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5話

三章


「食料よし、寝袋よし、忘れ物はないか?」

「全て持ちました」

「それじゃ出発だ」

 この世界に来てから三日、首都に向け始まりの町アドラを旅立った。目的は大金を手に入れるため、それと世界征服をする理由探し。首都までの道は片道三日。

今まで長距離移動といえば、車か電車でしかしたことがない。そのため道具屋の店主のアドバイス通りに道具を揃え、荷物はロバに積んで徒歩で向かうことにした。出費は道具に三〇万ゴールド、ロバで五〇万ゴールド。相場が分からず安いか分からない。

「マオー、向こうは何もなーい」

 町を出て一つ目の丘頂上に、ゴーレムが一人先行していた。アドラから首都までは緩やかな丘が延々と続く平原で、川が一本あるだけらしい。

ゴーレムに追いつくと数キロメートル下ってまた丘があるだけで回りには草原が広がっている。

頂上から来た道を見ると小さく町が見えた。

「結構進んだなぁ」

 普段から運動不足なせいか、数キロ歩いただけで足が痛かった。

「薬草でも試してみるか」

 ロバに載せた荷物から薬草を取り出す。試そうと思ってそれぞれ一〇回分ずつ買っておいた。手に取った感覚は硬いグミみたいなもので、まずは普通の薬草を道具屋で聞いた使用法通り咀嚼そしゃくしてみる。

 噛み始めると鉄でもかじっているような、そんな味がした。薬だしこんなものだろうと足の痛みが収まればいいなとそのまま暫く噛んでいた。

「ッッツゥ――」

 薬草グミが芯まで溶けると、大量にカラシを食べた後ワサビを水に溶かしたものを一気に飲み込んだような、二度と口にしたくない味が舌を襲った。幸い両方とも慣れ親しんでいるような味だったのですぐに収まった。

「あっ、マオー何食べてるの?」

 食い意地を腫らしたゴーレムが先行するのをやめて戻ってくる。

「おっ、食べるか?」

「うんっ、食べるっ」

 手元にあった包みから1つ取り出し渡してやると、ひょいつまんで口に放り込む。口に入れ何度か顎が上下に動いた。

「なにこれー、にがーい」

 しかめっ面しつつも、もったいないと思ったのか吐き出さず噛み続けるゴーレム。どんな顔をするのだろうと眺めていると、

「ん、んんっ。ッンー! ッンー!」

 目から滝のように涙を流して鼻頭を抑えつつ悶絶している。人間より味覚が強いのか、凄まじい表情で地面をのたうちまわり始めた。

「ふっ、ふは、ふはははははは」

 のたうち回る姿が面白すぎて腹が痛い。薬草を吐き出しても口に味が残っているらしく、吐き出した後もまるで自ら陸に上がって海に戻れない魚のようだった。

「大丈夫ですか!?」

 異常を察したサイアが水筒を持って近寄る。そして水を飲ませた。

「魔王さま、イタズラも程々にお願いします」

「ヒー、ヒー、ふっ、す、すま、ぷっ、フヒ、ふひゃははは」

 笑いすぎて呼吸ができない。しばらくの間、お互い苦悶の表情で時間流れる。ある程度収まると、ようやく口の中がマシになったのか、ゴーレムは舌を出してヒーヒー言っている。

「ハ、ハホー、ヒハヒ」

「すまんすまん。そう邪険にするな、俺もアレを食べた」

 可愛く睨むゴーレムに謝って薬草を荷物の奥底にしまった。そのついでに口直しとして、不味くない、と説明された上薬草を取り出して食べてみる。

「んっ、これはっ」

 噛んでいると徐々に染み出てくる懐かしの味、ハッカ味だった。噛んでも噛んでもハッカ味しかしない。確かにこれならば不味くはない。

昔良く食べた缶に入った飴の味を懐かしみつつ噛み終わると、口いっぱいにハッカの匂いが充満している。口臭予防としても使えそうだった。

そういえば傷が治る、とあったはずだが筋肉の張りも足裏の痛さも治らない。代わりに口に出来ていたやけどの跡が少しマシになっている。

「もしやこれ、口内炎とか虫歯の痛み止め薬なんじゃ……」

 もしやと思って一本だけ買っておいたポーションを荷物から取り出す。ビンの蓋を開けると甘くほのかに消毒液の香りが漂ってきた。嫌な予感しかしない。

 少し口を付けてみる。すると栄養ドリンク独特の味にリンゴの風味が合わさっていた。

「や、やられた……」

 使用すると怪我が治るものだと思っていたが、消毒剤と栄養ドリンクだった。そうとは知らず薦められるがままに購入した結果、九〇〇〇ゴールドがほぼ無駄に吹き飛んだ。唯一救いだったのがエリクサーも薦められたが、あまりに高いので断ったことである。

親身になって相談に乗ってくれた店主だったが、やはり商売第一であった。


長閑のどかな風景を眺めつつ、のんびりと歩き続け丘を三つ超えてロバを引くのも慣れてきた頃、空が赤く染まり始めた。周りを見ても誰もいない。只管ひたすら草原が広がっている。

「そろそろ野宿にするか。サイアは一緒にテントを張ってくれ」

「わかりました」

 返事を聞いてからロバを留めておく杭を地面に打ち始める。

「わたしは何すればいいの?」

「ゴーレムは夜食の準備をしてくれ」

「あいあいさー」

 一人でずっと彼方此方あちこちへ歩きまわったのに、ゴーレムは疲れ一つなく元気そのものだった。そんな調子で鼻歌を歌いつつ、ロバからテント用具を下ろしているサイアと一緒に鍋や食材を下ろし準備し始めた。


「魔王さまー、これお願いしますー」

ロバを杭に繋ぎ留め終わると、タイミングを見計らったかのようにサイアに呼ばれた。見に行くとロバから道具は下ろせたものの支柱を地面に刺せずにいたらしい。ここに来てスライムの弱点は非力だということが分かった。

代わりに支柱を立てると流石魔王さま、と褒められた。決して悪い気はしないが、誰でも出来そうなことにあまり嬉しくはない。

引き続き支柱を元にロープを張っていく。

「ここをこうして、あーして。んー?」

 店主が教えてくれたようにしてみるが、上手く出来ない。

 骨組みとなる支柱はしっかり立てたのだが、それを固定するロープがどの位置から張れば良いのか分からない。お陰でテントのつもりがハンモックになっていた。

「魔王さま、これはこちらでは?」

「なるほど、こっちか」

 サイアがアドバイスしてくれるお陰でなんとか形になってきた。それからもサイアのアドバイスの通りに組み立てていく。

「よし、こんなものだろう」

 少し不格好だがテントらしいテントが出来上がった。

もしサイアがいなかったらテント無しで野宿だっただろう。そう思うとゾッとする。

 テントを張り終え、そろそろ料理も出来た頃だろうと食事の様子を見に行く。すると家にあったものより随分と立派な即席(かまど)が出来ていた。

「おおう。凄いな」

 かまどで調理していたゴーレムに近づくといい匂いが漂ってくる。

「あっ、もう少しでできるから待っててねっ」

 魔王に気がついたゴーレムはテキパキと調味料を入れて味を整えていく。上手く味付け出来たのか木の皿にスープを注いでいった。

「はい、出来上がり」

「じゃあみんなで食事にしようか」

 三人は皿をそれぞれ持ち、テントと一緒に作っておいた焚き火の前へ座った。

「それじゃ、いただきます」

 ゴーレムの作ってくれたスープを飲んだ。コンソメのような味で中々いける。具も根野菜が数種類入っていた。

「美味しいじゃないか」

 意外にも奴に毎日食事を作っていたサイアよりゴーレムのほうが料理が上手い。

「えっへん。こう見えても毎日キースのためにご飯作ってたからね」と、腕を捲くる仕草をしながら言った。

「料理もそうだが、かまどなんて積んでなかったよな」

「それならわたしが作ったよ。頑張ったらお城も作れちゃうんだからね」

「城を作ることがあったら頼むよ」

「格好いいお城作るから任せてねっ」

 頼れる女をアピールした後もまるで子供が親にその日あった出来事を話すかのように、これが出来る、アレが出来る。だからなんでも頼ってねと話され続けた。

「あー、そうだそうだ。夜の見張りの順番のことなんだがまず俺、次にサイア、最後にゴーレムって順番にしようと思うがそれでいいか?」

 使えない道具屋から聞いた旅における重要事項その五、夜の見張り。これをしないと盗賊に寝首をかかれたり、魔獣に不意打ちされる可能性があると言われた。

そのことを今日はやっぱり三人で寝ることになるのかな、どうやって引き離そうかと考えてるときに思い出した。

「それなら週に一回しか寝なくても大丈夫だから、わたしに任せて」

「一人で大丈夫か?」

「マオーに負けちゃったけど、今までに勇者にも勝ったもんね」

「そうか、なら任せよう。サイアもそれでいいか?」

「……構いませんよ」

 サイアはなぜか不機嫌そうだった。今日は特に問題も、少しは起こしたが別段機嫌が悪くなるようなことはしていないはずである。

「それとこの食べ終わった食器、どうしようか、燃やすか?」と、火にくべようとした。

「待ってください!」

 普段物静かなサイアが大声を出した。

「どうした?」

「その、私に任せてください」

 サイアは魔王とゴーレムが持っていた木の皿を集め、体の中に取り込んだ。そしてすぐに体から取り出す。すると表面がほんの少し溶けていて綺麗になっていた。

「どうですか。私もこんなのこと出来るんですよ」

 ブスっと機嫌の悪かったサイアが目をキラ点かせ、魔王に皿をさし出している。

「お、おう。凄いな」

 褒めると誇らしげ微笑んだ後、見下すようにゴーレムを見た。ゴーレムはなぜか悔しそうにサイアを睨めつけている。預かり知れないところで二人の間に何かが起きていた。

「慣れない旅で疲れたからな、俺は寝るぞ」

「あっ、お待ち下さい魔王さま」

 余計に事態が悪化しないうちにテントに向かう。その後を追って二人はテントに入り、サイアが枕の位置に移動した。

「意地悪していますよね?」

 人型の状態で膝枕させようと睨めつけるように待機するサイア。

「分からん。さっさと元の姿に戻ってくれ」

「……もうっ。魔王さまはほんっとにいけずなんですねっ」

 ムッとした表情に変わったサイアはすぐにグミ状の姿に変わった。

そして何が何やら分からない魔王はサイアを枕に寝転んだ。

 少しして何気なく寝返りをうつと、

「イテッ」

頬を抓られた。

「お仕置きです」

 ツンとした声で言われる。

「悪かった。許してくれ」

 何が悪いのか分からないが、とりあえず謝る。これが女性への対処法として最も適切である。本を読んで知った知識。

「ほんっとに分かってませんね、もういいです。おやすみなさい」

「おやすみ……」

 サイアの言動に腑に落ちない事が山程あったが、考えるのも面倒なほど魔王は初旅に疲れていた。なので何が悪いんだろう、とそこまで頭の中で考えた後、パチパチと微かに聞こえる木が弾ける音を子守唄に深い眠りへと落ちていった。




何一つ変わらない景色を移動すること三日目、既に朝から二つの丘を超えていた。移動の休憩時間にはキースの本を読み魔法に対する知識を手に入れた。

初めて使った魔法は二日目夜に使ったかまどに火を起こす魔法。今朝は草原の草をなぎ倒す程度の旋風を自由自在に操れるようになっていた。

 今も歩きつつ魔力のコントロールを目的に、今朝思いついた靴の裏に小さな旋風を敷いている。想像以上に扱いが難しいけど、良いクッションになって歩いても疲れが幾分かマシになる。

三つ目の丘頂上が近くなると、疲れを知らないゴーレムは今日も先行し丘の頂上へ真っ先にたどり着いた。

「お城だー!」

 振り返り大きく両手を振りながら大声て叫ぶゴーレム。

ようやく首都への到着したらしい。初めての旅は足裏のマメ二つと引き換えに終わった。

「足の豆も怪我、だよな。死んだら治るのか?」と、死んで復活すればすっきりまっさらボディになることにふと気がついた。そのことを思いついたと同時に、こうして奴のような性格になっていったんだなと納得した。

 そんな事を思っていると既に丘最上部に差し掛かっていた。そして段々と丘の向こうが見えようなると、城の全容が明らかになっていった。

 針のように尖った先端。その下に大きな塔と綺麗な円柱型の小さな塔が一つずつ。塔が見えたら次は少し離れたところに城ほど大きな、城とそう大きさが変わらない一目でわかる聖堂が建っていた。

 二つの建物が見えた後、それを取り囲むように貴族が住んでいそうな大きな屋敷が回りを囲んでいる。

徐々に街の全容が見えてくると、それらは丘の頂上に建って居るのが分かる。丘の下に行けば行くほど一般的な家々が並び最も外周には街を守る外壁がグルリと囲んでいた。

「キースと一緒に来た時と全然かわらなーい!」

 ゴーレムがキャッキャと飛び跳ねて先に駈け出した。それを追いかけるように、街を眺めつつ道なりに坂を下る。徐々に見えてくる壁は何度も補修された跡があり、割れたレンガが一つも見当たらない。

「でっけえぇぇぇ」

 近くまで行くとその巨大さに驚愕する。高さ一五メートルほどで、門の入り口も馬車が乗り入れれるように上にも横にも五メートル程ぽっかりと口が開いていた。

 門に近づくと四人の門兵が、危険なものが街に入らないよう目を光らせているのが分かった。

「旅の者、許可証は持っているか?」

 一人の門兵が怪訝けげんな表情で近寄ってきた。

「いや、持っていない。たった今アドラから着いたところでね」

「他の町からこの街に入る場合は入国手続きをしてもらっている。こっちだ」

 門兵の指示に従ってロバを一時的に預かってもらい、案内されるがままに門の外に建てたれた建物に入っていく。

 中は警察の取調室のような感じを少し広くしたもので、街の地図がでかでかと壁に貼り付けらていたり、宿の一覧表、困ったとき何処に向かえば何が解決できるなどの張り紙があった。

「早速で悪いが、魔物を二人も連れている理由があれば教えていただきたい」

 門兵はいぶかしそうにサイアとゴーレムを連れた魔王を見ている。

「そんなに魔物が珍しいのか?」

「この街も居ることには居るが、百人もいない。ましてや見たこともない二人を連れた冒険者など見たことなかったんだ、悪く思わんでくれ」

 門兵は二人を眺めながら物珍しそうに言った。その言葉で気づいたが、最初の町アドラでサイア以外にいなかった。ただ、ゴーレムから昔の話を聞いた限りでは百年以上前には沢山の魔物がいた。一体何があってここまで減ったのかまったくも検討もつかない。

「それで、どのような関係か教えてもらえるかな」

 どのような関係、と聞かれても魔王と配下と答えるわけにもいかない。かといって下手に二人の意にそぐわない関係を言うとあとが怖い。

「そうだな」と、少し悩んで間が空いた後に答えた。「家族のようなもの、かな」

「家族、ですか。分かりました。何か身分を証明出来そうなものなどはありますか?」

 我ながら良い回答をしたと思う。背中に突き刺さるような視線はない。

 ただ、それじゃ門兵は許してくれず、ロバを預ける時に取り出した荷物からギルドの紹介状を渡した。受け取った門兵は蝋燭の印を見ると、まるであおいの印籠を見せつけられたかのような急変した。

「これを持ってるなら早く言ってくださいよ」

「その手紙はそれほど凄いのか?」

「それはもう」

 この手紙の有用性を説明してもらったが、本当に葵の印籠と変わりがなかった。

 手紙の封として蝋燭で固められた印の正体は、ギルド代表としてギルドマスターと同等の権限を与えられるというもの。そしてギルドマスター権限は貴族権限より強く、検問や関所でフリーパスなのは勿論のこと、王への謁見も順番を割り込んですぐに謁見できる。

 そんな手紙を見せたためロバを此方で預からせていただきます、と代わりに厩舎きゅうしゃへ届けてくれることになった。

それと関税も全て無くなり、次回からの通行証として王家の紋章の入った金属のカードを貰った。

「ようこそ、首都レク・ホルルへ」

 このまま引き止めるのも恐れ多いと門兵に見送られて、ようやく街へと入ることが出来た。


「こりゃー、たまげた」

門からほんの少し進むと、左右に商店がズラリと並ぶ大通りが現れる。

「すごーい」

 途切れることのない店の道に目を輝かせるゴーレム。

「ねっ。一緒に見ようよ」と、手を引っ張られる。

「おいおい、全部は見る時間はないからな」

「少しだけっ」

 返事も聞かず冒険者や住人で溢れかえっている道を、魔王の手を引いて縦横無尽に突き進む。魔王は必死にすみませんすみません、とかき分けて行く人に謝った。

「この鎧ツルツルしてるね」

ショーウィンドウに曲線美を極限まで追求し、丹精込めて作っただろう巧妙な鎧を展示した店『テ・デフンドラ』

「あっ、向こうに黒いでっかいのがある!」

扱える者がいればタダでくれてやろう。看板にそう書いて数百キログラムはあるんじゃないかという、まるで鉄塊のような剣を地面に突き立てている店『カブルヌス』

「キースもこんな店によく買い物に来てたよっ」

大錬金術士が記した世界の理が分かるの本の写しから、魔力濃縮水や魔力感知型爆薬など初めて見る商品を並べる店『アルミット』

どの店も客を入れ込もうと大きく趣向の凝らされた看板と、その店でしか手に入らないような商品が陳列されていた。

「全部の店を回っていると晩ごはんたべれませんよ」

 全ての店を回ろうとしていたゴーレムに対し、サイアがたしなめる。

「それはヤダっ。もういこ、マオー」

 ご飯のこととなると他のことはどうでもよくなるゴーレムだった。

暫く進み、冒険者用の店がポツポツとなくなり始めると、

「美味しい匂いがする」と、ゴレームが一人先に走りだしてしまう。

急いで追いかけた。すると露天市が並ぶ野球場より広い広場が姿を現した。そこで売られていたのは日用雑貨からおみやげ、各地のB級グルメ屋台である。

ゴーレムはその中の一つ、リザードの串焼き屋台の前で恨めしそうな表情で口の端からよだれを垂らしていた。

「おいゴレーム。勝手に行動するな」

「だってだって美味しそうなんだもん。一本、いいでしょ?」

 ジュルルとよだれすすって手で口元をぬぐう。そしていつもお願いするように上目遣いでうるうると見つめてくる。

「駄目だ。もうその手には乗らん」

「ちぇー」

 アドラで一度痛い目を見た俺はもう引っかからなかった。

道具屋で購入した道具の半分はこいつが原因である。こんな調子でトルマリンという宝石が欲しいと言われ、一〇万ゴールドも余分にかかったのだ。しかもその使用用途がなんと、オヤツだった。

「それより見ろよ」と指をさす。

 指した方角には、雨で少し腐食した巨大な勇者の銅像が一つポツンと建っていた。

「あっ、あの人知ってる!」

「なんで知ってるんだ?

「キースとお城にいた時あの人見たよ。一度も勝てなかったなぁ」

 なんとキースが城で働いてた時、毎日戦ってもらったらしい。だが四年間一度も勝てたことがない、それどころか更に攻撃を一度も当てれなかったとか。

強くなる前はどうか知らないが、尋常じゃない強さだったのだろう。銅像が建っていることからも分かる。

「しっかしデカイなー」

 露天市場を抜け銅像の足元まで来ると城壁ほど大きかった。像の足元には石版があり、勇者ナヒチ・カルディアと刻まれていた。

「えーと、たしかこっちかな」

 街に入る前に、門兵にギルドの場所を聞いていた。それによるとこの像がある広場の右手にギルドがある。

「あれかな?」

 広場の建物はどれも大きかったが、その中でも一際大きく冒険者の格好をした人が入っていく建物があった。

「とりあえずアレに向かうぞ」

 広場は曲芸をしている人がいて、それを見る人もいれば子供に読み聞かす紙芝居をやっている場所もあった。それらを横目に目的の建物に近づいた。すると入り口にギルドと書かれてた看板が掛かっていた。

「わたし、ここで売られちゃうの?」

 裾を掴み不安そうな目で見てくる。

「魔物が売買されてた時代はもう終わってるから安心しろ」

 キースの本を読んで分かったことだが、一〇〇年前の魔物は駆逐するべき対象で、女型の魔物は慰みものとして扱われてたらしい。その当時から止まっているゴーレムは、そのことを説明しても実感がないらしく、いい思い出がない場所にくるとこうなる。

「さぁ、入るぞ」

 ブルブルと震えるゴーレムの手を繋ぎ、中へ入る。

 扉を開けると冒険者が長蛇の列を作ってカウンターに並んでいた。まるで銀行の窓口のように思った。勿論この世界には発券機などなく、順番待ちは一列に並ぶ。カウンターには五人の受付嬢がいるため五列あった。

特に目を引いたのは、長蛇の列を作っている植物のツタが手で、根のような足を持ち頭に綺麗な花を飾る魔物、アルラウネが受付をやっているカウンターである。これといった特徴がない受付嬢の一〇倍は列が長い。

 初めて二人以外の魔物がいた事に驚いた。だがそれ以上に驚いたのは、受付を終えた男性の冒険者が握手をして貰うと再び列に並んでいた事だった。元の世界でもどこかで見たことのある光景がそこにある。

残念ながら魔王はそんな趣味を持ち合わせていないので、最も列の短い列に並んだ。

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」

「これをここのマスターかそれに近い人に見せてもらいたい」

 懐からチェコに預かった手紙を渡す。

「えーと、こういう場合は……」と、 オロオロし始める。

 どう扱えば良いのかわからないようだった。対応に困り果てたのか隣の受付嬢にやり方を聞いて「ちょっとだけ待っててください」と、カウンター奥にある扉へ消えていった。

「新人さんかなー?」

 ゴーレムが心配そうに奥の扉を見ている。

「そうかもな」

 アルラウネの列が変わる変わる握手してはまた並ぶというのを面白げに観察していると、さっきの受付嬢が別の女性を連れて戻ってきた。

「お待たせしました。ギルドマスター補佐をしていますマリアです。この子から引き継ぎ対応させていただきます」

 マリアは案件を引き継ぐこと説明し、受付嬢はおずおずと元の業務へと戻った。

「丁寧にどうも。手紙渡せば力になってくれると聞いてきたが」

「申し訳ございません。ただいまマスター不在で、手紙の内容は私の一存で判断しかねる内容でして。マスターが戻られるまで宿でお待ちいただけますか?」

 そう言って二枚の紙を渡された。一枚は街の地図に宿に印をしたもの、もう一枚はギルドの印が押してあり、宿代の請求はギルドにと書かれたものだった。

「宿代はギルドが負担します。そちらでお待ち下さい」

「ここまで丁重に扱われるのは怖いが、どれくらい待てばいいんだ?」

「丁度この時期に他国とのギルド間会議がありまして、早くても一ヶ月後です」

 申し訳無さそうに頭を下げられた。この流れで仕事が紹介されないということは、そんな仕事をさせるのも申し訳ない、ということなのだろうか。対応を見てると尚更わからない。

「マスターが戻りましたら宿に連絡致します」

 そういって他にも仕事があるのかマリアはカウンター奥の扉に入っていった。ギルドに着くなり仕事を貰えると思ったが、予定と狂い始める。

 つい表情に出たのか「如何しましょうか」と、サイアが聞いてきた。

「んー、とりあえず宿に行くか」


「いらっしゃいませ」

「三名泊まりたいんだが、部屋はあるか?」

 印のあった場所に向かうと、いかにも格式の高そうな宿へと着いた。中は綺羅びやかな装飾が目立つが、それでも落ち着いた印象が特徴的な宿である。あと本物かどうか知らないが、勇者がお礼にと置いていった伝説級の剣が飾ってあった。

そんな宿のカウンターで部屋が開いているか聞いたところである。

「申し訳ございません。ただいま満室となっております」

 サイアとゴーレムををじろりと見た支配人は丁寧に断りを入れた。

「これを預かってきたんだが、見てもらえるか」

 つい渡し忘れていたギルド印の入った紹介状を受け取った支配人は、署名と印を確認した後一字一句見落とさないように読んでいった。全て読み終えると、

「申し訳ございませんでした。すぐにご案内いたします」と、階段で三階に案内される。

「すごーい。ひろーい」

 部屋は城の謁見の間の一〇倍、それ以上に広い。更に奥に入ると扉が2つある。それぞれ寝室へとつながって大きなベッドが1つ、一人用が2つと分かれていた。

「ここが少しの間だが城となる。物を壊したり騒いで他の客に迷惑をかけないように」

 注意したのにも関わらずベッドで飛び跳ねている。

「おいゴーレム、聞いてるか?」

 教育しないといけないなと思い近づく。するとサイアが扉の前に割り込んで教育はお任せくださいと目配せされる。どのように叱るのかと少し期待を抱いた。

「ゴーレム。旅の事覚えてますか」

 サイアの言葉を聞いた瞬間、ゴーレムは蛇に睨まれたカエルのように固まった。その後すぐにベッドから降りて、サイアに向き直り首を縦にブンブンと振っている。

旅の最中に何があったかは知らないが、何かがあったらしい。教育は既に済んでいた。

「それはそうと、ゴーレムに真名まなを与えたいと思う。いいか?」

 キースの本には他のどのページよりも汚れている一ページだけあった。そのページには魔物に真名まなに関するページで、書き込んだ後にも端書で色々と書き込まれている。所々水滴が落ちた跡もあった。

そのため本を適当に開くと真っ先に開かれる。なので魔王も本を見た時は真っ先にそれを読んだ。それによると魔物は主従関係を結んだ後、真名を知るか付けることによって本来の力に名付けた人の力が加える。ただし、真名を付けた人が消滅すると魔物も死ぬ。

その文章近くの端書には死にゆく自分に真名まなはもう付けれないと水滴の下に書かれていた。

「私の真名まな、キースに付けて欲しかった。だけど、マオーでもいいよ?」

 上目遣いで照れながら寄ってくる。こういうときの態度や仕草だけはこの世のものとは思えないほど可愛い。初めて見たなら心を射止められてる。そして酷い目に合う。だが俺も学習した。

「ほら、後ろ向いて服を脱げ」

 後ろを向かせ岩のビキニアーマーを脱ぐように支持すると、ゴトリと床に落ちる。

いつも前を歩くので見えていたが、小麦色の珠のような肌を間近で見るとついしゃぶりつきたくなる。

「背中触るけど、動くなよ」

「うん、分かった」

 風の魔法で指先を切り、血を流す。勿論赤色だが魔力を指に込めると赤色の血が紫色に変わった。その血で片手に持ったキースの本にある魔法陣を描いていく。

「くすぐったいよぉ」

「あと少しだ」

 描き上げると魔法陣が光りだした。

 あとは魔法陣に手をかざし名前を呼ぶだけで終わるらしい。ただここまでやっておいて名前を決めていないことに気がついた。

「なぁ、名前はどんなのが良いんだ?」

「マオーが決めた名前がいいなぁ」

 好きなのと言われても困る。大体こういう時は体の特徴から名前を決める。例えば茶髪ならブラウンみたいに。

ゴーレムは小麦色の肌をしていて、小柄で、生意気。見てるだけなら宝石のようで、振れてみたくなる。よし、決めた。

「魔王の名において命ずる。今日からお前は『シャロン・ディオネ』だ」

 宣言すると光っていただけの魔法陣が輝き始めた。

「あっ、なんだかぽかぽかする」

 こういった儀式には痛みが伴うイメージなのだが、痛みがあるわけでなく発光しても熱すぎることはないようで安心した。次第に魔法陣は輝きを失っていき、魔法陣ごと肌に吸い込まれる。

「終わった?」

 シェリーが胸を隠さず此方に振り向く。

「あぁ、終わったが服を着ろシェリー」

「シェリー?」

 シャロンと名づけられたのにシェリーと呼ばれ不思議そうな顔で見つめる。

「そうだ、シェリーだ。シャロンは言い難いだろ? だからシェリーってアダ名だ」

「うんっ、分かった!」

 名前を呼ばれたシェリーは嬉しそうに岩の鎧をまとった。

その後復活場所がこの部屋になるよう魔法か掛けて、死んだ時にサイアとシェリーをこの場所に転送するように連動魔法陣を作っておく。もし魔法陣が壊されれば城のベッドに戻る手筈となっている。

「よし、これで終わり。串焼きでも食べに行くか」

「えっ、いいの?」

「全部やることが終わったからな。食いたくないのか?」

「食べるっ。早くいこっ」

 急かすゴーレムに手を引かれ市場に向かった。


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