143話 滅亡の裏で
前回のあらすじ「課題:薫の負担軽減」
―「薫宅・居間」―
「申し訳ありませんでした」
会議の始めにアリーシャ女王とスパイの二人から謝罪から始まり、その件に関しては僕と直哉が被害を取り下げる事でお終いという事にした。
「それでなのだがレルンティシアはあの大火で焼け落ちた。あの時、アリーシャ女王は一体どんな手段で脱出を?いや、我らの事を恨んでいないのか?」
ローグ王がアリーシャ女王に尋ねる。実はローグ王はレルンティシア王国にはびこる黒死病を殲滅するための作戦に当時は軍隊長として参加していたらしい。ということはローグ王にシーニャ女王、ソレイジュ女王、それにアリーシャ女王も最低でも700歳以上ってことに……。いやいや。そんな事を考えてる場合じゃないか。
僕は首を振って頭の中の邪念を振り払い、会議に集中する。
「……恨んでは…います。あの大火で大勢の国民が死にましたから。ただ、こちらの科学技術を得たことであの時発生した病気ペストがどれだけ恐ろしいかも分かりました。そしてあの時にはすでに手遅れという事も……」
「手遅れですか」
「はい。恐らくですがあちらで発生したペスト菌は変異してました」
それを聞いた総理と大統領が驚いた表情を見せる。その場にいた彼女たちがこっちにその変異ウイルスを持ち込んでいないか考えたのだろう。
「だけど安心して下さい。変異種はあの時の大火で死滅してると思うので」
(そうか……しかし、どうして変異してると?)
「最初のうちはこちらのペストと変わりはありませんでした。でも末期状態では感染者全員が敗血症ペストと言われる症状を確実に発症させて……黒い痣が腐って落ちていき全身が生きながら崩れていくという症状を発症させていました」
「それって生きているうちに体が腐っていくってこと……」
アリーシャ女王は泉のその問いに首を縦に振って答える。
「さらに彼らはその状態にもかかわらず急に人々を襲うようになり、それによってケガを負った者も感染。それが繰り返されて……」
「まるでゾンビだね」
(そんな物……もはや細菌兵器じゃないか)
「現在、こちらでは確認されていない以上こちらには発生はしていないかと」
(そんな物が発生してたら大騒ぎだ!いや、歴史上に載っていただろうな……)
大統領が少し興奮気味に答える。黒死病は歴史の教科書に載るくらいに有名な病気だ。そんな症状が起きたら間違いなく何かしらの記録に載っていただろう。
「細菌兵器の恐ろしさが、こんな形で証明されてしまうとは」
「あの時には国民の多くがすでに感染または死亡。無事な私を含めた数十名は大火から逃れるために国を捨て、異世界の門によってイチかバチかの異世界への避難を決行しました」
「すると、その後は大火によってレルンティシアの全てが消滅。こちらの地図上からレルンティシアは完全に消えたという訳になったってことになるのか」
ローグ王は腕を組み納得した表情を見せる。すると今度はソレイジュ女王がアリーシャ女王に質問をする。
「それでこちらに来たあなた達には何があったのですか?」
「こちらに降り立った場所は何も無い草原でした。私達はそこから歩いて何とか小さな集落に辿り着きました。彼らはどうやら黒魔術という物に興味を持つ者達だったようで、言葉は通じませんでしたが魔石を持つ私達を歓迎してくれました」
「魔法使いは?」
「移動時に精霊と共に全員死亡しました。私達が使った魔法陣は完全な失敗作だったのです……」
「となると魔石がこちらでの頼みの綱になったと」
「はい。その後、私達はそこから彼らと協力してあちらの世界へ戻る方法を模索し始めました。呪術に錬金術、オカルトという怪しい物から、化学に生物学、医術と幅広くありとあらゆる知識を求めました。一番の候補は宇宙でしたが」
「宇宙は未知の領域だからな。可能性と言えば幾らでもあっただろうな」
直哉がうんうんと頷きながら喋る。アリーシャ女王はそれにお構いなく話を続ける。
「そして情報を集めるのに私達はレルンティシアに似た神様の名前であるラエティティアを名乗り、表向きは宗教集団。裏では最先端科学技術を結集した組織になっていました」
「何故、そのままレルンティシアを名乗らなかったのですか?」
「非合法な方法を取ることも考えた時に、せめて国の名は汚したくないと思って……」
すると、アリーシャ女王が急に目に涙を浮かべ始める。
「ア、アリーシャ様!大丈夫ですか!」
「大丈夫ですよミリー……それから多くの時間……多くの犠牲を払いながら情報を集め続けました。けれど何一つ打開策が見つからずに数百年。すでに当時者は私一人。それでも私を信じ、先祖の意思を受け継いで皆が付いて来てくれましたが……私の心が限界にきてました」
「アリーシャ様……」
「多くの故人の遺志を背負い一人生きながらえるのに疲れ始めた頃、あの情報が世界中に駆け巡りました」
「それって僕たちの事?」
「その通りです。その直前まではヘルメスを疑ってましたけど、そのヘルメスをやっつけて、かつ小さい妖精がいるとなると間違いなくグージャンパマと関係のある方だと分かりました。その後、私はすぐにこの二人に指示を出してこの日本へと……最後の期待を込めて送りました」
「すいません。その満足のいく期待を……」
「違いますよミリー。これで良かったのです。お陰様でグージャンパマの代表、それに友人にも再びこうして顔合わせすることが出来ましたし、この最後の任務で誰一人、死人を作ることなく終わったのですから」
「アリーシャ……」
シーニャ女王がアリーシャ女王を抱き寄せて頭を撫で始める。
「長い間お疲れ様でした。まだ色々と課題はあると思いますがこれからは私共も協力します。少し肩の力を抜いて下さい」
「でも……本当に帰りたいと思っていた私の国民は……」
「遺志を継いだ彼女達がいるではないですか。行けるかも分からないグージャンパマの話を信じて一緒にやってきたのでしょう?彼女達も立派なあなたの国民ですよ」
ソレイジュ女王もその小さな手でアリーシャ女王の頭を撫で始める。
「ソレイジュ様~~……」
ついに涙を流し始めるアリーシャ女王。
「泣いてアリーシャ。ここまで辛い感情を殺してここまで来たのでしょ?だから……ね?」
「ふぇ……」
そのまま、シーニャ女王に抱き着いて泣き始めるアリーシャ女王。僕たちは彼女の対応を二人に任せて、彼女が泣き止むまで一旦席を外して休憩を取るのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―およそ20分後―
「すいません……会議を止めてしまって」
女王様に謝らせてばっかりで申し訳なさを感じる……とりあえず、アリーシャ女王が落ち着いた所で会議を再開する。
(いや。誰も問題無いだろう……それで私から質問をしてもよろしいかな?)
「ええ。どうぞ大統領」
(さっきの話からすると、そちらに精霊もいない事になるがどうやって魔法陣を起動させるつもりだったのだ?報告では魔法陣を発動するには精霊と契約した魔法使いでないと聞いているのだが?)
「機械による設備を作りました」
(そんなことが出来るのか!?)
「はい。すでに転移魔法陣を起動させることに成功してます」
「「「「仕組みは!?」」」」
皆が興味津々でアリーシャ女王を訊いてくる。
「ちょ、ちょっと待って!皆、落ち着いて!!これレルンティシアの発明品でしょ!そんな気軽にポン!って話せる内容じゃないよね?」
「ありがとうございます薫さん。でも、問題ありませんよ。この世界でも研究内容として存在しますから」
「となると脳波による研究……俗っぽい言い方だと念力、サイコキネシスか」
「直哉さんの仰る通りです。魔石は起動させるには身に付けて念じるだけです。となると魔法使いの魔法や魔法陣もそれの延長だと考えたのです。そこから研究を重ねて数年前に完成しました。後は魔法陣で確認するだけでした」
「あれ?となるとそれを使えば精霊と契約しなくても魔法が使えるって事?」
「それは無理ですね。発電システムと大型コンピュータなどの施設が必要ですから、精霊のように自動的に動くとか小さくするとかはまだまだ先の話です。ただ例外もありますが……」
(ヘルメスだな)
総理の言葉にアリーシャ女王が黙って首を縦に動かす。
「恐らくですが黒い魔石を何らかの方法で加工。先月、薫さんたちが戦った男が使った注射器を考えると液体状にして体内に注入。身体強化しているのだと思われます」
(鳥人間はどうなんだ?)
「あれなら曲直瀬医師と花田医師、それと警察に協力してもらって調べてもらった。従順するために普通の人間を薬漬けにして、その後、身体と鉤爪型の特別な義足、羽がついた義手も軽量にするために骨格にカーボンとか使った物ではないかと言っていた。ただ鳥人間の本体が骨の中が空洞だったこと、羽を羽ばたかせるための筋肉がその見た目に反して非常に重かったこと……説明が難しいところもあるということで、一応憶測程度に留めておいて欲しいということだ」
直哉の話を聞くと、骨内部が空洞、飛ぶ筋肉が異常発達……なるべく鳥の体の構造に似せたということか
「それと義手と義足についてなのですが、こちらは我が社で調べたところ普通ならこれ自体では動かせない仕組みなのですが、動かしていた事を考えていると魔石が関与していると判断しています。今現在も調査中です」
榊さんの発表を聞いて、全員が黙ってしまった。それはそうだ。これらが事実だとすると……。
「非人道的過ぎるだろう!なんでこんな事が出来るんだヘルメスは!?」
「完全に人体実験だな。同じ人がやっているとは思えないくらいだ」
「それって魔族が?」
「いや。同じ人間だろうな。歴史上にはそんな非常な事を平然と出来るマッドサイエンティストがいるしな」
「……それはそれで怖いですね」
生きている人にそこまでの事をして、さらに使い捨ての兵器として使うなんて……。
「まあ、我らも変わらぬか」
「何を言ってるんだ!」
「そうですよ~!!」
ローグ王のその言葉に全員が否定的な言葉をかける。当の本人はそれに気にせずに話を続ける。
「戦争時、ある隊長が自ら助かるために、部下を騙して敵兵に突っ込ませる事が度々あった。シーニャ女王も私と同じように長い時間を生きている身。心当たりがあるのでは?」
「……ええ。それによって多くの兵を失った時もありました」
ドワーフにエルフ、そして精霊は他の種族よりかなり長寿な種族である。二人の年齢も700歳以上になるとなれば、それはつまり酷い戦争の時代も知っているという事だ。
「時として人はとても残酷だ。欲望次第ですぐに人を裏切るしな」
その言葉に全員が頷いている。僕としても痴漢相手に傷害を起こして会社をクビになった時に、理由も聞かずにただ汚い物を見るような目で僕を見た上司や同僚の心変わりを見ているので気持ちは分からなくもない。
「かといってローグ王?それを止めるのも人だろう?」
「ええ。ヴァルッサ族長の言う通りです。踏み外した者を正しい道へと誘うのは神ではなく、今生きている我々なのですから」
「そうだな……二人の言う通りだ。そこから学んで我々は進んできたしな」
そう言ってローグ王は天井を見上げる。その細くした目で何を見ているのだろう……僕から見たその姿からはどこか切なさを感じるものがあった。
「済まないな変な事を言って。さあ会議を続けよう」
ローグ王の昔に何があったかはここにいる誰も分からない。しかし誰もその事を聞こうとはせず、話し合いは次の話題へと入るのだった。