11話 薫の日常
前回のあらすじ「一章終了?」
―「薫宅・お風呂場」―
鏡の前で身だしなみを整える。刺された右腕も痛みもなく至って快調。あの後、賢者2人組に質問攻めされたが、何とかカーターたちの説得により帰ってこれた。
帰ってきた後はすぐに休もうと床に就いたのだが、眠れず遅くまで小説を執筆してしまった。あんな間近での防衛戦を見てインスピレーションが湧いてしょうがなかったのだ。
「ふぁ~」
そのため少し寝不足である。とは言っても今日は開店準備だから人前に出ることがないので問題ないだろう。
~♪~~♪
玄関のチャイムが鳴る。こんな朝早くに誰が来たんだろう? 洗面所から移動して玄関を開ける。
「お、おはよ……」
そこには目の下にクマを作った女性が立っていた。
「おはよ。泉。というかどうしたのこんな早くに? というか目の下にクマ出来てるよ?」
「ふふふ……衣装のイメージが来て1日で作り上げたからね。お陰様で完徹よ」
「……それだから朝ご飯頂戴ってこと?」
「分かってるじゃないの薫兄~♪」
「はいはい」
彼女は多々良 泉。子供の頃から面倒を見ていた親戚の子だ。そして彼女の仕事は主に衣装作りである。何故「主に」かというと、理由は他にもネット配信やコスプレイヤーとか、まあ、色々やっているらしい。年齢は23歳でサキと同じ黒髪でツインテール。コスプレイヤーをやっているためスタイルは抜群だ。
「で、何の衣装を作っていたの?」
ちゃちゃっと作った朝食を食べながら聞く。ちなみに献立はおにぎりと玉子焼きにたくあん、そして味噌汁だ。
「某ゲームの衣装。作りが複雑でどうしょうか悩んじゃてさ。黒インナーに片足はガーターでってどんな構造よ!って。他の姉妹は楽なのに」
「それなら分かるけど。あの衣装なら分けて考えればいいだけじゃないの?」
「それもそうなんだけどさ。でも作るなら理想も求めたいの。かといって理想を求めて機能性を削るのも嫌だし。それだから妥協点が中々見つからなくてさ」
「ふ~ん」
味噌汁を口にしながら返事をする。
「とりあえず満足のいくものが出来たからいいんだけどさ」
「それなら良かったね」
「うん。あ、それで薫兄はこれから仕事だっけ?」
「うん。新装開店の準備だけどね。何か用事?」
「今度またイベントがあるから……」
「イヤだ」
「まだ全部言ってないじゃん!」
「またコスプレしろって言うんでしょ? 女物。しかも際どいやつ」
「だって薫兄可愛いじゃん! 男物のコスプレよりそっちの方がウケがいいし。私の生活もかかってるのお願い! バイト代も弾むからさ!」
前回、頼まれてあるゲームの衣装を着ることになったのだが、それがかなり肌を見せるタイプでメチャクチャ恥ずかしかったのだ。……ちなみにネットでの衣装の注文が増えたらしい。
「僕は男! 他の人に頼みなさい!」
食べ終わった食器を片付けながら断る。
「ダメなの……?」
涙を浮かべながらこっちを見てくる。
「嘘泣きしてもダメ!」
「ケチ!」
23歳だが高校生と言っても問題ないぐらく幼く見える。それだから言動も年の割には痛いという感じがしない。むしろ噛み合ってるぐらいである。まあ、本人も意識してるんだろうけど。
「とにかく、昌姉には話をつけておかないと」
昌姉。これから僕が行く仕事場の店長であり、そして僕の姉でもある。昌姉も僕と同じように子供頃から泉の面倒を見ていて、妹として可愛がっており、そして……僕の女装姿推進派である。
「くっ!?」
「ふふ~ん。本丸を攻めるならまずは外堀からだよ薫兄♪」
昌姉には弱みを握られているせいで、強くNo!が言えない相手である。
「はぁ~。一緒に来るの?」
「うん♪ 直ぐに準備するから少し待ってて!」
そう言って洗面所に行く。カバンを持ってきてるからそうだとは思ったけど。良く家に来るから泉の行動パターンは何となく分かる。まあ、両親のいない家で1人は寂しいのだろう。
……彼女の両親は泉が高校卒業後に事故で死んだ。その時、落ち込んでいた彼女と一緒に遊びにでかけたり、ご飯を食べたり……。それからというもの前より増して遊びに来るようになってしまった。
「今日は車で行くか……」
~♪~~♪
また玄関のチャイムが鳴った。朝から来客が多いな。
「お、おはよう薫……」
「お、おはよう……」
「これが異世界の家なのね……。木造建築……私達の世界とは作り方が違うわね」
「ああ。他にも所々で違いが見られるな」
「……報告書は?」
「終わったよ……。あそこの2人が異常な速さで手伝ってくれた」
「異世界に行くのにそんなことで時間を掛けられないのよ!!」
「魔法陣は?」
「俺の屋敷に来て、城壁で描いた物をそのまま再現して、かつそのまま来た……」
生き生きしてる賢者組に対してカーターたちは少し疲れているようだ。というかこの2人も目の下にクマができている。
「流石に帰った直後は最大魔法の連発の疲労で大人しかったんだが、ちょっと仮眠したらあんな感じだ。お陰様で王への報告に書類の作成などの後始末が直ぐに終わった……。そこまでは助かったんだが……」
「その後、2人が異世界に行く!! って。それで、事務作業が終わった後、すぐに王様や大臣達なんかの話し合いになって……魔法陣の置場所や賢者を行かせていいのかとか……。それが朝方に決まって、私達は同行で置場所はカーターの家になって話し合いが終わって、しかもすぐよ! すぐ! お陰様で寝不足で……」
サキ……大分キテるな。
「つまり完徹ってわけか」
「そのとおりよ!!」
サキ様がイライラされている。
「薫兄~。どうしたの?」
後ろを振り向くと泉が洗面所から出てくる所だった……。あ、ヤバい。と振り返ると泉が玄関に顔を向けていた。
「カッコいい……。え? その人薫兄の友達なの? というか……格好がゲームに出てくるような鎧姿だけどレイヤーさんなの?」
「薫。彼女は?」
「多々良 泉。僕の親戚の子だよ」
「へー。可愛い娘ね……薫の親戚ってことはまさかこの娘も男なの?」
サキが聞いてくる。それを聞いてカーターが肩をこわばらせた。どれだけトラウマになっているの?
「訳無いですよ! 薫兄がとくべ……へ?」
泉が精霊のサキに気付く。そりゃ何の説明も受けずに空飛ぶ小人を見たらこんな風に驚くだろう。
「薫兄……。私の目がおかしいのかな?」
「おかしくないよ。むしろ健全だと思うよ」
「だって妖精みたいな。あのティン……」
「大丈夫。僕にも見えてるから」
それでも目が点になっている泉。完徹のため、もしかしたら夢を見ているのかと思ってるのかもしれない。
「……薫の反応が普通だと思ってたけど違うのね」
「むしろ泉の反応の方が正しいよ」
良くテレビ何かでやる未確認の生物を発見した人達のような反応をするだろう……普通は。
「薫兄が妖精と喋ってる……。これもしかして夢かな? 私衣装の作成で完徹してたし」
「大丈夫。現実だよ。とにかく事情は車の中で説明するから。カーター達もいいかな?」
「どこか行くのか?」
「これから僕は仕事なんだ。それで今後の事を考えると昌姉に話しとこうと思うんだ」
「分かった。後ろの2人は……問題ないだろう」
2人が電信柱を見て何か話している。
「それじゃあ。行こうか」
「薫兄!? 私まだ事情を把握してないんだけど!?」
「まあまあ」
泉をなだめつつ、僕は皆を車に乗せて家を後にするのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―数分後「車内」―
「異世界って……マジ?」
車の中で目の辺りをぴくぴくさせながら泉が聞いてくる。
「精霊を生で見ても信じられない?」
「ごめん。まだドッキリ番組の企画とか何か裏があるんじゃないかって考えてる」
泉が後ろを見る。カーターがカシーさんたちに外の説明をしている。この前のように着替えてはいないので、異世界の服装のままである。
「薫兄って時々ビックリするような事をするけど、今回のは完全に予想外よ。まさか異世界なんて」
「まあ、僕も最初はビックリしたけどね」
「で、あっちで何かやらかしたの?」
「何でやらかした前提なの?」
「でもやらかしてるには間違いないでしょ」
そう言ってサキがこっちの話に加わる。
「えーと。サキさんでいいのよね?」
「ええ。でもさんづけは要らないわ。サキって呼んで」
「わ、分かったわ。私も多々良か泉で呼んでちょうだい」
「分かった。よろしくね泉」
「よ、よろしく」
泉はまだ戸惑ってるようだ。
「そ、それでサキ。やらかしたって薫兄何やったの?」
「簡単に言うとね……敵の大将をボコボコにしたわ」
「それってもしかしてさ……薫兄がセクハラされたから?」
「そうだけど……何で分かったの?」
「いやー。薫兄が相手をフルボッコにするのってそんな時だから……ねえ薫兄?」
泉がこっちを見る。やっぱりやらかしてるじゃんみたいな目で見ないで下さい。
「薫兄って昔からそういう目に会ってきたからね。何回か痴漢野郎を撃退してるわ。酷い奴は骨が数本折れたみたいだし……しかし、まさか異世界でもやるとは」
「顔面骨折させるのも?」
「足を複雑骨折させたこともあるから問題ないわ」注:法的に大問題です。
「ただ痴漢を指摘したら襲いかかられたから仕方なく手を出しただけ! 正当防衛だよ!」
「だからといって血塗れはダメだと思うんだけど。それで前の会社辞めたんだし」
今は小説家兼カフェの店員の仕事をしているが、以前は普通に会社員をしていた。ただ通勤電車で痴漢に遭遇し、それを指摘したらその痴漢は武器を持って僕に襲い掛かってきたのだ。どうにか撃退したのだが、その際にあまりにもやり過ぎたため、会社から、そんな暴力を奮うやつはいらない。女顔のくせに気持ち悪い。と言われて辞めることになったのだった。
「……」
「ゴメン。言い過ぎた」
「別にいいよ。本当の事だし」
前が静かになったせいか、後ろで相変わらずカシーさんたちがカーターに質問してるやりとりがとても賑やかに聞こえる。そんな中で、僕は目的地まで車を走らせるのであった。