序章 物語の始まりの始まり
彼は覚悟を決めた。禁忌といわれているこの魔法を使ってでもこの状況を打破することを…。
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―プロローグ―
ここは僕たちが住む世界とは別の世界「異世界 グージャンパマ」。人だけではなくエルフやドワーフに獣人、そしてオアンネスと呼ばれる魚人などが住んでいる世界。この異世界はいくつかの国があり町の見た目は中世のヨーロッパに近く、王政による統治、レンガ造りの家、遠距離移動に馬車や馬は当たり前、電子機器など当然なくハイテクとは無縁の世界。産業革命前よりはるか前の世界である。
しかし、この世界は独自の発展を遂げていた。僕たちの世界には無い魔法という力で……。それだから、水道の蛇口を捻ると綺麗な水は出るし、トイレは水洗、暑い時は風を起こし部屋の温度を下げ、世界が暗くなったら自動的に灯りが点き街灯が街を照らし出す。そこは僕たちの世界と変わらない生活水準を持っている。困る事と言ったら娯楽品であるゲームや漫画、ネット環境が無いことぐらいだろう。
このグージャンパマの生活を支える魔法……それは誰もが自由に使えるという訳ではない。魔法を自由に使えるのは精霊と呼ばれる種族、そして、その精霊と契約を交わした「魔法使い」と言われる人たちだけだ。一般の人々はその魔法使いたちによって作られる魔石や魔道具を使う事で制限付きで魔法を使える。ちなみに契約自体は簡単で、精霊が承諾し、ちょっとした手順を踏めば簡単になれる。だから、パートナーである精霊と喧嘩なんかしたら仲直りするまで魔法が使えないというのもこの世界ではよくあることらしい。
そして肝心な事に人と契約しようとする精霊はかなり少ない。小規模だが、一人で魔法を使える精霊にとって、誰かと常に一緒に行動するというのは面倒くさい……というのが理由らしい。それだから魔法使いは人数が少なく、威力の強い魔法が使え、さらに魔道具や魔石を作れる魔法使いたちはどこでも重宝される。国としては魔法使いをどれだけ自国に住まわせられるかが国の安定に繋がるため、魔法使いは国の重要な役職や軍の偉い立場というのが普通だ。
さて説明はこの辺りにして……この物語はそんな人々と精霊が共存する世界にあるビシャータ・テア王国とそのお隣であるソーナ王国の国境付近の城壁からこの物語は始まるのであった……。
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―夜「ビシャータテア王国・ベルトリア城壁 執務室」カーター視点―
「今の状況はどうなっていますか……」
そう言って神妙な面持ちでビシャータテア王国騎士団の隊長であるシーエは長い銀髪をなびかせながら窓から外を眺めた。俺も一緒に見ると、窓の向こうでは敵軍の陣の灯りが見える。季節は冬であり木々は葉っぱ一つつけておらず動物も絶賛冬眠中である。また余計な明かりが無いため澄んだ夜空には宝石をちりばめたように星々が輝いてる。
「相変わらずソーナ軍は進軍をせず陣を張ったままだ。恐らく俺らの補給路が絶たれていることを知った上での策だな」
「このままだと飢え死にですかね…」
シーエがため息を吐くと、それに釣られて俺も大きなため息をついてしまった。そんな俺達の姿を見て、先ほどから俺の肩に座って話を聞いていたサキが心配そう表情を浮かべる。
「大丈夫だよ」
不安にさせまいと笑顔で答える俺。しかしサキの表情は変わらず暗いままであった。
「全く……困った事がこうも立て続けに起きるとは……」
目頭を押さえ、何か打開策を絞りだそうとするシーエ。俺も考えてはいるが……これといった打開策を出せずにいた。
室内を魔道具が暖めている中、2人の男性と1人の精霊が、敵が城壁前で陣を張っているために全員が鎧を身にまとっている。
ちなみに先ほどから会話をしている男はシーエ・トリストロ。俺の幼馴染で、冷静沈着なクールな男。それもあって、この国の騎士団の隊長を務めている。
「カーター大丈夫? 少し休んだ方がいいんじゃないの?」
そう言いながら、その小さい手を俺の顔に当てる精霊のサキ。特注のミニサイズの鎧を身にまとった綺麗な少女であり、その長い烏羽色の髪が微かに揺れている。
「さっきも言ったように俺は大丈夫だよ。それよりもサキの方が休むべきだ。マーバも休んでるみたいだしさ」
「でも…」
「私も同意見ですよ。いざ戦闘になったときに魔法が使えなくなるのは大変危険です。どんな状況になるか分からない今だからこそ休めるときにしっかり休んで下さい。カーターはもう少しだけお付き合いお願いします」
「構わないが……お前が一番、休んで欲しいんだが?」
俺が隊の食料の細かい配分の指示、飢えによって気が立っている隊員同士の争いの仲裁などあっちこっち慌ただしく動いている中、シーエは通信魔道具を使っての王都とのやり取りをしつつ、こちら側から人員を出して補給路の復旧作業の指揮を執っている。俺が休む必要があるなら、シーエも同じように休む必要があるのだが…。
「ここ数日まともに寝ていないって、マーバから相談を受けているんだぞ」
俺は心配そうな表情でシーエを見る。何故ならシーエの目の下にはうっすらくまが出来ているのだから。
「空腹に耐えながらも頑張っている隊員のためにも一刻も状況を打破しなければなりません。それだから少しの無茶は当然ですよ」
「……先日の土砂崩れがなければ」
語気を強めて俺はそう言い放つ。その言葉を聞いたサキは目を細め俯き、シーエは椅子に腰かけて天井を見上げた。
事の始まりは数日前に遡る。王都を守る騎士団である俺らが、このベルトリア城壁に来た理由は訓練のためであった。ここは王都から半日程度で来れる場所にあり、隣国であるソーナ王国との国境に建てられたこの城壁は大事な軍事拠点であるため定期的に行われていた。王都から近いこともあって普段ならどちらか一方が警備のため王都に残るところだが、今回に関しては騎士団の隊長であるシーエ、そして副隊長である俺も来ていた。
だが、これが今回あだになってしまった。そこまでの道のりに山間を通る道があり、そこが先日の季節外れの大雨で緩くなっていたのか大規模な土砂崩れを急に起こしたのだ。この砦からも道の復旧作業に騎士を動員し、反対側も王様の指示で急ピッチで土砂を撤去しているが、復旧までにはまた時間が掛かる。
そんな状況の中、突如ソーナ王国が城壁前で陣を張り、ソーナ王国からビシャータテア王国に向かう商人を引き返させるという行動を取り始める。その結果、この城壁は完全に孤立してしまったのだ。
「水は私達の魔法でなんとかなるけど食べ物はどうにもならないわ」
「魔獣が食べられたらな…」
魔獣は季節天候構わずにどこにもいる。この近くにも探せばいるだろうが、一部を除き魔獣はまずい、臭い、毒があるということで、食肉としてはとても食べられたものでは無い。
「食料さえなんとか補給できたら何とかなるんですがね……」
「こんな寒い時期に実を付ける植物なんて無いし、動物達も絶賛冬眠中よ」
「……」
俺の指示のもとで少ない食料で一週間以上何とか持ち堪えていたが限界がきている。空腹もだがそれ以上に騎士達はその状態で、いつ戦闘になるか分からないという緊張状態、そして復旧作業という肉体労働で身も心も疲弊し精神的に参っていた。
そんな状況を打開するために、俺達だけで話し合うが……この後もこれといった策は出なかった。
「……それじゃあ私は休むわ。シーエも早く休みなさいよ」
2人で話すはずだった議論にも参加したサキが一足先に部屋に戻っていった。
「それじゃあ俺も戻って休むよ。これ以上は明日に響くからな」
「カーター。確認したいことが一つあるのですが…」
「何だ?」
「食料はいつまで持ちますか?」
「一昨日に話した通り明日までだ。管理を担当している奴にはきつく口止めをしている」
「そうですか」
その後、互いにお休みの挨拶をして俺は部屋に戻っていった。
「はてどうしたものか」
聞こえていないと思っていたのだろう。シーエのその言葉に、俺は黙って部屋の扉を閉め、その場を後にするのであった。
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―およそ1時間後「ビシャータテア王国・ベルトリア城壁 個室」カーター視点―
「この状況を覆す一手か……」
部屋に戻った俺は自室でベットに寝転んで打開策について考えていた。絶体絶命であるこの状況……逃げ場もなく、このままではソーナ軍にやられるか、それとも餓死するかである。
「……」
俺は静かに、自分の首にかけてあるペンダントを見る。このペンダントはある魔法陣を模った物であり、曾祖父がとある場所から無事に生還した記念として残した物である。
実は今この現状でも行ける場所が一ヶ所ある。それがこの魔法陣で転移した先なのだが……と俺はその先がどうなっているのか分からない。
分かっているのは、この魔法陣を使った曾祖父以外の者達は生きて戻らなかった。何とか戻ってきた者も体中が大火傷だったり、刃物みたいな物で全身斬られていたりと酷い状態で帰ってきて数日後には死んだ。行けば死ぬかもしれない。しかし、曾祖父のように運良くいけば……大量の食糧を確保できるかもしれない。
「何を考えているのカーター?」
その声にハッとした俺はそちらに振り向くと、サキは自分の小さいベッドから顔を出してこちらを見ていた。
「今の状況を打破する方法が無いか考えてるだけだ。あまり余裕が無いからな」
「やっぱり食料の在庫やばいの?」
「明日までは大丈夫だ」
「明日って…」
サキは暗い表情を浮かべ枕を静かに抱きしめた。
「最悪の場合、サキはここを離れてくれ。飛んでいける君なら何とかな…」
「無理よ。万全な状態ならともかく今は空腹で体力の落ちた状態。寒空の中でのたれ死にするわ。それに……パートナーを置いて逃げるなんて出来ないわよ」
抱きしめていた枕を横に置く。
「あなたを置いて逃げるくらいなら、最後までそばにいて一緒に戦うわ」
「サキ……」
精霊と人間である俺達の間に恋愛とか男女の関係とかは無い。基本精霊は自由気ままだが俺達は大切なパートナーとして、戦いにおいて背中を預けることが出来る存在とお互いに認識している。
さらに、幼なじみであるシーエとマーバ、そして城塞の騎士達、全員を守る気持ちが俺を決意させる。
「異世界の門……」
俺が考えていた方法。それは古来から何故か存在している異世界への転移魔法である。
「待って!あれは……」
「王都への転移魔法を使うにしても必要な魔法陣が分からないしあちらにも対応したものが無ければいけない……。でも異世界の門なら使える」
「分かってるはずでしょ!?異世界に行って無事だったのはあなたの曾祖父だけなのよ!他の人達は…」
「大丈夫だよ。その曾祖父の血を受け継いでるんだ。きっとうまくいくさ。それに、その時使用した魔法陣を模したペンダントもここにあるから、すぐに描けるしな」
最古の魔法にして禁忌とされている異世界の門は他の転移魔法と同じく直接地面に魔法陣を描き、その中で魔法を使うことで発動する。魔法陣については各国が競い合って研究しているため、普通の転移魔法陣についてはある程度は理解されている。
しかし、数ある魔法陣の中でこの異世界の門に関しては全く謎のままである。この魔法陣の解明が進んでいない理由としては3つ。
1つ目は先ほどの通り、帰還者がほぼいないということだ。使用したものの多くは帰ってきていないのだ。当初は余りに居心地がいい天国の様な場所だという説もあったが、それは次の理由であっけなく否定された。
それが2つ目の、帰ってきた者達がことごとく大怪我をしていてすぐに死ぬということだ。特に酷いのは精霊は確実に死体となって帰ってくるのだ。死ぬ直前のパートナーの話だと辺り一面火の海だったとか、いきなり集団で斬りつけてきたとか多種多様な死因が確認された。このため異世界の存在が確認された事、自分達と同じような人間の存在もいるという実のある結果も出たが、多くの犠牲者が出過ぎたため使用するのに反対する者達も現れた。
そして3つ目が異世界の転移魔法が原因で国が滅んだことだ。帰ってきた者が死んだ直後にその死を確認した者達が謎の病にかかり、それが次第に拡大していき当時の王も含む多くの人々が死に、最終的には一つの国が滅んだ例がある。これ以降、全ての国が国の管理の下でのみ異世界の門の実験をするようになった。
それからも長い間、失敗ばっかりで、大した成果も見いだせなかったこの実験。ついには実験を凍結する国も出てくる中、ついに一組の成功者が出た。そう。それが俺の曾祖父だった。その際には、あちらから食べられる植物の種や実などを持ち帰り国に多大な利益をもたらしたのだった。
「どちらにしてもこのままだと悪くなる一方だ。それなら異世界に行っても変わらないだろう?」
「その前に道の方が…」
「無理なのは知っているだろう? 俺達がいないこの状況で賢者であるカシー達を送るわけにもいかないだろうし」
あいつらが来てくれれば、その魔法でたったの2日で瓦礫を何とか出来るとは思うが……だが、王都の防衛を考えたらそれは無いだろう。この時点で少なくとも開通に3週間以上はかかることは確実だった。
人は食料が無くても水があれば1週間ぐらいは大丈夫と言われているが、それよりも3倍の期間を耐えるのは不可能である。道の復旧作業をして1週間経った今、騎士達の中に絶望的な状況だと知っている者もいたが、それでも奇跡を信じて作業し続けている。
「……分かったわ。どちらにしても最悪な状況になるなら微かな望みに賭けたいわ」
「ありがとう。それとごめんな」
「謝んないでよ。それにパートナーでしょ?」
それ以上俺も何も言わず、ベッドから起き上がり支度を整える。そして地面に芯が魔石で出来たペンで魔法陣を描いていく。俺はただ無言のまま描き上げていく。描き終えた途端に魔法陣が淡く光りだし、俺達はその中に入る。俺はペンダントを握りしめ心の中で強く祈る。
「うまくいってくれよ……」
そう祈っていると、サキが俺の肩に座り魔法を使うために、同じく祈るような構えをする。
「いくわよ」
「ああ」
「「異世界の門!」」
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―「???」カーター視点―
淡く光っていた魔法陣が強く発光し俺たちを包み……しばらくすると光が止んだ。次に視界に映ったのは暗闇。どこを見ても暗く何も見えない。
「サキ。大丈夫か?」
「ええ。大丈夫よ。にしても何も見えないわね」
「とりあえず魔法で周辺を照らしてみよう」
「分かったわ」
「じゃあ……!?」
魔法を使うために構えようとした瞬間に腕が何かにぶつかる。直後に何かがガシャン!!と音を立てながら俺達の上に落ちてくる。
「うわ!」
「きゃっ!」
そして、音が止んだ時には上に何かが乗っかかり身動きが取れなくなっていた。
「いてて……。サキ大丈夫か?」
「……」
返事が無い。
「サキ?おい返事をしろ!」
落ちてきたものでまさか……。俺はサキに何度か声をかけるが一向に返事が返ってこない。暗闇の中どんどん悪いほうに考えが傾く。不味いどうする。早く脱出しないと……。
「ねぇ?誰かいるの?」
女性の声が聞こえる。まさか人がいるのか!?
「助けてくれ!」
「何かあったの?」
俺は彼女のいくつかの問いかけに答える。彼女は「分かった!」と言ってここの扉を開ける鍵を取りに行ってくれた。ここは彼女の所有する蔵らしく、これで一安心……。
いや、改めて考えろ……彼女は、本当に俺と同じ人間なのだろうか。考えろ。こちらの世界に行った奴らがどうなったかを。
「ヤバい。あまりにもヤバすぎる……!!」
途端に体中から変な汗が出る。もしかして状況を悪化させたかもしれない。頑張って出ようと体を動かし脱出を試みる。しかし、一向に自由になる気がしない。
「持ってきたよ!」
ああ……終わったかもしれない。扉が開かれていく。外から淡い光が差し込む。こちらの世界も同じく夜のようだ。逆光のため彼女の姿は暗くて良く見えない。ただシルエットからして同じ人のようだ。
すると、急に中が明るくなり彼女の姿がはっきりと分かる。手には棒状の鉄製の武器を持っていたが……そんなのはもはやどうでも良かった。その武器で殺されるかもしれないそんな考えも浮かんでいたのにだ。しかし……それ以上に彼女は可憐だった。首辺りまで伸びている亜麻色の髪。つぶらな瞳に柔らかそうな唇。男共が見たら100人中100人が俺と同じような欲情を覚えるだろう。これが俺たちの物語の始まり。成島 薫との初めての出会いだった。
次回から主人公である薫の視点になります。