137話 初秋の襲撃者
前回のあらすじ「鳥人間狩り」
―その日の夜「薫宅・書斎」―
「……ふう」
僕は泉の家に泊るレイスたちを見送った後、一人で夕食を軽く済ませ、書斎で一人執筆をしていた。時間はあっという間で翌日の1時を差していたので灯りを消して眠ることにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―同時刻「薫宅が見張ることが出来る場所より」ミリー視点―
「灯りが消えた……」
「そうしたら1時間後に侵入するわ。怪しい場所はあの倉庫ね」
白い建物に人が入っては出て来なくなる。今日だけでも結構な人数だったのだ間違いないだろう。
「私達を監視している奴らは?」
「いないよ。どうやら僕達のアジトであるマンションに戻ったと思ってくれているみたいだ」
「そう。出し抜けたようで良かったわ」
邪魔者である警察の目を逸らすことが出来た。後は……。
「今回のミッションの説明だけど……まずは異世界の門のトレース作業。その後、あの建物ごとその異世界の門を破壊する。で、これが僕のお手製の爆弾だよ」
そう言ってカイトが爆弾を私に渡す。私は誤爆が起きないようにその爆弾をアイテムボックスにしまっておく。
「破壊するタイミングだけどトレースが終わり次第すぐに本部へと送信。あちらで魔法陣が完成した段階であの建物を破壊して魔法陣を破壊する!爆弾はすぐに爆発しないでセットしてから5分後だから注意してね」
「分かったわ。カイトはここでサポートを。」
(ミリー?聞こえてますか?)
通信機からアリーシャ様の声が入って来る。
「はい。アリーシャ様」
(今回は本部もそちらの様子を見ています。こちらからの指示があったらそちらを優先して下さい)
「かしこまりました」
(それでは……お願いしますね)
「……いってきます」
私はケースを担いでワゴン車から降り、バイクに乗って標的の家へと向かう。向かう間に警察などの脅威がこちらを見張っていないか念のために確認しているが……見当たらない。
「……静かね」
ヘルメット越しでボソッと呟いた一言。この辺りは田園地帯の為、周りに何かあれば嫌でも目が付くのだが、それらしいのは見当たらない。
(こちらも警察の無線を傍受してるけど、それらしい情報は無いみたいだよ)
「しかし……まだ暑いわね」
(先月より涼しいとはいえ、気温はまだ高いからね。来月辺りなら涼しくなって快適だったかもね)
「来月にはあちらの世界じゃないの?」
(かもね)
どんな脅威があちらに待ち受けているか分からないが問題無い。それよりも今は確実にこの任務を遂行する。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―それから数分後「薫宅・庭」ミリー視点―
「ここね」
バイクを少し離れた場所に隠すように停めてこの建物までやってきた。後は……。
「不用心ね。鍵がかかっていないわ……いや、入られてもどうする事も出来ないのか」
異世界の扉がここにあったとしても、普通の人はどうすることも出来ない。念のためにトラップが無いか確認しながら扉を開けていく。そこにはこの国の神社やお寺に近い物が建っていた。そしてその中心には魔法陣が。
「これが……!」
ついに見つけた。先祖達が探していた物。あちらへと行くことの出来るゲート。私はゆっくりと近づいてそれを確認する。手袋を外しつつその魔法陣に近づいて直に触れる。
「見つけましたアリーシャ様……」
(そうですか……)
「はい!……やったよ皆。私達やっと見つけた……後は」
その魔法陣を私は愛おしく撫でる。大勢の仲間がこれを探して命を落としていった……そんな彼らの悲願が遂に……!
「こんばんは。ラエティティアのスパイさん?」
後ろから声に私はとっさにホルスターから銃を取り出し、銃をそちらに向ける。扉の所に立つ巫女服という物を着た妖狸と名乗る魔法使い……。
「妖狸……いいえ、成島 薫!」
彼はお面を着けていなかった。あのお面は必要ないってことなのかしら?
「ふーん。その様子だと全て知ったようだねラエティティアの……そういえば名前は?」
「喋ると思うの?」
「いいよ。ラエティティアの人ってことは分かったからさ。もしヘルメスなら問答無用でぶっ飛ばしていたよ」
「あら?余裕があるのね?」
「レイスが今、泉たちと一緒でここにはいないのが分かって来たんでしょ?僕が仮に起きてきても始末出来ると思ってさ?」
「ええ。そうよ!」
私は銃の引き金を引く。あの余裕がどこから出てるのか確認するために。すると私が撃ったと同時に黒い壁が目の前に出現して攻撃を塞いでしまう。
「な?それ魔法じゃないの?」
「お生憎様。僕の魔法使い専用の武器で名前は鵺。持ち主である僕の意のままに姿を変える武器だよ」
「はは……何よそれ?ならこれはどうかしら?」
私はケースから軍用の銃器を取り出して魔石を使った特製弾丸で連射する。外にいたあいつは今度は避けてそれを回避する。
「カイト!」
(やってる!少しでいいその魔法陣を映してくれ!)
「分かったわ!」
私はこの建物、唯一の扉へと向かう前に魔法陣の中央に爆弾を仕掛けておく。セットし終えた後、ゆっくり出口へと足を運ぶ。出口から顔をのぞかせると、あいつは少し離れた場所でこちらの様子を伺っていた。私はあいつに悟られないようにカメラ付きの時計で魔法陣を映す。
「(まだなの?)」
小声でカイトに尋ねる。
(オッケーだ!すぐに離脱してくれ!)
「(了解)」
私は二本のナイフを取り出して、あいつに接近する。あいつも鵺という武器を剣にして構えている。
「私に接近戦で勝つなんて……」
私はあいつに向かって走る。あまりの私の速さに驚いているのかピクリとも動かない。これなら近づいてナイフを……。
「セイクリッド・フレイム」
後、一歩であいつの首にナイフで切りつけられる直前だった。突如、私の体が燃え出す。あまりの出来事にとっさに地面に転がって体に纏わりついている火を消す!なんなのこれは?魔石を使ったにしても初期動作が見えなかった!?
(な、なんだ?今の攻撃は!?)
カイトも今の攻撃に対して答えを出せずにいる。すると、別の通信が入って来る。
(ミリー!すぐに逃げなさい!彼は聖獣カーバンクルの魔石を所持してます!)
(な!カーバンクル!?あの火の聖獣カーバンクルの魔石!?)
「はは……ユニコーンだけじゃなくてまさかカーバンクルもって……」
「カーバンクルを知ってるのか……ねえ?もしかしてあっちの住人だったりする?」
いつの間にか近くにいたあいつ。倒れている私に言葉を掛けつつ剣を首筋に当てる。
「火の威力は最低限だから大ケガしてないと思うけど……」
「……どこまでも舐めてるわね!」
いくらなんでも舐めすぎだ。こっちはいくつもの死線をくぐってきたのだ。それなのに平和な日本でぬくぬくと育った奴に……!!私はあらかじめポケットに手を入れて魔石を持っていた。その手をあいつの顔に向ける。
「ウインドカッター!!」
呪文を放つ前にあいつはいち早く回避行動を取ったためにこの攻撃は躱されてしまう。しかし咄嗟の攻撃にあいつは姿勢を崩した。すぐさま、あいつに近づいてナイフについている魔石の魔法を使う。
「ウインドブレード」
「え?」
私のナイフ攻撃をその黒い剣で防ごうとしたのだろう。ナイフにつけてある風の魔石の威力で、あいつの剣が弾き飛ばされた。
「これで!」
あいつの首を狙って切る!
「えい」
すると、あいつは私の攻撃をいなして振り切った腕を掴み足を祓って、柔道でいう大外刈りで軽々と地面に私を転がした。その弾みで手に持っていたナイフを私は落としてしまう。
「へ?」
地面に倒されるまで何をされたか全く理解が出来なかった。あまりの速さにこれが日本の一般人の実力なの?と呆然としてしまった。するとあいつは左手を大きく振りかぶって地面に転がっている私へと向かって殴りかかろうとする。私は急いでそれを両手で受け止める。
「な、華奢なその体でどうして?」
どう見たって、あいつはこの国の女性くらいの身長で筋肉もあるように見えないはずなのに……なのにどうしてこのパンチは重いのだろう?
「これでも幼い頃から武術を習っていたからね。この位は」
「冗談きついわよ!!」
私は足を振り上げて、男性の急所を狙うが後ろに飛んで逃げられる。
「流石プロだね」
「くっ!」
私は立ち上がってすぐさまナイフを回収する。その間、あいつは鵺という武器を構えたまま一歩もその場から動かなかった。その異常な雰囲気を醸し出すあいつにこちらのペースが乱されている。
(ミリー!冷静になれ!目的は果たしたんだ!)
(カイトの言う通りです!すぐにその場から離れて下さい!)
二人の言葉を聞いて、私は呼吸を整えて頭を一回冷やす。そうだ。トレース作業は終了。建物を破壊する爆弾も設置済み。もうここには用は無い。
「さて?どうする?」
「そうね……次はこれよ」
アイテムボックスから私はアレを取り出して、あいつに向けて投げてすぐに離れる。そして、それはすぐさま強烈な閃光と音を出すのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―「薫宅・庭」―
「スタングレネード……か」
鵺で咄嗟に壁を用意して、思いっきり耳を塞いだけど……。
「あ、危なかった……」
少しだけキンキンする……すると、今度は蔵の方から強烈な爆発音、そして入り口から煙が起きる。
「あ!」
しかし蔵は倒壊していない。すると、あらかじめ潜んでいたあの二人が蔵から出て来た。
「ふう……ご無事ですか薫さん?」
蔵のあるほうから人影がゆっくりと近づいてくる。
「ありがとうございましたハリルさん、クルード」
「ふん。気にするな。これが破壊されてしまったら姫様が帰れなくなってしまうしな」
「爆発は一応、起こさせておきました。この爆発音を聞いてあちらも蔵の破壊に成功したと思うでしょう」
今日のスパイの様子を聞いた僕はグージャンパマに帰るカーターにお願いして大至急で二人を呼んで蔵の中で待機してもらっていた。ちなみに泉の方には急遽カシーさんたちが女子会に参加する感じで行ってもらっている。
「ありがとうございます。こんな無茶なお願いを聞いてもらって……それよりだ、大丈夫ですか?すごく震えてますけど?」
「え、ええ。あの最後の攻撃は……か、かなりきき、効ました……」
ハリルさんの体がめちゃくちゃに震えている!!犬の獣人である彼にはスタングレネードのあの音は遠距離武器でしかないのだろう。
「と、とにかくハイポーションをどうぞ!」
「あ、ありがとうございます……」
ケガでは無いので、それより幅広く効果のあるハイポーションを出して飲ませる。
「ふう……少しマシになりましたね」
「よかった」
「それで良かったのか?逃がしてしまって?」
「うん。それにあまり手荒い方法は……可哀そうだからね」
「それは女性だからか?」
「それもそうだけど……ただ故郷に帰りたいだけだかもしれないからさ」
「彼女達の正体をご存じで?」
「推測だよ。アイテムボックスに魔石の銃弾……そんなのグージャンパマでしか手に入ることが出来ないはず。そして彼女達の組織であるラエティティアはローマ神話では喜びの女神。これはラテン語だから今の言葉に直すとリーティシアやレティス、他の言葉だとレティシアかな」
「レティシア?」
「似たような国家の名前がそっちに歴史上であるよね?」
「……まさか」
「うん。恐らく彼女たちの正体はレルンティシアの民だよ。それに何よりあのスパイがアリーシャって呟いてた。だから……」
僕が説明するとハリルさんたちは少し驚きつつも、それなら。と納得してくれた。とりあえず、ビシャータテア王国に戻ってカーターたちを呼んでくるとのことで二人が蔵の方に向かおうとする。
「あ、ちなみにだけど……」
「あ、はい。何か?」
「どうやって気配を消したり、安全に爆弾を爆発させたのか……」
「それは……」
「秘密だ」
と二人は言って蔵へと入ってしまうのだった。
「知りたかったな……」
一人、庭に取り残された僕は星がキレイに輝く初秋の夜空を見上げるのだった。




