眠いのです」
レイスが欠伸をしている。他の面々も疲れた様子を見せている。
「そうですね。けど、あれはどうしましょうか?」
ユノの言うアレ。そう巨人である。すでに蝗災は解除済み、覆っていた氷も河豚野郎を捕まえるためにセイクリッドフレイムで溶かして寝転がしたままにしてあるのだが……あんなのをどう処理するか困っているのである。
「巨人のコントロールが出来るペンダントは既にここに回収済みです。もう、問題は無いかと……ただ、これ自体をどうするかなのですが……」
「そうだな……なあ、薫?あれ欲しいか?」
マーバが巨人に指差しているかどうかを尋ねてくる。
「欲しい!!巨大ロボットは男のロマン!小説のネタとしても……って、面倒だからあっちにもっていってとか考えないでよ!?そういえばミリーさんは?」
「パスよ。グージャンパマで国を復興しようとしてるのよ?こんなのを持ってたら軋轢を生むじゃないのよ」
「そもそもこっちにあると面倒だし。それなら薫宅に置いてもらうと面倒ごとが解消じゃねえか?」
「あっちなら機動兵器で十分脅威だし面倒だからね!?そもそもあの魔法陣に入らないから!!」
この大型トラック程の巨人ではカーターの家に設置された異世界の門には入らない。仮に持っていくならあれよりデカいのを用意しないと無理だろう。
「だが……俺としても助かる。勇者は中立の立場だしな。所有者が勇者という事でも良いと思う」
「いや……でも……」
「まあ操作して見ないか?少しは気持ちが変わるかもしれないぞ?」
「うっ!それは……」
したい!実際にあのサイズのロボットを動かす!男としてすっごく興味がある!!領主様がこちらへとペンダントを差し出してくる。
「……一回だけ」
自分の欲望に従いペンダントを受け取る。とりあえず立たせてそれから……!!
「っつう!!」
「どうした!?」
「大丈夫ですか薫?」
「う、うん。大丈夫。指を切っただけ」
持った瞬間に指を切った感触。いや?まるで触った瞬間に意図的に切られたような……。
「しかしそれで切ったことは一度も無いんだが……」
「とりあえず、止血しましょう。血が出てますよ」
「ありがとうございます。シーエさん」
シーエさんがポーションをアイテムボックスから出して手当てをしてくれる。その治療の光景をほほえましく皆が見てくる。
「眼福です……」
「分かっててもこれはな……」
変な感想が出て来るね!!あ~……マーバは何ってからかってくるかな……?
「……?」
しかし、一向にマーバがからかってこない……マーバを見ると広間の奥を見ているようだ。
「……なあ。薫?」
「何、マーバ?」
「お前。それで巨人に指示したのか?」
「え?」
後ろを振り向くと倒れていた巨人が起き上がって、こちらへと歩いてくる。
「どうなのです薫?」
「何もしてないよ!指を切った痛みと驚きでそれどころじゃなかったから……」
「それって勝手に動いてるってことでしょ!」
ミリーさんが銃を構える。しかし、巨人はゆったりと足取りでこちらへと向かってくる。手当を終えた僕も鵺を黒剣にして構えるが、巨人はそれでもゆっくりと歩き……そして、僕の目の前で跪いた。
「え?」
何が起こっているか分からない僕たち。皆が僕を見るので、こんな指示をしていないと僕は首を横に振る。
(……ア…ア、ガ……)
「こいつ喋れるのか!?」
領主様が驚いている。どうやらこの機能については聞いていないようだ。皆が黙って固唾を呑み、この巨人から発せられる言葉を待つ。そして……。
(…………承認完了。コーラル帝国第一級技術者ララノア様直属ノ書記官アンジェ様ノ関係者ト確認イタシマシタ)
「え?ララノア様直属……!?」
巨人からの思ってもみなかった言葉……でも、それだけにとどまらなかった。
(現権限者デアル、セラ様ヘ報告……直轄機関マクベス様ニ緊急報告…………マクベス様カラノ通信ガ切断サレマシタ……マクベス様ヨリ緊急指示ガ一件……セラ様ヨリ指示ガ一件…………アナタ様ノオ名前ヲ………)
「僕?」
巨人はその赤く光る一つ目でこちらを見てくる。
「薫……成島 薫」
(ナルシマ カオル…………現時刻ヲ持ッテ「魔導研究所クロノス」ノ所長ヘ登録。現施設ノ権限ノ全テヲ譲渡シマス。コレニヨリ、セラ様ハカオル様ノ秘書ニナリマシタ。マタ、ワタシモアナタ様ノ物ニナリマス)
「は……はい~~!!??」
僕はただペンダントを持っただけなのにどこかの研究所と巨人を手に入れることになるのだった。




