125話 草原での異変
前回のあらすじ「まだまだ続く飯の回」
―正午「ガルガスタ王国・ムーンラビット生息地」―
「……ふう~」
「お疲れ薫兄」
泉がお茶の入ったコップを僕に渡す。僕はそれを口に含んで喉の渇きを潤す。
「大丈夫なのです?」
「無理してないッスよね?」
「無理してないとはいいきれないけど……」
「もし魔獣の解体がきつかったら無理しなくていいからな?魔法使いのお前達のお陰で順調に狩れてるしな」
そう言って、ゴルゴッサさんが昼食のサンドイッチを頬張る。
「はい。僕も無理する気は無いのでその時はお願いします」
「朝から狩って7匹……か」
「どうしたっすか姉御?」
「いや……順調過ぎるかなってね」
そう言って、ヒパーニャさんがサンドイッチを頬張る。すると猫の獣人である彼女の耳と尾っぽがピンとなって顔が笑顔になる。
「確かに順調過ぎるな……」
「そうなんですか?」
「ああ。いつもならこの半分狩れればいいぐらいなんだが……」
「あいつら鼻が利く奴らでね。それだから同族の血の匂いも遠くから嗅げるんだけど……」
「僕が持ってる匂い消しの魔道具のおかげかな?」
僕は道具を手に取り皆に見せる。
「いや、それだけだと俺達につく血の匂いだけだ。ムーンラビットの死体から出た血の匂いは無理だろうな」
魔獣は基本的には毒が合って食べれない。それはムーンラビットも例外ではない。そのため素材として使える今回の一番の目玉である魔石に歯、それと使える骨と皮とか蹄を回収したら残った肉の部分は火をつけて燃やすという作業を繰り返している。
「確かに地面や草についた血の匂いはどうしようも無いですもんね」
「鼻の効く奴らなら同族が殺されたと知れば避けるッスよね……」
「復讐とかは?仲間意識があれば」
「あいつらにはそれは無いね……だから、少し気になるね。あんたらが話してくれた変異種って奴かね?」
「そうかもしれないですね。ワイバーンとかにいましたから」
「僕たちが彗星を使ってやっと倒した奴だよね……ずいぶん昔な気がする。半年前だけど」
「ワイバーンを撃退するだけでも驚きなんっすけどね。うちらとしては」
チューサーさんの言葉にヒパーニャさんとゴルゴッサさん首を振って賛同する。
「知り合いの騎士さんにも非常識って言われましたね……これってどれくらい非常識なのか今一分からないんですけど?」
「一匹でも出たらギルド内が大慌てでBとCランクを呼び集めて対処する」
「あれAランクは?」
「あれは特別な称号みたないなものっす。普通はBが最高ランクっす」
「そうなんだ……それで話を戻すけど複数は?」
「それは王宮から討伐隊が組まれるっすよ……まさか集団と戦ったっすか?」
「ワイバーンを8匹。その中に変異種が一匹なのです。私たちはそのうち5匹を落としたのです」
「非常識だね……」
「トドメは下にいた仲間にしてもらったけどね」
変異種以外は落としただけなので、変な誤解がされないようにしとく。
「落とせる自体が大問題だ。普通は魔石使いとアーチャーによる遠距離攻撃、または休んで地面にいる所を奇襲するかが基本だからな。一撃で終われば万々歳って感じだからな?」
「どうやって落としたっす?」
「それは……」
「待ちな……何か来るよ」
ヒパーニャさんが見つめる先の草原が不自然に動いている。すると、その茂みから何かが飛び出す。
「ムーンラビットなのです!」
そのまま僕たちへ跳ねて攻撃を仕掛けてくる。
「マズイ!!武器を……!!」
「レイス……呪縛」
ヒパーニャさんたちが慌てて武器を取ろうとするタイミングで、僕たちは座ったまま魔法を発動させる。跳躍したタイミングで呪文を唱えたことで、いきなり下へと叩き落とされて変な着地をしたムーンラビットから、ボキッとかグチャとか嫌な音がする。それを見たヒパーニャさんがナイフで急いで頭部を突き刺し仕留める。
「まさかあっちから攻撃してくるなんてね」
「だな……で、今のがワイバーンを落とした呪文か?」
「そうです。対象にかかる重力という力を増大させて落としたり、拘束する呪文で、欠点は対象がかなり近くにいないと不発ってところですね」
「このサイズでここまでのダメージが入るなら、ワイバーンの巨体なら大ダメージっすね」
「そうですね……それで、泉。大丈夫?」
「食べ終わった後で良かったかな……」
倒れたムーンラビットから目を逸らす泉。重力操作によって地面に叩きつけられた事によって、骨が体を突き破ったり、変な方向に足が合ったりと、かなり惨い。
「お茶を飲むッス」
フィーロからお茶の入ったコップを泉は受け取り、それを一気に飲み干した。魔獣の死体を見ながら食事なんて、あっちの女性である泉にはとてもだけど無理だろう。
「メシが済んだらこいつを解体して、次の獲物へ行くとするかい」
「俺がやる。薫はまだだろう?ゆっくりしていいからな」
「お言葉に甘えます」
僕もその死骸から目を逸らして作ったサンドイッチを頬張るのだった。
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―その日の夕方「ガルガスタ王国・野営地」―
「さてと、今日だけで20匹かい……これは異常だね」
「ああ」
僕は夕飯の片づけをしつつ明日以降の予定をヒパーニャさんたちと話し合っているのだが、どうもムーンラビットの発生がおかしいというのが分かった。
「しかもだ。いつも個々で活動するあいつらが3体一気に来るなんて何かあったに違いないぞ」
「どうするのです?目的の数は達成しているのですが……」
「うーん……どうするかね……」
「とりあえず明日も狩りつつ何か異変が無いか見てみませんか?この辺りに詳しいヒパーニャさんたちがおかしいというなら、何かあると思うので……」
「それがいいっすね。今日は東側っすから明日はその反対の西側……地図だとこの辺りはどうっすかね?」
「そうだな……で、嬢ちゃんたちは大丈夫なのか?」
「多分、大丈夫だと思うよ」
振り向いた先にはテントの入り口を開けたまま中でぐっすり眠っている泉とフィーロ。夕食を取った後、そのまま眠ってしまった。丸一日、狩りで魔法を使って疲れたのだろう。
「丸一日の狩りで疲れたんだろうね。このままにしてやろうか。それであんたたちも今日は見張りはいいからね。ゆっくり休みな」
「でも」
「あんたらが魔法を使って、動きを止めてくれたおかげでうちらはトドメを差すだけ。体力を温存できたから問題無いよ」
「分かりました」
「それじゃあ、食器の片づけが終わったら休むのです」
「明日もうまい朝食を頼んだ!」
「はい」
「……それとチューサーさん」
「なんっすか?」
椅子に座ってお茶を飲んでいたチューサーさんがレイスの方へと首を向ける。
「もし、薫に夜這いを仕掛けるようなら覚悟した方がいいのです。薫、電車という狭い場所でうたた寝してる所を何度か襲われて、反射的に相手の腕をへし折る技術を持ってるそうなのです」
「……はい」
レイスがチューサーさんに念のために注意する。もちろん僕にはそんな技術は無い。せいぜい出来ても相手の指をへし折る程度だ。まあ、特に言う必要もないのでそこは何も言わずに片づけが済んだ僕たちは早めの就寝に入るのだった。
「……それ……どうでもいい違いッスよ……zzz」
「変な寝言を言ってるけど……なんの夢を見てるんだかね?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―翌日のお昼頃「ガルガスタ王国・ムーンラビットの生息地(西側)」―
「少ないのです?」
「そうだね……」
見晴らしのいい少しだけ高い場所で、今日のお昼ご飯であるおにぎりと玉子焼き、それとから揚げを食べながら午前中の成果について話す。
「2匹……昨日と比べたら圧倒的に少ないですよね」
「昨日が良すぎるというのもあるんだがな」
「それでどうするっす?午後は東側に戻るっすか?」
「それって原因がどちらにあるかで変わるッスよね?」
「こちらの西側は少なく、東側は多い……か」
「繁殖目的とかはどうです?繁殖のために西にいるムーンラビットも東に移ったとか」
「あるかもしれないが、昨日の三体で襲い掛かってきたあいつらはメスだった。もし繁殖とかならつがいが普通だろう」
「となると、今いる西側に何かッスかね?」
「うーん……手がかりがないから何とも言えないね。はあー……」
ヒパーニャさんがそこで黙てしまう。他のメンバーもお手上げというところだろう。
「あの……」
今まで黙っていた泉が声を発する。そういえばさっきから静かだったけど……。ここにいる全員がそっちへ振り向くと何故か額に赤い宝石のような物がついた猫みたいな生き物を膝に乗せて撫でている泉の姿があった。
「何やってるっすか?」
「うちも同意見ッス……」
こっちで真剣な話をしている最中で何、ふさふさしたかわいい生き物と戯れてるの?と言いたいのだろう。
「……いや。私も真剣に聴いてたら、いつの間にか横にこの子がいてかわいい鳴き声で玉子焼きを欲しがってたから……」
「うそ!私の耳に反応しないなんて……?」
僕はその生き物を良く眺める。額に宝石のある伝説上の獣……まさか。
「カーバンクル?」
「ああ。そうだな……」
「ゴル!?え。こいつがあの聖獣カーバンクル?」
「一度だけ見た事ある。額に赤い宝石を持った猫のような魔獣。だから間違いないだろう。こいつ女性にしかなつかないらしいぞ」
それを聞いたレイスとフィーロ、ヒパーニャさんが嫌がらないように触り始める。嫌がった素振りを見せずに、むしろ気持ちよさそうにしている。
「……へえ~。この子があの……薫兄触ってみる?」
「……本音は」
「薫兄が触れて嫌がるのかな?」
「また!?」
ユニコーンに続いてまたなの!?いや。そもそも僕たちの世界のカーバンクルにはそんな設定は無いはずなのだが……。いや。グージャンパマだしな多少の違いがあってもしょうがない。とりあえずこの毛並み……触ってみたい。僕も恐る恐る触れる。あ、このユニコーンとはまた違う気持ちよさ……このふさふさとした毛並み……いい。カーバンクルも嫌がる仕草を見せない。
「じゃあうちもっす」
「ニャア~」
撫でると猫みたいな可愛いらしい鳴き声を発する。かわいいなあ……と思っていたら、カーバンクルに触ろうとして僕の横にいたチューサーさんが炎に包まれる。
「アツ~~~!!!!!!」
「うわ!レイス!水連弾!!」
僕たちは慌てて水をぶっかけて消火する。
「バカ野郎。言っただろう?女性にしかなつかないって。ほらポーションだ」
「火属性の魔法を使えるなら早く言って欲しいっす!!」
チューサーさんは受け取ったポーションを勢いよく飲んで火傷を回復させる。
「やったのです薫!カーバンクルからも女性認定なのです!」
「何が良かったのかな!?というより最近、レイスの僕への扱いが酷い気がするんだけど!?」
「はいはい……まあ、それは置いとくとしてどうしてそんなレアな魔獣がここに、しかもなついてるのかね?」
置いといて欲しくないんだけど?……とはいっても確かにそうだ。単にお昼ご飯の匂いに魅かれて寄ってきたというのが普通かな?そんなことを考えていると、カーバンクルは泉の膝から降りて走り出した。しかし、すぐさま止まりこちらを振り返る。
「ついてこいってことだな」
「私達が行くよ。何かあったら戻ってくるから。グラビティ」
カーバンクルに魔法を使って浮かせる。そして泉たちも箒にのって浮き上がり、浮いたことに最初、驚いていたカーバンクルの指示する方向へと飛んでいった。
「いかせていいのです?」
「昨日、自分たちだけ寝ちゃったからその分、頑張りたいんだと思う」
「俺らは気にしてないがな……っと、嬢ちゃんたちが迷わないように目印を……」
「いや!必要ないみたいだよ。もう戻ってきた……」
「薫兄!水それにポーション!!ケガ人!!」
泉たちが戻ってくると、箒には弱っている二人の獣人の女の子。それを見た僕たちはすぐさま手当の準備に取り掛かるのだった。




