14時10分
「…この式は、先ほどの数を代入することで解くことができ…」
昼食を取り終え、どうにも頭がふわふわとし始める午後の授業。僕を含めた、教室中の生徒から溶け出した眠気が、空気に混ざり始める。それはやがて、柔らかな重さをまとい、ゆっくりと、いろんなものの境を曖昧にしていく。
「…したがって、求められる数の値は…」
声がだんだんと遠のき、それが言葉なのか、単なる音なのかいよいよ判断がつかなくなる。
不意に誰かが、教室に漂う空気の中に溶けた。
それは静かで、一瞬の出来事。
注意しなければ、その出来事に気がつかないかもしれない。
そうこうするうちに、1人また1人と溶けていく様子を、窓際の後ろから2番目、僕は静かに眺めている。
僕の左側、少しだけ開いた窓から入るかすかな風が、校庭からホイッスルの音と生徒の笑い声を運ぶ。
僕の右側、教室中に蔓延する空気に飲まれることなく、黙々とノートをとり続ける彼女。
時計の針の動き、板書の音、椅子を引く音、先生の声、風とそれにのって運ばれる音、昨日寝る前に聞いていた音楽、さっきノートの端に書いた落書き…
そんな些細なことの1つ1つが、なぜだかとても鮮明で。
突然鳴り響くチャイム。
先ほどまで漂っていた空気が、一瞬のうちに圧縮され、消えてしまった。
「今日はここまで、起立。」
夢か現実かはっきりしない中でも、身体は自然と立ち上がる。
いつの間にか僕自身も、空気の中に溶けてしまっていたらしい。
時計の針は、15時を示していた。