101話 四天王シェムル
前回のあらすじ「掘削× 採取〇」
―ミスリル回収開始から約4時間後「ボルグ火山・火口内」―
「回収完了!」
「アイテムボックス一杯になったね」
ここにいる全員のアイテムボックスに入れようとしても、ミスリルが入らなくなった。どうやらこれが限界のようだ。
「これ程の量があればしばらくは回収に来なくても問題はないでしょう」
「そうだね」
「ふへ……ということは、ここに何回も来る可能性があるってこと?」
「勘弁して欲しいッス!」
「まあ……数年は大丈夫じゃないかな?ここいら一帯のミスリル採り尽くしたし……」
途中途中で検知器で安全な場所を見つけて休憩、防御魔法の掛け直しをしながら採取していたが、かなりのハイペースで回収できた。もはや火口内周辺には硫黄によって黄色がかった岩とか、元々の色である地面しか見えない。
「数年すれば空を飛べる他の魔法使いも現れるでしょうし……その方々に任せましょう……」
「だな……この作業は今回だけで十分だぜ……」
「次?お前ら人に次があると思うの?」
「え?」
声のする方を振り向くとそこには黒髪に角、背中からは蝙蝠のような羽が見えて薄く青い肌、その男の子の目はけだるそうなイメージを与える美青年……。
「……魔族」
「ご名答……。本当はさっさと勇者って言われるあんたを始末してあっちに戻るつもりだったんだけど……まさか大量のミスリルも手に入るなんて運がいいね……俺」
「君は一体?」
「うん?あー……どうせ死ぬんだから言っても無駄だと思うけど」
「こいつ!こっちの方が人数が有利なのに生意気じゃねーか!!」
「……マーバ。油断しない方がいいよ……一見無防備に見えるけど隙が無いから。しかもこの温度で汗一つかいていない……」
しかも、有毒ガスが出てるのに平然としているのだからタチが悪い。
「へえ~……勇者って言われるだけあるねぇ~……大体の奴らってそこのチビみたいに勝手に怒って襲い掛かって来て返り討ちになるっていうのに……」
「チビって言うんじゃねぇ!!」
「マーバ……ここは押さえて下さい」
怒るマーバをシーエさんが落ち着かせる。
「……なるほどね。ロロック達に勝てた理由……変な強力な呪文を使ったから勝てたなんて単純な答えじゃなさそうだ……」
そして魔族の青年は何も持っていなかった手から黒い細い両刃剣を出現させる。それを見て僕たちも武器を持って構える。
「へえー……黒い剣か。まさか俺と同じなんてね。形が少し変わっているけどそれが異世界の剣ってところか。面白いね」
「それはどうも……」
「ふふ……そういえば俺の名前だっけ?いいよ。教えてあげるよ。俺の名はシェムル。ロロックがうっかり喋った四天王の一人だよ」
その発言によって、より緊張感が高まる。あの倒すのに手こずったロロックより上の存在。しかも僕たちのコンディションは暑い中での作業で最悪な状況である。
「それじゃあ……ミスリルはありがたくいただくから……死ね…」
すると、シェムルは猛スピードで僕たちとの距離を狭めてきた!
「はっ!」
そこにすかさず、シーエさんが剣で迎え撃つ。
「よっと!」
そのまま、シーエさんと鍔迫り合いをせずに受け流し僕へと突っ込み剣を振る。僕はその攻撃を金属音を立てながら鵺で受ける。その瞬間、少しだけ風が発生する。
「切れない?」
どうやら僕の鎌鼬と同様に剣に風魔法を施していたようだが、今は深くは気にしてられない。
「レイス!雷刃!!」
レイスが僕の声を聞いて魔法を発動させて剣に電気を発生させる。材質は不明だが金属音を立ててるなら通るかもしれない。
「ちっ!!」
シェムルが慌てて僕から距離を取った。どうやら上手く電気で麻痺を起こせたようだ。
「今のが神霊魔法!?はは!やるじゃん!それなら!」
さっきまでのけだるそうな感じはなく、シェムルはいいオモチャを見つけたような子供のような、それでいて邪な笑顔を見せる。そして、その場から剣を脇に構える。
「レイス!氷壁!」
「はいなのです!」
僕たちはすかさず氷の壁を目の前に出現させる。
「アイスソルジャー!!」
さらに、シーエさんたちも盾を持った氷の兵士を呼んで盾を構えさせる。そのタイミングでシェムルが剣を振ると黒い刃が出現。それが氷の壁も出した氷の兵士も盾ごと切断した。
「鵺!城壁!」
そして氷の壁が切られたのが分かった瞬間、僕は鵺で壁を作る。そして城壁から激しい音が聞こえて、少しだけへこみもした。
「こんな場所だから多分ダメかなっと思って構えててよかったよ…」
「……どうしよう薫兄。私付いていけてない」
「それだけ彼が強敵って事ですよ……」
「これは分が悪いッスね」
今回の目的。ミスリルの回収はすでに済んでいる。それなら……。
「気を抜いている余裕あるの?」
僕たち背後からシェムルの声が。つまりそれは僕たちとシーエさんたちの後ろにいた泉たちの背後にいることになる。
「泉!フィーロ!前にジャンプ!!」
「……!きゃっ!!」
僕の指示を受けてすぐさま前に倒れ込む。そして泉たちのいた場所に黒い剣が猛スピードで過ぎていく。間一髪だった……。
「これでまず一人!」
しかし、シェムルは倒れてすぐに動けない泉を見て黒い剣を持ち直して突き刺そうとする。
「泉!!」
やばい!!このままだと!!そう僕が思っていると泉はアイテムボックスから何かを取り出してそれをシェムルに向ける。
「えーーーい!!」
それが押された瞬間、勢いよく中身が噴出される。
「ぐっっ…かっ……!!」
それを目に喰らったシェムルはすぐさま空へと逃げた。ただそれの痛みで目を押さえていて、攻撃はしてこない。
「泉!」
僕はすかさず泉たちの傍に近づく。
「大丈夫!?」
「うん。これ持っててよかったわ……」
「魔族にも有効なんッスね……それ」
泉が持っていた物。それは催涙スプレー。魔獣との戦闘の時にフィーロと離れてしまった場合、または咄嗟の事で魔法がすぐに使えない時はこれで対処しようと常備していた物だった。ちなみにこれらは僕が持っていた物である。
「皆。耳貸して!シーエさん!レインを使って雨を降らせてください!!」
「分かりました!!」
「それで泉……」
僕はこの後の作戦をすぐさま伝える。催涙スプレーの効果が人と同程度に効くかは分からないのでなるべく簡潔に述べた。
「ということですぐにお願い!」
「オッケー!!それなら大丈夫!!フィーロ!!」
「いくッスよ!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―「ボルグ火山・火口」シェムルの視点―
「ちっ……」
勇者のメンバーの一人である女からの攻撃で一時的に目を封じられた。
「まさか……こんな武器があるなんて……」
簡単な目潰しぐらいなら悪魔である俺には問題はない。しかし、この痛み……普通ではない。
「でも、こんなんじゃほんの少しの時間稼ぎにしかならないよ……?」
見えるようになってきた……しかし、映る景色は白い靄……。
「霧……魔法か……」
時折、霧の中から黒い影が見える。
「時間稼ぎ……例のキリンってやつ?」
イスペリアル国で聞いた、神の化身を呼び戦わせる俺も知らない魔法……。ただ、それがどういう手順で放たれる魔法なのかは分からなかった。
「もし、それが使えるならロロックをさっさとそれで倒せたはず……つまり、何かしらの準備が必要って訳だよね……」
霧に隠れて放つ準備してるって訳か。
「甘いよ……」
俺は自分の周囲に突風を巻き起こして周囲の霧を一気に晴らす。
「こんな程度目隠しにも……って?」
霧は晴れた。しかし奴らがいない。霧の中で蠢く黒い影は確かに見えていたはずなのに。
「奴らは?」
周囲を確認するが見当たらない。どこへ行った?
「……イスペリアルか?」
少し高度を上げてイスペリアル方面を見るが……それらしいものは山肌には見えない。もしかしたら隠れているのか?周囲を念入りに見るがいない。
「…………はあ~。めんどくさい」
アイツらを探すのを止めて、ポケットから通信魔道具を出してネルを呼ぶ。
「ネル?聞こえてるかーー」
「聞こえてる。何だ?」
「勇者って呼ばれてる奴と戦ったけど逃げられた」
「何をしてるんだお前は!?それで追跡は?」
「ムリ。あいつらほんのちょっと目を放しただけなのに忽然と消えた」
「……転移か?」
「魔法陣が見当たらない。多分、別のなにか。どうする?追いかけて始末する?多分イスペリアルに戻っていると思うけど?」
「例の召喚魔法は?」
「使ってこなかった。あれ準備が必要なんだと思う。もし気軽に放てるなら真っ先に放ってるだろうしね」
「そうか……なら、いい。後回しだ」
「いいの?」
「お前と戦って使わないで逃げた。となるとお前と戦っても勝てないと判断したという事だ。そんな奴らならこちらの計画に支障はない。むしろ他の国が戦力を集めているほうが問題だ」
「すでに俺達が襲ってくると思って、準備してるよ。どこもかしこも……ね」
「それなら、先にある場所を襲ってもらいたい。勇者はその後でもいいだろう」
「ふーん?どこ?」
「それは……」
「……了解。あ、ミスリルの鉱石が周辺に少しだけあるんだけど……回収する?」
「いや。それはいい。後で回収用にハーピィを出す」
「分かった」
通信を切り、俺は次の目的地へと向かう。
「はあ~~……。少し位ゆっくりいっていいよね?」
ネルみたいに真面目に働くのは嫌いだ。それに少し位サボってもバレないだろう。
「ゆっくりいきますか……」
勇者か……おもちゃとしては悪くない。
「次が楽しみだな……」
次はもっと楽しませてよね…………?
「あいつの名前なんだっけ?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―「ボルグ火山よりかなり離れた森の中」―
「追いかけてないかな?」
「(多分、大丈夫だよ。あんなが奴いたら私達が気付くもん)」
「それならよかった……ありがとう。すぐに来てくれて」
「(お安い御用だよ!)」
「薫さん。ユニコーンは何と?」
「追いかけていない。って」
「私の方も同じです」
「そうですか……」
「汗びっしょりだぜ」
「無事でよかったのです」
「そうッスね……あ~涼しい」
猛スピードでユニコーンが森の中を駆け抜けていく。僕たちとシーエさんたちで水の魔法で強制的に霧を発生。その霧に泉たちがミラージュであたかも反撃を整えてるような影を見せて、その間に僕たちはユニコーンに乗って逃げる。という計画である。
「それで大丈夫だった泉?」
「うん……」
「泉?」
泉の返事に元気がない。やっぱりショックだったんだろうな。
「やはり精神的に辛かったのでは?危うく死ぬところでしたし」
「ううん。違うの」
「違うとは…?」
「危なかったなあ~。ってぐらいなんだよね。なんだかんだで激戦に巻き込まれていたせいか反応が薄い自分に驚いているだけ」
……まあ、ワイバーンとか巨大悪魔とか色々な物と戦ってきたもんね。
「まあ、うちらってなんだかんだで危ない目に合ってるッスもんね」
「それでも、やっぱり今回は本当に危険だったし……やっぱり少し位は動けるようになったほうがいいかな?」
「……そうですね。泉さんとしてはお洋服の生地になる魔物の討伐とかもしていくでしょうし……攻撃は魔法や催涙スプレーで補うとして、回避とかは覚えた方がいいかもしれないですね」
「うん。シーエさんの言う通りかも」
「あれ?いつもなら薫が止めるんじゃ?」
「魔王軍との戦いは止めるけど、洋服の方は無理だね」
「ふふん!なんせ私の生きがいだからね!!」
「だから、シーエも覚えた方がいいっていったのか……」
「そういうことですよマーバ」
シーエさんが風船のように浮かびながら答えている。ちなみにユニコーンはそれも考えて動いているのでシーエさんたちが木々に当たるということはない。
「それにしても薫さんの指示は的確ですね」
「あんな圧倒的に不利な状況で戦うなんて無茶だよ。それに……あいつ遊んでいるだけだったし」
「そんなことまで分かるのか?」
「橘さんとかと組手とかしてた経験かな。相手の本気度がどのくらいかが分かるんだよね」
「私もそう感じました」
これに関しては実際に剣や拳を交えて近接で戦ったことのある経験が多い僕とシーエさんにしか分からない感覚だろう。
「そういうところは男らしいなお前……」
「マーバ……その理由が暴漢相手だからね……」
「結局は男らしくないってことッスね……」
「なんでそうなるの!?」
この後、無事にイスペリアル国に到着しミスリルは無事に回収できた。しかし魔王軍の四天王シェムルがすでに行動を起こしている事が分かり、各国はより一層、戦いの準備を進めるのだった。
「薫兄?シャワー借りないの?汗びっしょりかいたでしょ?」
「え?それなら家に帰って……」
「浴びた方がいいよ……色々と」
「ですね……帰宅中に暴漢に襲われかねないですし」
「シーエさん!?」
コンジャク大司教が、ぜひそうして下さい!獣人の中には嗅覚が鋭い者もいるので!と鼻息を荒く……そしてどこか僕を獲物として見るような目をしていたので、聖カシミートゥ教会の浴場を借りる。ちなみに広い浴槽だが僕一人の貸し切りで、シーエさんに一緒に入らない?と訊いたけど遠慮された。その会話を近くで聞いた修道士が驚いた表情で手に持っていた高い壺を落としたのは申し訳ないと思っている。
「今度から制汗スプレーや汗拭きシートとか持ってこよう……」
女湯から泉たちの楽しそうな話し声が聞こえている中そう僕は決めるのだった。
―クエスト「灼熱のボルグ火山からミスリルを回収せよ!」クリア!―
報酬:ミスリル鉱石、四天王シェムルの情報




