149話 蝗災
前回のあらすじ「薫は魔物退治で……ガッチリ!」
*明けましておめでとうございます。本年も変わらず連載をしていきますのでよろしくお願いします。
―アリッシュ鉱山に行く2週間程前「イスペリアル国・冒険者ギルド 解体所」―
「二人共?これどうやって仕留めたの?」
「えーと。魔法で」
「なのです」
「それは分かるわよ?どうして討伐された中級ランクであるクラックウルフがキレイな状態なのか訊きたいのだけど?それに……」
ゼシェルさんが少しだけ間を置いて、疑問になったことを訊いてくる。
「なんであんなに苦しそうに死んでるのが多いのかしら?」
ゼシェルさんに前には、クラックウルフの死体二体がテーブルの上に置かれていて、その二体は目と口をこれでもかというくらいに見開いて絶命している。
「まあ……新魔法を試してまして……」
「それの実験台になったのです」
「どんな魔法を唱えたらクラックウルフの大集団をキレイに殲滅出来るのかしら!?」
いつもふわふわとしてどこか昌姉に似ていて、大体の事は受け流すゼシェルさんが声を荒げて訊いてくる。
「ただの土属性の魔法ですよ」
「ただのでこうならないから!それにこれ土属性の魔法を使ったのに汚れていないじゃないの!?」
「まあ……そういう目的で作った魔法ですから」
あっちでのヘルメスとの戦いで、僕たちの持つ魔法が周囲に多大なる被害を生みかねないので、どうにか被害を抑えられてかつ利便性の富んだ魔法が創れないかをレイスと思案したところ生み出された新魔法なので痕跡を極力残さないようにはなっている。
「はあ~~……素材をキレイにはぎ取れるのはいいのだけど……情報以上の数になっていた中級の魔獣の群れをここまでキレイに倒すなんて」
ゼシェルさんが腕を組んで考え始める。僕たちは次に何を言われてもいいように出されたお茶を飲んで喉を潤しておく。
「とりあえず、倒したクラックウルフの死体は全てこちらが買い取るわ。確か数は……」
「32体だよ」
「それじゃあ、一体金貨10枚で買い取るわ。この魔獣って土属性の魔法を使って足場を作って攻撃を繰り出してくるからここまでキレイに出回ることは無いのよ。貴族や大商人なら毛皮で25枚は出すわね」
「いいんですか?そんな事を言っちゃって?」
「いいのよ。あなた達の場合はこの位打ち明けた方が、こちらを信用してくれそうだし。それに口も堅そうだしね」
「分かりました。公言しませんのでご安心を」
「私もなのです。王家の人間として恥ずかしい行動はしないのです」
「ふふ。よろしくね。金貨は商業ギルドにあなた名義の口座に入れておくわね。また何かあったらお願いするかもしれないけど」
「暇な時なら大丈夫なのです。それにこの魔法の強化版を試してみたいので」
「え?」
「エンチャントリングがあればいけそうな気がするんだけどね……それと名前をどうしようかな?」
「家に帰ったら決めるのです。麒麟みたいなカッコイイ名前の方が似合うと思うのです」
「そうだね。それじゃあゼシェルさん。僕たちはこれで」
「あ!ちょ!?二人共!?」
僕たちはそのまま執務室を後にして、今度のユノのお願いに備えて準備をするのだった。
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―現在に戻って「アリッシュ鉱山・坑道内」―
「……という事があったんだ。だからそれで金貨が320枚が手に入った訳」
ゼシェルさんに口止めされた内容は省いて、この前の事を話す。
「そうか……お前らそんな危険な魔法を作っておいて、さらにそれより危険な召喚魔法を作ったのか……」
マーバが何かを悟ったような顔を浮かべる。坑道内に設置された灯りが眩しいのか目を細めてどこか遠くを見ている。
「クラックウルフって最弱の土属性魔法を唯一有効活用できる魔獣で有名だよな……それを悶死……?」
「勇者……こえぇ~……」
「うちの母ちゃんといい勝負だな……」
「私にそれを使われなくてよかったわ……本当に」
各々が僕の話を聞いて感想を述べていく。この魔法を創る要因の一つにミリーさんの件が関わってるんだけどね。
「とりあえず、それがどんな魔法か気になるから、次のサイレントバットに使ってくれよ?」
「いいよ。空を飛ぶ相手にも考慮してるから……」
「誰かーー!!うっ!!」
「このクソアマが~~!!」
「いやーー!!」
突如、坑道内に声が響く。誰かが争っているのか!?
「今の悲鳴って……」
「ユノ?今の声が誰の者か分かるの?」
「クオーネの声に似てました…」
「今の声からするとすぐ近くだ!!」
「ロック!多分この先の坑道だ!そこに進入禁止エリアがある!」
「急ぐぞ!!」
僕たちは坑道内を声がしたと思われる方へと走って移動するのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―「アリッシュ鉱山・坑道」クオーネの視点―
「くっ!!」
「手間を取らせるな!この!!」
粗暴な男がそう言って、私を何回も蹴る。そのうちの一回が私のお腹に強打して猛烈な痛みを起こす。
「かはっ……!」
「おい!人質なんだから乱暴にするなよ!」
「へっ!どうせ用が済んだら用済みだろう?それにこの計画もほぼ終わりだしな!!」
男が私を歪んだ笑顔で蹴る。何回も何回も……どこが痛いのか分からなくなるくらいに……。
「うっ……」
どうしてこんなことに……?あの日、お父様が危篤という知らせを受けて急いで帰ってる道中でこいつらに攫われて、そして私はお父様たちに言う事を聞かせる為の人質に……。
ふと男と目が合う。男は、何だその目は?と言って顔を蹴り上げる。……怖い。お父様やお兄様はどうされてるのだろう……色々な考えが頭をよぎり消えていく。冷えていく体の感触を感じつつ目からは涙が溢れ出す。
「ははは!いいね!この女のこの無様に泣き崩れる顔はたまらねぇ!」
「はあ。ったくこんなんだからここで見張りなんかに。というよりさっきの悲鳴が漏れたんじゃないか?」
「はは!こんな所にいるのは俺達の仲間だけだろ!?」
「いや……!そうでもないようだ!おい!そこにいるのは誰だ!?」
一人の男が怒鳴り声を散らす。それを聞いて男共はそちらへと注意を向ける。
「……まさか、あの時の酔っ払いがこんなクズ野郎だったなんてね」
「てめぇ!あの時、酒場にいたアマか!?ちっ!他の見張りは何してるんだよ!」
顔も蹴られたせいで腫れた目で見えたのは一人の女性。服装は一般的な物だがその容姿は、こんな状態なのに嫉妬してしまうほどの美女だった。するとその女性と目が合い、その女性は酷く不機嫌そうな表情を浮かべた。
「……酷い。女性にここまでするなんて」
「はあ!女性なんて男性を楽します道具だっつの!」
「……こいつほどの悪趣味じゃないが同意見。しかしここへどうやって?」
「そんなのは後々!とりあえず、とっ捕まえて犯してやろうぜ!あれだと人質ってことで手が出せなかったしな!!」
「そう……そんなに地獄を味わいたいんだね?」
「そうみたいなのです」
すると、女性の声とは違う声が聞こえる。どこにいるのかと思ったその声の持ち主は彼女の背中から飛び出してきた。それは小さく飛んでいる。
「精霊?」
「まさか魔法使い?」
「だとしたら?」
男達はそれを聞いて、すぐさま魔石のついた武器を構える。対して女性はどこから出したのか分からない黒い剣を左手に構える。
「黒い……剣!?」
「どうした!何、女の魔法使い相手に怖気づいてるんだよ!!たかが一人だぞ!」
「だ、だって黒い剣を持つ魔法使いって!!」
「さあ……懺悔の時間だよ!!」
そう言って、女性はまたまたどこからか大量の砂を地面に出し、それと同時に光る何かを撒き散らす。
「土属性の魔法?」
「おいおい最弱の属性魔法使いかよ!」
「ふ、二人共!逃げよう!!」
「何を言ってるんだ?土属性の魔法使いなんて……」
「あれには敵わねえ!!まさか……勇者が来るなんて!!」
「「え?」」
勇者……あの方が?
「今さら遅いと思うのです」
「同意見だね……愚かな者どもに無限の苦痛を……蝗災!」
呪文を唱えた後、勇者の用意した砂がまるで小さな虫の大群のように動き始める。
「ひっ!」
「狼狽えるな!ウィンドカッター!!」
「アイスランス!」
男共から動く砂に向かって攻撃が繰り出される。しかし、その砂は分裂してその攻撃を避ける。
「当たらねえ!」
「バカ野郎!こういう時は魔法使いを狙うんだ!ファイヤーボール!」
今度は勇者に向けての攻撃。しかしそれは動く砂が替わりに受けて消えてしまった。
「セイクリッドフレイム!」
勇者が赤い魔石を前に出して魔法を唱える。そしてそれは激しく……何故か自分の魔法である動く砂を燃やしていく。
「自分の呪文に攻撃だと!?」
「さあ、永遠の渇きに苦しむがいい!」
勇者の言葉と共に砂が男共を襲う。それは激しく男共の周りを回る。 男共はそれを手で払うが、正直に言って、小規模な砂嵐をそんな方法で振り払えるとは思えない。
「タ…タスケ!!」
「痛イ!!焼カレ……ル!!」
「くっ!!」
男の一人がそこから突破して勇者へと向かっていく、その姿は衣服はボロボロに、そして肌は赤く軽い火傷をしていた。
「この!」
男が突っ込む。すると勇者の武器が形を変えて槍のような形になる。
「はっ!」
男の足元を薙ぎ払う攻撃。それを男は器用にジャンプして避けるが勇者はすぐに体勢を整えて、その槍のような物で相手の腹を勢いよく突いた。
「がはっ!!」
「てぃーー!!」
トドメの頭への振り降ろし。男はそのまま地面に倒れる。
「くっ……」
「Fatality……かな?」
勇者が手を前に出すと、動く砂が倒れた男を覆い尽くす。その動きはまるで死体にたかる虫のようだった……男も最初はじたばたと動いていたが、次第に動くのを止めてしまった。
「クオーネ!」
男共が奇怪な方法で退治されて、驚きのあまり頭の中が真っ白になっていた私は無意識に声のする方へと振り向く。そこにはこちらへと走ってくる。見覚えのある顔……。
「ユノ……様?」
「しっかりして下さい!」
「どうして…ここ……に?」
「それは後です。とりあえずこれを」
ユノ様がポーションを私の口に付ける。私はゆっくりと流れてくるそれを飲み込んでいく。
「う!うう……」
沁みる!口の中も切ったみたいであっちこっちが痛い!
「ゆっくり……もう大丈夫ですから」
私はそれを聞いて安堵と同時にまた涙を流し始めるのだった。
―地属性魔法「蝗災」を覚えた!―
効果:均一にした砂に魔石の粉末を混ぜる事で使用可能な土属性魔法。蛇のように巻き付いたりのしかかったり、魔法名の通りバッタの群れのように集団で襲ったりできます。また炎の魔法で高温にすることで相手に火傷を負わせたりできるので状況に合わせて使用しましょう。なお回収時は魔法の力で砂と魔石の粉末に分けてからそれぞれのアイテムボックスに入れましょう。




