140話 一方、その頃……
前回のあらすじ「スパイゲットだぜ!」
―薫宅襲撃より数時間前「官邸」菱川総理視点―
(災難でしたな菱川総理)
「いいえ。妖狸達のお陰で事なきを得ましたから」
(彼らですか……)
息子との食事を終えた私は官邸で今日の会議に出席した関係者とテレビ電話で会談をしている。当然、内容は彼らの件である。
(それで彼らをどう扱うおつもりなのですかな?)
「あちらの代表と要相談ですが、彼を特命全権大使にしようかと思ってます」
(こちらの代表としてですか……)
「いいえ。あちらの代表としてです」
(ほほう?どういう意図ですかね)
「彼らのこれまでの行動は悪意が無いとはいえ我が国での武器の使用になってしまいます。そうなれば、彼らを法に則って逮捕して裁判にかけないといけません。しかし、ここにいる皆さんも分かるようにこれはハッキリ言って悪手です」
(そうだな。あちらの代表との親交が深い彼らを捕まえるというのは得策じゃない。あちらとの関係に亀裂を入れかねない)
(そこであちらの大使にしてしまうと?)
「ええ。そうすれば一連の彼らの行動を日本との関係をよりよい物にするために行った活動、そして警察から捜査依頼があった事にして合法と言い訳にします。仮にもしこれが国民が否定的な考えになるようなら、グージャンパマの代表達に働きかけてあっちの世界に匿ってもらおうとも思ってます」
(なるほど。彼らに配慮した考えですね)
「それでもかなり不十分ですがね。後は大使館として唯一あちらとのゲートがある成島 薫の自宅に指定します。設置基準は……拠点としての重要性から判断したとしましょうか」
(それはそれで内密にしましょうか。しかし未知の資源、未知の技術……これだけの功績を我らにもたらしてくれる以上、勲章なり褒章なり与えられて当然ぐらいだと思いますが……)
「しかも国の税金を利用しないで私財を使ってですからね」
(それはそれで不味いですね……彼らに儲けが全くいってないとなると、それはそれであちらとのよりよい関係を築くのに障害になりかねません)
確かに。一番親身になって活動している彼らがほぼ無一文でやってるのに、こちらは彼らが持ってきたあちらの技術を使って多額の利益を得るというのはあちらとの付き合いを考えた上であまりよろしくない。
かつ、薫と泉の両名はそれぞれビシャータテア王国の王家と貴族に結婚を前提としたお付き合いをしているのだ余計に何かしらの対策を取らなければならない。
(とりあえずは国や我々が彼らに対しての十全たるバックアップをしないといけませんね)
「ええ。とりあえず報酬の件も考えときます」
(それでは、今日はこれで私は失礼するよ。孫が呼んでるのでね)
(私も明日は中国に行かないといけませんしね)
「そうですね。皆さん深夜にお集りいただきありがとうございます。くれぐれもこの件はご内密で」
全員が私の意見に同意してその場から退室していった。私もパソコンの電源を切って溜息をつく。
「お疲れ様です。あなた」
妻がそう言ってお茶を差し出す。
「ああ……ありがとう。これから忙しくなりそうだよ」
「あなたもだけどあの子も大変ね」
妻が私の近くにあるスタンドライトに似た物に手を振れる。すると、その辺りから涼しい冷気が発生する。これは竜也が今回の会議に持ってきた魔道具でこちらのエアコンと同じ効果があるとのことだった。会議後、そのままプレゼントされて持ち帰ったのだが。
「魔法の道具なんてお伽噺だけと思ってたのにね」
「それもそうだな。ただ、こんな物がポンポン世に出回ってしまったら家電メーカーに大ダメージを与えてしまうな……本当に頭が痛くなるような案件だよ」
半永久に使える魔道具。これが世に急速に出回ってしまったらあっちこっちで大騒ぎになる。ソフィアの言う通り数十年かけての大計画になるだろう。その時は私ではなくその次の次とかなり先の事も考えなければ……。
「そんな難しい顔をしないで。もう遅いですしそろそろ就寝しましょう」
「だな。明日も公務で忙しいしな」
私は席を立ち、妻と一緒に眠りに就くのだった。翌朝、竜也から薫がスパイ二人に襲撃されて返り討ちにするという強烈なモーニングコールを受け大急ぎで事態の収拾に勤める事になるとは、この時の私は知る由も無かったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―薫がマダーウッド駆除に勤しんでいた頃「薫宅・縁側」カーター視点―
「お茶をどうぞ」
「ああ。ありがとう」
俺がこの家の警護をしていると泉がお茶を持ってきてくれた。俺と泉は一緒に縁側という所に座って一服する。辺りは真っ暗で現在、居間の灯りが後ろから俺達を照らしている。泉の方をチラッと見る。今の泉はその黒い髪をしばっておらず流したままになっていた。そのいつもと違う姿に俺の心臓が変な脈を打った。俺は自身を落ち着かせるために何かを話そうとする。
「すまないな。というよりサキが寝るとは……」
居間のテーブルの上でフィーロとサキの二人が仲良く寝ている。まあ、フィーロはここに来た時から寝ているのだが。
「まあ、何かあったら起こせばいいですから」
「このまま何も起きなければいいんだがな。というより泉も寝たらどうだ?」
「大丈夫です!衣服の作製で一睡もしない事がありますから!」
「それはそれで違う気が……」
こちらとしてはフィーロから聞いた泉への負担を考慮して心配で言ってるのだが……。まどろっこしい言い方を止めるか。
「心配しなくても大丈夫だ。俺も騎士団の副隊長を務めてるくらいだしな」
「でも……」
「フィーロから聞いた。時折、怯えるように寝ているそうじゃないか?」
「え!?えーと。それは……」
「どうなんだ?」
俺は泉の目をしっかりと見つめる。泉は一度逸らすが、俺の目線が気になって再び見つめ返してくる。しばらく見つめ合った状態がが続くと遂に観念したみたいで話し始めてくれた。
「はい……」
「薫が悪魔と戦って大ケガした時、それと泉自身がシェムルという悪魔に殺されそうになった時、怯えていたそうだが違いないか?」
泉は黙ったままコクッと頷く。
「すまない。そんなに負担を掛けていた事に申し訳なく思う」
泉が何かを言いかけるのを制止するように俺は話を続ける。
「お前は俺達と違って一般的な市民だ。それなのにか弱い女性で後衛とはいえ戦闘の最前線に出てるんだ。特に不満や文句が無いから問題は無いと思っていたのだが……少し軽率だった。すまない」
「いえいえ!私も好きでやってるんで!ゲームみたいに狩った魔獣から衣服を作るのって憧れてましたし!」
「それとは関係ない仕事も任せているだろう?」
「それは……そうですが」
「時には断るのもいいんだからな?何も全てに付き合わなくていい」
「でも、それって困るんじゃ?」
「それで無理をして何かあった時の方が皆が心配するんだよ。それにだ。薫も含めて二人はこれからの二つの世界を駆けて交流する計画の重要人物なんだからな。それに……俺も俺で…泉の事が心配になるしな……」
最後の言葉に少し詰まる。自分で言って何なのだが少し照れ臭い。そして泉も俺の言葉に赤くなった顔を手で隠して庭の方へと向いてしまった。
「だ、だから……無理しないで欲しい。無理なら無理、他に用事があるなら用事があるで断るようにしてくれ」
「は、はい……」
お互い顔を合わせられずにしばし沈黙してしまう。
「そこでキスッスよ~~!」
「「何がキスだ!!」」
声のする方に二人して振り返りツッコミを入れる。そこには寝ているはずの精霊二人の姿が、二人でそっと近づいて様子を伺うと狸寝入りという訳ではなく。単なるフィーロの寝言のようだ。
「フィーロ……」
「寝言か……」
さっきまでの緊張感が削がれてしまった俺達は、互いに顔を見合わせて小さく笑いだすのだった。
結局、スパイの二人は明朝に別件で笹木クリエイティブカンパニー訪れた薫達によって捕られられたことが分かり、その際に判明した事実を王に知らせるために徹夜明けの状態で俺とサキは王城へと向かうのだった。
「朝までぐっすりだったな?」
「……てへ♪」




