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6話

「ほら、これで好きなもの食ってこい」

 食べ物屋台以外にも見て回りたかったのでシェリーに二〇〇〇ゴールド渡した。近くの定食屋で三食食べれる金額である。

「うん。行ってくるねっ」

 お金を受け取ると一目散に屋台へと駆け出していった。

「俺達も行くか」

「はい、お伴します」

 ずっと放置気味だったサイアと共に露天を見まわる。最近シェリーばかり構いっきりで機嫌が悪くなっていた。その罪滅ぼし、というわけじゃないがいつも尽くしてくれるサイアに報いておきたかった。

「魔王さま、あれ可愛いですね」

「魔王さま、これなんて似合いそうじゃないですか」

「魔王さま、見てください。あれですあれ」

「魔王さま、――」

 女性の買い物は凄いと聞いていたがここまでとは思わなかった。それはスライムであるサイアにも漏れ無く好きだったらしく普段のサイアからは想像できないような顔で魔王の手を引いて露天を回っている。

ここは我慢だ、と付き合っていた。そんな時とある露天が目に入った。

「魔物用装飾具……?」

 魔物とも共存し始めたといっても浅く、何処に行っても売っていないような魔物専用の道具が置いてあったあった。ハーピィ用派手な付け羽、ラミア用の湯たんぽ。その中にはスライム用の香水もある。

「おっちゃん、それ一ついくらだ?」

 スライム用の香水を指さす。

「お客さんお目が高いね。隣のスライムへのプレゼントだな。にいちゃんもやるねぇ!」

 それを聞いていたスライムの肌が少し赤みを帯びた。

「本当は一〇万ゴールド。だけど、ええいっ、もってけ五万だっ!」

 おそらくもっと安くこの街のどこかで仕入れているはず、だが大通りの店にも魔物用の装備など売っていなかった。探さないと見当たらないほどなのだろう。

サイアの手前値切るのは男らしくないと感じた魔王は値切らず買うことを決めた。

「よし、買った」

 早速買った香水をサイアにプレゼントする。

 申し訳無さそうな気持ちと嬉しさが隠し切れない表情で、

「私なんかのために、よろしいのですか?」

 魔王から香水を受け取った跡、手に取った香水のビンを世界一美しい宝石を見つめるように見つめる。

「あぁ、俺の気持ちだ。ぜひ使ってくれ」

「ありがとうございます。魔王さま」

 サイアは恥ずかしがりつつも瓶に入った香水を体に取り込んで溶かした。

「どうですか?」

 サイアは自信なさそうに聞いてくる。

そのサイアの体からはラベンダー、バラ、ミント。どれとも違うが花の香りがした。

「うん。良い匂いで魅力的だよ」

「そ、そんな。魅力的だなんて……」

 手で真っ赤になった顔を覆っている。いつもと踏んでいる地雷とは違うものを踏み抜いてしまったようで、手で覆っても透けて見える顔は気持ち悪いほどニヤけていた。

その後も色んな露天を回ったが、「はぁ」「ええ」「そうですね」しか話さなくなりすっかり上の空だった。。

「ただいまー」

 サイアを介護していると、何か物足りなさそうな顔でシェリーが戻ってきた。大凡の予想は付いている。

「ねぇマオー。もうちょっとゴールドほしいな~、なんてっ」

 予想通りゴールドをもっと寄越せと手を出している。

「はぁ。夕方だし晩飯込であと一〇〇〇ゴールドだけな」と懐から袋をだした。

 すると何処からとも無くシェリーと魔王との間を何かが走り抜けた。

「あいっつつつ」袋を持っていた手がソレに当たった。

「――はっ、ゴールドが盗まれた。追いかけるぞ!」

 ぶつかってよろけている間に袋が手元から消えていた。そのため常に元気なシェリーに追いかけるように命令したのだが、

「わたしのごーはーんー」

 命令するまでもなくシェリーほどの小柄な泥棒を追い駆け始めていた。

 泥棒の足は遅く直線では追いつくもの、近づいたと思えば道を変更したり屋根を登ったりと引き離される。

「どこまで逃げるんだ、あの野郎」

 入り組んだ路地を追い駆け坂を貴族街がある丘上まで登った。下り坂の向こうにある家々も変わらず2階建てや3階建てが多かった。だが、どこか活気が感じ取れない。

 そのまま追いかけていると家は汚ならしくなっていき、そしてボロボロになっていった。

「きゃっ」

 横を走っていたシェリーが突如転んだ。

「おい大丈夫か、サイアは後を追ってくれ」と指示を出して先に追わせる。

「ごめんね」

「気にするな、金ならサイアが取り戻す。それよりこの傷大丈夫なのか」

「ちょっち痛いかも……」

 シェリーの足には白い三本ものとげが矢のように刺さっていた。

「抜くぞ」

 痛みに顔を背けるシェリーに声をかけ一気に痛々しく刺さる棘を三本とも抜く。

「ッァあ――」

 棘を抜いた足からは血が流れ出し、傷口を見たくないシェリーは顔を背けている。

「今治療するから待ってろよ」

「うん」

 魔力を込め治療を開始する。みるみる傷が塞がっていき、強張っていたシェリーの顔が緩む。

あと少しで治療が完了する、その時だった。

「マオー危ないっ」


 一一魔王目


「おはようございます」

「大丈夫? 痛くない?」

 シェリーが叫んだと思うと次の瞬間、二人がベッド横で椅子に座り復活するのを待っていた。サイアは手慣れた様子だったが、シェリーは魔王が死んで復活するところを見るのは初めてのことで、棘が刺さって倒れた魔王の頭を心配している。

「おはよう。まさか不意打ちされるとはな」

 シェリーから具体的な状況を聞いて苛立ちを覚える魔王。

「サイア、復活までどれくらい掛かった?」

「昨日の夕方から今朝ですね」

 六時間かそれより少し長いぐらいだと思っていたのが、半日近く経っていた。能力が元の性能に戻ったといえ肉体の強さは、人間とそう大差がないらしい。ただ復活する魔力が多いだけの人間、そんなものなんだろう。

「それより足は大丈夫かシェリー」

「ぬっふっふっ。マオーのお陰ですべすべのもちもちだよ~」 

「ふむ、確かにすべすべだな」

 ベッドの上に乗り足を見ろと言わんばかりに見せつけてきた。遠慮無く見ると傷跡が一切無く、触ってみてもデコボコとした感触がない。程よい筋肉と脂肪がついた足につい頬を擦りつけたくなる。

「やん。マオーのえっち」

 さらりとした太ももを撫でているとシェリーから頬を叩くビンタが飛んで来る。勿論攻撃されるなんて思ってもみなかったため、綺麗に頬へヒットする。

「あいたっ」

 頬がパァンと音を鳴らして首が九〇度回転した。頬がヒリヒリと痛い。鏡を見たら真っ赤に腫れているに違いない。一応復活という病み上がりなのだから、少しは手加減して欲しかった。

「あー、くそっ。この痛みも全部シェリーに怪我を負わせた奴が悪い」

 ゴールドを盗まれたのは構わない、また稼げばいい。自分が死ぬのも別に構わない、痛くてもどうせ復活するのだから。ただ、時間にしては短くても配下という固い絆で結ばれて三日間も旅をした二人を、特に目の前で傷つけられるのは許せなかった。

「街の地図を出せ」

 魔王は吐き捨てるように命令する。すると既にご用意してありますと即座に地図を差し出してきた。更に魔王が死んだ場所も特定していた。なんとも優秀な配下である。常に魔王の事だけを考えているサイアならではの気遣いだった。

 魔王を殺され静かに激昂げきこうする冷徹な表情のサイアによると、その場所は街の北東部分で夜の店が連なる区画の更に奥の区画だと分かった。家の感じから察するにおそらくスラム街である。

「犯人を見つけ出す、出陣だ」

宿を出て今日も開かれていた露天市場を抜けて現場へと向かう。今日ばかりはシェリーも食べ物屋台に脇目も振らずついてくる。追いかけた道とは違い地図を頼りに大通りを進んだため、少し道に迷いつつも何事も無く辿り着いた。

時刻は出勤前の時間だというのに誰も道にいなければ、家から生活音も聞こえない。その代わりスラム街に入った頃から視線を感じていた。どうも魔王達の出方を伺っているようだった。

「俺は魔王! 昨日ここで俺を殺したやつ出てこい!」

 どうにも考える・耐えるということが出来ない魔王はその状況に、大声で周囲数十メートルは軽く届くであろう声で名乗りを上げた。

 すると見張っていたであろう人や声を聞きつけた人が家や路地からぞろぞろと現れる。それは人ではなく魔物とも違う。人に尾や触覚、牙など一部が融合したような人から殆ど魔獣の姿。

「おうにーちゃん。てめぇ気違いか?」

 狼のような尾が付いた男性がギラリと光る刃物を片手に話しかけてきた。それにシェリーは驚いてサイアの後ろに隠れた。

「いいや、正気だ。昨日ここで襲ってきた奴らに謝ってもらうつもりだ」

「同じ顔だと気も同じく狂うらしい。おいお前ら、やっちまうぞ」

 話しかけてきた男はここら一帯リーダーだったらしい。集まってきた人々はゆっくりと、にじり寄るように間合いを詰めてくる。

 場合によっては平和的に解決も可能だと思ったのが、そんな雰囲気は微塵みじんもなく交渉決裂したのは明白だった。

 魔王は殲滅せんめつする前に二人をどこか安全な場所に逃がそうと、囲いのどこかに穴がないか探した。しかしネズミ一匹逃げ出せないよう囲まれて、屋上にも昨日攻撃してきたと思われる弓のように棘を構える人がいる。

 サイアはスライムだろうからある程度は大丈夫だろうが、シェリーが心配である。そんなことを考えている間も刻一刻と輪が縮まっていた。

 オーラで二人を包んでここら一帯を破壊してやる。そう決めて魔力を練り上げようとした時である。

「待ちな!」

 女性の声が道の響いた。

声のする方を見上げると、ブロンド髪のふんわりとしたポニーテール、しなやかで細い尾を持ち、男でも惚れ惚れする肉付きのいい足を持つ女が屋上に立っていた。

「その男はうちへの客だよ。お前さん達は散った散った」

 女の命令で囲んでいた人々は、獲物を逃したような目をしながら渋々元いた所へ帰っていく。刃物を持っていた男も舌打ちをして家へと戻っていった。

「何なんだアイツは」

 人々が散っていくのを確認し、誰も道からいなくなったところで女は地面に降りてくる。

「まず怒らないで聞いて欲しい。昨日あんたの財布を盗んだのはうちの者だ」

 何を言い出すのかと思えば、女は自分が今回の元凶の親玉だという。それを聞いた魔王は顔に青筋が何本も浮かび上がる。

「ほう。ならこの怒りを収めるために生け贄の一つや二つ、用意したのだろうな」

 シェリーが攻撃され痛がっていたあの表情を思い出すと、つい力み過ぎてしまう。おかげで無意識ながら体を覆う程度の魔王オーラが溢れだしていた。

「この通りだ。全ての責任はあたいにある。煮るなり焼くなりしても構わない。だから財布を盗んだ子は見逃してくれ」

 女は懐にあったナイフを地面に投げ出し、両手を握り目を瞑って直立している。

見た目の若さからあの身長の子の親とは思えない。それにさっき取り囲んでいた男どもを有無を言わせず解散させる程度の顔の広さ。そんな女が慈悲を乞うている。

「本当に何をされてもいいんだな」

「ああ! だから頼むっ」

 目を閉じていても分かる覚悟の現れ、よほどのっぴきならない事情があるのだろうことは分かる。だからといって見逃すほどお人好しじゃなかった。

「盗んだ奴は子供なんだろ? 盗まれたのが俺でよかったな」

 女は目を開け「だったらっ」と、微かな希望を掴んだかのよう声を出した。

「そいつのところまで案内しろ」

 微かに安堵を感じたであろう女を地獄へと突き落とす。その表情はまるで、地獄で蜘蛛の糸を掴んだと思ったら断ち切られたかのようだった。

「お願いだ、それだけはやめてくれ」

 必死な形相、悲痛な叫びで足元に縋り付いてくる。それでも許す訳にはいかない。魔王の配下であるシェリーを傷つけるとは、そういうことであった。

「別に案内しなくても構わないが、その代わりスラムは消し去る。なんたって俺は魔王だからな」

「この外道……」

 魔王を恨み全てを諦めた表情の女は、泥棒のいるところへと案内することになった。

「ここがそうさ」

 案内された家は名乗り上げた声が届く距離で、今までスラムの家同様寂れてボロボロ二階建ての家だった。ただ、他の家とは少し違う。中から活気が感じ取れ、生活音も聞こえる。他の家より明るく見えた。

「イザベルおねーちゃーん。おかえりなさい!」

「ただいまっ。皆ちゃんとお利口にしてたか~?」

 突如目的の家からケモノの耳や尾、触覚と羽、角と手足に毛がびっしり生えた幼い子供が三人出てきた。その子供たちは女の元に飛び込み、女に両手で抱き寄せられた。

そしてでかけている間にあれをやったこれをやったと、女がといなかった間の出来事を全て報告している。

「おい、そこの少年」

 扉の入り口に泥棒と同じ背丈の少年がいた。小さな子供たちと一緒に出てこようとしたが、魔王が居ることに気がついたところで足が止まっていた。少年の顔は緊張で強張り、今じゃ呼吸すらも止まっているように見える。

「少年」

 二度呼ばれた少年はハッと我に返って重々しい足を動かし魔王の元にやってくる。それに気がついた女は、幼い子供達を家へ入るように言いつけていた。

幼い子供が家に入った頃に少年は目の前へやってくる。

「なぜ俺がここにいるか、分かるよな」

 少年は威圧のある言葉に怯え、魔王の顔を見ることが出来ない。その様子を見て昔の自分を見ているようで、なおも苛立ってくる。

「失望した。お前を男と思って話したのが間違いだった」

 少年に興味を失くした魔王は女に振り向く。そして岩をも断ち、人の体なんぞいとも簡単にを切り裂く風の刃を手に纏わり付かせ言い放った。

「代わりにこの女に死んでもらおう」

女はこれからこの子の代わりに死ぬのだという覚悟を決めたようだった。少年に少しだけ微笑んでから目を瞑る。女の覚悟にゆっくり殺しては魔王の名に恥じると思い、魔力を強めて打ち損じしないよに風の刃を肥大化させた。。

「カイル、元気でね」

 女は目の端に涙を浮かべ小さく呟く。良心が切り裂かれんばかりに攻撃してくる女の少年を想う涙、それでも魔王は止めない。

「あとで後悔するんだな少年ッ」

 嵐のように荒れ狂う風の刃で一刀両断すべく腕を振りかぶった――。

「……お前ごと女を斬るが、いいんだな」

「ごめんなさい。ボクが悪いんです。だから、だからお姉ちゃんを殺さないでっ」

 腕を振りかぶると意を決した少年が間に立ちふさがった。足が震え、涙と鼻水を垂れ流し見るのも無残な表情で。

 脅しても少年は無言で立ちふさがり続ける。とどめに魔王オーラを少年に触れる寸前ギリギリまで放出した。オーラがちりちりと当たっても立ちふさがり続け、魔王の顔に覚悟ある顔で見つめ続ける。

「そうか、分かった。ならば死ねいっ」

 吹き荒ぶ風の断層を少年に振り下ろす。凶刃が振り下ろされようとしていた少年は目を逸らさないどころか閉じない。振り下ろした手は少年の頭へと吸い込まれていく。

――ゴチンッ! 

「んがぁ」

 手が当たる寸前に魔力を止めたため風の刃が消えた。そのため少年の頭に当たったのは魔王が渾身の力を込めたチョップだけである。

ただ、思い切り振りぬいたので痛いことに違いはない。

「これに懲りたらもう盗みなんてやめるんだな」

「ありがとうございます。本当にありがとうございます」

 命が助かった少年はよほど怖かったのか痛かったのか、ホッとした表情で礼を何度も魔王にしている。

「あの、あたいは……」

 女がポカンとして何が起こったのか分からないという顔をしていた。なのでなんとなく女にもチョップをしてやった。勿論力いっぱい。女も情けない声をあげてようやく何が起こったのか理解したようだった。

「許してもらった上、あつかましと思うだろうけどあたいらの話を聞いて欲しい」

「元よりそのつもりだ」

 元々少年を叱って何が起きているのか聞く予定だった魔王は、幼い子供たちに歓迎されて家へと入っていった。

家の中は外観の寂れた感と同じく、お世辞にも綺麗とはいえない。家具も長年使ってきた証として傷や違った色の木で足が補修された椅子や机がある。

 それでも蝋燭はちゃんとあるし奥の部屋に続く入り口、上階へ続く階段がある。これでもスラムの中で一般的な家なのだろうが、自分の城と比べるとどれほど豪華か。

「遅くなったけど自己紹介させておくれ。あたいはイザベル。パンサー型魔獣の血を引いたビークスさ」

「俺の事は分かっていると思うが魔王、後ろのスライムはサイア、ほぼ全裸なのがシェリーだ」

 ほぼ全裸、と言われて気に入らなかったのかシェリーに横腹を殴られて盛大に椅子から転げ落ちる。その姿を見た少年、イザベル、サイアにクスクスと笑われた。

「笑うのはその辺にして、何故子供が盗みをしているか教えてくれ」

 イタズラされて笑われるのは慣れている。それに女性に笑われるのも慣れている。ただ、慣れていることが悲しい。

それより貧困による盗みなのか、それとも理由があるのか。囲んできた人の中に普通の人間がいないのが気になる。それにさっき言ってたビークスとはなんだろうか。スラム街を見てからこの世界に来た時以上に疑問が多く浮かび上がる。

「それがねぇ、何から話せばいいものか」

 思案するようにイザベルは女にしては筋肉がついた腕を胸の前で組んだ。本人はあまり気にしていないだろうが、ただでさえ大きめの胸が寄せられ大変なことになっている。

「そうね、この街を見てどう思った?」

「立派な街だと思ったがやっぱりスラム街もあると思ったな。それと他の町では魔物も人と一緒に働いているとも聞いたが、ビークスは魔物モンスターとは違うのか?」

 角、耳、触覚。どれも動物や虫に近いといえばそうだが、そういう魔物もいる。ただ言わんとしてることは魔物との混血児ではなく、別の混血児のようだった。

「まず階級制度から教えたほうが良さそうね」

 イザベルはこの国の階級制度について説明し始めた。

 この国では教会の人が一番偉く、次に王や貴族。その次に大多数の一般人と極少数な魔物。ここまでが人間であり更に下があった。それは奴隷の次の世代と魔獣の血を引く半魔獣人間ビークス。イザベルやスラムの大多数はこの人達である。人権は保証されているものの本当に最低限だけで、殆ど奴隷と変わりない扱いらしい。

「――だから働ける場所もあたいや子供は夜の店しかない」

 イザベルはギリッと音を立て、激しく歯をかみ合わせている。アドラで聞いていたように魔物やその子供自体の待遇は問題ないらしい。

だが半魔獣人間ビークスは魔獣との子供。望まれて生まれてこなかった人が殆どを占めているのだろう。忌み嫌われ、殆ど奴隷と同列に扱われるようになった経緯も容易に想像出来る。

「だから大人のあたいたちだけじゃ子供を養うのにも限界がある。それを見ている子供たちも馬鹿じゃないわ。自分より幼い子のために働こうとして仕事を探しても、大人でこの有様なのにあるわけがない」

 半魔獣人間ビークスへの対応があまりに酷く、話しているイザベルは口調がキツくなっていく。

「やりようの無くなったこの子たちはやってはいけないことに手を染めてしまう。そして昨日のようなことが起き、スラム一同で庇うためにあなたを殺してしまった」

 手に拳を作り行き場のない怒りを抑えているようだった。近くで話を聞いていた泥棒の少年も、歯を食いしばって悔しがっている。

「なるほど。それで魔王を名乗る俺に全員養ってもらい皆ハッピーって話か?」

「違う!」

 拳を振り上げ机へ行き場の無くなった力を振りかざし、テーブルが悲鳴を上げた。

「……すまない、取り乱した」

 イザベルは気持ちを落ち着かせるように、大きく深呼吸をひとつした。全く関わりたくなくて煽るように言ったのも確かだったが、内心助けてやりたくないわけではない。

 けど全てはいそうですか。と手を差し伸べて全てを救えるわけではない。なので特別扱いすることも出来ない。

「ここは孤児院じゃない、それなのに子供が沢山いる。なぜだか分かる?」

 イザベルの問いに、貧困について学校で習ったことを思い出す。皆は可哀想、助けてあげたいと思ったかもしれないが、魔王は違った。何故自分勝手に努力もせず、奪い合うだけの存在に手を差し伸ばさなきゃならないと思っていた。

「流行病で大人だけが死んでしまったとかか」

「そういうことも勿論あるけど、ここにいる子は違うわ――」

ある日、教会が半魔獣人間ビークスにと大量に仕事を用意した。それも相場より高い給金。最初、

教会の施しかとスラム中歓喜したらしい。しかしその大人たちはいくら待っても予定の日に戻ってくることがなく、ついにスラムから数百人が消えていった。

 その消えた人の子供が分散して各家に住まわせてもらってる。そのうちの一人がこの少年であり、あの三人の幼子だった。

「話がようやく見えてきたな。つまりその行方不明者を探しだして欲しい、ということでいいんだな」

 ようやく現状から打開できるのではないか、といった安堵と期待にイザベルは大きく頷いた。ただ、この子達のために親を連れ戻して欲しい。それがイザベルの心からの叫びに違いない。

「これを善意でやるようでは魔王ではない。金を貰ってやるのも冒険者だ」

 この世界に来て暫く考えていたことがある。

なんで俺なんかを召喚させられて魔王なんかやっているのだろう。真実は偶々とかしょうもないことなのだろうが、それでも俺が選ばれたのは、運命というものに違いない。

「そして俺は魔王である。魔王は配下の者を守る義務がある。だろう、サイア」

 誇らしげな表情でサイアは答える。

「ありません」

「過去がどうだったかなど興味はない。俺は全てを配下にしたい。どうだ、サイア」

 毅然とした態度で再びサイアは答える。

「当然です。魔王さま」

 奴の言っていた世界征服をしろ。というのはこういうことだ。

魔王と言えば魔物。その魔物たちの平穏をもたらすため百年程前に奴が開放したか、その前の魔王がやったんだろう。そして魔物に対して弾圧や殺戮さつりくはされなくなったどころか人間と同じ扱いになった。

だが、この国には半魔獣人間ビークスという魔物に変わる差別対象が出来てしまった。こういった世界にある差別や理不尽から開放していってくれというのが、奴の言わんとする世界征服なのだろう。

 そうと分かればやることは決まった。

「というわけだ。スラム全てを配下に入れたい」

「スラム……全て?」

 あまりの話の大きさに唖然とするイザベル。

「そうだ全てだ。お前に説得出来るなら連れ戻し、身分制度なんてぶっ壊してやる」

「本当に、本当にやってくれるのかい?」

 耳にしている言葉がどうも夢のようで聞き直してくる。側にいる少年に至っては泣いていた。

「俺は魔王。エゴを言わせれば最強の王だ。やりたいことはやる。それだけだ」

 少数派の意思を強引に押し通す。例え金だろうと力だろうと。目的のことならば手段を選ばない、それが魔王。理想の魔王。

「イザベルはスラムの説得をやってくれ、俺は行方を調べてくる」

「ああ。あたいに任せておくれ」

「なら明日の朝またくる」

 スラムへの説明を任し、行方を探すべくギルドへと向った。

 昼飯前という時間もあってか、食事処に向けて多くの人が集まっている。そのせいで道は混み、思うように進めずにいた。

ようやくの思いでギルドにたどり着き中に入ると、アルラウネの列が以前来た時より更に増え、最後尾を知らせる看板が立っていた。他も混んでいると思いきや、そんなことはない。それどころか他の四列とも少なくなっている。

 もしやと思うがこの列に並んでいる男どもは、昼飯休憩を口実に仕事中に並んでいるのではなかろうか。そう思って並んでいる人を観察してみた。並んでいる人の服装は、今朝から壁の塗装したと思われるペンキが服のあちこちに付いていたり、腰にエプロンを巻いてあったり、中には貴族のような人物までいる。

 平和で何よりといえば良いのか、感想に困る。

「いらっしゃいませ、本日はまだマスターがお戻りになられていません」」

 昨日と一緒の受付嬢に並び、昨日と同一人物だと認識された。

本来なら別人に見えるが、こんなこともあろうかとキースの本から見え方だけが変化する魔法を使っておいたのだ。

「今日は野暮用が出来てな。半魔獣人間ビークスの依頼について聞きたい」

「んー。どの依頼かなぁ~?」と独り言をいい始める。思い出そうと唇に指を当て、これでもないあれでもないと非常に可愛らしい。

「――でも半魔獣人間ビークスでしょ。と、なると」

 何か思い出したようで、あーあれか。と手を握りもう片手をポンを叩いた。

「おそらくですが鉱山の町『バルザレイ』に関する依頼ですね。二ヶ月前の依頼で特に半魔獣人間ビークスを優先して雇ってくれと言われています」

「以上でよろしいですか」と聞かれ、「結構だ」と返してカウンターから離れた。

 今日一日情報収集で丸々潰れると思っていたため予定を考えていない。なので少しでもつよくなるよう宿に戻ってキースの本を読みふけることにした。二人を連れて観光と洒落こんでも良かったのだが、第六感が力を付けよと警告していたのだった。

「魔王さま、そろそろお休みになってください」

 昼からずっと本から少しでも知識を得ようと、真剣に読んでいたら深夜になっていた。

「あぁ、こんな時間か。そろそろ寝るか」とスライムに寝室に向かう。

「あっ。私も一緒に寝るぅ」

 暖炉の前にいたシェリーも後を追い掛けてくる。大きなベッドにスライムは枕になって待機する。そしてシェリーは隣に寝転んだ。

「シェリー、なんでそこにいる」

「だってサイアだけ一緒ずるい。私も寝るの」

 頬を膨らませ拗ねている。サイアも何か言えばいいものを、以前なら分からなかったがグミ状態でニヤニヤしていた。

「はぁ……。寝ぼけて殺さないでくれよ」

「うんっ」

 クスクス笑うサイアと、ニヒヒと笑顔のシェリーに囲まれて眠った。

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